近年、薬剤師の業務が拡大し、病院では小児病棟やNICUで業務を行う機会が増えています。一方、地域の医療連携が進むなか保険薬局でも小児の薬物療法の一翼を担うようになってきました。超高齢社会の日本の医療政策は高齢者を重視する一方、小児(薬物療法)はなおざりになっている感があります。成長・発達の過程にある小児期の薬物療法は特殊であり、苦手とする薬剤師も多いようです。今号では明治薬科大学薬学部薬学教育研究センター臨床薬学部門・小児医薬品評価学研究室教授の石川洋一氏に小児の薬物療法を整理していただき、薬剤師の果たすべき役割を示してもらいました。
【監修】明治薬科大学薬学部 教授 薬学教育研究センター臨床薬学部門 小児医薬品評価学研究室 石川 洋一 氏
小児の成長・発達過程と特徴
小児の発達過程は新生児期(生後1カ月まで)、乳児期(生後1カ月~1歳まで)、幼児期(1歳から小学校入学まで)、学童期(小学生の期間)、青年期(12歳以降)に分けることができます。小児の薬物治療で注意が必要なのは12歳までの成長過程です。
たとえば、感染症は日常的に遭遇する疾患ですが、成人と違って小児では年齢(成長・発達の過程)によって原因となる病原微生物、病態が異なります。
胎児は羊水中では無菌状態で育ち、産道を通り抜けるときに初めて病原微生物に出会います。このときに大腸菌などの腸内細菌やB群溶連菌などに感染することがあります。外気に触れて自発呼吸が始まると、環境に存在するさまざまなウイルスや、肺炎球菌、インフルエンザ菌b型(Hib〈ヒブ〉)などの細菌に接触することになります。保育園や幼稚園に通うようになると、集団社会の中でこのような病原微生物の感染と免疫獲得をくりかえし、学童期になってさらに行動範囲が広がれば、まだ出会ったことのなかった肺炎マイコプラズマや肺炎クラミジアなど新たな病原微生物と接触する可能性が大きくなります。これらはいずれも肺炎を引き起こす病原微生物ですが、使用される抗菌薬は異なります。学童期まではペニシリン系抗菌薬で治っていたのに、学童期以降はそれでは治らないといったケースに遭遇した薬剤師もいるのではないでしょうか。
また、小児は生体機能が発達途上にあり、薬物感受性や薬物体内動態(吸収、分布、代謝、排泄など)は成長に伴って変化していきます。そのため、小児の薬物療法では新生児期、乳児期、幼児期、学童期の薬物動態に注意する必要があります。「Children are not miniature adults.(小児は成人の縮小図ではない)」といわれるように、小児の薬物療法は成人のそれにはない複雑さがあります。
小児の薬物動態の特徴についてみていきましょう。
変化し続ける小児期の薬物動態
小児期の薬物動態(吸収・分布・代謝・排泄)は発達段階によって特徴があります。
[吸収]
新生児期は、薬物代謝も未熟で、消化管の吸収も不安定であり、薬物治療には特に注意が必要です。乳幼児期になると、経口投与が多く用いられるようになり、消化管からの薬物吸収への配慮が重要になります。新生児期から乳幼児期は、唾液分泌、胃内pH、胃内容排出時間、腸管通過時間、腸管・肝臓のトランスポーターや代謝酵素、胆汁分泌能、腸内細菌叢や腸肝循環などが重要な因子として関わります。
[分布]
体水分率は小児75%、成人50~60%と小児では成人に比べて多く、新生児期を例にとると細胞外液はおよそ新生児40%、成人20%です。このため、水溶性の薬物は血中濃度が低くなり、投与量は成人より多く必要となります。細胞外液は生後3カ月までは大きく変動します。
新生児期(早期)には、胎児ヘモグロビンの崩壊などで血中にビリルビンが放出されます。このビリルビンは、赤血球が壊されるときのヘモグロビン分解による廃物です。新生児は成人に比べてアルブミンなど主要な薬剤結合タンパクの血中濃度が低く、ビリルビンの処理能力も未熟です(表1)。ビリルビンはアルブミンと結合しますが、アルブミンとの結合性が高い薬剤を投与すると遊離ビリルビンの血中濃度が高くなります。そのため、高ビリルビン血症から核黄疸(ビリルビン脳症)を発症する可能性があります。核黄疸は、血液脳関門を通過した遊離ビリルビンが脳細胞に障害を起こすことによって発症します。
[代謝]
薬物は主に肝臓で代謝されます。薬物代謝酵素系の酸化還元酵素であるチトクロームP-450(CYP)は、薬物の約8割の代謝に関与します。新生児のCYP活性は成人の約20%程度です。CYPはまた分子種によって出現の時期が異なります。出生時はCYP3A7が最も多く、出生後1週間をピークに消失します。出生後早期にCYP3A4が上昇し、CYP2C19、CYP1A2がそれに続きます(図1)。同じ薬物代謝酵素系のグルクロン酸抱合酵素(UGT1A1)の活性は胎生期には著しく低く、出生後1日目から上昇し、約100日で成人と同等になります。
薬物代謝については、個々の薬物代謝酵素系の活性だけでなく、代謝臓器の機能も重要であり、多くの場合、薬物の総クリアランス値で評価されます。薬物によっては総クリアランス値が幼児期前半に成人より大きくなる場合があり、小児は成人のミニチュアではないという所以がここにもあります。
[排泄]
薬物の排泄は腎臓での糸球体濾過速度(GFR)、尿細管分泌、尿細管再吸収によって行われます。体表面積当たりのGFRは、出生時は成人のおよそ20%で、出生後2カ月頃およそ50%に、1~2歳で成人と同等になることが知られていますが、尿細管の分泌と再吸収は一般的にGFRの発達より遅れるとされています。薬剤によっても排泄は異なり、たとえば、アミノ配糖体系抗菌薬はタンパク結合がほとんどないので、糸球体濾過で排泄され、尿細管で再吸収されます。ペニシリン系抗菌薬は尿細管分泌によって排泄されます。
小児の薬用量と臨床検査値の考え方
小児の薬用量は、薬剤学的因子や生理学的因子などさまざまな要因で決まります(表2)。小児の場合は、各成長段階で臨床試験を行うことは現実的ではありません。そのため、限られた小児臨床試験で得られた情報をもとに標準薬用量が検討されます。
小児に薬剤を投与する際は、添付文書などに記載があればそれに従うのが原則です。記載がない場合は、小児薬用量についてまとめた実用書や海外の症例報告などを参考に検討します。ただし、薬用量は薬剤ごとにエビデンスに差があることを理解しておくことが重要です。
また、薬用量の計算・換算の方法は多様ですが、薬物代謝能は、体重よりも成人との体表面積比により類推できることからAugsberger-Ⅱの式やそれから作られたvon Harnackの換算表(表3)が簡便で実用的なツールとして広く普及しています。
このほか、アロメトリー則に基づいた小児薬用量推定法などがあります。アロメトリー則とは、生物の機能と大きさ(体重)との関係を示す生物学的な法則のことで、薬物除去能力(クリアランス)と体重との関係にアロメトリー則が適用され ます。
成人の薬用量から小児の薬用量を検討する場合、体重による補正(mg/kg)や体表面積による補正(mg/m2)を加えるのが一般的です。多くの薬剤では、体表面積を用いると血中濃度を成人と同等に保つことができるといわれています。しかし、薬物の代謝、排泄を担う肝臓、腎臓の全体重に占める割合が幼児期では成人より大きいため、薬用量が多く見える期間があります。
身体の成長に伴って、肝臓、腎臓は大きくなっていきます。また、肝臓、腎臓に発現する薬物代謝酵素やトランスポーターの量も変化し、臓器としての機能が充実していきます。腎臓については糸球体濾過などの機能は生後1~2歳頃までに成熟します。肝臓については、CYP3A4やCYP2C9の発現が出生後に急激に活発になり、1歳で約70~80%に達し、2歳頃までにはほぼ100%になります。身体の成長に伴って2歳以降も肝臓と腎臓は大きくなっていきます。
2歳~4歳以降では体表面積が臓器の成長とよく相関することから、薬剤の血中濃度を一定に保つためには体表面積による補正が有用であるとされています。2歳以下では、臓器の機能が発達途上にあるため、投与量を体表面積による補正よりも低く見積もる必要があります。
小児の処方箋を受けたら、年齢と体重を必ず確認しましょう。
表4に血液学的検査と生化学的検査の各検査値の小児期における特徴をまとめました。小児期は臨床検査値にも成長・発達の過程でさまざまな変化が認められます(図2)。
小児への服薬指導の工夫
服薬指導は小児患者の年齢ごとに工夫が必要です。乳幼児頃までは保護者に服薬指導を行いますが、薬剤師は患者である子どもに対しても名前で呼びかけるなどコミュニケーションを取ることも大切です。子どもへの配慮は、保護者にも伝わります。保護者には服薬への自信を持たせるようにわかりやすく説明します。実際の服薬時に保護者が緊張すると、それが子どもにも伝わってその不安から服薬しなくなることがあるので、保護者が笑顔で服薬させるように伝えます。2歳~3歳頃になると「イヤイヤ期」が始まり、それまで服用していた薬を嫌がることがあります。その一方で、言語能力も発達しているので、保護者が上手に説明すると服薬を再開することもあります。薬剤師も小児患者に服薬の重要性について説明することが大切です。
4歳~5歳になれば、薬に関する情報の提供が可能です。学童期以降になると言葉の発達がさらに進み、文字(平仮名)が読めるようになってきます。小児患者向けにわかりやすい言葉で説明書を作って示すと、薬に対する興味を持つことができます。また、「アンパンマンみたいにバイ菌をやっつけようね」などと、小児患者が好きなキャラクターを引き合いに出して指導する方法も有効です。薬をうまく服用できたときは「上手に飲めたね」などと褒めると、薬に対する抵抗感を軽減させる大きな効果があります。
薬剤師に求められる4つの役割
日本は世界が経験したことのない超高齢少子化時代を迎えています。日本人の平均寿命が延び、健康寿命への関心が高まっています。できる限り健康な状態で天寿を全うするためには、小児期から生活習慣病の予防や疾患の早期発見・早期治療に取り組み、健康な身体で成人期を過ごすことが大切です。少子化の進行でひとり一人の子どもの命はこれまで以上に大切になっています。小児医療を強化するために、今後薬剤師に求められる重要な役割を4つあげます。
[地域での役割]
小児期の医療に関する国民の知識不足、小児科医の減少も続き、薬剤師の幅広い関わりが求められています。かかりつけ薬剤師として夜間の服薬相談を受けるなど、そしてこれからは小児在宅医療チームの一員としての活躍も期待されています。
[総合病院での役割]
小児の薬用量や小児特有の副作用への配慮などが求められます。また小児適応のない薬剤の投与や、錠剤を散剤にするなどの剤形変更なども多く求められ、薬剤師の知識をフル活動させる必要があります。小児病棟に積極的に出向き、小児への直接の服薬指導も必要です。
[小児専門医療施設での役割]
小児の薬物療法のエビデンス収集、薬物療法から小児院内製剤までの知識を持った薬剤師が求められています。適応外使用の評価、医師への小児に係る処方提案、レジメンチェック、TDMを活用した医薬品適正使用、新生児集中治療室(NICU)対応等は大変重要です。
[小児用医薬品開発での役割]
小児薬物療法で汎用されている医薬品の多くが小児適応未承認です。厚生労働省は小児適応の拡大に注力しており、小児用治験薬の管理、プロトコールチェックなどについて、薬剤師の関わりが求められています。また、小児用製剤の開発も必要とされており、薬剤師が積極的に関わっていくこと が必要だと考えています。
期待される小児薬物療法研究会の活動
かつて薬剤師は、病院では小児の服薬指導をしたりNICUに立ち入ることはありませんでしたが、2012年度の診療報酬改定で病棟薬剤業務実施加算が新設されるなど、薬 剤師に求められる役割が大きく変わってきました。
少子化の今こそ小児医療を真剣に考えるべきです。そこで、小児薬物療法認定薬剤師制度がスタートし、その研修 委員である認定薬剤師のチームが発起人となって5年前に小児薬物療法研究会を立ち上げました。国立成育医療研究センター薬剤部を事務局として、メーリングリストでの情報交換を中心に行っています。参加者は全国の小児薬物療法認定薬剤師や医師など約1,000名です(2018年11月末現在)。小児薬物療法認定薬剤師は、医療チームで小児科領域における医薬品に関わる専門的立場から知識とスキルを提供できる薬剤師です。
当研究会では、小児薬物療法に関する質問や相談を日々受け付けています。「乳糖アレルギーは本当にあるのか」「小児アトピーでのステロイド外用剤の本当の使用法は?」「乳幼児に抗アレルギー剤は使ってはいけないのか」など、いずれも臨床現場では必ず遭遇することですが、十分な知識を持っている薬剤師は少なく、国内の文献にあたっても思うように情報が集まりません。たとえ論文があったとしても、「他施設での実際の対応を知りたい」「実践的な情報がほしい」という声が多いのが現状です。なかでも多いのが、ステロイドの副作用、抗菌薬に関するものです。アドバイスの一例をコラムで紹介します。
当研究会では、小児薬物療法の問題解決のために、小児薬物療法認定薬剤師や小児科医とメールでの気軽な質疑応答を通して、小児医薬品や学会・講演会の情報、小児医療に関わるニュースなどを提供しています。ご興味のある方は、“小児薬物療法研究会へのお誘い”でweb検索してみてください。経験を積んだら小児薬物療法認定薬剤師資格もぜひ取得してください。
コラム “小児薬物療法研究会”に寄せられた質問とアドバイス
ステロイド外用薬と副作用
「ステロイドを長期間塗っていると肌が黒くなると聞いたので塗りたくない」という保護者は多いのですが、どのように答えてよいのかわからないという薬剤師は少なくありません。ステロイド外用薬使用後に色素沈着が見られることがありますが、これは皮膚炎鎮静後のものであり、ステロイド外用薬によるものではありません。アトピー性皮膚炎の炎症がひどくなって滲出液が出たり赤くなっていた箇所が、スキンケアによって炎症が治まった後、色素沈着することがあります。日焼けした肌がしばらくすると元に戻るように、スキンケアを継続することで炎症がコントロールでき、次第に元の肌の色に戻ります。副作用に関する正しい情報をていねいに説明することが大切です。
風邪症候群と抗菌薬
子どもが風邪をひいて受診しても抗菌薬が処方されていないことを納得できずに不満そうにしている保護者がいます。このような保護者に説明するうえで4つのポイントがあります。
発熱の原因とウイルスについて説明する
子どもの発熱の原因で最も多いのは感染症で、その8~9割はウイルスによる感染といわれます。風邪症候群や気管支 炎など一般的なウイルス感染症の原因となるウイルスに対して効果のある抗ウイルス薬は、いまのところありません。そのため、ウイルスによる感染症の治療では、感染症によって生じる各症状に対しての対症療法が中心となることを説明します。症状がひどくなければ不要な対症療法も行いません。
抗菌薬の使用について説明する
抗菌薬は、細菌感染症の治療に使われる薬であり、細菌の増殖抑制や殺菌に効果があります。小児では中耳炎、肺炎、尿路感染症などに使用します。感染症を引き起こす原因が細菌とウイルスとでは治療法がまったく異なり、抗菌薬はウイルスによる感染症に対して無効です。ウイルスによる風邪には抗菌薬を使用しないことを説明します。
抗菌薬の不適切な使用による弊害について説明する
不適切な抗菌薬の使用で最も懸念されることは耐性菌の出現です。耐性菌による感染症に罹患した場合、効果のある抗菌薬が少ないため治療が難しくなり、治癒するまでに時間がかかったり、場合によっては入院が必要になることを説明します。抗菌薬を適正に使用して耐性菌の出現を未然に防ぐことの重要性を理解してもらうことが大切です。
抗菌薬の適正使用について説明する
抗菌薬は症状がなくなったからといって自己判断で終了せず、医師の指示通りに飲み切るよう伝えます。また、薬用
量は、細菌の種類、疾患、年齢、体重などによって調節されるため、以前に処方された抗菌薬が残っていても服用せず、新しく処方してもらうことを説明します。