強直性脊椎炎
解説者 井上 久氏 順天堂大学医学部附属順天堂医院 整形外科・スポーツ診療科 強直性脊椎炎診
強直性脊椎炎は、国の難病に指定されている原因不明で未だ根治療法のない慢性リウマチ性疾患です。しかし、生物学的製剤の登場などにより、炎症抑制、疼痛やこわばりなどの苦痛軽減の治療(対症療法)は徐々に進歩しています。今回は、ご自身も重症の患者であり、患者会である「日本AS友の会」の事務局長を務めている順天堂大学医学部附属順天堂医院整形外科・スポーツ診療科の井上久氏に、強直性脊椎炎の病態や治療について解説していただきました。
40歳以前に発症し早期発見が困難
強直性脊椎炎(Ankylosing Spondylitis:AS)は、脊椎や骨盤、手足の大関節に炎症が起こり、疼痛やこわばり、運動制限をもたらす慢性リウマチ性疾患です。国内患者数は3万人前後と推察されます。男女比はおよそ4:1と男性に多く、ほとんどが40歳以前に発症します。
初発症状としてはASに特有とはいえない腰背部痛や坐骨神経痛が多く、突発的に激痛が生じ数日後には自然消失その後再発、という経過をたどります。この症状は検査で異常が出る前に起きることが多いため、「痛がり屋」「怠け者」などと周囲に誤解されるケースもあります。典型例では、10歳代~20歳代にこうした脊椎周辺の広範囲な疼痛やこわばり、関節炎の徴候(疼痛、腫脹、熱感、発赤)などが出現し、20歳代後半~30歳代後半に病勢のピークを迎え、40歳代を過ぎると鎮静化します。重症例では、脊椎や関節に骨性の強直が生じ可動性がほぼ失われます。一方、若い頃に多少の腰殿部痛や胸部痛、踵痛を感じるのみで、大きな問題なく過ごせるケースも少なくありません。このように症状の程度、部位、経過が千差万別であることがASの早期発見を困難なものにしている主因と考えられます。日本AS友の会が実施したアンケート調査では、初発から確定診断に至るまでに10年近くの年月を要したという結果が出ています。
ASの原因や発生機序はまだ解明されていません。ヒト白血球抗原(HLA)の一つであるHLA-B27と強い関連性があることはわかっていますが、その他の多数の遺伝子や腸内の細菌感染との関連も推測されています。
問診や理学検査、血液検査、画像検査などで診断
ASを診断するために、まず病歴や家族歴も含め問診や理学検査を行います。ASの診断基準においては、臨床症状として、①運動により改善し安静により改善しない3カ月以上持続する腰痛やこわばり、②腰椎可動域制限、③胸郭拡張制限の3点があります。①~③のいずれかの症状がある場合、単純X線撮影で仙腸関節(骨盤にある仙骨と腸骨の間の関節)に炎症所見(骨硬化、びらん、癒合など)が認められる場合にASと診断されます。近年では、X線画像では確認できない微小な炎症がCTやMRIで確認できるようになりましたので、より早期の診断・治療が可能になりつつあります。ただし、これは過剰な診断などにつながる危険性もあります。なお、画像診断と並行して、血液検査で血沈やCRPなどの炎症反応の有無も確認します。HLA-B27の検査は早期診断の糸口ですが、残念ながらまだ保険が適用されていません。
関節リウマチと異なり罹患部位が体軸周辺
ASは、関節リウマチ(RA)の亜型として分類されていた時期もあり、症状の発生状況や病理組織所見がRAと類似していますが、相違点としては、まず罹患部位です。 例外はありますが、四肢の末梢関節の罹患が多いRAに対し、ASでは脊椎や仙腸関節、肩関節や股関節といった体軸(体の中心部)周辺が主な罹患部位となります。また、 ASに特徴的な仙腸関節炎はRAではほとんどみられません。RAで高頻度に上昇する血清リウマチ因子(RF)や抗CCP抗体がASでは上昇しないといった、血液検査上の違いもあります。
ASは薬物、運動、外科手術の三本柱で治療
ASは基本的に原因不明の疾患のため、根治療法がありません。炎症や疼痛の鎮静化、可動域制限の改善、強直の防止を目的に、薬物療法や運動療法が行われ、一部の重症例では手術療法も行われます(図)。
【薬物療法】
NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)が第一選択薬です。疼痛を完全に除去することは困難ですが、多くの症状やQOLを改善します。NSAIDsの連用により、特に血液炎症反応が高いASの靱帯骨化(強直)を抑制することが古くから証明されていますが、一方で、その副作用(消化器、腎臓その他)は黙認しがたく、骨化 防止目的での長期連用については議論の余地があります。
RAでアンカードラッグとされるMTX(メトトレキサート)は、ASでのエビデンスが乏しいことが周知の事実であ るにもかかわらず、リウマチ医による安易な投与がしばしばみられます。抗リウマチ薬については、唯一サラゾスルファピリジン(SASP)が早期の末梢性病変に有効とされ ていますが、明確に有効性を示す症例はそれほど多いものではありません。前述のとおり、ASの多くは体軸に近い部位が主病変となりますが、中には末梢関節が主病変のケースがあります。欧州で推奨されているAS治療(図)では、ASの末梢性病変に対しNSAIDsに続く選択薬としてSASPが掲げられています(2018年12月現在、SASPはASに対して本邦未承認)。なお、末梢性病変のASに対してはステロイドの局所投与も勧められています。ステロイドの全身投与は推奨されていませんが、症状が強い患者さんでは少量のステロイドの内服が有効なケースもあります。
こうした治療を実施しても効果が不十分で、なお疾患活動性が高い場合には、生物学的製剤の使用が考慮されます。近年の生物学的製剤の登場でASの薬物療法の選択肢が広がりました。ASに対し国内で承認されている生物学的製剤は、これまでインフリキシマブとアダリムマブの2剤のTNF-α阻害薬でしたが、2018年12月にIL-17A抗体のセクキヌマブが承認されました。これらの薬剤により、症状の著明な軽減や、血液検査や画像検査上での炎症所見の改善が期待されます。一方で、副作用(感染症や肺結核)や、症状軽快後のTNF-α阻害薬の投与中止による再発例などの報告があることに留意すべきです。
【運動療法】
ASの治療では薬物療法が主体ではありますが、その診断基準の中に「運動により改善」という項目があるように、ASには運動療法が大切です。基本はストレッチングになりますが、様々な症状や機能障害、合併症が発生するため、各患者さんの状態に合わせて実施します。特に、脊椎の強直がみられる患者さんの骨は“ガラスの首(背骨)”と称され「硬いが脆い」状態ですので、可能な範囲で行うことが大切です。日本AS友の会のホームページ1)では、具体的な運動療法を紹介しています。
【外科手術療法】
外科手術は、脊柱後弯(前屈)や頸椎の運動障害により前方注視困難となり事故の危険性が高い場合や、歩行などの日常生活に強い支障が生じた場合に行われます。手術のほとんどは、脊椎矯正骨切り・固定術もしくは人工関節置換術(多くが股関節、稀に膝関節や肩関節)となります。私自身、患者として脊椎矯正固定術や両側人工股関節置換術を受けました。こうした外科手術は、患者さんの生活環境や性格への配慮や慎重な準備が必須ですが、QOLの著明改善が期待できます。
薬剤師へのメッセージ
ASは慢性疾患ですので治療が長期にわたります。また同時に全身性疾患でもあるため、心理的問題も含め多様な症状や合併症への対処として、処方される薬剤の種類が増える傾向にあります。私が出会った患者さんの中に、合計で29種類もの薬が処方されている方がいました。精神的病態も含め、長期の投薬による悪影響に注意する必要がありますし、同様のタイプの薬剤重複を避けなくてはなりません。
調剤時には、薬の専門家として、種類や量が適切に選択されているか目を光らせてください。日常診療において安易な投薬や指導不足になりがちな医師の“お目付役”や“アシスタント”の役割を期待しています。そして、AS診療で最も重要なことは、根治療法のない患者さんの立 場や苦しみを理解しようと努め、患者さんへ寄り添うことだと思います。ASの痛みはわからなくとも、大切なのは「傾聴、受容、共感」だと思います。薬剤師のみなさんが AS患者さんの闘病の支えになっていただけることを切に願っています。
参考文献
1) 強直性脊椎炎 療養の手引き(日本AS友の会HP)
http://www5b.biglobe.ne.jp/~asweb/QandA/tebiki/tebiki8.html#Q25