監修  石井 伊都子 氏 千葉大学医学部附属病院 薬剤部 教授/薬剤部長

薬剤師は医薬品を扱う専門家として、薬学的管理を介して薬物療法の有効性と安全性の確保に貢献することが求められています。しかし、保険薬局の薬剤師は、患者さんのカルテ情報がない中で、限られた情報を基に処方鑑査の業務を行っています。そこで、患者情報の共有化のひとつとして、処方箋への臨床検査値の表示が大学病院を中心に開始されています。今回は、これをいち早く開始された、千葉大学医学部附属病院薬剤部長の石井伊都子氏に、臨床検査値について解説していただきました。

処方箋に表示された検査値を医師とは異なる薬学的な視点で評価する
臨床検査値は、薬剤師が安全性確保のための処方鑑査を行う上では有用な情報なのですが、これまでカルテにアクセスできない保険薬局の薬剤師は、その情報を持たずに処方鑑査を行ってきました。しかし、近年、薬剤師による処方鑑査の精度を上げ、「副作用の回避」、「過量投与の回避」、「禁忌症例への投与回避」という薬物療法の安全性の確保を向上させるために、大学病院や基幹病院などで、院外処方箋への臨床検査値の表示が徐々に行われるようになってきました。
原疾患の治療を行う医師としては、薬物療法開始後はどうしても安全性より有効性に注目しがちになります。また、限られた診療時間では、患者さんに副作用の具体的な聴き取りまでは十分に行うことができないのが実状です。患者さんの方も、原疾患とは別の部位などの些細な変化までは医師に伝えない、といったケースが多く見受けられます。結果として、医師と患者さんの両者でそれぞれ処方薬剤の安全面のチェックが漏れ、副作用が重篤化することも少なくありません。医師と患者さんのチェック漏れを薬剤師がフォローすることは、薬物療法を安全に行う上で非常に重要です。医師とは異なる薬学的な視点で客観的に検査値の評価を行い、患者さんの状態と結び付けて考察することで、高度化した現在の薬物療法において、有効性、安全性を確保することができるのです。

医薬品ごとの注意すべき項目をデータベース化
注意すべきポイントがすぐにつかめる表示に

臨床検査値の処方箋への表示項目は各施設で異なりますが、千葉大学医学部附属病院では、前頁の処方箋サンプルのように、「検査値情報」(上部)と「特に注意が必要な薬剤と検査値情報の組合せ(医薬品別検査値)」(下部)の項目を表示しています。「検査値情報」は、全処方箋に表示された共通の検査値で、『重篤副作用疾患別対応マニュアル』(厚生労働省)を参考に、自覚症状があったとしても早期発見が難しい副作用、および自覚症状よりも先に臨床検査値が変動する副作用に対して、早期発見、早期対応するための臨床検査値の項目を参考に表示しています。「医薬品別検査値」は、当院で構築したデータベースを基にして作成しています。該当する医薬品としては、添付文書の禁忌・警告に具体的に検査項目が記載されている医薬品と、添付文書または『薬剤性腎障害診療ガイドライン 2016』(日腎会誌2016;58(4):477-555)の付表2(腎機能低下時の主な薬剤投与量一覧)に、腎機能の状況に応じた至適投与量の記載のある医薬品があります。この「医薬品別検査値」の記載によって、処方時に添付文書を都度確認しなくとも、医薬品ごとに注意すべき検査値が一目で分かるように なっています。当初このデータベースは当院の採用薬のみの情報で作成しましたが、その後ほどなく、他の施設でも使用可能なように、日本で製造販売されている医薬品全ての情報を網羅した汎用性のあるデータベースとして更新しました。実際に現在複数の施設でこのデータベースが病院のシステムに組み込まれて活用されています。

検査値を基にした処方鑑査
検査値の異常と副作用の症状を結び付けて評価を

臨床検査値情報に基づく処方鑑査では、単に検査値が基準の範囲内か範囲外か、という点だけでなく、CTCAE v5.0のグレード評価を参考に検査値の異常がどの程度の重篤度か、さらに異常の場合は処方された薬剤の影響によるものか、検査値が症状と結び付くのか、などを総合的に評価していきます。そこでポイントとなるのが患者さんへの聴き取りです。検査値から起こり得る症状を推定した上で、患者さんに詳細な聴き取りを行うことが非常に重要です。
そして、検査値の異常とその程度、患者さんの症状から疑われる副作用を推定した上で病院へ疑義照会を行います。当院では保険薬局からの疑義照会は薬剤部のドラッグインフォメーション(DI)担当が受け、医師に確認が必要な場合はDI担当者から確認を行い、原則的には4分以内に保険薬局へ返答することを心がけています。迅速な対応を行うためには、照会を受けた医師がすぐに判断できるように、具体的に疑義がどこにあるのかを明確にし、薬剤師による客観的な評価をロジカルにまとめて伝えることが非常に重要となります。実際のケースで処方鑑査、疑義照会、服薬指導までのポイントをご紹介します。

処方鑑査
クレアチニンが1.66mg/dLと高値を示しており、eGFRは33.2mL/分/1.73m2と、CTCAEv5.0におけるグレード2(中等症)の腎機能低下が認められた。
ユリーフ®錠(シロドシン)は「腎機能障害のある患者」は慎重投与となっており、用法・用量に関連する使用上の注意の項目には、「腎機能障害のある患者においては、シロドシンの血漿中濃度が上昇することが報告されているため、患者の状態を観察しながら低用量(1回2mg)から投与を開始するなどを考慮すること」との記載がある。また、重要な基本的注意の項目には「降圧剤が投与されている場合には血圧変化に注意し、血圧低下がみられたときには、減量又は中止するなど適切な処置を行うこと」と記 載されている。
薬歴を確認すると、2週間前にフリバス®(ナフトピジル)からユリーフ®へ薬剤が変更されていた。患者によると、ユリーフ®への変更によって前立腺肥大症に伴う排尿障害の症状は改善したとのことであった。その他の体調の変化について訊ねると、収縮期血圧が80mmHg台まで低下し、ふらつきなどの症状が見られたことから、他院で処方されているオルメテック®(オルメサルタン)が投与中止となったということであった。その後は収縮期血圧110mmHg台で安定しているという。この血圧低下は薬剤変更後に発生しており、ユリーフ®の副作用として血圧低下が起こっている可能性があると推測された。また、腎機能低下例への対応として、『薬剤性腎障害診療ガイドライン 2016』の「付表2:腎機能低下時の主な薬剤投与量一覧」では、ユリーフ®は4mg/日/分2など低用量から開始することが推奨されていることから、本症例のグレード2の腎機能低下について、ユリーフ®の用量減量の観点で処方医師へ疑義照会を行った。

医師の回答
●ユリーフ®錠4mg/日/分2へ減量。
●減量により血圧が上昇する可能性があるため、変更後の血圧の変動に注意して、血圧が上昇したらかかりつけ医に相談するように患者へ説明依頼。

服薬指導
薬剤師
「少し腎機能が落ちているので先生に 確認したところ、今回ユリーフ®錠の用量が少ない錠剤に変更になりました。腎機能が低下したことでユリーフ®錠の効果が過剰気味となり、急に血圧が低下したのかもしれません。低用量のユリーフ®錠に変えることで血圧がまた上がる可能性があります。もしも以前のように血圧が高くなるようでしたら、オルメテック®を処方してもらっていた病院を受診するようにしてください」

解説
このケースのように、疑義照会では検査値の異常だけでなく、検査値のグレードによる評価や、処方薬剤の副作用と疑われる症状を具体的に伝えることで、説得力が増し、医師も処方変更が必要か否かを検討しやすくなります。検査値の異常や、発現した症状の背景に何が潜んでいるのか、また今後何が起こり得るかを推測した上で、患者さんに詳細な聴き取りを行うことが非常に重要となります。
腎機能低下により薬剤投与量の調節を行う際には、投与量設定の基準となるeGFR値に注意が必要です。臨床検査で示されるeGFRは、体表面積を1.73m(170cm、63kg)と仮定した計2算式で算出されます。年齢と性別は考慮されるものの、体表面積が小さい症例では過剰投与と なる危険があります。そのため、下記に示した計算式のように、個々の患者の体格情報を反映させたeGFR(mL/分)を算出し、グレード評価による重症度や薬剤投与量について検討する必要があります。

処方鑑査
CTCAE v5.0におけるグレード3(重症)のカリウム値低下が認められた。グリチロン®(グリチルリチン酸)配合錠は低カリウム血症の患者には投与禁忌であり、重大な副作用として偽アルドステロン症が記載されている。偽アルドステロン症により低カリウム血症、血圧上昇などが発生する。特に高齢者は低カリウム血症等の副作用の発現率が高い傾向にあり、慎重投与となっている。
患者への聴き取りでは、数ヵ月前から倦怠感があったが、肝臓の数値のせい、気候のせいと思っていたということであった。下痢や嘔吐などはなく、あまり食欲はないが食事は何とか食べられているという。

電子カルテの検査結果よりカリウム値の推移を確認すると、グリチロン®配合錠の処方後すぐにカリウム値が低下したため、1ヵ月後にアスパラ®Kを追加投与。しかし、カリウム値はさらに低下し、グレード3の低カリウム血症(カリウム値2.5~3.0mmol/L)に至ったため、アスパラ®Kの投与量を増量。その後、一時的にグレード2まで改善したものの、再度グレード3まで低下した。血圧上昇も認められたため、オルメテック®(オルメサルタン)も投与。グリチロン®開始後のカリウム値の推移や血圧、処方歴から、グリチロン®配合錠による偽アルドステロン症が疑われた。

医師の回答
●肝機能は改善傾向にあるためグリチロン®配合錠は中止。
●カリウム値の低下が重度のためアスパラ®Kは継続。
●1週間後に再受診。採血検査にてカリウム値確認。

服薬指導
薬剤師
「今日の検査結果を拝見したら、カリウ ムの数値が大分下がってしまっているようなので先生に確認しました。グリチロン®配合錠の影響でカリウム値が下がっている可能性があるので、一旦グリチロン®配合錠を中止しましょうということでした。この数ヵ月身体がだるかったのもそのせいかもしれませんね。ここまでの治療で肝臓の機能は大分改善されてきているので、グリチロン®配合錠の服用はお休みしても大丈夫ということでした。これ以上カリウム値が下がってしまうと大変ですので、ご自宅に残っている薬があっても飲まないでくださいね」
「お薬を中止した後のカリウムの数値を確認する必要がありますので、1週間後にまた受診してくださいということでしたが、大丈夫ですか?それから、グリチロン®配合錠を中止すればカリウム値が上がってくるので身体のだるさはとれると思うのですが、もしもさらにだるさが強くなったり吐き気が出たりしたら、すぐに病院かこちらに連絡をください。また、以前から服用しているカリウム値を上げるお薬のアスパラ®Kが効きすぎて、逆にカリウム値が高くなりすぎてしまうことが稀にあります。手足がしびれたり、心臓がどきどきしたりするようなことがあった場合も連絡してくださいね」

解説
偽アルドステロン症は、原因薬剤を中止すれば症状は改善しますが、有効性の面から薬剤の中止が難しい場合には、偽アルドステロン症が発現しにくい薬剤への変更を行います。また、偽アルドステロン症に対しカリウム製剤を投与しても、尿中へのカリウム排泄量が増すばかりで十分な効果が得られない場合、抗アルドステロン 薬の併用が有効です。一方で、偽アルドステロン症以外の原因による場合は、処方変更によっても低カリウム血症は改善されません。さらに、処方変更で偽アルドステロン症が改善されるものの逆に高カリウム血症のレベルまでカリウム値が上昇してしまうケースや、処方変更しても低カリウム血症が継続して増悪するケースがあることも想定し、患者さんにそれぞれの症状を説明し、症状が見られたらすぐに連絡するように指導することが重要です。

●検査値異常の原因を探るためには、検査値の推移や処方歴を確認することが重要である。検査値異常に影響するような薬剤やサプリメントを服用していないか、食事摂取の状態はどうかなどについても確認する。
●重度の症状を有する場合には原因薬剤の中止が必要になるが、治療中の疾患に対する有効性の面から中止できないこともある。そのような場合に備えて代替薬の案を想定して疑義照会にあたる。
●副作用による薬剤の中止にあたっては、治療中の疾患が増悪するのではないかという不安感を抱かせないように服薬指導にあたる。
●処方変更により臨床検査値の変動が予想される場合には、予想される状況を具体的に説明し、症状の増悪が見られたらすぐに連絡をするように説明することで、重症化を防ぐ必要がある。

検査値を基にした疑義照会による安全性の向上
実績を積むことで医師との信頼関係が深まる

当院では2014年10月から処方箋への臨床検査値表示を行ってきましたが、実際に検査値情報を基にした評価と疑義照会により安全性の向上の実績を積むにつれて、医師との信頼関係が非常に深まってきていることを実感しています。医薬品に関しては、医師より薬剤師の方が多様な情報を理解しているという認識に変わってきており、今では外来の医師から処方時に迷った際、薬剤部に相談をいただくようにまでなっています。薬剤師がこれまで以上に、安全性確保のためのチェック機能としての役割を果たし、さらには薬物療法を行う上で医師のパートナーとして機能することで、より確実に患者さんの医療安全を担保することが可能となり、さらには医師の負担も軽減されるのです。
安全性確保のためのチェックは、かかりつけ機能薬局で特に期待される役割ともいえます。もし、急性期病院だけでなく慢性期病院の処方も含めて患者さんのあらゆる薬歴を把握していれば、きっかけとなった処方だけでなく他の処方も含めた全薬歴から 薬剤の影響を検討し、総合的に評価することが可能となります。これは、かかりつけ機能薬局だからこそできることです。さらに、検査値の推移をモニターすることで、ポリファーマシーの是正も可能となります。
急激な高齢社会や医師不足という背景があり、医療の形が病院医療から地域医療へと変容している中で、かかりつけ機能薬局の薬剤師が医療者として地域のキーパーソンとなっていく必要があります。処方箋への検査値表示はまだ一部の医療機関で行われているに過ぎないのが実状であり、現時点で検査値が表示された処方箋を応需する機会がない薬局も多 いでしょう。しかし、本記事のような視点を持って、患者さんからの情報の聴き取りと処方鑑査を行っていくことが重要なのです。