日本人にインクレチン関連薬が効きやすいワケとは?
病気の原因や頻度、薬剤の効きやすさなどには人種差が存在します。この人種差を引き起こす遺伝的背景を突き止めるため、国内外で多くの研究が行われています。2019年2月、東京大学大学院医学系研究科の門脇孝特任教授や理化学研究所、大阪大学などの研究者によって発表された 報告1)もそうした研究の1つで、2型糖尿病における日本人の遺伝的背景の一端を明らかにしています。
門脇氏らが行ったのは、20万人規模の日本人集団の遺伝情報を用いたゲノムワイド関連解析(GWAS)です。その結果、2型糖尿病と関連していたのは88の遺伝子領域で、そのうちの20領域が日本人に特徴的な領域であることが確認されました。この20領域は、インスリン分泌の低下に関連する経路であったことから、病態学的に捉えられてきた「インスリン抵抗性タイプよりも、インスリン分泌能低下タイプが多い」という日本人2型糖尿病の特徴が、遺伝子学的にも裏づけられたと考えられます。
また、各領域における遺伝子解析で特に注目されるのが、GLP-1受容体の変異です。GLP-1は消化管ホルモン(インクレチン)の1つで、食事をすると小腸から分泌され、膵臓のβ細胞にあるGLP-1受容体に結合して、インスリン分泌を増加さ せる働きを担っています。GLP-1は分泌された後に、血液中にあるDPP-4という酵素によって速やかに分解されていきます。
本解析によって明らかになったのは、タンパク質であるGLP-1受容体を構成する131番目のアミノ酸がアルギニンからグルタミンに変わる変異(ミスセンス変異)です。つまり、アルギニンの遺伝子配列のうちグアニン(G)がアデニン(A)に置き換わっていたわけです。こうした遺伝子配列は父親と母親から1本ずつ受け継ぎますから、子孫にはGGタイプ、GAタイプ、AAタイプの3種類が存在することになります。そして、欧米人の大多数はGGタイプであるのに対し、日本人ではGA/AAタイプの人が多いことがわかりました。
この事実とこれまでに得られた知見とを突き合わせると、どのようなことが言えるのでしょうか──。まず、日本人は、GLP-1受容体作動薬(DPP-4による分解を受けにくくしたGLP-1アナログ製剤)に対する反応性が、欧米人よりも良好な可能性が示されています2,3)。さらに、健常人にGLP-1受容体作動薬を投与すると、GAタイプはGGタイプの2倍以上のインスリンを分泌することが報告されています4)。これらの結果は、日本人にはインクレチン関連薬(GLP-1受容体作動薬、DPP-4阻害薬)が効きやすいということを示唆しています。
このような遺伝的背景が明らかになることで、日本人により適した治療薬の選択が進むと考えられます。
1)Suzuki K, et al: Nat Genet 2019; 51: 379-386
2)Seino Y, et al: Diabetes Res Clin Pract 2008; 81: 161-168
3)Madsbad S, et al: Diabetes Care 2004; 27: 1335-1342
4)Sathananthan A, et al: Diabetes Care 2010; 33: 2074-2076