監修

日本大学医学部附属板橋病院
呼吸器内科 部長
權 寧博 氏

日本大学医学部附属板橋病院
呼吸器内科 呼吸機能検査室長
伊藤 玲子 氏

1990年代以降、吸入ステロイド薬が普及したことにより、喘息のコントロールは飛躍的に改善しました。また、近年は生物学的製剤が相次いで開発され、重症の難治性喘息に対する治療の選択肢も増えています。ただ、吸入療法のアドヒアランスに関してはまだ課題が多いのが現状です。今回は、日本大学医学部附属板橋病院呼吸器内科部長の權寧博氏と同科呼吸機能検査室長の伊藤玲子氏に、昨年発表された『喘息予防・管理ガイドライン2018』(以下、ガイドライン)の主な改訂ポイントと最新の治療法、さらにまだ課題の多い吸入療法について解説していただきました。

喘息の疫学と現状
死亡者数は減少傾向だが、課題は症状コントロール

喘息は、気道に慢性的な炎症が起こり、変動的に狭窄することで、喘鳴や呼吸困難、咳嗽などが発現する疾患です。日本には450万人もの喘息患者がいるといわれています。喘息は、死亡にもつながり得る疾患ですが、気道に炎症が起こる病態が認知され、炎症改善のために吸入ステロイドが第一選択薬になって以来、喘息死や喘息による救急受診・入院数は大きく減少しました。厚生労働省人口動態統計によると、喘息死亡総数は1990年代までは年間約6000人をおおよそ上回っていましたが、2016年には1400人台まで減少しています1)

問題は、死亡者のほとんどが高齢者だということです。65歳以上の高齢者が喘息死に占める割合は、1995年79.4%、2000年84.0%、2011年88.5%、2013年89.6%、2016年89.4%と増加傾向にあり1)、高齢化が進む日本では高齢者の喘息死がさらに増加することが予想されます。一方、5~34歳の比較的若い世代にフォーカスすると、人口10万人対の喘息死亡者数は、世界の主な先進国と比べても日本は低い傾向にあり、これは日本の現在の喘息治療が世界的に見ても高い水準であることを示しています1)。しかしながら、症状が十分にコントロール(発作や喘息症状がない状態を保つ)されていない患者さんが40%弱いるという調査結果もあり、症状のコントロールは喘息治療の目下の課題といえます。

喘息の管理目標
症状をコントロールするためにFeNOやPEFを測定

喘息の管理目標は、喘鳴や呼吸困難、咳嗽などの症状がない状態を保ち、薬剤の副作用がなく、呼吸機能を正常なレベルに維持して、健常人と同等の生活を送れるということです。喘息の管理目標は、「症状のコントロール」と「将来のリスク回避」という2つに分類されます。
症状のコントロールとしては、気道炎症を制御するためには、「可能な限り呼気中一酸化窒素濃度(FeNO)測定や喀痰好酸球検査で気道炎症を評価する」ことが推奨されています。また、正常な呼吸機能がキープされているかどうかの指標として「ピークフロー(PEF)が予測値の 80%以上かつ日内変動が 10%未満」が掲げられています。PEFのモニタリングは、喘息の管理目標達成のために非常に重要となります。診察時だけでなくセルフマネジメントとして、患者さん自身で日々のPEF値を、簡易型PEFメーターを用いて測定し、客観的かつ経時的に評価することが望まれます。なお、ガイドラインでは喘息の管理目標のうち、将来のリスク回避として、呼吸機能の経年低下の抑制、喘息死の回避、治療薬の副作用発現の回避などが記載されています。

薬物療法は重症度に応じた ステップアップ方式が基本
現在の喘息治療は薬物療法が中心です。喘息治療薬は「長期管理薬」と「発作治療薬」に大別されます。長期管理薬は吸入ステロイド薬(ICS)が基本で、毎日継続的に使用することで喘息発作を予防し、重症化・難治化するのを防ぎます。他の長期管理薬としては、長時間作用性β2 刺激薬(LABA)、ICS / LABA配合薬、長時間作用性抗コリン薬(LAMA)などがあります。一方、短期的に使用する発作治療薬としては、気管支拡張薬の短時間作用性β2刺激薬(SABA)が主に用いられます。
喘息の薬物療法は、重症度に応じた治療ステップ1~4に基づいて行われます(表1)。いずれのステップにおいても基本は ICSですが、重症度に応じて増量していき、それでもコントロールが不十分なときは他の薬を上乗せしていきます。長期管理中に急性増悪(発作)が起こったときは、いずれのステップでも原則として SABAの頓用で対処します。

重症の難治性喘息に対する治療
生物学的製剤の登場

ICSの導入以降、喘息症状がコントロールできる患者さんの割合は格段に高まりましたが、それでも、ステップ4の治療を行ってもなお十分に症状がコントロールできない重症の難治性喘息は、全体の5~10%存在します。こうした重症喘息に対して、近年、生物学的製剤が相次いで承認されました。2009年には国内初の喘息向け抗体薬として抗IgE抗体のオマリズマブ(遺伝子組換え)(ゾレア®)、2016年には抗IL-5抗体のメポリズマブ(遺伝子組換え)(ヌーカラ®)、2018年には抗IL-5Rα抗体のベンラリズマブ(遺伝子組換え)(ファセンラ®)が発売されました。さらに、2019年3月には、アトピー性皮膚炎治療薬として使用されてきた抗IL-4/13受容体抗体のデュピルマブ(遺伝子組換え)(デュピクセント®)も適応拡大の承認を取得しており、2019年10月現在、国内では 4種類の生物学的製剤が重症喘息の治療に使用可能となっています。
オマリズマブは、マスト細胞や好塩基球等の細胞表面に結合するIgEに対するヒト化モノクローナル抗体で、高用量のICSに複数の喘息治療薬を併用しても症状をコントロールできない難治性の喘息が適応です。メポリズマブは、IL-5に対する抗体薬で、血中の好酸球数が高値の重症喘息に有効です。ベンラリズマブはIL-5受容体に対する抗体薬ですが、メポリズマブとは別の作用機序で好酸球を減少させます。デュピルマブはIL-4やIL-13によるシグナル伝達を阻害することで炎症に関与する2型炎症反応を抑制します。
喘息の原因や増悪因子は多様で、アトピー型喘息、高齢者喘息、アスピリン喘息(NSAIDs過敏喘息)など病型も多様ですが、一般的には、「アトピー型」と「非アトピー型」に分けられます。生物学的製剤の登場により、アトピー型重症喘息にはオマリズマブを、好酸球性気道炎症にはメポリズマブやベンラリズマブを、好中球性気道炎症にはマクロライド系抗菌薬を使用するといった、タイプ別の薬剤選択が可能となりました。アトピー性皮膚炎の治療薬で、喘息への適応追加が承認されたばかりのデュピルマブについても、適切な患者選択について議論が重ねられています。

治療選択肢の増加
気管支熱形成術やアレルゲン免疫療法

重症喘息患者に対する治療としては、非薬物療法である「気管支熱形成術」も2018年のガイドラインに追加されました。これは肥厚した気道の平滑筋を熱で減少させることで、気管支が収縮を起こしにくくする治療です。重症例に対し、生物学的製剤と気管支熱形成術のいずれを優先させるかは今議論されている最中ですが、現状は、生物学的製剤が適応とならない喘息や、生物学的製剤が無効だった場合に気管支熱形成術を施行するというのが考え方の主流です。
さらに、アレルゲン免疫療法もガイドラインに追加されました。アレルゲン免疫療法は他の薬物療法と異なり、喘息を含むアレルギー疾患における唯一の根治的治療法です。アトピー型喘息では、ハウスダスト(主にダニ)に対する特異的IgE抗体を有する頻度が高く、アレルゲン免疫療法が有用と考えられています。ガイドラインには、「ダニ感作がある軽症~中等症の持続型喘息で安定期の%FEV1が70%以上の場合、標準化ダニアレルゲンを用いたアレルゲン免疫療法の適応となる」と記載されています。ただし、通年性アレルギー性鼻炎の治療として近年話題に上がっている舌下免疫療法の薬剤(ミティキュア®、アシテア®)の適応症は、喘息ではなくアレルギー性鼻炎のみです。つまり、アレルギー性鼻炎を標的として舌下免疫療法を行った際、合併症の喘息症状に有効な作用を及ぼす可能性はあるものの、喘息そのものを標的として治療を開始することはできません。喘息に対する保険適応があるのは2019年10月現在、皮下免疫療法のみです。さらに、アレルゲン免疫療法は舌下・皮下とも喘息の重症例に対しては禁忌であることも注意が必要です。

喘息治療の問題点
吸入の手技やアドヒアランスが不良

喘息治療では、表1に示したとおり、軽症から重症まで全ての患者さんで吸入療法が用いられますが、吸入療法は、適切に実施されないと十分な治療効果が得られません。そして、吸入療法の効果があまり見られないときは、吸入の手技が不適切なだけでなくアドヒアランスが不良なことが多いのです。
したがって、症状コントロール状況が不良で、治療のステップアップを考慮するような場合、まずは吸入の手技とアドヒアランスについて、患者さんの状況を確認することが必要です。当院には、難治性喘息のために生物学的製剤の治療を希望し、他院からの紹介状を持って来院される患者さんも多くいます。こうした患者さんの吸入手技やアドヒアランスの状況を確認すると、吸入手技がいつのまにか自己流になっていて十分に吸入できていなかったり、症状が改善してくると自己判断で吸入薬の服用を中止してしまっているケースが非常に多いのが現状です。その結果、喘息の症状コントロールが悪化し、難治性喘息などに至ったことも、実臨床でよく経験しています。海外の報告では、ステップ4の治療を行っている患者さんに徹底した問診、服薬アドヒアランス、吸入手技のチェックなどを実施したところ、真の難治性喘息は全体の3.6%のみであったという結果があります2)

吸入薬のアドヒアランスに関する認識のずれ
実際は高齢者より若年層で低下傾向

吸入薬使用に関する実態調査3)によると、吸入薬の吸い忘れや中断・中止経験(アドヒアランスの低下)があった患者さんの年齢層は20~39歳で38%、60歳以上で28%と、高齢層よりも比較的若年層でアドヒアランスの低下が認められました。
同調査では、薬剤師の吸入薬アドヒアランスに対する認識に関しても報告されていますが、「アドヒアランスが低く、吸入指導に時間をかけるべき患者年齢」について、「20~39歳」よりも「60歳以上」と答えた薬剤師の割合が多いという結果でした。
アドヒアランス低下が見られた患者像(20〜39歳)と薬剤師さんが吸入指導を重視する患者像の認識( 60歳以上)の違いは着目すべき点です。吸入器のボタンを押す力、吸う力、吸うタイミングなどの観点から、高齢者が吸入薬を適切に取り扱うことの難しさは確かにあると思います。しかしそれを上回るほど、20〜30歳代の患者さんはアドヒアランスが低かったようです。
若年層では他疾患による来局頻度が少ないことが影響しているのか、自己判断で服薬を中断・中止しても薬剤師さんの目にはなかなかとまらないのかもしれません。この実態を認識し、アドヒアランス向 上のために、高齢者はもちろんですが、成人の若年層の患者教育にも力を入れる必要があります。

喘息治療のカギは「吸入薬の適切な指導」や「適切な症状評価」
前述の吸入薬使用に関する実態調査における対象全体では、アドヒアランスの低下が見られた割合は 77%と高頻度でした。吸入薬が適切に使用され、高いアドヒアランスが保たれることはやはり容易ではありません。喘息管理が成功するためのファクターは、薬物の効果が 10%、患者教育が90%ともいわれます。喘息の患者教育は、具体的には「吸入薬の適切な指導」や「適切な症状評価」があります。

吸入薬の適切な指導
吸入療法では、吸入手技の習熟が必要不可欠です。初診時に医師や薬剤師が吸入指導を十分に行ったにもかかわらず、再診時に吸入操作を確認すると誤った操作により十分な吸入がなされていないことはよくあります。
当院では吸入指導は最低でも半年に1回行っていますが、患者さんによっては3ヵ月後には忘れてしまうこともあります。正確に吸入が行えていない可能性を問診で推測した際は、2ヵ月ごとなど、より短期間で定期的な指導を実施します。また、薬の残量が計算上合わないときは、間違った吸い方や自己判断による調整が行われているのではないかなどを疑い、再度吸入指導を実施して状況確認を心がけています。
現在、臨床で使われている吸入デバイスは大きく3種類に分けられます。

薬剤名や吸入方法、指導の主なポイントを表2(P.10)に示します。これらのデバイスの特性を考慮し、患者さんの年齢、呼吸機能、ライフスタイルに合ったデバイスを選択することが大切です。デバイスを選択する上で特に注意が必要なのは、筋力や吸う力が低下している高齢の患者さんです。たとえばDPI製剤は、エアロゾル化に30~40L/分以上の吸気流速を必要とするため、高齢の喘息患者さんでは十分に吸入できていないことがあります。またpMDI製剤の場合、高齢者では噴霧時に吸気を同調させることが難しい場合があります。どの吸入デバイスを使用するにせよ、高齢者における吸入療法には十分なケアとサポートが必要です。高齢の患者さんには吸入指導を定期的に行い、それでも十分に吸入できないときは他のデバイスへの変更を考えます。
また、症状コントロールが不良の場合、薬剤服用のタイミングや回数が適切でない可能性もあります。たとえば、発作時の短時間作用性β2刺激薬は、使うタイミングが遅いと十分な効果が得られない場合があります。その結果、患者さんの判断で服用回数を増やしてしまうケースも見られます。短時間作用性β2刺激薬は症状のピークより少し前段階で使用するとより効果が得られやすいです。また、1日に複数回使用しても効果が得られない場合は、吸入手技などが適切ではない可能性も鑑みて、患者さんに医療機関の再受診を促していただきたいです。当院では、薬剤の種類や服用回数を記載し、手軽に携帯が可能 な「喘息カード」[写真1(P.11)]を患者さんにお渡ししています。

適切な症状評価
臨床上の所感としては、喘息の患者さんは自分の症状を過小評価される傾向にあります。実際、毎日のように気管支拡張薬を使っているのに、自分の喘息症状は十分にコントロールできているといわれる患者さんなどもいます。適切な症状コントロールには、患者さんが自身の状態を正確に把握することが大切です。そのためには患者さんとのコミュニケーションの取り方にも工夫が必要になります。漠然と「どうですか?」と聞くと大体の患者さんは「大丈夫です」と答えられるので、「朝起きて苦しいと感じる日はありますか?」「夜、咳で目が覚めることはありますか?」などとなるべく具体的に聞くとよいでしょう。
また、多くの場合は、症状が発現しなくなっても気道の炎症はまだ残っており、症状の鎮静が安定するまでには半年程度の期間を必要とします。その後も、寛解状態となり薬剤を中止し経過観察となっても、完治ではないため再燃の危険性に備え、医療機関での定期的な状態確認や呼吸機能検査の継続が望まれます。患者さんにはこうしたことを理解してもらう必要があります。
さらに、セルフマネジメントも大切です。特に、自分の症状を正しく評価できていない方では、症状の記録による客観的な視点がとても有用です。当院では、「私のぜんそくカルテ(通称:ゼンカル)」と名付けた電子喘息日誌のアプリを現在開発中です(写真2)。

スマートフォンに毎日朝晩の 2回必要な数値を入れると、 症状がコントロールできてい るかを正確に評価してくれま す。スマートフォンのアプリ は、就寝直前でも記録が可能 なので喘息管理に適している と思われます。

「吸入レッスン」などのアイテムを活用し気軽に吸入指導を
我々は、薬剤師の方々に喘息の吸入指導を積極的に行っていただきたいと考えています。吸入薬は年々種類が増え、これからはジェネリックも多く登場する見込みです。細かいところまで全部習熟するのは難しいかもしれません。また、医師に間違いを指摘されるのを極度に嫌がる患者さんもいますので、薬剤師さんにおいても吸入指導は簡単なものではないでしょう。
しかし、吸入薬のアドヒアランス向上のためには、きめ細かな吸入指導が欠かせま せん。我々が立ち上げた吸入指導の支援サイト「吸入レッスン」(図)にはエッセンスと なるような吸入指導の内容が盛り込まれています。こうしたアイテムを活用して、ぜひ 吸入指導に役立ててほしいと思います。他にもたくさんの薬剤を扱う薬剤師さんですの で、患者さんと一緒に吸入の勉強をするくらいの気軽さで、吸入指導に取り組まれるのもよいのではないでしょうか。