監修
トライアドジャパン株式会社
副社長 薬剤師
竹内尚子氏
精神科などで使われる向精神薬の処方が世界的に増加傾向にあります。平均寿命が延び続ける日本では抗不安薬、睡眠薬の多用・濫用などさまざまな問題が表出しています。トライアドジャパン株式会社副社長で薬剤師(医学博士)の竹内尚子氏に、向精神薬の概要や、ポリファーマシー問題に対する取り組みなどについてお話を伺いました。
精神疾患と向精神薬
疾患概要と治療薬のおさらい
向精神薬とは、中枢神経に作用し精神機能に影響を及ぼす薬物の総称で、抗うつ薬(主にうつ病の治療薬)、抗精神病薬(主に統合失調症の治療薬)、抗不安薬(主に神経症の治療薬)、睡眠薬(主に不眠症の治療薬)などがあります。抗不安薬や睡眠薬などは 精神科以外の一般診療科でも頻繁に使われます。代表的な精神疾患と向精神薬について概観します。
うつ病-抗うつ薬
気分障害※はうつ病と、うつ状態と躁状態が交互して出現する双極性障害(躁うつ病)に大きく分けられます。気分障害の原因は不明ですが、脳内セロトニン・ノルアドレナリン神経系などの関与が考えられています。感情障害、思考障害、意欲・行為障害、身体症状が特徴的な疾患です。
うつ病の治療は、休養をとって日常生活の精神的負担を軽減しながら精神療法と薬物療法を行うのが基本です。治療薬は、三環系抗うつ薬、四環系抗うつ薬、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)、ノルアドレナリン・セロトニン作動性抗うつ薬(NaSSA)などがあります。2000 年頃までは、うつ病の薬物治療では三環系抗うつ薬が中心的な役割を果たしてきました。SSRIは忍容性が高く、現在は主な第一選択薬とされています。
新しく開発された抗うつ薬は、脳内の標的に対してより選択的に作用する傾向にあるため、治療効果が高いとされています。一方で、三環系抗うつ薬、四環系抗うつ薬はNaSSAなどと比べて薬価が低いものが多く、経済的負担が小さいというメリットがあります。
※精神疾患の診断・統計マニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)の最新版であるDSM- 5では、うつ病と双極性障害は別のカテゴリーとなり、気分障害という項目はなくなりました。ただし、実臨床では「気分障害」という語句はまだ使用されているため、今回の記事では「気分障害」という表現を使用しています。
統合失調症-抗精神病薬
統合失調症は多彩な症状を呈します。症状は陽性症状(妄想、幻覚、思考障害など)と陰性症状(感情鈍麻、意欲障害など精神機能が低下した状態)に大別されます。治療は薬物療法を中心に、身体療法、精神療法、リハビリテーション(作業療法、生活技能訓練など)が行われます。
統合失調症の薬物療法の中心は抗精神病薬です。抗精神病薬は定型抗精神病薬と非定型抗精神病薬に大別されます。近年は、外来対応が可能な患者さんにも入院患者さんにも、第二世代(新世代)と呼ばれる非定型抗精神病薬が第一選択薬として位置づけられています。
現在国内で使用されている非定型抗精神病薬は、リスペリドン、ペロスピロン、ブロナンセリン、パリペリドン、クロザピン、オランザピン、クエチアピン、アセナピン、アリピプラゾール、ブレクスピプラゾールの10種類です。このうち、リスペリドン、ペロスピロン、ブロナンセリン、パリペリドンはドパミンD2受容体だけでなくセロトニン5-HT2受容体も強力に遮断するためSDA(serotonin-dopamineantagonist)に分類されています。クエチアピン、 オランザピン、クロザピン、アセナピンは、ドパミンやセロトニンのほかにヒスタミンH1受容体やアドレナリンα1受容体などにも作用することからMARTA(multi-acting r eceptor targetedantipsychotics)、アリピプラゾール、ブレクスピプラゾールはドパミンD2受容体を遮断するとともに部分的に刺激する作用もあるのでDPA(dopamine partial agonist)と呼ばれています。
不安障害-抗不安薬
不安障害(神経症性障害、神経症)は心理的要因によって精神症状や身体症状が引き起こされた状態で、パニック障害、全般性不安障害、社交不安障害、強迫性障害、恐怖神経症などがあります。脳内の神経伝達物質であるセロトニンやノルアドレナリンの分泌異常と心理的要因(ストレス)が関わっていると考えられています。
パニック障害、社交不安障害に対しては、エスシタロプラム、パロキセチン、セルトラリンといったSSRIが第一選択とされています。また、不安症の治療には、アルプラゾラムやブロマゼパムなどの抗不安薬が選択されます。
不眠症-睡眠薬
不眠症とは、入眠障害や中途覚醒、早朝覚醒、熟眠障害などの睡眠トラブルが1ヵ月以上続き、日中に不調(倦怠感、集中力低下、食欲低下など)が出現する疾患です。不眠の原因はストレスや精神疾患、薬剤の副作用などさまざまです。不眠が続くと、眠れないことへの恐怖心から心身の緊張の高まりや睡眠へのこだわりが生じるためにさらに不眠が悪化するという、悪循環に陥りやすくなります。
不眠は原因に応じた対処が必要で、生活習慣の改善で効果が期待できない場合は睡眠薬の使用が検討されます。
不眠症の薬物療法は、⾮バルビツール酸系、バルビツール酸系など依存性の強い睡眠薬から、より忍容性の高いベンゾジアゼピン系薬剤、⾮ベンゾジアゼピン系薬剤、メラトニン受容体作動系薬剤およびオレキシン受容体拮抗薬の睡眠薬に移⾏しました。ただし、ベンゾジアゼピン系・非ベンゾジアゼピン系睡眠薬なども依存性が全くないという訳ではありません。また、高齢者ではベンゾジアゼピン系薬剤服用による転倒も懸念されることから、第一選択薬の位置づけではありません。
ベンゾジアゼピン系(非ベンゾジアゼピン系を含む)薬剤は、γ-アミノ酪酸(GABA)A-ベンゾジアゼピン受容体複合体に結合し、GABAA受容体の機能を増強することで、抑制系の神経伝達を促進し、催眠鎮静作用、抗不安作用、筋弛緩作用、抗けいれん作用を発揮します。現在、多くのベンゾジアゼピン系薬剤が睡眠薬、抗不安薬として使われています。近年 問題になっている薬物依存などの原因薬物の上位を占める睡眠薬や抗不安薬のなかではベンゾジアゼピン系薬剤が注目されています。
精神疾患治療における問題点
服薬中断による再発
精神科の薬剤では、自己判断による服薬中断が大きな課題です。その要因としては、患者さんの病識の欠如、受診のモチベーションの低下、効果発現までの期間に症状改善の実感が得られない、などが考えられます。一方、医療者側の要因としても、患者さん・家族と十分なコミュニケーションが取れていなかったり、薬物療法の治療計画が不適切だったりすることが考えられます。
初発のうつ病の患者さんの再発率は、約50%と言われています。統合失調症については、初発で薬物療法の効果が見られても、服薬を中断すると約80%が1年以内に再発を経験するという報告もあります。
相互作用
精神疾患の薬物療法では、向精神薬による副作用を予防する目的でさまざまな薬剤が併用されます。また、生活習慣病などが併存する患者さんでは、その治療薬も併用されます。そのため薬物相互作用に対する注意が必要になります。
薬物代謝が関与する薬物相互作用の多くは肝臓のチトクロームP450(CYP)が関連しますが、たとえばS SRIは、CYP2D6、CYP3A4、CYP2C9、CYP2C19、CYP1A2などの関与が大きく、CYP代謝に関与する薬物との相互作用には注意を払うことが重要とされています。
特に高齢者の場合、複数の医療機関、診療科で処方されるケースが多く、併用禁忌とされる組み合わせや、相互作用や残薬調整などについての疑義照会も多くなります。残薬があることがわかれば、処方日数を減らしたり、処方を中止したりすることによって医療費の抑制が可能です。残薬調整についてはトレーシングレポート(図1)などを活用し、医師 と情報を共有することもできます。
また、健康維持のために広く利用されているサプリメントなどの健康食品についても向精神薬との相互作用を念頭に置きながら服薬指導することが重要です。さらには、アルコール、たばこ、コーヒーなどの嗜好品は、中枢神経への影響や薬物代謝酵素の誘導または阻害についても配慮する必要があります。
向精神薬の適正使用に向けた診療報酬の段階的な改定
国連は「国際統制薬物の医療・科学目的の適切なアクセス促進に関する報告書」(2010年)で、日本でのベンゾジアゼピン系薬剤の消費量が他のアジア諸国と比較して多いことについて、人口の高齢化と不適切な処方や濫用の可能性を指摘しています。
国内の医療機関では現在、精神科の院外処方箋の発行率が高く、多くの保険薬局で向精神薬を含む処方箋の調剤が行われています。また、向精神薬のうち特に睡眠薬と抗不安薬は精神科以外でも処方されることが多く、抗うつ薬、抗精神病薬の処方率を大きく上回っています(図2)。厚生労働科学研究費補助金・長寿科学総合研究事業「高齢者に対する向精神薬の使用実態と適切な使用方法の確立に関する研究」(平成21 年度総括・分担研究報告書)によると、睡眠薬、抗不安薬は20~50歳代では精神科、心療内科での処方が多く、60歳代以上は一般診療科での処方が多かったといいます。また、男性に比べて、特に高齢女性で睡眠薬、抗不安薬の処方率が高く、その要因として不眠症、うつ病、不安障害、ストレス関連疾患などの罹患率が女性で高いことが推測されています。さらに、生活習慣病などで受診した患者さんが加齢やストレスによる不眠や不安症状を訴え、主治医はそれに応じて睡眠薬や抗不安薬を処方することが多いとしています。
こうした状況から厚生労働省は、向精神薬が長期にわたって漫然と投与される状況や多剤併用を是正するために、2012年度から2018年度まで4回にわたって診療報酬を段階的に改定しました。
2012年度の診療報酬改定では、1回の処方で3剤以上の抗不安薬または3剤以上の睡眠薬を投与した場合、「精神科継続外来支援・指導料」( 1日につき55点)は100分の80の点数で算定されることになりました。
2014年度には、3種類以上の抗不安薬、3種類以上の睡眠薬、4種類以上の抗うつ薬、または4種類以上の抗精神病薬を投与した場合は、精神科継続外来支援・指導料は算定不可となり、処方箋料は68点→ 30点、処方料は42点→ 20点、薬剤料は100分の80の点数で算定されることになりました。
2016年度の改定では、3種類以上の抗不安薬、3種類以上の睡眠薬、3種類以上の抗うつ薬、または3種類以上の抗精神病薬を投与した場合、処方箋料、処方料、薬剤料は据え置きとなりました。
そして2018年度の改定では、算定要件は三本立てとなり、さらに細部にわたって手が加えられました。①3種類以上の抗不安薬、3種類以上の睡眠薬、3種類以上の抗うつ薬、3種類以上の抗精神病薬または4種類以上の抗不安薬および睡眠薬を投与した場合、処方箋料は68点→ 28点、処方料は42点→18点、薬剤料は100分の80の点数で算定されることになりました。②不安の症状または不眠の症状に対してベンゾジアゼピン系薬剤を12ヵ月以上連続して同一の用法・用量で処方した場合、処方箋料は68点→40点、処方料は42点→29点になりました。③直近の処方時に向精神薬の多剤処方の状態にあった患者さん、または不安の症状または不眠の症状に対しベンゾジアゼピン系薬剤を12ヵ月以上連続して同一の用法・用量で処方されていた患者さんで、減薬のうえ、薬剤師に症状の変化などの確認を指示した場合、処方箋料は68点→80点、処方料は42点→54点になりました。
有害事象発生は6種類以上の薬剤処方で増加か
早期に患者の理解を得て減薬を
特に高齢者では一人の患者さんが罹患する疾患数が多く、それに対する治療薬だけでなく、その副作用緩和に対する薬剤処方もあり、ポリファーマシーは深刻な問題です。かかりつけ薬剤師・薬局としては、患者さんのOTC薬を含む全ての薬剤を一元的に管理し、相互作用やポリファーマシーの対策を進めていくことが重要と思われます。
ポリファーマシーは、単に服用する薬剤数が多いことだけではなく、それに関連して有害事象のリスクが増大し、服薬アドヒアランスの低下などを招く可能性がある状態を指します。しかし、何剤以上をポリファーマシーとするか
について厳密な定義はなく、患者さんの病態などによって適正な処方は変化します。ただし、薬物有害事象は薬剤数にほぼ比例して発生し、6種類以上になると有意に増加するという報告もあり(図3)、安全性の確保などから見た処方内容の適正化が求められます。
また、全国の保険薬局における処方調査で、75歳以上の約25%が7種類以上、約40%が5種類以上の薬剤を処方されていることがわかりました(図4)。実際、とある高齢者施設の入所者(70歳代女性)の場合、消化管運動機能改善薬をはじめ、不整脈治療薬、抗血小板薬、降圧薬、高尿酸血症治療薬、コレステロール低下薬、気管支拡張薬、アレルギー性疾患治療薬、鎮痛薬、漢方薬のほかに抗不安薬が2種類(エチゾラム、ロフラゼプ酸エチル)、睡眠薬(ゾルピデム)など、合計で24種類50錠/日が処方されていました。
併存疾患を持ち複数の医療機関、診療科を受診する患者さんについては、処方薬全体を把握することが困難であり、ポリファーマシーの解消には、医療関係者間の連携と患者さんへの啓発が不可欠です。
2019年9月に神戸市で開催された第3回日本精神薬学会総会・学術集会では、「向精神薬の相互作用・ポリファーマシー―― 特に外来通院患者について考える」をテーマにしたシンポジウムを行いました (座長:竹内尚子、加藤剛)。ポリファーマシー対策に取り組む精神科クリニック医師、内科医師、病院薬剤師の3名がシンポジストとして登壇し、意見を交換しました。ポリファーマシーに関しては三者三様の考え方があるものの、共通していたのは、早期に患者さんの理解を得て減薬を可能にした経験があることでした。その成功体験が減薬推進のモチベーションになっていることがわかりました。
抗不安薬・睡眠薬は患者の声に耳を傾けながら時間をかけて減薬を
日本睡眠学会によると、うつ病の患者さんの約8割に不眠が、1割に過眠(日中の眠気や長時間睡眠)が見られるといいます。実際、外来診療と訪問診療いずれにおいても、患者さんの「眠れない」という訴えに応じて睡眠薬が処方されることが多いようです。また、薬物依存症の患者さんが精神科に入院する原因として一番多いのは覚せい剤ですが、その次は抗不安薬・睡眠薬と言われています。
しかし、前述の2012年度以降の診療報酬改定が奏功して、診療や服薬指導の現場では睡眠薬、抗不安薬の処方・調剤が少しずつ変化しています。特にベンゾジアゼピン系睡眠薬の複数・重複投与などが見直され、ベンゾジアゼピン系睡眠薬に追加処方する場合はオレキシン受容体拮抗薬やメラトニン受容体作動薬など作用機序の異なる薬剤が処方されたりするなど、適切な処方が広がりつつあります。
一方で、薬剤を減らされることに不安を感じる患者さんもいます。また、睡眠薬を⻑期間服⽤した後に、⼀気に中断すると不眠症状が⼀時的に悪化することがあります。減薬は患者さんの声に耳を傾けながら、時間をかけて進めていくことが大切です。日本睡眠学会などが作成した「睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン」(平成24年度厚生労働科学研究・障害者対策総合研究事業)は、睡眠薬の減量法について、「1種類の睡眠薬を4分の1錠ずつ減らし、1〜2週間経過を見て問題がなければ、さらに4分の1錠減量するなど、時間をかけて減量する。特に、2錠以上服⽤している、2種類以上服⽤している、⻑期間服⽤している場合は、緩やかな減量が必要」としています。
さらに、国は現在、精神疾患の患者さんの地域生活を支える適切な医療を確保するために精神科訪問看護の普及を推進しています。精神科の治療が入院から外来へ移行しつつあるなかで、今後はポリファーマシー対策と外来通院の支援が必要になってきます。すべての薬剤師がポリファーマシーに対する問題意識を持って、取り組んでいくことが成功への近道と言えます。