薬機法の改正により、今、薬剤師のアイデンティティが問われようとしています。新型コロナウイルス感染症により先行きが見えない中、今後のキャリアについて悩まれている方も多いのではないでしょうか。新たな分野に挑戦している若手の薬剤師に出会いました。
小嶋 佑輔(こじま ゆうすけ)
プロフィール
都内薬局に勤務する保険薬剤師。
腸内細菌フォーラムに参加し、腸内免疫系と予防医療に興味を持つ。
その後、チベットへ医学勉強に行くなど、保険外診療や西洋医療の枠外からみた医療を間近で感じ、予防医療への興味がさらに増す。
現在は薬剤師として働きながら腸管免疫を学ぶのと併せ、予防医療オンラインサロンに参加。
──小嶋さんのこれまでの経歴を教えてください。
私は、15歳までに先天性の心臓疾患や消化器、眼と、3回も手術を経験したことで、中学3年生の時に医療 業界を目指すことを決めました。薬学部卒業後、大手ドラッグストアのOTC販売を5年間経験し、店長の役目も果たしてきました。
薬学部時代は、薬は、体を治すため の、痛みやつらさを軽減するための素晴らしいもの、と教わってきましたが、いざドラッグストアの店長になってからは、薬は「売り上げを上げるためにノルマが課された、ひとつの商品」と実感しました。もちろん、医薬品が商品であり薬局はビジネスであることは承知の上でしたが、それでも薬学部時代とのギャップに違和感を覚え、調剤部に転向しました。
その後、一度退職して、今後のキャリアについて立ち止まって考えていました。それまでほとんど有給休暇も使わずに過ごしてきた私にとっては、その期間は貴重でした。とにかくがむしゃらに行動しようと思い、医療業界以外の世界をみるために、オンラインサロンに入って、堀江貴文さんやメンタリストのDaiGoさんと 交流することもありました。そうしたモラトリアムの期間を経て、派遣薬剤師として調剤薬局に戻りましたが、常に売り上げに追われていたドラッグストアの店長時代とは違って、客観的に薬剤師の業務を捉えるようになりました。現在では、調剤薬局に再び正社員として勤務しています。
──調剤薬局の業務以外に、腸内細菌の体内への影響についてセミナーなどを実施されているとのことですが、それはどういう経緯なのでしょうか。
昨年の7月に、薬剤師を休止していた時に繋がった方の紹介で、歯科医師や歯科衛生師などを対象にした「なでしこフォーラム2019」というイベントに参加しました。そこでは、関節リウマチや不妊治療に対し、腸内細菌という新たなアプローチについての講義が展開され、私はその内容に引き込まれました。講師の国際和合医療学会常任理事 陰山康成先生と懇親会でお話しし、腸内細菌についてもっと知りたくなったのです。そこで、プロバイオティクスの摂取を自分で試してみた結果、体質改善がみられたので、これを広めようと考えました。なお、これとは別の活動になりますが、私は、陰山先生に誘っていただき、チベットに行って、日本と全く違う医療を目の当たりにしました。これは、私のターニングポイントとだったと思います。
──チベットの医療を見に行く薬剤師さんも珍しいですね。そこに何があったのでしょうか。
はい、東洋医療をこの目で見るため、陰山先生主催のチベットでの医療見学に参加しました。2泊3日の弾丸ツアーでしたが、衝撃的な経験でしたね。
訪問したのは、西洋医学を全く行わないチベットの医療施設でした。現代の西洋医学ではめったに実施されない、瀉血や患部をただ温めるような手法や瞑想を目的とした部屋など、現代社会でこのような医療が実施されていることが驚きでした。
チベットの伝統的な医療では、日本の医療施設のように、臓器による「科」の分け方がないようなのです。かわりに、チベットの診断では全ての患者さんの症状を表の4つに分類 するそうです。
日本の医療施設では大抵の場合、何らかの薬が処方されるのが当然で、処方されないと下手をすればクレームに繋がりますが、伝統的なチベットの医療では、薬が処方されるのが普通という前提がありません。また、医療機関には「未病棟」と呼ばれるフロアがあります。そこの患者さんは、具体的な治療はせず、時間が経てば自然治癒することについて指導されるのみとのことです。
講師の方は、アメリカでも指導されているとのことで、「自然治癒すると考えられるものに薬の処方などをしない、というのは、何もチベットに限ったことではなく、世界の医療で広く知られているスタンスです」と講義されました。
必要な疾患のみに薬物療法を実施するというのは、医療の本質的なスタンスではないか、とハッとさせられました。海外では、医療保険が高額なために、日本のように頻繁に医療機関を受診するという状況は珍しいと思います。私は、自分が医療の大局のようなものを掴めていなかったことを痛感しました。
──普段の薬剤師の業務とはかけ離れた医療ですね。
そうですね。私は、薬学部卒で、薬剤師としてこれまで人生を歩んできたので、薬の作用機序はじめ、科学的な根拠があるもののみを信じてきました。また、薬局の店長時代は、とことんロジカルに売上や客単価のアップを狙うという思考体系を持っていました。それに対し、論理や根拠より、まず結果が出ていることに着目する、という視点がとても新鮮でした。
チベットのこうした医療は、日本や欧米で実施されているものとは異なり、エビデンスとして蓄積され論理的に診療の有効性が認められているわけではありません。しかし、患者さんにたしかな効果があるようなのです。
この「不確かではあるけれど、結果を出している」ということは、私にとって新しい価値観でした。帰国し、自分に何ができるのか考えた結果、まずは自分の身で試してみようと考えました。陰山康成先生が講義で紹介されていた腸内フローラについて、本格的に勉強を始めるとともに、プロバイオティクスを摂取することにしました。具体的には、腸内フローラ検査で自分に合うプロバイオティクスを調べ、海外からそのプロバイオティクス製品を複数試してみました。すると、私の慢性的なアレルギー性鼻炎が改善しました。また、この腸内 のケアでは、プロバイオティクス摂取とともに食生活も見直したこともあり、気になっていた体重の減量も不調になることなく実現できました。
──新しく得た価値観を、身をもって実感されたと。
はい。薬剤師の業務では、その逆で、エビデンスがあるのに目の前の患者さんには効かない、というもど かしい場面もあったので、このような体験がもっと日本でも広まってほしいという思いが芽生えました。この腸内のケアの考え方の基本は、腸内細菌+食生活の見直しですので、生活習慣病の予防という観点でも重要ではないかと考えています。
薬剤師にとって、腸内細菌は介入しやすい分野だと考え、この知識や考え方を薬剤師の方に広めようと、薬剤師さんを支援する一般社団法人リードコンファーマさん主催のセミナーで腸内細菌について講義をさせていただきました。
──今後の活動や展望について教えてください。
チベットの伝統医療や腸内細菌で全てが解決されるとはもちろん考えていませんが、私のこの1年の経験は、今後の薬剤師のキャリアや生き方を考えていく上でとても重要だったように思います。同じ医療でも、自分が当たり前のように考えていたものとは別の価値観でアプローチすることを知りました。
患者さんももちろんですが、医療人として身近にいる大切な人を救いたいという想いがあります。そのためには、薬剤師の通常業務で必要となる、薬や疾患の知識だけでなく、薬以外の食事や運動などの様々な面で、健康指導ができるようになる必要があると考えています。
新型コロナウイルス感染症による
影響はまだ不明ですが、薬剤師は、収入や就業の面でベースがある程度しっかりしていますので、何か新しいことにチャレンジしやすい職業だと思います。私はこの新しい価値観をもって、さらに色々なことにチャレンジしていきたいです。