細胞の機能を利用する新型コロナウイルスの巧みな戦術

新型コロナウイルスは、正式名称をsevere acute respiratorysyndrome coronavirus 2(SARS-CoV-2) といい、コロナウイルス科に属しています。ヒトに感染するコロナウイルスは、これまでに6種類が知られており、そのうちの4種類はかぜ症候群を引き起こすウイルスです。残りの2種類は重大な病気をもたらすもので、1つは重症急性呼吸器症候群(SARS)を起こすSARS-CoV-1、もう1つは中東呼吸器症候群(MERS)を起こすMERS-CoVです。新型コロナウイルスは、ヒトに感染する7種類目となります。

新型コロナウイルスは、エンベロープという脂質二重膜で覆われ※、その表面からスパイクタンパク質が突き出た格好をしており、内部にはカプシドというタンパク質に包まれたリボ核酸(RNA)が存在します。

ウイルスは、自分だけでは増えることができず、細胞に侵入して増殖します。新型コロナウイルスは、表面に突き出たスパイクタンパク質が、私たちの細胞の表面にあるアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)受容体に結合することで侵入を開始します。ACE2はアンジオテンシン変換酵素(ACE)とともに血圧の調節にかかわる酵素で、ACE2は血管拡張、ACEは血管収縮という作用を持っており、私たちの体のなかで重要な働きを担っています。

細胞内に侵入した新型コロナウイルスは、細胞の作用でエンドソームという小胞のなかに閉じ込められます。これは細胞が外部から栄養分子や情報分子を取り込むための仕組みと同じで、「エンドサイトーシス」と呼ばれます。新型コロナウイルスは、他のウイルスと同様に、細胞が機能するために必要な仕組みを利用して、細胞内に侵入するわけです。

その後、細胞はエンドソーム内の分子を消化するため、中身が酸性の消化エンドソームという別の小胞をエンドソームに融合させて、エンドソーム内を酸性化していきます。この酸性化は、エンドソームの中身が何であっても行われます。ところが、新型コロナウイルスがエンドソーム内にいる場合、酸性化とともに、スパイクタンパク質の膜融合能が活性化され、エンドソームの膜と新型コロナウイルスのエンベロープが融合します。その結果、エンドソームの膜が開いて新型コロナウイルスのRNAが細胞質内に遊離されます※※。そして、RNAは細胞が持っているリボソームに結合し、ウイルスの複製に必要なタンパク質やRNAを大量に合成します。

このように、他のウイルスと同様に、新型コロナウイルスは、細胞の性質・機能を巧みに利用して、自らを増殖させているのです。

※新型コロナウイルスのエンベロープが脂質でできているため、アルコールや界面活性剤(石鹸など)に弱いのです。
※※新型コロナウイルスでは、エンドソームに包まれることなく、細胞内に入り込む場合もあります。

〈 参考文献〉

武村正春: 細胞とはなんだろう「 生命が宿る最小単位」のからくり; 講談社ブルーバックス
Jiang S, et al: Trends Immunol 2020; 41: 355‒359