眼圧メカニズムから禁忌の最新情報まで

【監修】井上 賢治 氏
 井上眼科病院 院長

「40歳以上の20人に1人は緑内障」です。進行すると失明にいたることもある緑内障。しかし、ある程度進行していても自覚症状がほとんどないことから、潜在患者が非常に多いことが推測されています。今回は、緑内障専門医の井上眼科病院院長 井上賢治氏に、緑内障のメカニズムや治療、禁忌の情報、治療経過における重要なポイントについて解説いただきました。

緑内障の発症に関わる眼圧は房水の量で決まる

緑内障は、視神経(眼が見た情報を脳へ伝えるケーブルのような組織)の障害と、それに対応する視野の障害が認められる疾患です。視神経障害および視野障害は進行性、非可逆性であり、進行すると失明にまで及ぶこともあります。

緑内障は、視神経乳頭と呼ばれる部分が眼圧により障害されることが発症の機序とされています。もっとも最近では、眼圧が正常範囲内でも緑内障を発症する症例や、治療により眼圧を十分に下降させても進行する症例が見られ、眼圧以外の因子についても論じられていますが、眼圧が重要な因子であることは間違いありません。

眼圧とは、その名が示すとおり眼球内の圧力です。眼圧によって眼球の形状が保持されています。眼圧は、眼球内を満たす「房水」によって生じます。房水は、毛様体で毎日一定量産生され、角膜・水晶体・硝子体など血管のない組織に栄養を与えた後に、虹彩の裏側を通り隅角から排出されます(図1)。この房水の産生量と排出(流出)量のバランスにより眼圧が規定されるのです。つまり、産生量が増える、あるいは流出量が減ると眼圧は上がり、逆の場合には眼圧は下がることになります。

眼圧は10~20mmHgが正常範囲とされています。また、眼圧は日内変動や季節変動があります。一般的には、1日の中で午前中が高く、季節の中では冬に上がるといわれています。

緑内障のタイプとタイプ別の緑内障有病率

緑内障は、原発緑内障、続発緑内障、小児緑内障の3種に大別されます。そのうち、原発緑内障は、「閉塞隅角緑内障」と「開放隅角緑内障」に分かれます。閉塞隅角緑内障は、隅角の角度(角膜と虹彩の角度)が狭くなっているために、房水が排出されず眼圧が上がるタイプ、開放隅角緑内障は、隅角の角度は正常ですが、その先の部分が詰まっているため房水の排出量が十分でない状態で、結果的に閉塞隅角と同様に眼圧が上がってしまうタイプです。

日本緑内障学会が2000~2001年に実施した疫学調査の結果では、40歳以上の緑内障の有病率は5.0%と推計されていますが、これを病型で見ると原発開放隅角緑内障が3.9%、その中で眼圧が正常域の正常眼圧緑内障が3.6%と、日本人では原発開放隅角緑内障、特に正常眼圧緑内障の有病率が非常に高いことが示されています。また、性別の差として、原発閉塞隅角緑内障は、女性は男性の約3 倍の有病率とされています1, 2)

原発閉塞隅角緑内障では、形態学的な異常により房水の流出に異常をきたしていることから、まれに急激な眼圧上昇を起こすことがあり、その際は激しい眼痛や頭痛などを発症する「急性緑内障発作」をきたすことがあります。一方、原発開放隅角緑内障では特に大きな症状はありません。

予備群の段階で視神経が障害されている

緑内障性の視神経変化は、視神経乳頭が障害を受けることで発生します。視神経乳頭に流入する部分には生理的に凹みがあります。また、その後方にある部位は脆弱な組織のため、眼圧による機械的な圧迫を受けることで陥凹が拡大し視神経が障害されてしまうのです(図2)。緑内障では、これらの視神経障害が視野障害に先行して出現します。この視野障害が出現する前の状態は「前視野緑内障」と呼ばれ、いわば緑内障予備群です。診断学、診断機器が進歩した現在では、この段階で発見し注意深く経過を観察することが非常に重要となっています。

緑内障が発見されにくい理由初期の視野障害では自覚症状なし

その後、障害を受けた視神経の部位に対応する視野障害が出現します。視神経乳頭陥凹は構造上、上下方向に拡大しやすいことから、それに対応する鼻側(目頭に近い方)の視野に視野障害が出現しやすく、特に鼻側の上方の視野障害から始まるパターンが多いという特徴があります。

ここで注意が必要なのが、視野障害が出現したからといって視力は低下しないということです。視野は正面を向いてまっすぐ前方を見つめたときに、片方の目で上下左右の見える範囲であり感度で表されます。

一方、視力は物を見る能力で、視野の中心部ほど高く、周辺部では低くなります。緑内障の視野障害は、初期は周辺視野のごく小さい部分の視野が欠ける(感度が低下する)ことから始まるため、見えていない部分があることに気づかないだけでなく、人は両眼で補い合って物を見ているため、視野障害があることに気づきにくいのです。視野障害が進行して中心部の視野が障害されると視力にも影響が出ることになりますが、これはかなり進行した段階ということになります。

緑内障ではかなり進行するまで自覚症状がないことから、患者さん自身が病気を疑って来院することはほとんどなく、検診やコンタクトレンズ・メガネを作成する際の眼科受診で偶然見つかることが大半です。

緑内障の眼圧下降治療配合剤も活用した薬物治療

 在の医療では緑内障は完治できず、基本的に一度失った視機能も取り戻すことはできません。そのため、緑内障では、視野障害の進行スピードを緩やかにすることで生涯にわたり視野を維持することが、治療の目的となります。

現在のところ、唯一の確実な治療法は「眼圧下降治療」です。緑内障に対する眼圧下降治療としては、薬物治療、レーザー治療、手術治療といった選択肢があります。原発開放隅角緑内障の治療は薬物治療を第一選択とし、原発閉塞隅角緑内障は、レーザー虹彩切開術、虹彩切除術や水晶体摘出術、瞳孔ブロック解除が、根本的治療法として第一に選択されますが、薬物治療も多く実施されています。

緑内障の薬物治療として、現在9種類の点眼薬が治療に用いられていますが(表1)、眼圧下降作用の強さと全身性副作用が少ないことから、現在はP G 関連薬が第一選択となっています。まずは、PG 関連薬の単剤で点眼を開始し、効果が不十分であれば、同じPG 関連薬の中の他剤や、作用機序が異なる薬剤に切り替えます。

それでも十分な効果が得られない場合には、作用機序の異なる薬剤を追加して併用療法を行います。その際には配合剤(表2)も多く用いられています。

緑内障点眼薬はそれぞれ1 日の点眼回数が異なることから、単剤での多剤併用の場合、3剤以上ではアドヒアランスが大きく低下するといわれています。そのため、それ以上の眼圧下降が求められる場合には、従来レーザー治療や手術を検討することになっていました。

しかし、近年、配合剤の新薬が登場しました。現在は分類としては4種類、薬剤の組み合わせで見れば8種類の配合剤が使用可能となっており、作用機序が重複しない配合剤2剤とさらに単剤1剤を併用した場合、3剤の点眼で最大5成分まで点眼薬で治療を行うことが可能となっています。

緑内障治療薬の禁忌慢性疾患ゆえにチェックを

緑内障点眼薬の中で、β遮断薬、α1β遮断薬は気管支喘息などの肺疾患や心不全を有する症例、C A I は重篤な腎障害を有する症例などは禁忌となります。もちろん当院では、これらを処方する際に、有病の有無を確認して薬剤を選択しています。

しかし、長い治療経過の中で新たにそのような疾患を発症していることもあり、それを患者さんが必ずしも眼科医に報告しているとは限りません。かかりつけ薬局の機能やお薬手帳の確認などで、他科の処方を確認している薬剤師の先生方がチェック機能として役割を発揮してくれることに大きく期待しています。

抗コリン薬の禁忌は「緑内障」から「閉塞隅角緑内障」へ

緑内障を禁忌とする薬剤についても、薬剤師さんが担う役割は大きいと思われます。特に問題となるのが、抗ヒスタミン剤、抗不安剤、催眠鎮静剤、総合感冒薬、気管支拡張剤、抗パーキンソン剤など、医療現場で幅広く使用されている抗コリン作用を有する薬剤(抗コリン薬)についてです。

抗コリン薬はムスカリン受容体拮抗作用により瞳孔括約筋を弛緩させ散瞳を生じさせることで隅角閉塞を引き起こす可能性があります。そのため、緑内障の悪化または急性緑内障発作の発症を未然に防止する目的から、「緑内障の患者」が禁忌とされてきました。しかし、抗コリン作用により安全性の危険が生じうるのは、緑内障の中でも閉塞隅角緑内障のみであると考えられることから、2019年5月にこれらの薬剤については、禁忌の対象を緑内障全般としていたものから、「閉塞隅角緑内障」へと改訂されました。

つまり、従来緑内障であれば投与禁忌とされていた薬剤も、開放隅角緑内障の患者さんには投与可能となったということになります。ここで問題なのが、患者さんが、自分がいずれの病型の緑内障であるか、理解しているとは限らないことです。このため、日本眼科医会では、緑内障の病型や服用を避けるべき薬剤が一目で確認できる「緑内障連絡カード(図3)」を制作し配布を進めています。

点眼治療の効果は実感しづらいアドヒアランスが低下

緑内障治療では、患者さんが点眼による治療効果を実感できることはほとんどないと思います。そのため、点眼の重要性に対する認識が薄れアドヒアランスが低下しやすくなります。アドヒアランス維持のためには、緑内障についての患者教育と点眼指導が非常に重要です。特に定期的に点眼指導を行うことで確実に治療効果が高まります。しかし、検査も多い緑内障外来で、点眼指導を頻回に行うことは難しい実情もあります。そこを薬剤師の先生方に担っていただければ非常にありがたいと考えています。

滴下しすぎで全身性の副作用も正しい点眼指導を

高齢者が多い緑内障患者では、点眼薬を1 滴確実に滴下することができていない患者さんも多いと思われます。点眼薬を早めに使い切ってしまう患者さんでは、ドボドボと滴下していることが考えられます。点眼薬を必要以上に滴下すると、眼周囲の副作用だけでなく全身性の副作用を惹起する可能性もあります。点眼指導は、治療効果を最大限引き出すという目的だけでなく、副作用の発生回避という側面からも非常に重要です。

点眼指導のポイントとしては、手指を清潔に洗浄すること、点眼薬を1 滴確実に滴下すること、そのためには下眼瞼を牽引してしっかりと上を向いた姿勢をとること(図4)、点眼薬のボトルの先端が睫毛に触れないように滴下すること、眼周囲にあふれた点眼薬は拭き取ること、点眼後には目頭の涙点を押さえ全身への移行を防ぐこと、2剤以上の点眼薬がある場合には5分以上の間隔を空けて点眼することなどがあります。

超高齢社会における緑内障管理の問題点

前述の疫学調査でも示されていますが、40歳以降、年齢の上昇とともに緑内障の有病率は増加するため、高齢化が進む日本では今後さらに緑内障患者数は増加することが予想されます。高齢になるにつれ、手指動作が鈍くなること、認知機能が低下することなどに伴い、点眼動作を確実に行うことが難しくなります。また、自覚的検査である視野検査で正確な結果を得ることも難しくなると考えられます。

一方で、将来の緑内障薬物治療として、眼表面への薬剤の接触を延長させるテクノロジーや、長期間の薬剤放出を可能にする眼内挿入デバイスの開発など様々な研究が進んでおり、将来的には毎日点眼することなく治療が可能になるかもしれません。

しかし、その前に重要なのは、緑内障を早期に発見して早期に治療を開始することで、視野をいかに早期から維持するかです。視機能という健康寿命に非常に大きく影響を及ぼす機能を温存するためにも定期的な眼科検診や一般への啓蒙が非常に重要であるといえます。


参考文献
1) Iwase, A. et al.: Ophthalmology 111(9):1641, 2004.
2) Yamamoto, T. et al.: Ophthalmology 112(10):1661, 2005.