監修
大阪大学大学院医学系研究科臨床遺伝子治療学
寄附講座教授 森下 竜一 氏
世界中を揺るがし続ける新型コロナウイルス感染症。感染拡大を防ぐために治療法やワクチンの開発が急ピッチで行われています。新型コロナウイルス感染症の現状や治療法、ワクチン開発の動向について、国内ワクチンの開発を手がけている大阪大学大学院医学系研究科臨床遺伝子治療学寄附講座教授の森下竜一氏にお話を伺いました。
※本記事の情報は、2021年4月23日時点までのものです。最新情報は変更となっている可能性があります。
コロナウイルスとは
コロナウイルスでは、ウイルス表面を覆っている膜(エンベロープ)の上に突起(スパイク)が飛び出しています。ウイルスを輪切りにするとコロナ(ギリシャ語で王冠の意)の形状に類似していることから、コロナウイルスと名付けられています。
ヒトに感染するコロナウイルスは、これまでに6種類が知られていました。このうち4種類は風邪を引き起こすウイルスで、風邪のおよそ15%がコロナウイルスによるものだといわれています。このほかに、2002~2003年にかけてSARS(重症急性呼吸器症候群)、2012年から中東でMERS(中東呼吸器症候群)が発生し、重症化傾向や致死率の高いコロナウイルスがあることが分かりました。
今回流行している新型コロナウイルスは、遺伝子情報がSARSに非常に類似していることから、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)と名付けられました。このSARS-CoV-2による感染症のことをCOVID-19といいます。
症状の発症とウイルス量の関係無自覚に他者に感染させる可能性大
新型コロナウイルスによる感染症がパンデミックを引き起こしたのには、2つの理由があると考えられます。ひとつは、新型コロナウイルスは、SARSやMERSとは異なり、感染してもおよそ8割の方が軽症または無症状であるため、他者に感染させやすい状況にあったことです。また、インフルエンザでは発症後に他者に感染させるケースがおおよそ90%ですが、新型コロナウイルス感染症の場合、発症日の前日が最もウイルス量が高いのです。すなわち、感染者が自覚なく他者に感染させているため、ウイルスの封じ込めも非常に困難であり、海外ではロックダウン、日本では緊急事態宣言の発令といった対策がとられました。
コロナ感染者の経過死亡例では肺炎のみならず血栓も多い
新型コロナウイルスの感染からおよそ5日目あたりが最も発症しやすい時期です。そこから1週間ほど経過したのち、軽症または回復するか、あるいは中等症に移行するかが決まってきます。軽症または無症状の感染者のうち約2割が、呼吸困難、咳や痰などを呈する中等症に移行します。全体の約5%がICUでの治療を要する重症に移行し、重症例の約半数が死亡します(図1)。若年者ではあまり症状が出ませんが、高齢者では重症化することがあり、流行初期は70代、80代の高齢者で致死率が高くなっていました。
流行当初は肺炎による死亡が多いと考えられていましたが、現在は血栓による死亡も多いことが分かりました。特に糖尿病、高血圧、あるいは腎臓病などの基礎疾患を有する方では血栓の形成により心筋梗塞や脳梗塞で死亡するなど悪化しやすい傾向にあります。
詳細なメカニズムはまだ明らかになっていませんが、新型コロナウイルスのヒトの体内への感染経路としては、スパイクが宿主細胞に結合するところから始まります。この結合する宿主細胞の受容体(アンジオテンシン変換酵素2:ACE2)が血管内皮細胞に存在するために、血管内皮細胞内で炎症が進行している可能性が示唆されています(図2)。
承認済みの治療薬は3つのみ治療は、
ECMO、抗凝固療法、抗体カクテル療法なども
新型コロナウイルス感染症は、「ウイルスの増殖」と「炎症反応」という2つの病態が主と考えられています。そのため、これらの病態に応じた薬剤の投与が必要です。具体的には、発症早期には抗ウイルス薬、そして徐々に悪化のみられる発症7日前後以降の中等症・重症の病態では抗炎症薬の投与という考え方です(図3)。
2021年4月現在、日本国内で承認されている治療薬は3つのみで、レムデシビル(ベクルリー®)、ステロイドのデキサメタゾン、バリシチニブ(オルミエント®)です。
レムデシビルはエボラ出血熱の治療薬として開発されましたが、SARS-CoV-2に対する効能・効果で日本でも特例承認されており、中等症から重症の患者に効果があるといわれています。ステロイドのデキサメタゾンは全身の炎症を抑える作用によって効果を発揮します。ただし、レムデシビルとデキサメタゾンはいずれも強力な特効薬というより対症療法という扱いです(表1)。
この2つのほかに、関節リウマチやインフルエンザ、慢性膵炎、気管支喘息などの他疾患の治療薬についても治験が進められています。また、2020年の春頃までは肺炎で亡くなる方が多いと考えられていましたが、その後血栓が生じやすい病態であることも分かってきました。そこで最近は、海外を中心に中等症以上で抗凝固薬が投与されることがあります(日本では適応外使用)(表1)。これが死亡率の低下に寄与しています。
さらに、日本ではまだ承認申請の動きはありませんが、米国の元大統領トランプ氏は、緊急使用として抗体カクテル療法を行いました。新型コロナウイルスの感染から回復した患者の血漿中には中和抗体ができますが、人工的に作成した中和抗体であるカシリビマブとイムデビマブを混合して使用しています。ただし、この抗体カクテルも南アフリカ型、ブラジル型などの変異型に対しては効果が低く、今後さらにウイルスの変異が進むと効果がなくなる可能性も考えられます。
最終手段は体外式膜型人工肺(ECMO)です。ECMO使用者の生存率は50%で、ECMOを使用してもおよそ50%が死亡します。ただ、ECMOの対象となる重症者はECMOを使用しなければほぼ死に至るのも事実ですので、ECMOは50%の方を救命できているともいえます。
ワクチンは全部で4種類2021年に日本で投与されるのは、
核酸とウイルスベクター
新型コロナウイルスに対しては、主に4種類のワクチン開発が進行しています。ワクチンの違いは端的にいうと「スパイクタンパクの体内での作らせ方の違い」です。ワクチンごとに有効性や副反応にも違いがあると考えられています。
ウイルスワクチン
ウイルスワクチンには生ワクチンと不活化ワクチンがありますが、生ワクチンの効果は高いものの病原体の弱毒化が不十分な場合にはリスクもあるため、ウイルスワクチンは主に不活化ワクチンです。
新型コロナウイルス感染症としては、インドや中国で生産されているワクチンがこのウイルスワクチンで、日本ではKMバイオロジクス社が開発中です。KMバイオロジクス社のワクチンは、アフリカミドリザル腎細胞由来細胞(Vero細胞)でウイルスが培養されており、鶏卵(有精卵)を用いた孵化鶏卵培養で作られるインフルエンザワクチンとは製造方法が異なります。そのため、同じ不活化ワクチンであっても、新型コロナウイルス用のワクチンの副反応がインフルエンザワクチンと必ずしも同様とはいえないのです。
組み換えタンパク質ワクチン
これは、たとえばスパイクタンパクだけを組み換え技術により増やすなど、組み換え型タンパク質を投与する方法です。いわばウイルスそっくりですが遺伝子情報のないものを作るということで、効果は期待できますが製造には時間がかかるとされています。日本では塩野義製薬社が開発中です。
核酸ワクチン
DNAワクチンとmRNAワクチンの2種類があります。体内では、DNAからRNAがつくられ、RNAからタンパク質がつくられます。mRNAワクチンは、ウイルスのスパイクタンパク質の遺伝子をコードしたmRNAを投与することによって体内でスパイクタンパク質を生成させ、それに対する中和抗体をつくらせます。一方、DNAワクチンではRNAの元になっているDNAを投与します。ファイザー社とモデルナ社のワクチンがmRNAワクチン、我々がアンジェス社と協力して開発しているのがDNAワクチンです。
mRNAワクチンでは抗体産生は速いのですが、mRNAを脂質ナノ粒子(LNP)で包んで投与するので、副反応の頻度は増えると考えられます。一方、DNAワクチンではDNAからRNAをつくるために抗体産生の速度や有効性がやや低下する可能性があります。ただし、脂質を使用しないために安全性は高いと考えられます。
ウイルスベクターワクチン
アデノウイルスという風邪のウイルスにスパイクタンパク質の遺伝子情報を組み入れたものを投与するという方法です。アストラゼネカ社のワクチンではチンパンジーのアデノウイルスを用いています。
理想的なワクチンのメカニズム液性免疫と細胞性免疫の誘導
理想的なワクチンのメカニズムは、液性免疫と細胞性免疫の両方が誘導されることです。液性免疫では、B細胞由来の中和抗体をつくってウイルスの感染を防ぎます。細胞性免疫では、ヘルパーT細胞がインターフェロンγなどのサイトカインを産生してキラーT細胞やNK細胞を活性化させ、ウイルスの増殖をきたしている細胞を攻撃して死滅させます。液性免疫は発症予防、細胞性免疫は重症化予防に貢献しているといわれています。
mRNAワクチンとDNAワクチン、ウイルスベクターワクチンは、液性免疫と細胞性免疫の双方を誘導する作用をもっており、不活化ワクチンとたんぱく質ベースのワクチンでは、液性免疫だけで細胞性免疫が誘導されないといわれています。
発症リスクを比較した有効率mRNAワクチンでは90%以上
インフルエンザに対する不活化ワクチンの有効率はおよそ40~50%程度ですが、新型コロナウイルスのワクチンはこれより大幅に有効率が高く、臨床試験の中間報告としてファイザー社のmRNAワクチンでは95.0%、モデルナ社のmRNAワクチンでは94.1%の有効率が得られています(表4)。アデノウイルスを用いたウイルスベクターワクチン(アストラゼネカ社)の有効率は62.1%です。
ただし、ワクチンの有効率は、ワクチン接種群とワクチン非接種群(プラセボ群)で新型コロナウイルス感染症の発症率を指標として「発症リスク」を比較したものであるという点は認識すべきです。言い方を変えれば、無症状の感染者がいたとしてもその人は有効の中に含まれるということです。もちろん感染自体も一定程度は防いでいるとは思います。なお、ワクチンによる効果の持続期間についてはまだ不明な点も多いですが、現在のところ、毎年接種が必要なのではないかとされています。
ワクチン効果はウイルス変異で落ちる可能性細胞性免疫が誘導できるワクチン開発も
新型コロナウイルスの感染が収束しない理由のひとつに、ウイルス変異株の出現が挙げられます。日本での新型コロナウイルス感染症の原因は、第一波では武漢型ウイルス、第二波ではヨーロッパ型ウイルスと変化しています。ヨーロッパ型ではスパイクタンパク質にたった一か所の変異があるために感染力が高まったと考えられています。また、その後は9か所の変異があるイギリス型が登場しましたが、これは感染力が1.7倍程度高くなったといわれ、死亡率も若干上昇が認められています。
現在見つかっている変異ウイルスに対しては、イギリス型でもファイザー社のmRNAワクチンの有効性はそれほど低下しないと考えられており、開発中のワクチンでも効かないというエビデンスがありません。ただし、南アフリカ型と日本で増加しているブラジル型はイギリス型より変異が進行しており、ファイザー社のmRNAワクチンは、中和活性(ウイルスの感染を防ぐ能力)で評価した場合には効果が低下するともいえます。ウイルスの変異がさらに進行すると既存のワクチンの有効性がさらに低下する見込みですので、ワクチンの再開発が必要になる可能性もあります。
液性免疫では変異型に対して抗体による中和活性が低下しますが、インターフェロンγなどを産生する細胞性免疫による効果は、変異株に対しても得られる可能性があります。今後さらにウイルスの変異が進むようであれば、細胞性免疫の誘導が可能なワクチンの方が有利かもしれません。我々大阪大学とアンジェス社の研究グループでは、南アフリカ型、ブラジル型に対応したDNAワクチンのデザインも開始し、ウイルスの変異が今後も進むようであれば、変異に対応したワクチンの臨床試験の実施も視野に入れています。
ワクチンの副反応発熱、疲労感、頭痛のほか血栓にも注意
日本人は海外の方より体格が小さいため、海外で開発された医薬品は多くの場合、日本の臨床試験で投与量をおよそ1/2程度に下げます。しかし、新型コロナウイルスに対するワクチンに関しては十分な時間がなかったこともあり、海外と同じ用量を日本人にも投与しています。そのため、日本人での副反応の発現頻度は若干高くなっています。
ファイザー社のmRNAワクチン(コミナティ筋注)の国内第I/II相試験では、37.5度以上の発熱が1回目投与時に14.3%、2回目投与時に32.8%で認められています。そのほか、疲労(1回目:40.3%、2回目:60.3%)、頭痛(1回目:32.8%、2回目:44.0%)、悪寒(1回目:25.2%、2回目:45.7%)も発現しています。副反応によってワクチン接種の翌日に出勤できないことなどもありますが、これらは一過性であり、それほど重篤なものではありません。
インフルエンザのワクチンではおよそ100万人に1人でアナフィラキシーがみられるのに対し、コミナティ筋注ではおよそ10万人に1人とアナフィラキシーの発現率はおよそ10倍ですが、それでも低頻度ですので十分な対処がなされていれば懸念もあまりありません。mRNAワクチンでは、不安定なmRNAを安定化させるためにLNPでmRNAを包んでいますが、LNPの表面に存在するポリエチレングリコール(PEG)がアナフィラキシー反応の原因ではないかと推測されています。
アデノウイルスベースのワクチン(アストラゼネカ社)でも、やはり発熱、倦怠感など風邪のような症状が発現します。mRNAワクチンと同程度の発現頻度と考えられていますが、日本人での副反応のデータはまだありません。血栓による死亡例が認められていますので、血栓の形成に関与している可能性もあります。
アデノウイルスはもともと遺伝子治療のベクターとして使われたもので、肝臓に集積しやすいという特徴があります。過去、先天性の遺伝子欠損症にアデノウイルスを投与したケースで死亡事故があったことからも、肝機能障害の方では副反応や使用が適切かなどについて注意する必要があると考えています。また、風邪のウイルスであるアデノウイルスに感染するとアデノウイルスに対する抗体ができるため、アデノウイルスへの感染歴がある場合には有効性が低下することがあります。
なお、臨床試験での副反応のデータは健常者のものであり、現在、先行してワクチン接種が進められている医療関係者も健常者です。今後、高齢者や、なんらかの基礎疾患を有する方に接種が拡大してきた際に、副反応の発現状況が健常者と同じなのかどうかは、注意深く観察する必要があります。
コロナを収束させるカギワクチン接種の意義や副反応を理解して
今回のワクチンは若年者や女性で副反応が発現しやすい傾向があります。これは先述の体格差が原因のひとつですが、若年者の場合、ウイルスに感染したときの症状よりもむしろ激しいということも十分に考えられます。そうなると、ワクチンへの懸念が強まり、接種の煩雑さも相まってワクチン接種が思うペースで普及しないということも考えられます。
しかし、ワクチンの接種はもともと集団免疫をつくるためのものです。集団免疫というのは、集団においておよそ7割が抗体をもつと感染が収束するという考え方です。ですから、できるだけ早期に人口の7割に接種が進むことが望ましいと考えています。できるだけワクチンを接種することが、現在生じている経済疲弊なども緩和するひとつのきっかけになりますので、ある程度副反応があるということを理解した上でワクチンを接種していただく必要があります。新型コロナウイルス感染症について、ワクチンや副反応に対して正確な情報を伝達し、リテラシーを向上させることが切に望まれます。
※最新の厚生労働省が公表するスケジュールはこちらからご参照ください。
口やトイレからの感染に留意し、基本的な知識に基づいた合理的判断を
さて、ここまで解説してきましたが、この新型コロナウイルス感染症は本当に色々な問題を含んでおり、どうすれば良いのかという解やまとめは単純ではありません。
感染から発症までに平均5日間、その後中等症に移行するまでの期間が1週間程度と、感染から中等症以上に至るまでにはおよそ2週間程度の経過があります。症状経過や症状に対する適切な対処方法などがある程度分かってきたので死亡率は1年前に比べ低下していますが、抜本的な治療法というものはまだないために、どうしても入院期間が長くなります。新型コロナウイルス感染症の現在の対処では、医療状況がすぐに逼迫してしまう傾向にあります。
また、新型コロナウイルス感染症については、多くの情報が氾濫しています。メディアの情報や発表されている論文が、後に真実ではなかったことが明らかになることもありました。
今のこの状況では、ウイルス、感染症、ワクチンなどについて基本的な原理を学び、それに基づいて思考していくことが大切です。一方で、初めて経験することも多いために、全てのことが想定内の範囲で起こるともいえません。
新型コロナウイルスの感染経路は口がいちばん多く、宿主細胞側の受容体であるACE2が舌に非常に多いことも分かっていますので、手洗いやマスク着用など、基本的な感染予防対策の実践は非常に大事です。また、感染の初期症状のひとつに下痢がありますが、便中のウイルス量が多く、トイレからの感染も高頻度で起きています。ですから、家庭、高齢者施設、薬局など、施設内のトイレの清掃、消毒などの指導をしていただく必要もあります。
また、感染した場合には免疫力が低いと発症しやすいですし、免疫力が高く維持されている場合にはワクチンによる抗体価の上昇が高いことも期待されますので、免疫力を維持、向上するような生活習慣も必要です。今後、ワクチン接種をした場合でも、引き続き感染予防に留意して日々の業務にあたっていただければ幸いです。
森下 竜一 氏 プロフィール
昭和62年大阪大学医学部卒業。米国スタンフォード大学循環器科研究員・客員講師、大阪大学助教授を経て、平成15年より大阪大学大学院医学系研究科臨床遺伝子治療学寄附講座教授(現職)。内閣官房健康・医療戦略室戦略参与、日本抗加齢協会副理事長、2025年日本国際博覧会大阪パビリオン推進委員会総合プロデューサーなどを務める。著書に『機能性食品と逆メソッドヨガで免疫力UP!』、新著に『新型コロナワクチンを打つ前に読む本』など。
※本記事の情報は、2021年4月23日時点までのものです。最新情報は変更となっている可能性があります。
参考資料
厚生労働省|新型コロナウイルス感染症COVID-19 診療の手引き第4.2版
日本感染症学会|COVID-19に対する薬物治療の考え方 第7版
日本感染症学会|COVID-19ワクチンに関する提言(第2版)