監修
北里大学北里研究所病院 炎症性腸疾患先進治療センター センター長
慶應義塾大学名誉教授
日比 紀文 氏

 炎症性腸疾患(inflammatoryboweldisease:IBD)は、原因が不明であり、比較的若年で発症し、腹痛、下痢、血便などでQOLが低下し寛解と再燃を繰り返す難治性疾患と考えられてきました。近年、免疫学的研究の進歩は目覚ましく、IBDの病態解明が進み、それに伴って治療薬が次々に開発されています。根本治療はまだありませんが、適切な薬剤の選択によって患者のQOLは向上し、難治性疾患ではなくなりつつあります。北里大学北里研究所病院炎症性腸疾患先進治療センターの日比紀文センター長にIBD治療の現状について伺いました。

IBDとは何か

 「炎症性腸疾患(inflammatoryboweldisease:IBD)」は、腸を中心とする消化管粘膜に炎症が生じる疾患で、感染性腸炎や薬剤性腸炎など、原因が明らかな炎症性の腸疾患とははっきり区別されます。一般的に、IBDは原因不明の「潰瘍性大腸炎」と「クローン病」の2つを指します。

疫学から見るIBDの実態

 IBDの患者数は、厚生労働省難治性炎症性腸管障害に関する調査研究班が2014年に行った疫学調査で、潰瘍性大腸炎は約22万人以上(男女比は約1:1)、クローン病は約7万人以上(男女比は約2:1)となっています。潰瘍性大腸炎とクローン病はともに比較的若年に発症し、10歳代後半から30歳代前半に好発します。

 2015年1月に医療費助成制度が改正され、軽症者は助成の対象から外れることになったため、同年以降の受給者証所持者数は減少しています。しかし、軽症者の中には治療を中断した後に、再燃したり重症化したりする例があることが指摘されています。

 IBDは根本治療がなく、治癒する疾患ではないため、年々患者数は蓄積し、高齢者で発症または再燃する例も見られます。

 IBDは稀な疾患であり難病と言われてきましたが、日常診療で遭遇する一般的な疾患となり、適切な治療で通常の生活が送れるようになってきました。

IBDの特徴的な病態

 IBDの原因はまだ解明されていませんが、遺伝的素因に食事、感染、ストレス、腸内細菌叢などの環境因子が加わり、腸管免疫系に異常が生じることによって、過剰な免疫応答が起こって発症すると考えられています。

 潰瘍性大腸炎は、大腸の粘膜にびらんや潰瘍ができる炎症性疾患で、病変は直腸から連続的に結腸全体に病変が生じます。症状は、持続性または反復性の血性下痢で、腹痛や頻回の便意を伴います。クローン病の病変は口腔から肛門まで消化管のどの部位にも生じる可能性があり、小腸・大腸(特に回腸末端から盲腸にかけての回盲部)に好発します。肛門病変を伴うことも多く、慢性の腹痛や下痢を呈し、血便、体重減少、発熱などが見られます。

 潰瘍性大腸炎、クローン病は若年で発症し、再燃と寛解を繰り返しながら慢性に持続します。両疾患は、症状や経過などが似ていますが、病変の範囲、形態など病態は明らかに異なり、それぞれ独立した疾患と考えられています。潰瘍性大腸炎とクローン病の病型や重症度、病期を表1に示します。

潰瘍性大腸炎とクローン病の分類

IBDの合併症一部の発がんリスクが高くなる

 IBDの合併症には腸管内合併症と腸管外合併症があります。

 潰瘍性大腸炎の腸管内合併症には、腸管からの大量出血、腸管の狭窄・穿孔などがあります。潰瘍性大腸炎の長期経過症例、特に左側大腸炎型や全大腸炎型患者では、慢性炎症が起因の大腸がんを合併するリスクが高くなることが知られています。腸管外合併症は腸管以外の種々の部位に生じますが、最も多く見られるのは皮疹、関節痛/関節炎です。腸管外合併症の一部は潰瘍性大腸炎の活動性の強さに関連するものとしないものがありますが、関連する場合、潰瘍性大腸炎の疾患活動性がコントロールされていると、合併症の発症も抑えられます。

 クローン病の腸管内合併症として、狭窄、穿孔、瘻孔、膿瘍などがありますが、そのほか、小腸がん、大腸がん、肛門がんなども稀に見られます。また、腸管外合併症として潰瘍性大腸炎と同様に皮膚粘膜系合併症(アフタ性口内炎など)、骨・関節系合併症、ほかに眼病変などがあります。クローン病患者では健康な人に比べて小腸がん・大腸がん、特に肛門がんの発症リスクが高いとされており、若年での発症や長期の罹病期間はその危険因子と考えられています。

IBDの薬物療法の実際

 かつて腸の炎症を抑えることに目を向けられていたIBDの治療は、2000年以降の免疫異常を抑制する種々の治療薬の開発により、寛解導入と寛解維持をそれぞれ実現する選択肢が格段に多くなりました(図1)。病型や重症度、病期によって、潰瘍性大腸炎とクローン病は治療薬の選択フローが少し異なりますが、大まかにいうと、5-アミノサリチル酸(5-ASA)製剤またはステロイドが原則となります。改善しない場合やステロイド依存性(ステロイドの減量により再燃する)が見られる場合は、そのほかの治療薬が選択されるという流れです。

炎症性腸疾患の治療薬の過去と現在

潰瘍性大腸炎の薬物療法の実態

 軽症~中等症の潰瘍性大腸炎に対する寛解導入、寛解維持として5-ASA製剤が第一選択薬として用いられます。5-ASA製剤には、サラゾスルファピリジン(サラゾピリン)、メサラジン(ペンタサ、アサコール、リアルダ)があります(表2)。5-ASA製剤の経口薬が基本ですが、直腸炎型や直腸やS状結腸など遠位大腸に炎症が強い場合は注腸剤または坐剤を併用します。左側大腸炎型や全大腸炎型でも、軽症の場合は5-ASA製剤の経口薬が基本であり、直腸炎症がある例では5-ASA製剤あるいはステロイドの注腸剤、5-ASA製剤の坐剤を併用します。

わが国の5-ASA製剤開発の歴史

ステロイド

 左側大腸炎型や全大腸炎型の軽症例で5-ASA製剤で炎症が改善しない場合や、中等症例に対しては、5-ASA製剤に加えてステロイド(経口)を併用しますが、それでも改善しない場合や、左側大腸炎型と全大腸炎型の重症例に対しては、ステロイドの点滴静注を行い、必要に応じて5-ASA製剤(経口、注腸剤)を併用し寛解を目指します。

免疫調節薬、免疫抑制薬、生物学的製剤

 潰瘍性大腸炎でステロイド依存性の場合、免疫調節薬のアザチオプリン(イムラン、アザニン)などを併用します。ステロイドを使用しても症状が改善しない場合(ステロイド抵抗性)は、免疫抑制薬や生物学的製剤などの使用を検討します(表3)。

 潰瘍性大腸炎に対する免疫抑制薬には、タクロリムス(プログラフ)、生物学的製剤にはインフリキシマブ(レミケード)、アダリムマブ(ヒュミラ)、ゴリムマブ(シンポニー)、ベドリズマブ(エンタイビオ)などがあります。

潰瘍性大腸炎のステロイド抵抗例(寛解導入)に対する治療戦略

クローン病の薬物療法の実際5-ASA、経腸栄養、ステロイドを駆使

 軽症~中等症のクローン病に対しては、5-ASA製剤や経腸栄養療法、ステロイド(経口)を選択します。中等症~重症例に対しても、ステロイド(経口)による薬物療法や栄養療法を実施します。

 それでも効果不十分で、特に大腸に病変がある場合は、血液中の白血球を除去する血球成分除去療法を併用します。また、病態が重篤で高度な合併症がある場合は、ステロイド(経口、点滴)や生物学的製剤の投与を検討します。

 小腸型、小腸大腸型に対しては小腸で放出されやすいメサラジン(ペンタサ)、大腸型に対してはサラゾスルファピリジン(サラゾピリン)を使用します。軽症~中等症例で5-ASA製剤の効果が不十分な場合や、中等症~重症例には、ステロイド(経口)を併用します。より重症の場合は、ステロイドの増量、あるいはステロイドの点滴静注で対応します。ステロイドは、寛解維持効果がなく、長期使用で骨粗鬆症などの合併症が生じるので、炎症が改善したら徐々に量を減らし、最終的には投与を中止します。

 2018年に登場したブデソニド(ゼンタコート、経口)は全身性の副作用の比較的少ないステロイドです。ステロイド抵抗性の場合は、生物学的製剤の使用を検討します。生物学的製剤には、インフリキシマブやアダリムマブ、ベドリズマブのほかに、ウステキヌマブ(ステラーラ)などがあります。 クローン病の寛解維持は、5-ASA製剤、生物学的製剤、免疫調節薬を使用するか、部分的経腸栄養療法を行います。大腸や小腸の穿孔、瘻孔、大量出血、薬物治療で改善しない腸閉塞、がんなどの合併症がある場合は外科手術を検討します。

生物学的製剤の承認の動き

 IBD治療は、2000年代に入って生物学的製剤が登場したことで大きく進展しました。日本では2002年に初めてIBD領域で抗TNF-α抗体製剤が保険適用になりました。その口火を切ったのがインフリキシマブ(レミケード)で、当初は寛解導入だけに使用が認められていましたが、2007年からは寛解維持にも使えるようになりました。

 インフリキシマブに続いて、2010年にアダリムマブ(ヒュミラ)が承認され、2017年にはゴリムマブ(シンポニー)と、抗IL-12/23p40抗体製剤のウステキヌマブ(ステラーラ)、2018年には抗α4β7インテグリン抗体製剤のベドリズマブ(エンタイビオ)が相次いで承認されました。

 現在、潰瘍性大腸炎治療ではレミケード、ヒュミラ、シンポニー、エンタイビオ、ステラーラ、クローン病治療ではレミケード、ヒュミラ、ステラーラ、エンタイビオが保険適用になっています。

IBD治療における生物学的製剤の考え方

 IBDを発症した腸管粘膜ではリンパ球などの免疫細胞が集積し、大量の炎症性サイトカインの産生が認められます。炎症性サイトカインのTNF-α、IL-12、IL-23などはIBDの病態に大きな影響を及ぼしています。これらのサイトカインの産生を抑制したり、リンパ球の働きを阻害したりするのが生物学的製剤です。

 生物学的製剤の投与で寛解導入されたものの、寛解維持を継続している間に効果が減弱し、症状が悪化することがあります(二次無効)。生物学的製剤を増量したり、投与間隔を短縮したりしても、二次無効が解消しない場合は、他の治療法、血球成分除去療法や栄養療法、ステロイド投与などを組み合わせることで効果が得られることもあります。それでもコントロールが難しい場合は、別の種類の生物学的製剤への変更を検討します。

 生物学的製剤の登場でIBDの治療は大きく前進しました。入院や手術の件数が減少するなどの報告も散見されるようになり、費用対効果の点でも生物学的製剤がもたらしたメリットは大きいと言えます。

JAK阻害薬

 生物学的製剤は、特定の炎症性サイトカインTNF-α、IL-12/23などをブロックするものや炎症細胞の炎症部への結合を抑えるもの(ベドリズマブ)があります。これに対して、炎症性サイトカインは細胞内にシグナルを強くしてさらにサイトカインの産生を促そうとします。2018年に中等症から重症の潰瘍性大腸炎に追加承認されたトファシチニブ(ゼルヤンツ)は、サイトカインからの情報が伝わるJAK-STAT経路を細胞内で阻害することによって免疫を抑制し炎症を抑えます。

 トファシチニブは、▽ステロイドが効果不十分▽ステロイド減量で再燃▽免疫調節薬が無効▽生物学的製剤が効果不十分▽生物学的製剤使用中の効果減弱で再燃――といった症例に有効です。

 生物学的製剤は二次無効が問題となりますが、トファシチニブは二次無効が生じにくく、長期に使用することが可能ではないかと注目されています。半面、副作用によって感染症(特に帯状疱疹)などを起こしやすいので、免疫が低下している高齢者では注意が必要です。

IBD薬物治療で使われる主な薬剤

炎症の再燃や増悪、大腸がんリスクもアドヒアランスの維持は重要なポイント

 IBDの治療は、薬物療法の進歩で大きく変わりました。しかし、患者は症状が和らぐと、自己判断で服用を中止することがあります。これは主に5-ASA製剤やアザチオプリンなどですが、生物学的製剤では、特に自己注射の患者さんでそういったケースが見られます。アドヒアランスが低下すると、再燃や炎症の増悪を招きやすくなります。炎症の遷延により大腸がんのリスクも増大します。アドヒアランスの改善・維持はIBD治療の重要な柱となります。

 アドヒアランス向上の対策として、患者にIBDという疾患と継続する治療の重要性を正しく認識してもらうことが重要です。IBDは根本治療がなく、炎症を抑え、免疫異常をコントロールしてQOLの向上・維持を図ることが治療の目標になることを理解してもらいます。そのうえで、アドヒアランスが低下する原因を明らかにし、患者さんと一緒に改善方法を探ります。

多職種連携での薬剤師の役割

 国の指定難病であるIBD治療は専門性が求められるため、多職種連携によるチーム医療が必要です。当センターでは、毎週開かれるIBDカンファレンスがチーム医療を実践するうえで重要な役割を果たしています。

 カンファレンスには、医師、薬剤師、看護師(専門、病棟)、管理栄養士などが参加し、入院患者の病状や治療についてディスカッションします。外来患者に関しても、個々の患者の状態を把握するIBD専門看護師が医師、薬剤師、管理栄養士と情報を共有します。

 アドヒアランスに関する議論もここで行われます。多剤を併用する機会が多いIBDの薬物治療は、薬剤の相互作用や副作用に関する情報が必須であり、薬剤師の役割は重要です。

オンライン診療は可能

 ICT、AIなどをはじめとするテクノロジーの発達は目覚ましく、医療分野にもその波が押し寄せています。折しも、新型コロナウイルス感染症の流行を背景に、潮流は大きく動き始めています。

 当センターでもIBD治療におけるオンライン診療の可能性について活発な議論が繰り返されています。ただし、オンライン診療では腹部の診察ができません。また、患者さんによって、腹痛や下痢の症状はさまざまで、状態の変化やその緊急性は診察室での対面診療でより正確に把握できるのです。さらに、理学的所見、検査所見と合わせて、治療内容の変更などを判断することができます。その点でも、診察室での診療に優るものはありません。

患者用アプリの臨床研究

 現在、当センターでは潰瘍性大腸炎患者を対象にした疾患管理アプリケーションの臨床研究を行っています。患者はアプリを通じて日々の状態について入力し、医療機関ではその情報を共有することで、より迅速な診断、治療が可能になります。アプリの活用でアドヒアランスの改善を図ることも可能です。将来的にはアプリによって、潰瘍性大腸炎患者のQOLやQOC(qualityofcare)の改善および長期的な疾患アウトカムの改善を目指していきますが、常に対面診療が基本と考えています。

日比 紀文 氏 プロフィール
1973年慶應義塾大学医学部卒業。トロント大学免疫学教室、慶應がんセンター診療部長、慶應義塾大学教授(医学部内科学)などを経て、2013年より北里大学北里研究所病院炎症性腸疾患先進治療センターを開設(センター長)、北里大学大学院医療系研究科特任教授(現職)。アジア炎症性腸疾患機構(AOCC)の理事長、日本炎症性腸疾患学会(JSIBD)の理事など多数の団体の理事を務める。著書に『チェックリストでわかる!IBD治療薬の選び方・使い方』、新著に『IBDを日常診療で診る』など

IBD治療における薬剤師の役割

監修
北里大学北里研究所病院 薬剤部
南 有里 氏

IBD治療では院内カンファレンスで処方提案することも

 当院には、主に中等症以上のIBDの患者さんが入院しており、多職種が連携して患者一人ひとりの治療にあたっています。当院ではIBDカンファレンスが開催されており、主に医師、病棟看護師、病棟薬剤師などが参加し、患者情報を共有しながら治療方針などを検討します。薬剤師は、薬剤の副作用・相互作用、アドヒアランスなどに関する情報提供が重要な役割ですので、カンファレンスの中で必要に応じて処方提案を行うこともあります。たとえば、ステロイドが長期にわたって投与されている場合、骨粗鬆症の予防を目的に骨粗鬆症治療薬の処方提案をしています。具体的には、『ステロイド性骨粗鬆症の管理と治療ガイドライン』を元に、主に3カ月以上のステロイド治療が必要になる方にビスホスホネート製剤の追加投与を提案します。

注意したいIBD治療薬の副作用や相互作用

 5-ASA製剤で注意すべき副作用の1つは薬剤性過敏症症候群です。内服後1週間程度で下痢や血便が見られることがあり、潰瘍性大腸炎、クローン病の炎症による症状と区別がつきにくく、患者への説明が必要です。アザチオプリンは、服用開始後早期に発現する重度の急性白血球減少と全脱毛などがNUDT15遺伝子多型と関連することが明らかになっています。アザチオプリンの使用については、NUDT15遺伝子多型の検査(保険適用)で適応を確認したうえで使用します。

 また、アザチオプリンはアロプリノールとの併用で、アザチオプリンの活性代謝物6-メルカプトプリン(6-MP)の代謝酵素であるキサンチンオキシダーゼが阻害されることによって6-MPの血中濃度が上昇し、重篤な骨髄抑制が起きる可能性があるので注意が必要です。

食材との相互作用、食事のタイミングにも注意

 薬剤以外の相互作用について、免疫抑制薬投与中の患者さんに対してはCYP3A4の阻害作用のある柑橘類などに注意するよう指導しますが、これは入院中も同様で、管理栄養士と連携して柑橘類を入院中の病院食で出さないように依頼しています。

 また、タクロリムスは食事の影響を受けやすく、食後の服用は空腹時および食前の服用と比較して血中濃度が低下することが知られています。そのため、安定した血中濃度を維持するために、毎日同じタイミングで服用することが大切です。患者が退院後もタクロリムスによる治療を継続する場合、患者の食生活のパターンに合わせて服用するように指導します。

 なお、IBDに限りませんが、私はNutritionSupportTeam(NST;栄養サポートチーム。患者への適切な栄養管理を支援する、多職種によるチーム)に参加し、栄養面から患者さんをサポートしています。

生物学的製剤使用にあたり注意すべき点

 生物学的製剤の使用については、外来での点滴や自宅での自己注射での投与など退院後の生活に合わせて薬を選択することが可能です。そのため、入院中に薬剤の説明をしたうえで本人の希望を聞くようにしています。自宅での自己注射を希望する患者は、症状が改善しても自己判断で投与中止をしないように指導することが重要です。

 JAK阻害薬のトファシチニブ(ゼルヤンツ)は、副作用として血栓症や帯状疱疹が知られています。当院でもゼルヤンツ投与開始後にD-ダイマー値が上昇した症例がありました。当例を精査した結果、下肢静脈瘤が生じていることがわかり、FXa阻害剤投与とともに、トファシチニブ投与中止とタクロリムス追加投与で対応しました。新しい薬剤は臨床現場では副作用発現の経験が乏しいため、経過観察と副作用対策に注意する必要があると実感しました。

アドヒアランスを向上させる工夫

 当院では、IBD治療薬の特徴を踏まえ、アドヒアランスの向上・維持を図っています。

 5-ASA製剤はIBD治療のキードラッグであり、特に軽症~中等症例では半数近くが5-ASA製剤のみで寛解導入可能とされています。その半面、効果発現に時間がかかることを患者に十分説明する必要があります。また、5-ASA製剤は寛解導入、寛解維持に効果がありますが、寛解に達した後にアドヒアランスが低下する例が少なくありません。寛解に達しても、その状態を維持することの重要性を十分理解してもらうことが重要です。

 アドヒアランスが低下する原因は患者によってさまざまです。まずアドヒアランスが低下する原因を明らかにしたうえで、アドヒアランスの改善を図る必要があります。

 患者が、仕事が忙しくて1日3回服用することが難しいのであれば、1日1~2回の製剤に変更することで飲み忘れが少なくなり、アドヒアランスの向上が期待できます。また、錠剤が服用しにくければ、顆粒に変えることで服用しやすくなります。

 患者とのコミュニケーションの取り方も大切です。患者に服薬状況を確認する時、どのように質問すればよいでしょう。「薬はちゃんと飲めていますか」「飲み残しはありませんか」などと質問すると、患者は言い繕うかもしれません。そこで、「1日3回飲むのは大変ではありませんか」と質問すれば、患者は素直に答えやすくなります。ひいてはアドヒアランスの向上につながる可能性もあります。

南 有里 氏 プロフィール
北里大学薬学部を卒業後、北里研究所病院で1年間薬剤師レジデントとして基礎を構築。その後正職員として入職し、現在は薬剤師6年目。消化器内科・外科をメインとする病棟を担当。NST(栄養サポートチーム)としての活動も行っている。「患者さんのために一つでも多くのことを!」をモットーに日々の経験を患者さんに還元できるよう奮闘中。