監修
京都府立医科大学大学院医学研究科
疼痛・緩和医療学教室 教授
天谷 文昌 氏
近年のがん治療は目覚ましい進歩を遂げていますが、その傍らでがん診療が長期化し疼痛に苦しむ患者さんが増加しています。
2018年にWHOよりがん疼痛のガイドラインの改訂版が提示され、国内でも「がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン」が2020年に改訂されました。緩和ケアは最終手段というイメージが社会には根強いですが、現在では早期からがん治療と並行して実施されつつあります。
緩和ケアのスペシャリストの京都府立医科大学大学院医学研究科疼痛・緩和医療学教室 教授の天谷文昌氏と、在宅の終末期がん患者の薬剤管理業務の経験が豊富なサンヨー薬局の薬剤師二階堂崇氏に最新緩和ケアについてお話を伺いました。
がん患者の半数は治療を必要とするほど痛い
がんの疼痛には、がん自体による痛み(がんの浸潤や転移に伴う痛み)だけでなく、がん治療に伴う痛み(手術療法、化学療法、放射線治療など抗がん治療に関連する痛み)、がんやがん治療と無関係に、がん患者さんに偶発的に生じる痛みが含まれており、遠隔転移が生じているような進行がん患者の6 割以上、がん治療中の患者のおよそ半数に治療が必要な痛みが生じていると言われています。
痛みをその性質から分類すると、内臓や体性組織の損傷によって生じる侵害受容性疼痛(体性痛・内臓痛)と、神経自体が圧迫や障害を受けて生じる神経障害性疼痛に分けられます(表1)。緩和ケアではまず、こうした痛みの原因と病態を判別した上で、非薬物療法と合わせて、非オピオイド鎮痛薬やオピオイド、さらに鎮痛補助薬(抗うつ薬やガバペンチノイド、抗痙攣薬など。鎮痛薬と併用することにより鎮痛効果を高める とされる)を組み合わせた薬物療法を実施します。
治療の原則より個別性に配慮した治療へとシフト
がんの疼痛コントロールにおいて世界的に参照さ れるWHOのがん疼痛ガイドラインが2018年に改訂されました。2018年版のガイドラインには、治療の原則として、鎮痛薬は「経口的に」「時間を決めて」「患者 ごとに」「細かい配慮をもって」行うことが示されています。
改訂前のガイドラインでは、非オピオイドから弱オピオイド、強オピオイドへと「段階的に除痛ラダーに沿って効力の順に」という項目が入っていましたが、 今回の改訂ではこの項目が削除され、患者ごとに詳細な評価を行い、それに基づいて治療を選択することの重要性が強調されました。もちろん世界的に参照されているWHO方式3 段階除痛ラダーは疼痛コントロールの基本的な考え方であることに変わりはなく、改訂版でも巻末に掲載されています。ただし、厳密ながん疼痛治療のプロトコルとして参照されるものではなく、より個別性に配慮した治療が求められる形となって います。
また近年、弱オピオイドと低用量の強オピオイドで安全性に差がないことが示されています。強オピオイドの低用量の製剤が使用可能になったこともあって、 中等度以上の痛みがある患者さんには緩和ケア導入 時に最初から低用量の強オピオイドを処方することも増えてきています。
ただし、弱オピオイドは必要なくなったわけではあ りません。例えば弱オピオイドに分類されるトラマドールは、オピオイド受容体への作動薬であると同時に下 行性抑制系の神経を活性化する作用があり、特に神経 障害性疼痛に効果的であると今も言われています。患 者さんの痛みの状態を詳細に評価した上で、一つ一つ の薬剤の特性をしっかりみて、鎮痛作用の強弱も含め てどのオピオイドが最もその患者さんに適しているかという目で薬剤を選択することが重要となります。
各種オピオイドの特徴個々の患者の痛みにどの薬剤が適しているか
コデイン
WHOの分類では弱オピオイドに分類され、モルヒネの1/6~1/10の鎮痛作用を有する。また鎮咳作用も有する。
トラマドール
WHOの分類では弱オピオイドに分類される。モノアミン再取り込み阻害作用を有するため神経障害性疼痛に有効とされる。抗うつ薬などとの併用によりセロトニン症候群を生じる可能性がある。
モルヒネ
古くから使われている薬剤で使用実績が豊富で呼吸困難感に対しても適する。ただし、腎機能障害時は代謝産物のM6Gが蓄積し副作用につながりやすいため腎機能低下例では注意を要する。
ヒドロモルフォン
肝代謝を受けた代謝産物に生理活性がない。海外では古くから利用されてきたが、わが国では2017年に初めて認可された。
オキシコドン
経口投与時のモルヒネとオキシコドンの鎮痛力価の比は約3:2。肝臓で代謝されるが、その代謝産物に生理活性がないため腎機能低下患者にも使用しやすい。
フェンタニル
肝代謝を受け生理活性のない代謝産物になる。経皮、経口腔粘膜、静脈内、皮下への投与が可能。静脈内投与したフェンタニルが最大鎮痛効果に達する時間は約5分とモルヒネや他のオピオイドと比較し即効性がある。貼付剤としても使用されている。
タペンタドール
トラマドールのμ受容体活性とノルアドレナリン再取り込み阻害作用を強化し、セロトニン再取り込み阻害作用を減弱させた強オピオイド。
メサドン
オピオイド受容体に作用する効果以外に、痛みなどの侵害情報伝達に重要な役割を果たすNMDA受容体に対する拮抗作用を持つ。強オピオイドの中で最も鎮痛作用が高い薬剤である。QT延長の報告があり、使用時は定期的な心電図の確認が必要。
突出痛出現の徴候をつかみレスキュー薬で痛みをコントロール
がん性疼痛は痛みのパターンから、1日の大半で生じている持続痛と、定時薬で持続痛が良好にコントロールされている場合に生じ短時間で悪化し自然消滅する一過性の痛みである突出痛に分けられます。
持続痛に対しては定期的に服用する鎮痛薬(定時薬)を投与し、突出痛に対してはレスキュー薬で対処します。
レスキュー薬としては、短時間で増悪する痛みに速やかに対処するために、短時間作用型オピオイド(Short-actingopioid;SAO)や即効性オピオイド(Rapid-onsetopioid;ROO)が使用されます。定時薬と同じ製剤の速放性製剤が処方されることが多いですが、速放性製剤がない薬剤の場合には異なるオピオイドの速放性製剤を処方することになります。
突出痛の平均持続時間は15~30分、9割は1時間程度で自然に消失すると言われています。体動時に痛みが出るなど突出痛が予測できる場合には、予防的にレスキュー薬を服用するように指導します。予測できない場合でも、痛みが強くなるときの身体の変化を患者さん自身につかんでもらい、レスキュー薬をなるべく早く使っていただくと指導することも重要です。
オピオイドクライシスを起こさないために
オピオイドに関しては社会的に誤解が多く、それががん患者さんの緩和ケアの障害になることもあります。その誤解を解くためには、まずはオピオイドには精神依存と身体依存、耐性があることを区別して考える必要があります(表3)。現在、米国ではオピオイドの乱用が社会問題となっています。2017年1年間に約47,000名のオピオイド関連死が発生し、オピオイドの不適切使用について警鐘が鳴らされています。日本では医療用麻薬が過剰に警戒される風潮があり、これに対してオピオイドの積極的な利用が推奨されてきました。しかしながら、やみくもなオピオイドの処方は不適切使用や乱用を招きかねません。欧米の実態を学び、適切な服薬管理を行うことが重要です。
身体依存および耐性はオピオイドを使用する以上、生じうるリスクです。特に、高用量のオピオイドが必要な患者、オピオイドの長期使用患者では、オピオイドの中断による離脱症状に注意が必要です。
在宅にも広がる緩和ケア多職種協働の中での薬剤師の役割
がん患者の痛みは身体的な苦痛だけではなく、心理的苦痛、社会的苦痛、スピリチュアルな苦痛が複雑に絡み合っていると考えられることから、緩和ケアでは多職種協働によりさまざまな角度から介入を行うことが重要です。現代の緩和ケアでは、身体症状を担当する医師のほかに、精神科医、看護師、薬剤師、理学療法士、ソーシャルワーカーなどがチームを組んで対応するようになってきています。がん患者さんの疼痛管理では複数の鎮痛薬を組み合わせることが多く、院内の薬剤師さんの役割が重要なのは言うまでもありませんが、外来や在宅で緩和ケアが行われることも多い現在、保険薬局の薬剤師さんも患者さんと医療機関をつなぐ非常に重要な役回りと考えます。
我々の施設では、病院薬剤部と院外の保険薬局が連携し、オピオイド内服患者に対し保険薬局の薬剤師さんが服薬状況を電話で聞き取る取り組み(テレフォンフォローアップ:TFU)を始めています。TFUでは処方医による説明で同意が得られた患者さんに対し、保険薬局の薬剤師さんが電話で聞き取った服薬状況、疼痛状態、副作用などの情報を病院薬剤部に報告してもらいます。報告内容をデータ化し、電子カルテにアップロードすることで処方医と共有します。
この連携体制の構築で、私のような処方医が、患者さんの服薬状況を迅速に把握できるようになりました。たとえば、痛みが強くオピオイドを増量した場合にも、これまでは次回診察時までその効果や副作用について知ることができませんでした。しかし、TFUの実施によって、次回診察時よりも早い段階で処方変更による状況の変化を知ることができます。オピオイドを増量しても痛みが抑えられていなければ、外来日を前倒しして、早めに受診してもらうような対応も可能となります。緩和ケア領域では適切かつ迅速な疼痛管理が求められるためこの手段は非常に有用です。
先に述べたとおり、オピオイドに対する誤解や偏見を持っている患者さんはまだまだ多く、オピオイドを導入する際の障害となることもあります。投薬時に処方医が行った説明を患者さんがどのように解釈し、受けとめているのか、あらためて薬剤師さんに確認してもらい、その情報をフィードバックしていただくこと、必要に応じ医療用麻薬の適切な説明を再度薬剤師さんにしていただくことは、質の高い緩和ケアの実施につながります。
難治性のがん性疼痛にはインターベンション治療も
治療に難渋する疼痛に対しては、神経ブロックや脊髄くも膜下薬液投与などのインターベンション治療が行われることもあります。
神経ブロック
神経破壊薬や高周波熱凝固などにより神経を破壊する。特に上腹部の内臓痛に対する腹腔神経叢ブロックは効果が高く、がん性疼痛を良好にコントロールすることができる。
脊髄くも膜下薬液投与
皮下に作成したポートと脊髄くも膜下腔に留置したカテーテルを接続し、ポートを介してオピオイドを持続的にくも膜下腔に注入する。全身投与と比べて、脊髄くも膜下薬液投与ではオピオイドの鎮痛力価が高くなるため強力な鎮痛効果が得られる。
近年は痛みに対する薬物療法の進歩により、多くの患者さんで除痛が可能となっていますが、全ての患者さんを医療用麻薬で除痛できるわけではなく、一般的ながん疼痛治療だけでは痛みが残ってしまう患者さんがまだ沢山います。現状では、これらのインターベンション治療は、全てのがん治療施設で実施できるわけではありません。今後、全てのがん患者さんが必要に応じて専門的な疼痛治療にアクセスできる体制を整える必要があります。
疼痛コントロールが必要な痛みを抱える方は多い鎮痛の必要性を理解することから
オピオイドについては、「医療用麻薬」という名称が影響しているのか、いまだに社会的に誤解と偏見が根強いのが実情です。オピオイドは正しい使い方をすれば大変有益な薬剤です。医療者が正しい情報を発信し、オピオイドについての社会的な理解を深める必要があると思います。オピオイドを扱う薬剤師さんだけでなく、オピオイドを扱うことのない薬剤師さんも、一般の方に対して正しい情報を提供していくことがその一助になると思います。
また、がん治療後の患者さん、すなわちがんが治癒した方でも3割以上の方に痛みがあると言われており、長期にわたり痛みに対する介入が必要な患者さんも多いことが指摘されています。がん患者に限らず、痛みというのは非常に頻度の高い症状です。何の薬剤でも薬剤を処方される患者さんの多くは何らかの痛みを持っている可能性が高いと考えられますので、薬剤を処方された患者さんに接する薬剤師に、痛みと鎮痛の必要性について、より理解を深めてもらえれば嬉しく思います。
天谷 文昌 氏 プロフィール
1993年京都府立医科大学卒。同大学大学院、マサチューセッツ総合病院において疼痛学の診療と研究に従事。2019年より京都府立医科大学大学院医学研究科疼痛・緩和医療学教室教授、同大学附属病院緩和ケアセンター長。がん・非がん患者の緩和ケアとともに、オピオイド長期投与患者の予後調査や疼痛が慢性化する機序の解明に取り組んでいる。