監修 肥後薬局
薬剤師 錦織 淳美 氏
薬薬連携とは、病院薬剤師と保険薬局薬剤師の連携として知られ、患者さんが生涯にわたって安全に、安心して薬物治療を受けられるための医療連携のひとつです。現在では、全国で地域医療情報連携ネットワークの構築が進みつつあり、薬薬連携の整備も並行して行われています。肥後薬局(岡山市)の薬剤師で元岡山大学病院薬剤部の錦織淳美氏に病院薬剤師と薬局薬剤師の2つの視点から薬薬連携の現状、課題、かかりつけ薬局・薬剤師の役割などについて語っていただきます。
薬薬連携を概観する
「患者のための薬局ビジョン」
まず、薬薬連携を巡る情勢を振り返ります。
薬局はこれまで、医師が処方した薬を受け取る場所という認識が一般的にありました。厚生労働省は薬局を「患者本位のかかりつけ薬局」に再編する目的で、2015年10月に『患者のための薬局ビジョン』を策定しました。薬局の機能の見直しを図る同ビジョンでは、かかりつけ薬剤師・薬局の機能を主軸とし、「服薬情報の一元的・継続的把握とそれに基づく薬学的管理・指導」「24時間対応・在宅対応」「医療機関等との連携」の3つが提示されました。
医療機関と薬局が連携して患者さんの健康を管理するためには、施設間の意思疎通が不可欠です。同ビジョンを実現するための重要な機能の1つがトレーシングレポートです。トレーシングレポートは、薬剤師が患者さんの服薬状況や副作用、体調の変化などの情報を処方医と共有するための服薬情報提供書です。
患者さんの服薬情報を処方医と共有する方法には疑義照会もありますが、疑義照会は、薬剤師が処方箋に従って調剤を行う際、処方箋の内容に疑問点や不明点がある場合に処方した医師に確認するものです。薬局薬剤師が患者さんから得た情報で、疑義照会するほど緊急性はないものの、伝える必要があると判断した場合などにトレーシングレポートを作成し、処方医に提供します。トレーシングレポートは、アドヒアランスの低下などに繋がるポリファーマシー対策としても有用なツールです。
改正薬機法で対人業務
強化薬薬連携の重要性
2020年9月1日から改正医薬品医療機器等法(薬機法)が段階的に施行されています。改正薬機法では、 対人業務の充実が焦点となっており、薬局のあり方の見直しやオンライン服薬指導の導入のほか、調剤後の病態変化のフォローアップが義務化されました。
具体的には、薬局薬剤師は処方薬を調剤するだけでなく、調剤後のアドヒアランスの評価、有効性や副作用発現などを経時的に確認して患者さんの療養を支えることが求められています。さらに、薬剤師が患者さんから得た情報で、治療のポイントになると思われることを処方医や看護師などにフィードバックする役割も求められています。特に、入院後に薬物療法の内容が変更されたり、手術後に新規薬剤を追加された場合は、 継続して薬物療法を把握するために薬局薬剤師と病院薬剤師が情報を共有する薬薬連携が重要になります。生涯の入院回数は人によって異なりますが、図1 は、一人の患者さんが生涯で複数回の入退院をする際の 薬薬連携を整理したものです。
薬剤師の役割は、患者さんの薬剤情報を一元管理することです。治療や薬歴の内容は基本的に変化していきますので、その情報をアップデートして共有する必要があります。
入退院の度に、病院薬剤部は入院時薬歴確認や退院時薬剤情報提供書の作成を、薬局は薬歴提供や退院後の薬歴管理やフォローアップを、それぞれ実施します。
また、年齢を追うごとに罹患する疾患や服用薬剤の種類は増加しますので、図の右側に進むにしたがって、減薬の可能性についても、病院薬剤部と薬局の双方で検討していく必要があります。
ICTの活用
医療機関内での医療情報連携ネットワーク
ICTの活用は、医療機関が独自に取り組む例が多く、岡山大学病院では医師や病棟薬剤師が院内コミュニ ケーションアプリを使っています。当薬局では、クラウド型電子薬歴管理システムを使いながら、新たにチャット機能やビデオ通話を活用した「かかりつけ化」アプリを導入し、服薬情報の一元管理や服薬のフォローアップを段階的に進めながら地域に必要とされる薬局を目指しています。
地域医療情報連携ネットワーク
薬薬連携では、お薬手帳のほかに患者さんの医療情報を検索する方法として医療情報連携基盤(ElectricHealthRecord:EHR)があります。
EHRは、診療に必要な医療情報(患者さんの基本情報、処方データ、検査データ、画像データなど)を、ICTによって医療機関の間で共有・閲覧を可能にするしくみで、地域で医療情報を連携するネットワークです。
EHRによって、
▶患者さんに関する豊富な情報が得られ、患者さんの状態に合った質の高い医療が提供できる
▶高度急性期医療、回復期医療、慢性期医療、在宅医療・介護の連携体制を構築できる
▶投薬や検査の重複を避けることができ、患者負担の軽減につながる
――などの効果が期待できます。
全県単位の医療情報連携ネットワークが各地域で設立し運用されています(表1)。ただし、医療機関や薬局の登録数が伸び悩み、十分に活用されていないものもあります。 EHRがあまり活用されない理由として、登録手続きが煩雑であることが挙げられます。岡山県では2013年からEHRとして「晴れやかネット」が設立されていますが、患者さんの登録と情報の共有のためには、病院や診療所だけでなく薬局でも患者さんの同意書取得が必要となります。薬局において調剤や服薬指導業務が多忙な時間帯に同時にEHRの登録や閲覧に時間を割くのが難しいことは私も身をもって感じてきました。
一方で、EHRの成功例の代表が長崎県の「あじさいネット」です。あじさいネットは在宅医療をうまく取り込んだ仕組みになっており、登録者数が14万名を超えています。このように地域によっては上手に活用されている医療情報連携ネットワークもあります。
全国規模の保健医療情報ネットワーク
EHRによる情報の共有・活用を全国的に高度化・拡大化する動きもあり、現在、総務省と厚労省が連携してEHRを相互接続する基盤となる全国保健医療情報ネットワークの構築をめざしています。医療機関、薬局、介護事業所などを巨大なネットワークでつなぎ、患者・利用者の情報を共有・活用するというもので、薬歴の最新情報が適宜、医療機関、薬局にフィードバックされます。
海外の先進事例に学ぶ
スウェーデンのeHealthシステム
スウェーデンでは、国民IDと医療情報が紐づけられ、薬歴や既往歴を含む患者情報はeHealthシステム(全国保健医療情報ネットワークに相当)で管理されています。病院薬剤師は、同システムの基本情報で薬歴を確認し、電子カルテに必要な情報を転記します。退院時の処方については同システムに再転記します。これによって地域薬局では同システム上で最新の薬歴を確認しながら調剤を行うことができます。
また、薬局は年に4回までリフィル調剤が認められています。リフィルは「補充」を意味する英語で、一定期間内に一つの処方箋を繰り返し利用できます。病状が安定している患者さんにとっては薬の処方のためだけに医療機関を受診する回数が減り、負担が軽減されます。また、後発品が優先的に調剤され、先発品を希望する場合は差額が患者負担となります。さらに、一包化調剤は専門薬局が一元管理し、患者宅に郵送されます。このように、医療費削減に対する効率のよい医療体制が整備されています。
日本は今後、スウェーデンのeHealthシステムをうまく応用できれば、日本独自のシステムの確立が可能だと思います。
米国のフォローアップ服薬指導
米アリゾナ州ツーソンメディカルセンターで実施されたフォローアップ服薬指導に関するパイロットスタディで興味深い結果が報告されました。この研究では、2015年8月~2016年9月の間に同センターを退院した18歳以上の患者さんのうち肺炎、喘息、COPD、心不全、心筋梗塞、腎不全、糖尿病、大腿・膝関節置換術後、冠動脈バイパス術後のハイリスク患者456人を対象とし、薬剤師介入群(340人)と対照群(116人)に分け、退院後7日後および21日後に薬剤師が電話相談を行いました。その結果、介入群の13%、対照群の17%が退院後30日以内に再入院し、介入群では再入院率が減少傾向を示しました。
電話相談で退院後の処方内容の見直しや追加処方の提案、継続的な患者服薬指導が行われ、病態悪化・再発による再入院が未然に回避された例は多数報告されています。薬剤師による適切なフォローは患者さんに安心をもたらし、信頼関係を維持するうえでも重要です。
疾患別に見る薬薬連携
がん(化学療法)
2019年11月の薬機法の改正で、21年8月から機能別薬局として「地域連携薬局」と「専門医療機関連携薬局」の認定制度がスタートしました。いずれも、患者のための薬局ビジョンで示された、薬局に求められる機能です。専門医療機関連携薬局は、がんなどの専門的な薬学管理のために他の医療機関と連携して対応します。薬局と医療機関の連携が強化され、患者さんへの貢献の幅が広がっています。
2020年度の診療報酬改定では、外来がん化学療法に関連し「連携充実加算」や「特定薬剤管理指導加算2」が新設されました。両者とも薬薬連携の実施によって算定されます(図2)。
連携充実加算は、がん化学療法のレジメン内容や実施状況、投与量、副作用発現状況など記載した治療計画等の文書の交付と、療養のため必要な栄養指導実施の際に管理栄養士との連携が算定要件です。特定薬剤管理指導加算2は、レジメン内容の確認とそれに対する薬学的管理や指導、投薬後のフォローアップ、その確認内容を医療機関に文書でフィードバックすることが算定要件です。
岡山大学病院では、腫瘍センターのホームページなどで化学療法のレジメンを開示したり、研修会を開いたりしています。外来で抗がん剤の内服薬が処方されると、当薬局にも患者さんが処方箋と共に薬剤管理指導依頼書を持参されます。今後、薬剤師はオンライン服薬指導でがん化学療法の副作用をフォローしたり、チャットシステムで相談に乗ったりする機会が増えると予想されます。そのために、積極的に情報を収集し、患者さんと気軽に連絡し合えるような信頼関係を構築していくことが重要になります。
慢性疾患
慢性疾患の患者さんの服薬指導は、患者さんの病識、また治療に対するモチベーションにより、薬剤師の関わり方を変える必要があると思います。自覚症状が乏しい疾患の患者さんは、自覚症状がある疾患の患者さんに比べ服薬や治療を中断する可能性が高く、臨床現場の経験からいっても、がん患者と糖尿病患者ではアドヒアランスに差はないとは言い切れません。今後、慢性疾患については重症化や再発、イベント発生を防ぎ、生命予後を改善するための薬薬連携を検討していく必要があります。
2022年度診療報酬改定で、「リフィル処方箋」が導入されることになりました。リフィル処方箋による調剤は、通常の処方箋調剤とは異なり、薬剤師の責任は大きくなるでしょう。患者さんの体調変化や追加薬の確認に加え、長期間投与される薬剤の適応疾患に関する知識をアップデートし、治療ガイドラインにより治療目標などを常に念頭に置いて調剤や服薬指導にあたる必要があります。リフィル調剤は医療経済的なメリットが大きく、薬剤師が能力を発揮するためにも推進するべきであると考えます。
ポリファーマシーも薬薬連携でクリアできるのでは
ポリファーマシーを是正するためには、薬剤師だけではなく処方する医師側の意識改革も必要です。また、入院病棟と比べて薬局窓口では患者さんと接する時間が限られています。患者さんが服用不要に感じているような薬剤の情報を聞き出すのも難しい場面が多いと思います。私は、ポリファーマシーの問題も薬薬連携が一つのカギになるように思われます。たとえば、病院薬剤師が、実は今は服用していないような薬剤を患者さんから聞き出し、医師に処方中止を提案して中止にしてもらいます。その情報を退院時に薬局薬剤師に共有し、入院中に服用せずに済んだということで退院後もその薬剤の中止を続けてもらうことで、減薬が可能になるのではないかと思います。
薬薬連携の問題点を炙り出す
入院時に病院で入手する患者さんの薬剤情報は、患者さんが携帯するお薬手帳を拠り所にしていることが多いですが、複数の医療機関に受診し、受診の度に異なる薬局で薬剤が調剤されていると、薬歴の把握が難しくなります。
また、入院中に処方されていた薬が退院時に変更されることもよくあります。入院中に使用した薬剤の内容や退院時の処方については病院薬剤師が退院時薬剤情報提供書を「おくすり手帳」に貼付しますが、貼り忘れなどの不備があると、薬局では入院から退院までの服薬の状況が確認できません。その結果、薬物療法に支障が生じ、場合によっては生命予後に影響が及ぶ可能性があります。
「かかりつけ薬剤師の不在により情報の提供が不足しており、入院前情報の収集が困難なため、病歴・薬歴の詳細が不明のまま入院する」また「入退院の中で継続的な薬物治療を保証する連絡体制に不備がある」といった薬局と病院で双方に連携の課題があるように感じています。
薬剤師連携の情報共有のひとつ
病院と薬局の合同研修会やシミュレーション教育
病棟薬剤師は、業務を通じて特定の疾患に関する知識を深めていくことも多いと思いますが、薬局薬剤師は業務を通じて得られる医学的情報は限られています。
薬局薬剤師の多くは医師の診療行為に関心を持ち、常に向学の機会を求めているように思われます。的を射た疑義照会や簡潔明瞭なトレーシングレポートを作成するために、積極的に講習会や勉強会に参加することが大切です。日々の情報共有に加え、病院と薬局が合同で研修会やシミュレーション教育を実施することは、薬薬連携において非常に重要と私は考えています(表2)。
シミュレーション教育のポイント
私が考えるシミュレーション教育のポイントを表3に示します。
岡山大学病院では2013年からシミュレーション教育法を用いた臨床薬剤師向けの勉強会を実践しています。2016年からは保険薬局薬剤師向けシミュレーション教育の開発や、病院薬剤師と薬局薬剤師の薬学的アプローチの確認・情報共有も行っています。地域医療の中に薬剤師の視点を加え、チーム医療の底上げを図ることが目的です。バイタルサイン、間質性肺炎の症状、喘息増悪時の呼吸音、電解質異常時の状態変化などをキーワードに、薬局薬剤師が遭遇すると思われる状況を想定してシナリオを構成します。こうした勉強会は病院薬剤師と薬局薬剤師のそれぞれの視点で情報を共有する良い機会になっており、今後も多角的な薬学的アプローチのための教育プログラムを継続していきたいと考えています。
薬薬連携の将来を展望する手作業による情報収集の限界
薬薬連携が十分に機能していない状況で、薬局では患者さんとのコミュニケーションを通じて病歴、薬歴などの重要な情報を入手しています。私は患者さんから処方箋を受け取ったときは必ず「ほかに病院にかかっていないですか」「以前、膠原病の薬が出ていましたが、今はどうなっていますか」などと尋ね、患者さんがうけている薬物治療全体に不備がないか確認するようにしています。しかし、こうした手作業による情報収集にも限界があります。重要な情報が欠け、十分な服薬指導ができなければ、患者さんが不利益を被ります。必要な情報を必要な時に入手して的確な服薬指導ができる薬薬連携を構築するためには、地域医療情報連携ネットワークから全国保健医療情報ネットワークまで途切れることなく整備が進むことが重要です。
連携の鍵となる“ハブ薬局” を設置
薬局は処方箋を持参して薬を受け取るだけの場所ではなく、健康相談ができる場所でもあります。体調で気になることがあれば、医療機関に受診する前に、薬局に寄ってOTC薬で対処できる状態なのか、治療が必要なのか、薬のプロフェッショナルとしての意見を聞くことができます。国民の薬局に対する意識が変われば、予防医学的にも、また医療費軽減の点でも大きな効果が期待できます。
また、たとえばもし、疾患分類別の専門薬剤師が常駐する「地域の拠点薬局(“ハブ薬局”)」のようなものが設置されたとすると、その拠点薬局からかかりつけの薬局に対し、医療機関や検査センターなどで得られる患者さんの各種データをもとに専門的な情報が共有されるのではないかと思います。薬局は患者さんの疾患名や臨床検査値などの診断情報が得られずに服薬指導を実施していることが多々ありますので、こうした情報の連携の進展を今後期待したいと考えています。
錦織 淳美 氏 プロフィール
1996年岐阜薬大卒。98年米フロリダ大Pharm.D.プログラム修了。Pharm.D.学位。フロリダ州薬剤師免許取得。99年より岡山大学病院薬剤部勤務。病棟薬剤師として働きながら、日本学術振興会科学研究費助成により薬薬連携についての臨床研究を行う。2021年より現職。