知っておきたい歯周病の知識と全身疾患との関連
九州大学大学院歯学研究院口腔機能修復学講座
歯周病学分野助教
新城尊徳氏
国民の8割が罹っているともいわれる歯周病。近年、歯周病と全身疾患が相互に影響を及ぼしていることが明らかになってきました。しかし、歯科と医科の連携は十分とはいえません。プライマリーケアの最前線で患者の健康を支える薬剤師に、歯科から期待が寄せられています。歯科領域で活躍されているお二方に、歯周病の基本や全身疾患との関係、薬剤師の関わり方などについて聞きました。
歯周病の病態と治療
残存歯増加で増える歯周病
8020運動という言葉をご存知でしょうか。80歳になった時に歯が20本以上ある状態を達成しましょう、という取り組みで、近年話題になっています。厚生労働省の歯科疾患実態調査(2016年)によると、20本以上の歯が残っている人の割合は年々増加傾向にあります。
また、同調査によれば、歯周関連の自覚症状として、歯茎の腫れや痛み、出血を有する人の割合は、65歳未満の成人で15%前後、65歳以上で10%強となっています。歯周病は症状を自覚しにくいサイレントディジーズといわれますが、半面、自覚症状のある人も少なくないことがわかります。
歯周病の患者数は増えているのでしょうか。同調査の結果より、高齢者が増加する一方で、残っている歯の数が増えているという事実から、むし歯になる人口は徐々に減少傾向にあるのに対して、歯周病に侵される歯はむしろ増えていることが推察されています。
歯周病の本態は感染性炎症性疾患
歯周病は「非プラーク性歯肉疾患を除き、歯周病菌によって引き起こされる感染性炎症性疾患」と定義づけられています。
歯周病は「歯肉炎病変」と「歯周炎」の2つに大別されます。ただし、日常臨床の現場では歯周炎も歯肉炎もまとめて歯周病として患者さんに説明することがほとんどです。
歯肉病変はプラーク性歯肉炎/非プラーク性歯肉病変/歯肉増殖の3種類、歯周炎は慢性歯周炎/侵襲性歯周炎/遺伝疾患に伴う歯周炎の3種類にそれぞれ細分化されます(日本歯周病学会編:歯周病の診断治療の指針2007)。ここでは、歯周病の代表的な病変として、正常な状態からプラーク性歯肉炎、そして歯周炎に至るメカニズムを図解します(図1)。
プラークとは
歯周病の原因であるプラークは、いわば細菌の塊です。プラークは黄白色を帯びた粘着性の物質で歯の表面に付着しています。
プラーク1mg中に1億個以上の細菌が存在するといわれています。代表的な歯周病菌はP.gingivalis(ポルフィロモナス・ジンジバリス)やT.denticola(トレポネーマ・デンティコーラ)などです。
感染症領域で「バイオフィルム(微生物が固相表面に形成した集合体)」という用語が使用されますが、歯周病ではプラークがバイオフィルムに該当します。図1に登場している「歯石」は、プラークが石灰化した死んだ細菌の塊です。歯石自体は歯周病を引き起こすことはありませんがプラークが付着しやすくなります。
歯周病菌は歯と歯茎の境目に溜まり
酸素を嫌って奥で繁殖
正常な歯の状態であれば、歯周病菌は唾液によって洗い流されますが、歯肉の炎症がある場合は歯周病菌が流されずに歯と歯茎の境目の歯肉のポケットに溜まります。そして、歯周病菌はポケットで繁殖しプラークを形成します。歯周病菌は嫌気性菌であり、より酸素の少ないポケットの奥を好みます。
歯肉に炎症が起こると、そこが腫れてポケットはさらに深くなります。ポケットの深さが深くなるにつれ、歯肉からの出血や排膿がみられることがあります。歯周病が進展すると歯を支える歯槽骨が破壊されていきます(図1の右の歯周炎の段階)。
炎症を伴った深さ4ミリを超える
歯周ポケットが残っていると
外科的治療の対象
プラーク性歯肉炎と歯周炎は、歯肉縁上・縁下のプラークが主な原因であり、これを除去することが歯周病の治療と予防の主体となります。
歯周ポケットの深さがごく浅い状態(1〜2ミリ程度)までなら歯ブラシによるブラッシングでプラークを除去することが可能です。3ミリを超えると特殊な器具を使って行うスケーリング、ルートプレーニング*による治療が必要になる可能性が高くなります。歯周ポケットの深さが4ミリを超え、かつスケーリング、ルートプレーニングを行っても炎症が持続しているような歯周病に対しては、フラップ手術など外科的治療の対象になります。
*歯科で歯周ポケットのプラークや歯石を取り除く行為
歯周病と全身疾患
歯周病は生活習慣病
近年、歯周病は生活習慣病としても位置づけられ、全身疾患との関連が指摘されています。歯周病菌は血液とともに全身を循環し、さまざまな末梢臓器で炎症を起こします。歯周病と全身疾患との関係については、動物実験から臨床研究まで幅広く行われており、まだ解明途中のものも多いですがさまざまなエビデンスが報告されています。本稿では、疾患病態ごとに歯周病との関連をまとめました(図2、表1)。
新城 尊徳 氏 プロフィール
広島大学歯学部歯学科卒。広島大学大学院医歯薬学総合研究科博士課程修了。博士 (歯学)。広島大学病院歯科保存診療科、九州大学病院歯周病科、九州大学大学院歯学 研究院口腔機能修復学講座歯周病科を経て、2016年にハーバード大学附属ジョス リン糖尿病センター(Section of Vascular Biology)へ留学。2019年より現職。日本 歯周病学会認定医。外来での歯科診療とともに、歯周病と全身疾患との相互関連に 関する研究を主なテーマとして日々研究に従事している。
薬剤師による歯科と医科の橋渡し
九州大学大学院歯学研究院
口腔顎顔面病態学講座
口腔顎顔面外科学分野講師
大山順子氏
歯肉増殖を来たす薬剤と歯周病
医薬品のなかには、副作用によって歯肉増殖を生じて歯周病を誘発・進展させるものがあります。歯肉増殖のメカニズムの1つとして、歯肉を構成する線維組織の増殖や肥厚が促される事が考えられています。
薬剤による歯肉増殖は「薬物(誘発)性歯肉増殖症」と呼ばれます。歯肉増殖の原因となる薬剤には、抗痙攣薬のフェニトイン、カルシウム拮抗薬のニフェジピン、免疫抑制薬のシクロスポリンなどがあります。これらの薬剤によって歯肉が増殖すると、増殖した歯肉と歯の間にはプラークが形成されやすく、歯周病を発症しやすくなります。口腔内の清潔が保たれていない患者さんでは高頻度で歯周病が見られます。
フェニトインはてんかんなどの患者さんが長期間にわたって服用する薬剤であるために歯周病を発症しやすいことが知られています。
歯肉増殖症を発症するカルシウム拮抗薬には、ニフェジピンのほかに、ニトレンジピン、ベラパミル、ジルチアゼム、ニカルジピンなどがあります。
シクロスポリンは、主に臓器移植や骨髄移植などの拒絶反応の抑制に用いられます。腎移植後の長期追跡では50〜60%に高血圧が認められ、心臓移植後の90%に高血圧が発症したとされていますが、降圧薬の服用例では特に上述のように歯肉増殖を発症する薬剤が処方されることも考えられ、歯肉増殖に対する注意が必要です。
骨粗鬆症治療薬による顎骨壊死
ビスホスホネート製剤や抗RANKL抗体製剤のデノスマブは、破骨細胞の働きを抑制して骨吸収を阻害する薬剤で、がんの骨転移や骨粗鬆症の治療に広く用いられています。しかし、骨吸収抑制剤の投与により、難治性の顎骨壊死が発生することが指摘されています。骨吸収抑制剤による顎骨壊死の発症については次のようなメカニズムが考えられています。
● 骨吸収抑制剤による骨リモデリングの抑制と過度の破骨細胞活性抑制
● ビスホスホネート投与による口腔細菌の易感染性増大
● ビスホスホネート投与による口腔上皮細胞のリモデリングおよび遊走抑制
● 骨吸収抑制剤投与による免疫監視機構の変化
● ビスホスホネートの血管新生抑制
歯周病の存在と骨吸収抑制剤の使用によって、顎骨壊死のリスクが高まります。
薬剤師の口腔ケア支援
口腔ケアを踏まえた服薬指導
現状、薬剤師さんが歯科受診以外の患者さんの口腔ケアについてアドバイスする機会は少ないと思います。しかし、口腔の症状が全身疾患と深く関連していることを理解していることで、投薬する患者さんに対し、口腔ケアの観点も踏まえた服薬指導が可能となります。
糖尿病患者の口腔ケアサポート
糖尿病と歯周病の関連は先述のとおりですが、糖尿病の患者さんで、たとえば前回と処方薬が変わっていれば、血糖コントロールがうまくいっていない可能性があり、血糖降下薬のほかに処方されている薬剤から合併症の存在を想像することもできます。
服薬指導に合わせて、口腔内の健康状態を尋ね、歯周病と全身疾患の関係について助言することは患者さんにとって貴重な気づきの機会となります。
感染性心内膜炎と口腔ケア
抜歯後は、創口から細菌が体内に侵入して一過性に菌血症になります。そのため、感染性心内膜炎の高度リスク群の心疾患を有する患者さんの抜歯に際しては感染性心内膜炎の予防として、患者さんに抜歯1時間前に通常の内服量よりも多い所定量の抗菌薬を服用してもらいます。
歯科からこのような形で抗菌薬が処方された場合、薬剤師さんから改めて抗菌薬服用の理由を説明することで患者さんのアドヒアランス向上が期待できます。併せて、感染性心内膜炎の予防のためには日常の口腔ケアも重要であることとその理由を一言付け加えていただければと思います。感染性心内膜炎の高度リスク群の心疾患を有する患者さんに日常の口腔ケアに対する意識づけを図ることが重要で、さらにその先の歯科受診につながる可能性もあります。
スペシャリストでゼネラリストの
薬剤師に期待
口腔ケアの目的は歯周病や齲歯の予防だけでなく、全身疾患の予防や重症化防止まで広がっており、プライマリーケアにおける薬剤師の役割に期待が高まっています。
今後、薬剤のスペシャリストであり、医療のゼネラリストでもある薬剤師さんには、「口腔からの健康増進」の視点も加え、日々の調剤業務に携わっていただくことを願っています。
大山 順子 氏 プロフィール
九州大学歯学部卒。九州大学大学院歯学研究科歯学臨床系博士課程修了。歯学博士。九州大学歯学部附属病院医員、九州大学歯学部文部教官助手を経て1998-2001年米国バージニア大学医学部リウマチ学教室ポスドク。帰国後、九州大学大学院歯学研究院助教を経て2019年から九州大学病院顔面口腔外科講師。口腔外科学会専門医、口腔科学会専門医・指導医、口腔内科学会専門医・指導医。口腔外科外来で大学院時代からの研究テーマであるシェーグレン症候群や口腔粘膜疾患患者の診療を行いながら、同分野の研究や歯学部学生の教育に従事している。