監修
東京大学大学院医学系研究科老化制御学 講師
小島 太郎 氏

世界一の長寿国である日本。平均寿命は延伸しています。一方で、平均寿命と健康寿命の差は男性で9年、女性で13年と言われています。つまりその期間、要介護の状態で過ごしているのが実情です。少子高齢化の影響で今後さらに高齢化率が上昇し続ける中、いかに介護予防を行い、健康寿命を延ばしていくかが重要な課題となっています。要介護の前段階とされるフレイルについて、東京大学大学院医学系研究科老化制御学の小島太郎氏に解説いただきました。

フレイルは要介護の前段階
まだ健常に戻る可能性がある

 フレイルとは、「加齢に伴う予備能力の低下のため様々なストレスに対する抵抗力・回復力が低下した状態」です。

 身体的、認知・精神・心理的、社会的などの多面的な問題は重複しやすく、多くの場合、フレイルは生活機能障害や死亡などの負のアウトカムを呈します。プロセスとしては、健常な状態から“プレフレイル” の状態を経てフレイルへと進行、さらに進行すると介護を要する機能障害の状態に陥ります。フレイルは、不可逆的な生活機能障害(要介護状態)の前段階であり、適切な介入による可逆性を残した状態といえます(図1)。

 要介護状態に至ると不可逆性が高くなることから、その前の段階で予防することが重要、ということで、そのハイリスク状態に関わる因子の探索が行われ、2001年にFriedらにより「frailty(虚弱)」に関する5 つの因子が報告されました。

 1. shrinking(からだの縮み)―体重減少
 2. exhaustion(疲れやすさ)―易疲労感
 3. low activity(活動の少なさ)―身体活動量の低下
 4. slowness(動作の緩慢さ)―歩行速度の低下
 5. weakness(弱々しさ)―握力の低下


 日本でも老年医学の分野で以前からこの虚弱状態に対する介入の重要性が認識されてきましたが、社会的により広く認知を高めるために、2014 年に日本老年医学会より「フレイル」という名称とその概念についてのステートメントが発表されました。

多面的な要素からなるフレイル

 フレイルは多面的な側面を持つ概念です。現在では、身体的なフレイル、認知・精神・心理的なフレイル、社会的なフレイルと、身体/ 心/ 社会の3 つの側面があります(表1)。

 フレイルが認知される以前から注目されてきた「サルコペニア(筋肉の衰え)」や「ロコモティブシンドローム」は、身体的フレイルの一因ともなる老年症候群であるといえます。しかし、フレイルは身体的な側面だけでなく多面的により進行しますので、必ずしもサルコペニアやロコモティブシンドロームがあることがフレイルの程度と一致するわけではありません。例えば、認知症の進行によってフレイル状態となり要介護となっていくような方の中には、サルコペニアやロコモティブシンドロームの病状を持っていない方もいます。

評価基準を用いて
フレイル高齢者を早期に把握

 多面的な側面を持つフレイルはどのように評価診断されるのでしょうか。 前述のFriedらが示したフレイルの5 つの因子の評価指標( C H S 基準)が世界的に開発され、さらに日本人に合った指標としてJ – C H S 基準が作成されました。この基準がフレイルの代表的な評価基準です。

 ただし、J-CHS 基準は握力と歩行速度を測定する必要があるため、より簡便にフレイルのリスクを判定するツールとして簡易フレイル・インデックスも開発されました。これは簡便に回答できる質問構成で、記憶に関する項目も含まれています(表2)。

 J – C H S 基準で規定されている歩行速度については、横断歩道も目安になります。通常の横断歩道は秒速1 m で歩くことができれば青信号の間に渡りきるように設定されていますので、「横断歩道を青信号で渡りきれるかどうか」という質問も、ひとつの目安として参考になります。

 また、以前から高齢者健診で用いられてきた基本チェックリスト(表3)も身体的側面、認知・精神・心理的側面、社会的側面を評価するのに非常に有用です。フレイルは介護認定を受ける前の段階で捉えて介入することが重要であることからしても、健康な人も含めて受ける高齢者健診でフレイルを捉えることは意義があることです。

フレイル進行に関わる因子
修正可能なリスク因子に介入

 フレイル進行に関わる因子は広範囲におよびますが、修正可能な因子に対しては積極的に修正することでフレイルの予防・改善が期待されます。

 例えば、運動不足はフレイルの発生や進行の主たる要因となります。習慣的な運動は、筋機能/ 心機能/認知機能/ 内分泌系など多くの生理学的なシステムの機能改善や低下予防につながり、慢性疾患の発症予防にも有効です。

 加齢に伴う食欲不振も、潜在的な修正可能なフレイルの危険因子の一つです。食欲低下に伴う、低栄養や微量栄養素の欠乏がフレイルの進行を加速させます。独居や社会とのつながりが希薄になるなどの社会的な要因も、食欲不振の要因ともなり得ます。

フレイルサイクル・
フレイルドミノ

 フレイルの最初の段階は、特定の疾病の罹患、あるは認知・精神・心理的な問題や生活環境などのいずれかの側面が進み、やがて多面的なフレイル状態へと進行します。

 例えば、元々は身体的なフレイルだけであった方が、体力の低下によって精神的な活動をしなくなる、他者との付き合いをしなくなるというように、身体的なフレイルに精神的なフレイルや社会的フレイルを合併しやすくなります。そうなると、元々の身体的なフレイルがさらに進行するという悪循環「フレイルサイクル」や「フレイルドミノ」が発生します。この悪循環が加速する前に、生活を支援し多面的な質を底上げすることが大事なのです。

適切な介入により
健常な状態へ戻すことも可能

 フレイルは可逆性を持つ状態ですので、適切な介入により健常な状態に戻る可能があります。

 適切な介入を行うためには、まずはフレイルにつながるような問題が起きていないか、どこに問題があるのかを把握することが第一段階です。その上でその問題に対し対処します。

 例えば、独居であることによって体調が悪化しやすいことがわかった場合。他者が定期的に訪問して、生活に問題がないかをチェックする、病気の治療が足りていないようであれば治療を強化する、体力的な低下があれば運動を取り入れた介入を実施する、ということになります。

 また、社会的な交流を増やすことも有効です。自治体では介護認定を受ける前の高齢者に集いの場を提供するなどの取り組みも行われています。

 自治体によっては元気な高齢者がフレイルについて講習を受け、フレイルサポーターとして地域でフレイルチェックのための相談窓口やフレイルについての教室などを運営する、といったフレイル予防事業を実施しているケースもあります。フレイル状態の高齢者だけでなく、健常な高齢者の段階から高齢者の社会参加を促すことも非常に重要です。

フレイルとポリファーマシーの関係

 高齢者の多くは、複数の慢性疾患(Multimorbidity)を抱え、かつ、不眠や便秘、疼痛などの老年症候群の合併率が高いので多数の薬物療法を必要としています。もちろん、多剤服用はその治療効果がしっかり得られていれば、病気のコントロールが良好になります。これはフレイル予防にもつながります。一方で、ポリファーマシーの状態に陥って、フレイルを進行させているということもあり得ます。

 ポリファーマシーは、多剤を服用することにより有害事象が起こる可能性がある状態であり、必ずしも服用薬剤数が多いこと自体が問題というわけではありません。しかし、高齢者では加齢に伴う生体の生理的な変化により薬剤に対する感受性も変わるため、ポリファーマシーに陥りやすいのです。服用薬剤数が多い高齢患者さんにはそういう方も多く潜んでいるということを念頭に評価していく必要があります。
 また、フレイル高齢者では服薬の能力が低下することもポリファーマシーの原因となります。処方薬がきちんと服用できていないことで、疾患コントロールが不良と判断され、治療強化の目的で薬が増加されていたり、有害事象により出現した症状に対して、別の医療機関を受診してまた新たな薬の処方がなされていたりするなど、服薬管理の低下による処方カスケードが起こっている場合があります(図2)。

薬剤によるフレイル進行リスク

 フレイルと薬剤は密接な関係にあります。フレイル進行という観点からすると、低血糖や低血圧を含むふらつきや転倒のリスクや、認知機能への影響、食欲への影響、便秘などの有害事象の可能性がある薬剤には注意が必要です(表4)。

 身体的フレイルと精神・心理的フレイルの双方に関わる代表的な薬剤として、ベンゾジアゼピン系睡眠薬・抗不安薬と抗コリン薬などが挙げられます。高齢者において、有益性(ベネフィット)に対して有害性(リスク)が相対的に高い薬剤(potentially inappropriate medication:P I M)については、「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」や「高齢者の医薬品適正使用の指針」が参考になります。

基本的な生活機能に
問題が生じていないか

 薬剤が奏効し生活機能の維持に寄与しているケースもありますので、表4 の薬が症候を引き起こしている可能性が高くとも、すぐに中止するわけにはいかない場合もあります。試しに服用を中止して生活機能が改善できるかどうかを評価するということもあります。服用の再開が必要な場合には、別の薬に代替できないかを検討することも重要です。

 さらに、疾患の治療でどうしても必要と思われる薬剤しか飲んでいないような場合、また、それがハイリスクな薬剤ではない場合でも、各症候を引き起こしている薬があれば、本当にその薬の服用が必要かどうかを改めて考える必要があります。

 その評価の際にまずチェックしてもらいたいのは、「食べる、寝る、出す」(食べる機能、寝るという生活のリズム、排泄の機能)という基本的な生活機能に関わる部分で問題が起こっていないかということです。

5剤以上服用している高齢患者さんは
要注意

 どれだけ服用していたら多剤と呼ぶべきなのでしょうか。

 ポリファーマシーのリスクが上昇するという観点で薬剤数の明確な基準はありませんが、当院の老年病科に入院した6 5 歳以上の入院患者で薬剤数と薬物有害事象との関係を解析した結果によると、6 種類以上で薬物有害事象のリスクは特に増加すること1)、また、外来患者で薬剤数と転倒の発生を解析した結果から、5 種類以上で転倒の発生率が高くなること2)を報告しています。このことから、5~6 種類以上がポリファーマシーのリスクが高まる状態の一つの目安と考えられます。

 もちろん1種類でも服用回数や1回の服用量が多ければ影響は大きくなりますし、7 種類以上の薬剤を服用していても、副作用もなくQ O L を維持できていれば問題ないのですが、5~6 剤と多くの薬剤を服用している高齢者では、ポリファーマシーの徴候はないか、フレイルへの影響はないかを常に注意深くみていく必要があります。

フレイル改善のための
ポリファーマシーの解消

 処方の見直しというのは、常にその可能性を考慮すべきで、表4 の薬剤が処方薬に含まれている方はもちろん、このほかの薬剤でもフレイルの高齢者では特に必要となります。というのも、フレイルの方では服薬管理自体が難しいことが多いのです。

 処方薬の薬効がきちんと得られれば、その後は状況に応じて治療の強度を弱めに調整すべくトータルの薬剤数を減らすことが可能となることも十分にあり得ます。そのためにまず、服薬管理と服薬アドヒアランスを評価し徹底することが重要です。

 本来、リスクを抱える高齢者の薬物療法においては、一つの医療機関で処方を一元管理することが理想的なのですが、専門診療科の受診が必要な場合もあります。現状は複数の医療機関を受診している高齢者の割合が多いのが実情です。

 しかし、保険薬局は一つにまとめて一元管理できる可能性が高いと思います。服薬管理やアドヒアランスの評価、そしてポリファーマシーの解消において、特に高齢者ほど自宅近くのかかりつけ薬局の役割が重要になるといえます。服用薬がフレイル進行に影響を与えているような徴候がみられた場合には、処方医に情報共有するなど、医薬連携をさらに充実させることが重要だと考えています。


参考文献
1) Kojima T, et al: Geriatr Gerontol Int. 12(4): 761-2, 2012.
2) Kojima T, et al: Geriatr Gerontol Int. 12(3): 425-30, 2012.

小島 太郎 氏 プロフィール

1997年東京大学卒業。国立国際医療センター循環器科、東京大学医学部附属病院老年病科、宮内庁侍従職での勤務を経て、2012年より東京大学医学部附属病院老年病科、2018年より同講師、2020年より現職。専門は老年医学、特に高齢者の薬物療法。「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」の編集、アジアのサルコペニアの基準である「AWGS2019」の改訂に参加。