【監修】
名城大学 薬学部 病院薬学研究室 教授
亀井 浩行 氏

 一昔前は統合失調症の治療は入院治療が中心でしたが、近年、外来が中心になりつつあります。それに伴い、保険薬局の薬剤師も統合失調症の患者さんに接する機会が増えています。藤田医科大学病院精神科外来で患者さんの服薬指導も行う名城大学薬学部教授の亀井浩行氏に、統合失調症の薬物療法についてお話を伺いました。

100人に1人のコモンディジーズ

 統合失調症の有病率は人口の約1%といわれており、日本には80~90万人の患者さんがいます。統合失調症というと特殊な精神疾患という印象があるかもしれませんが、100に1人に発症する決して珍しくないコモンディジーズです。男性は20代前半、女性は少し遅く20代後半から30代前半に好発するといわれています。

 統合失調症の主な症状は、幻覚や妄想などの陽性症状と、自閉や感情の平板化、自発性の欠如などの陰性症状、注意散漫や記憶障害、問題解決能力の低下などの認知機能障害です。

陽性症状が現われる急性期で診断 回復期以降も慢性、進行性の経過をたどる

 統合失調症の経過として、不眠、聴覚過敏、焦りや不安など、発症の前触れのような症状が現われる前駆期、幻覚や妄想などの陽性反応が目立つ急性期、意欲や自発性の低下、感情表出が欠如する陰性症状が目立つ消耗期(休息期)、陰性症状や認知機能障害が残存する回復期(慢性期)の4つの段階を辿ります。

 ただし、統合失調症の場合は、回復期に入ったとしてもそのまま治癒するわけではなく慢性の経過をたどります。また、再燃・再発が起こりやすく、それに伴い社会適応能力が低下していきますので、社会生活機能障害を呈する患者さんが多くなります。

 様々な疾患で早期診断、早期治療介入の重要性が訴えられていますが、バイオマーカーのない統合失調症では、陽性症状が出現する前の前駆期に診断に至ることはほとんどなく、陽性症状が顕著となる急性期に初めて診断に至ります。 また、幻覚や妄想の内容は本当に人それぞれですが、患者さんにとっては全く無関係のことではなく日常生活の経験がふと頭に浮かびそれが幻覚や妄想の元になる、というケースがよく見られます。

非定型抗精神病薬が第一選択各薬剤で作用機序が異なる

 治療の中心となる薬物療法では、基本的にはドパミンの作用を抑制する抗精神病薬が用いられます。もともとは統合失調症の患者さんにたまたまドパミン拮抗薬を使ったところ、陽性症状が改善されたことから統合失調症の治療薬として用いられるようになったのですが、従来の定型抗精神病薬では陰性症状の悪化や錐体外路症状などの副作用が強かったことから、副作用を軽減させるために構造を変えた非定型抗精神病薬の開発が進められました。

 日本では1996年にセロトニン・ドパミン拮抗薬(SDA)のリスペリドンの登場以降、ドパミンD2受容体のほか、セロトニン受容体やアドレナリン受容体、ヒスタミン受容体、ムスカリン受容体などへの作用を併せ持つ非定型抗精神病薬が次々登場しました。現在はこれらの非定型抗精神病薬が統合失調症の第一選択とされています()。

 治療抵抗性統合失調症が適応となるクロザピン以外の非定型抗精神病薬の精神症状改善効果は、定型抗精神病薬と同等であるとされていますが、各薬剤で受容体に対する親和性や発現する副作用が異なることから、症状の改善度や副作用をモニターしながら、患者個々に応じた適切な薬剤の選択や用量・用法を設定する必要があります。

陽性症状以外には抗精神病薬以外の向精神薬も

 統合失調症の症状の中でも陽性症状については抗精神病薬の反応が得られやすいのですが、陰性症状に対しては非定型抗精神病薬でも悪化はしないという程度であり、抗精神病薬で改善するのは難しいのが現状です。

 そのため、抗不安薬や気分安定薬、抗うつ薬、睡眠薬などの併用が多くなります。また、抗精神病薬の副作用でみられる錐体外路症状への対処として、半数以上の患者さんでは抗パーキンソン病薬が処方されています。

高い再発率服薬中断が再発の大きな原因

 統合失調症では、再発率の高さが大きな問題です。研究により差がありますが、急性期治療を受けた統合失調症の患者さんの50%以上が2年以内に再発し、5年のうちには80%以上の患者さんで再発するという報告があります。初発に比べて再発では症状が改善しづらく再発前の状態に戻すのに時間がかかります。20~40歳代という人生で充実しているはずの期間で、治療に長時間を費やしてしまうのです。

 また、再発を繰り返すうちに日常生活技能(金銭管理やコミュニケーション力など)が低下し、その後の社会的機能が大きく損なわれます。

 再発の原因として最も大きいのはアドヒアランス低下による服薬中断です。服薬中断例の再発率は服薬継続例の5倍に上るとの報告もあります。

服薬アドヒアランスに大きく影響する病識の欠如

 服薬アドヒアランスに影響する因子として大きいのは、まずは精神症状そのものです。薬に毒が入っているなどの妄想は服薬の大きな阻害因子となります。また、病識の欠如も服薬アドヒアランス低下の大きな要因です。「病識」というと病気の知識と考えがちですが、統合失調症では、症状の知識があってもそれは自分には当てはまらないと考えます。統合失調症の患者さんにとっては妄想や幻覚は本物であり、疾患の知識を自分に適応させることが難しいため服薬が阻害されてしまうのです。

 さらに、薬による副作用も服薬アドヒアランスに大きく影響します。手が震える、ソワソワする、落ち着かないなどの錐体外路症状や、体重の増加、喉が渇く、便秘などの副作用を経験することで薬に対するネガティブな感情が生じ、精神症状が少し治まってくると薬の服用をやめてしまうというケースが多く見受けられます。

服薬アドヒアランスの低下を防ぐ病識を得るための介入を

 服薬アドヒアランスの低下を防ぐためには、副作用のモニタリングを注意深く行うことはもちろんですが、自分の症状として認識できる介入を定期的に実施することも重要です。藤田医科大学病院の精神科外来では、イラストで表した資料を使い、今現在、あるいは過去に経験した幻聴などは「病気の症状」であり「病気のせいで起こっている」ことを定期的に伝えるようにしています()。

 また、ある程度の病識が得られている患者さんであっても、症状が改善してくると病気が治ったと思ってしまい服薬を中断してしまうケースも多くみられます。そのため患者さんに「高血圧で降圧薬を急に中止すると血圧がすぐに上がってしまうのと同じで、今は薬で症状が抑えられているので症状が良くなっていますが、そこで薬を自分で勝手にやめてしまうとまたぶり返してしまいます」といった別の疾患の具体例を示し、服薬継続に対する理解を深めるための介入を行います。

依然として多い多剤大量療法併用により副作用の発現リスクが上昇

 服薬アドヒアランスの低下は患者さん側の要因が大きいといえますが、医療者側の問題点としてあげられるのが多剤大量処方の問題です。英国のNICEガイドラインでは、抗精神病薬の併用による症状改善のエビデンスは乏しく、むしろ副作用の発現リスクを上昇させることが懸念されており、抗精神病薬単剤療法が推奨されています。日本のガイドラインでも単剤での治療が推奨されていますが、欧米では10年以上前から単剤処方率が90%以上であるのに対し、日本での単剤処方率は未だに44.4%にとどまるのが現状です(精神科臨床薬学研究会、精神科処方調査、2020年)。

 多剤併用療法が多く行われている理由として考えられるのは、一つは薬剤への反応性です。統合失調症の3割程度は抗精神病薬への反応が乏しいことが報告されており、そのため、単剤で治療を開始して効果が得られないと、作用機序の異なる薬剤を併用して症状の改善を試みるということが行われやすいのです。

 こうした経緯があると、たとえ併用療法で症状が落ち着いたとしても、いざ減薬を試みると症状が悪化してしまい、すぐに元の処方に戻さざるを得ないという悪循環に陥ります。

処方の単純化・最適化のための減量方法SCAP法の実際

 副作用は多剤併用療法に起因することが多いことから、処方の単純化、最適化が求められており、減量プログラムとしてSCAP法が提案されています。

 SCAP法は、全ての抗精神病薬の力価を日本で最初に臨床で用いられたクロルプロマジン(CP)を基準とした力価に換算(CP換算)して減量速度を決定していく方法で、CP100mgとの等価量が10mg未満の高力価薬であれば1週あたりCP換算で50mg以下、10mg以上の低力価薬であればCP換算で25mg以下というゆっくりとした速度で減量する方法です。

 我々が行ったSCAP法を用いた減薬・減量支援でも、精神症状を悪化させることなく多剤大量投与の是正が可能であり、さらに抗コリン性の副作用のために処方されていた抗パーキンソン病薬などの薬剤の減薬も可能となりました。

剤形によっても患者満足度や服薬アドヒアランスは変化

 服薬アドヒアランスを向上させるためには、医療者と患者さんが一緒に考えて治療方針を決定していくshareddecisionmaking(SDM)の実践も非常に重要です。

 現在は非定型抗精神病薬にも様々な剤形があります。処方された薬剤について、様々な剤形があるということを知ってもらい、どの剤形を好むか、どの剤形であれば服薬しやすいか、患者さんの意見を確認し、必要に応じて剤形変更を処方医に提案することも必要です。

維持期では持効性注射剤の活用も有用

 また、症状が安定している維持期の患者さんのアドヒアランスの維持・向上のために、持効性注射剤(LongActingInjection:LAI)の活用が期待されています。

 しかし、他の先進国に比べて日本ではLAIの活用が進んでいないのが現状です。理由のひとつとして、注射剤による治療に対するネガティブな感情があります。日本では2009年に最初の非定型抗精神病薬のLAIであるリスペリドン2週間製剤が登場しましたが、それ以前に用いられてきた定型抗精神病薬の注射剤は、アドヒアランス維持・向上というよりは治療拒否や興奮への一過性の対策として用いられてきたという経緯があります。患者さんだけでなく医療者側にも「注射剤=強制的な治療」というネガティブな印象があると考えられます。

 もちろん患者さんの注射に対する不安や恐怖はあります。そのため、LAIのメリットである「内服薬と比べて治療を継続しやすく再発率が低い」、「血中濃度の変動が少ないため副作用の頻度が少ない」、「製剤によって2週間、4週間、3ヶ月に1度の注射で済む」だけでなく、

 「中止・中断する場合に薬剤が体内から排出されるのに時間がかかる」といったLAIのデメリット面を説明することも必要です。良い面と悪い面をしっかり説明すると、注射剤に否定的だった患者さんでも経験上3割程度は使ってみても良いと前向きな反応が得られます。

精神疾患に対する苦手意識医療者側にもスティグマが存在

 精神科の患者さんにどのように接していいかわからないと苦手意識を持つ薬剤師も多いのですが、その苦手意識がスティグマの一種だということを認識することも重要です。

 「スティグマ」とは偏見・差別のことです。統合失調症の患者さんは対応が難しい、これ以上良くならないという思い込みが存在し、その患者さんに積極的な介入をしようと思わなくなってしまう、つまり、スティグマが原因で、他の疾患では受けることのできる医療サービスから患者さんを遠ざけてしまっているのです。私は、15年ほど前に精神科領域の勉強に行ったアメリカで初めて、スティグマという用語と、医療者におけるスティグマについて耳にしました。別の機会で訪れたオーストラリアでは、精神疾患に対する医療者のスティグマをなくすためのプログラムとして、薬学部で患者さんと直接接する授業があります。この接触経験こそがスティグマをなくすと考えられているのです。日本でもこれをできないかと、学会でスティグマをテーマに薬剤師対象のワークショップを開催しました。

 「患者さんとしては薬剤師にもいろいろ相談したい。けれど、忙しいのか無視されているのか、目すら合わせず話も事務的に終わってしまう」という患者さんの経験談をワークショップで扱いました。逆に、薬剤師は「あまり余計なことをいってはいけないと思い、事務的な態度になっていた」という実態がありました。

 お互いに接触できない心境となってしまっていた。統合失調症の患者さんも、他の疾患の患者さんと同様に治療を必要とする患者さんであるということを理解してスティグマを是正するためには、こうした相互の理解促進が必要であると考えています。

服薬指導ではなく患者さんの服薬を支援する存在に

 今や、統合失調症は入院ではなく外来で治療するケースが増え、保険薬局の薬剤師も統合失調症の患者さんに接する機会が増えていると思います。

 統合失調症でよくあるケースは、外に出るとすれ違う人の自分への悪口を感じる(関係妄想)ので人混みを避けたいけれど、買い物で人混みを避けられない場合どうしたらいいか判断できなくなる、というものです。

 その方の処方をみれば、抗不安薬が頓服処方で出ているので薬を飲みましょう、となるのですが、それだけでなく「出先で不安になっている状態で飲んでも薬が効かないことがあるので、外出の前に飲んでみてください」などと説明すると患者さんは安心されます。また、「薬を飲んで出かけても、出先でさらに症状が強くなってしまったらもう一錠飲めるように、お守りがわりに持って行ってくださいね」など、その方の生活と心境に適した支援が大切です。

 私は、服薬指導というより「服薬支援」という姿勢が大切と考えています。統合失調症の患者さんにとっては診察室に来るだけで大変なことです。薬剤師には常に患者さんの服薬を支援する姿勢を持って患者さんに接してほしいと思っています。

亀井 浩行 氏 プロフィール
1986年3月に名城大学大学院薬学研究科修士課程を修了、その後マルコ製薬株式会社創薬研究所生物研究部。1997年博士(薬学)取得(名城大学)。1999年より名古屋大学医学部附属病院・臨床治験管理センター。2000年より名古屋大学医学部附属病院・薬剤部文部科学技官。2002年より金沢大学薬学部医療薬学講座病院薬学研究室助教授。2004年より名城大学薬学部病院薬学研究室准教授、2011年より名城大学薬学部病院薬学研究室教授。