監修
日本医科大学多摩永山病院 耳鼻咽喉科准教授・部長
後藤穣氏
毎年2月頃から飛散し始めるスギ花粉や、その後に飛散するヒノキ花粉。花粉症のシーズンが来るごとに、くしゃみや鼻水、鼻づまりなどの不快な症状に悩まされる患者さんも多いでしょう。今回は、花粉症に対する薬物療法の基本や、アレルゲン免疫療法や抗体薬の近年の動向などについて、日本医科大学多摩永山病院耳鼻咽喉科准教授・部長後藤穣氏に解説していただきました。
2023年は花粉飛散量が多い予測
発作性反復性のくしゃみ、水様性の鼻漏(鼻水)、鼻閉(鼻づまり)を主徴とする鼻粘膜のI型アレルギー性疾患がアレルギー性鼻炎であり、花粉症は、花粉抗原によって引き起こされる季節性アレルギー性鼻炎です。
花粉症の有病率は、2019年時点では花粉症全体で42.5%、スギ花粉症で38.8%、スギ以外の花粉症で25.1%であり、いずれも経年的に増加傾向が認められています(表1)。スギ花粉の飛散が始まるのは関東地方では例年2月中旬頃ですが、花粉の飛散量の増加には、前年の夏の気象条件として気温が高い、日照時間が長い、雨の量が少ないことなどが影響していると考えられています。日本気象協会による春の花粉飛散予測(第1報)では、2023年は前シーズンに比べて花粉飛散量が多いと予測されています。
コロナ禍で定着したマスク花粉症としても重要
花粉症対策としては、花粉情報に注意して花粉飛散が多い時期は窓を閉める、布団や洗濯物を外に干さない、掃除するといった、日常生活で花粉抗原を除去、回避することが重要です。
外出時のマスクの着用ももちろん大事です。新型コロナウイルス感染症が蔓延してからマスクはマストアイテムになり、おそらくその影響でこの数年は花粉の吸入量がコロナ以前より全体的に減少していると思われます。厚生労働省がコロナ感染対策として屋外でのマスクの着用は原則不要としていますが、花粉症の対策としては今年以降もマスクが必要なのです。
花粉症の新たな病態メカニズム2型自然リンパ球の関与
花粉症の病態について近年研究が進んできました。アレルギー性疾患ではこれまで、抗原特異的なT細胞が引き起こす過剰な免疫応答に起因していると考えられてきました。一方で近年、T細胞とは異なる自然免疫系細胞の「2型自然リンパ球(ILC2)」が抗原認識機構を介さずに活性化しサイトカインを産生するという機序が、アレルギーの病態に関与することが示唆されました。
現在、アレルギー性鼻炎では、抗原に曝露された後、マスト細胞やTh2リンパ球で産生させるサイトカイン(IL-4、IL-5、IL-13)、ケミカルメディエーター、LTs、プロスタグランジンD2、トロンボキサンA2などによって、好酸球やILC2といった炎症細胞が活性化・浸潤し、鼻粘膜の反応をきたすと考えられています。
気管支喘息や皮膚領域といったアレルギー性疾患に比べると、アレルギー性鼻炎ではILC2についてのエビデンスが十分ではない側面がありますが、今後の基礎的研究、生物学的製剤の反応性などから病態解明が進んでいくことが期待されています。
くしゃみ11回は重症
重症度と病型で薬剤を選択
アレルギー性鼻炎では、くしゃみや鼻漏の1日回数の平均が、1~5回は軽症、6~10回が中等症、11~20回が重症、21回以上が最重症という指標が設けられています。ただし、このほかに鼻閉のレベル、検査成績の程度、視診による局所変化の程度などを総合し、重症度が決定されます。
花粉症は3つの重症度(軽症、中等症、重症・最重症)と、症状から判断される2つの病型(くしゃみ・鼻漏型、鼻閉型または鼻閉を主とする充全型)によって、治療する薬剤が選択されます(表2)。
おなじみの薬剤が多いですが、抗IgE抗体のオマリズマブ(ゾレア®)が新しく加わりました。オマリズマブは元々は喘息の治療薬として使用されてきましたが、2019年に季節性アレルギー性鼻炎に適用が拡大となりました。オマリズマブは花粉症領域で初めての抗体医薬品です。
花粉症はIgEが関与するI型アレルギー疾患ですが、オマリズマブは血清中の遊離IgEに結合し、肥満細胞や好塩基球の表面に発現しているIgE受容体とIgEの結合を阻害することによってアレルギー反応を抑制すると考えられています。ただし、現状では、既存治療で効果不十分な重症または最重症患者に限るという条件付きの使用です。
第一世代の抗ヒスタミン薬減少しつつもOTCには健在
アレルギー性鼻炎に対して用いられる抗ヒスタミン薬のうち、第一世代は副作用や注意点が多いことから(表3)、現在は第一世代の抗ヒスタミン薬を積極的に処方することは少なくなりました。シロップなど剤形によっては小児に対して選択されることもありますが、第一世代の抗ヒスタミン薬の使用はあくまでも短期間にとどめた方がよいでしょう。
薬局やドラッグストアで販売されている鼻炎用のOTC薬の中には、第一世代の抗ヒスタミン薬があり、眠気を抑えるためにカフェインが配合されているものもあります。スイッチOTC薬であれば大きな心配はありませんが、眠気などの副作用の強い第一世代の抗ヒスタミン薬が薬局で簡単に入手できてしまう状況には懸念があり、可能であれば注意喚起した方が良いと考えています。
第二世代の抗ヒスタミン薬 結局何が良い?
現在、抗ヒスタミン薬については第二世代を選択することが多いですが、なかでも眠気を催すことが少ない非鎮静性の抗ヒスタミン薬が処方の中心になります。薬剤ごとに眠気の出方は異なるものの、第一世代の抗ヒスタミン薬でのさまざまな問題点は第二世代で改善されてきています。
「鼻アレルギー診療ガイドライン2020」のなかでも抗ヒスタミン薬ごとの脳内ヒスタミンH1受容体占拠率が示されていますが、ビラスチン(ビラノア®)やフェキソフェナジン塩酸塩(アレグラ®)はヒスタミンH1受容体占拠率が低く、ほとんど脳内に移行しないことが分かっています。薬剤の脳内移行は眠気を催す原因にもなりますので、できるだけ脳内に移行しにくい薬剤の選択が処方の安全性を高めることにつながると考えています。
以前から処方されている薬剤で眠気が生じることに慣れてしまっている患者さんもいますが、やはり花粉症の薬剤で眠気が出て困ると訴える患者さんは多いため、眠気の出にくい薬剤の選択は必要になります。添付文書上、「自動車の運転等危険を伴う機械の操作には従事させないこと(注意させること)」と
明確に記載されている薬剤もありますので、車の運転をする患者さんに対してそのような薬剤が処方されている場合には、薬剤師さんからも疑義照会をしていただくとよいでしょう。
抗ヒスタミン薬は中枢神経抑制薬やアルコールと併用すると眠気、めまい、脱力、倦怠感などが現れることがあるため、併用時には減量などの対応が必要になります。フェキソフェナジン塩酸塩はアルミニウムやマグネシウムを含む制酸剤に吸着されるため、ともに服用しないように指導する必要もあります。また、マクロライド系抗菌薬のエリスロマイシンとの併用によって血中濃度が上昇する抗ヒスタミン薬もありますので、薬物相互作用は念頭に置いておくとよいでしょう(表4)。また、セチリジンやレボセチリジンは重度の腎機能障害例には禁忌など、腎機能や肝機能、妊娠中などの患者背景にも配慮します。
適切な薬剤を選択には症状や生活リズムも重要
診察ではどの症状が特にひどいのかを患者さんに尋ねます。くしゃみより鼻づまりが強い場合は、抗ロイコトリエン薬のような鼻閉・充全型に位置する薬剤などを選択します。
また、服薬回数やタイミング、剤形などに対する意向は患者さんによって異なります。例えば飲食店勤務などで夜遅くまでの仕事後に食事をとり就寝されるような生活リズムの患者さんの場合、就寝前に服用の薬剤を処方しても結果として食後の服用となります。症状と同様、患者さんの生活リズムも薬剤選択に重要です。
他疾患の治療で多くの内服薬を処方している高齢の患者さんでは、花粉症でさらに内服薬を処方すると服薬の混乱やポリファーマシーの恐れがありますので、内服薬ではなく、鼻噴霧ステロイド薬や、経皮吸収型として抗ヒスタミン薬の貼付剤を処方することもあります。
軽視されがちな点鼻ステロイド鼻閉の症状には重要な存在
くしゃみ、鼻漏型に対しては抗ヒスタミン薬とともに鼻噴霧用ステロイド薬も非常によく使用されます(表5)。効果の発現が早く、抗ヒスタミン薬に抵抗する鼻閉に効果がありますし、点鼻用血管収縮薬からの離脱にも有効です。患者さんには鼻噴霧用ステロイド薬も定期的に使用していただくように指導しますが、患者さんの中には、鼻噴霧用ステロイド薬は症状がひどい時に使用するものだと考えて時々しか使わないという方もいますので、アドヒアランスにはまだ課題があります。
なお、OTC薬として販売されている血管収縮薬を含む点鼻薬は、長期使用によりかえって鼻閉が増悪し薬物性鼻炎をきたすことがありますので、患者さんには長期使用を避けるように伝えています。
アレルゲン免疫療法 継続するためのモチベーションが大切
根本的な治療法として重要な位置付けにあるアレルゲン免疫療法は、従来からの皮下注射による皮下免疫療法(治療用標準化アレルゲンエキス皮下注「トリイ」スギ花粉)に加え、舌下免疫療法(シダキュア)も保険適用になりました。
アレルゲン免疫療法は、皮下と舌下のいずれも、治療開始から半年程度は具体的な効果を実感できないことも多く、導入初期の期間で患者さんが治療から脱落しないようにすることが大切です。しっかり治療をしようという意識の高い方がアレルゲン免疫療法を開始される傾向にはありますが、特に舌下では花粉が飛散していない時期も毎日服用が必要になりますので、花粉のシーズンが過ぎて花粉症の症状が出なくなっても翌年のために治療を継続するという、治療に対するモチベーションの維持も必要になります。
アレルゲン免疫療法はどれくらい効果が続く?
アレルゲン免疫療法のモチベーションキープのためには、開始前より使用する薬剤が減ったなど、目に見える効果が大切ですし、それがあると患者さんやご家族の納得感も高まります。アレルゲン免疫療法は、治療開始から1年目よりも2年目、2年目よりも3年目と、徐々に治療効果が向上し、効果が安定してきます。
花粉症ではありませんが、通年性アレルギー性鼻炎に対するアレルゲン免疫療法は、3~5年治療継続すると7~8年効果が持続するとされています。良好な効果が得られればそのまま治療を終了しますので、実臨床ではアレルゲン免疫療法を実施している花粉症の患者さんを長期フォローアップする機会が少ないのが実情です。そのため、花粉症についてはまだ効果持続の明確なデータがありませんが、通年性アレルギー性鼻炎のアレルゲン免疫療法と同程度の持続力の可能性はあるのではないかと考えられています。
また、効果が著しい方とそうでない方の差を見極めるためのバイオマーカーの確立なども今後の期待となります。アレルゲン免疫療法はこの10年で、花粉症治療においてより大きな存在となってきたと思います。
花粉症の初の抗体医薬品投与のハードルが高い
先述のとおり、既存治療で効果不十分な重症または最重症の季節性アレルギー性鼻炎に対して、2019年にはIgEモノクローナル抗体オマリズマブ(ゾレア®)が適応になりました。
オマリズマブは、スギ花粉症と確定診断され、鼻噴霧用ステロイド薬およびケミカルメディエーター受容体拮抗薬による治療を行ってもコントロール不能な症状が1週間以上続いている、といった投与条件があります(表6)。また、オマリズマブによる治療を行った次のシーズンに再度投与を検討する場合には、前シーズン同様に、既存治療で1週間以上コントロール不良かどうかを確かめる必要もあります。
私自身はこれまで4~5名の患者にオマリズマブを投与した経験があり、症状の軽減を認めましたが、オマリズマブ投与中にはその他の薬物治療も継続しますので、明確にどの治療が功を奏しているかは判定しづらいことがあります。ただし、これまで花粉症の重症例に対して適応のある薬剤がなかったため、選択肢が増えたという点では花粉症治療における進歩だといえます。
服薬を継続する大切さを伝えてほしい
花粉症では季節性に症状が出た際に医療機関を2~3ヵ月ほど受診して治療を終えてしまうこともありますので、患者さんにはこれは花粉症という病気だという認識があまりなく、軽くとらえてしまっていることもあります。そのため、本当は毎日服用が必要な薬剤であっても、2~3日服用して調子がよくなったと感じると服用をやめてしまうこともあります。
また、雨天の日は花粉飛散量が少なくなりますが、雨が上がって晴天になるとまた花粉が飛散してアレルギー症状が出てきますので、雨天が続いたからといって服薬を中止せず、継続していただくことも重要です。
特に鼻噴霧型ステロイドは内服薬に比べると使用をやめてしまう方が多いのですが、花粉が飛び始める2月から開始して3月~4月にもしっかりと使っていただく必要があります。4月~5月になるとスギ花粉の飛散は減少してきますが、ヒノキ花粉にアレルギーのある患者さんでは5月の連休明けぐらいまではしっかりと薬物治療をすべきです。花粉症の治療では服薬の継続が重要になりますので、薬剤師さんにも患者さんの服薬継続を後押していただきたいと思っています。
後藤 穣 氏プロフィール
1991年日本医科大学医学部卒業、2004年日本医科大学耳鼻咽喉科学講師。2011年に日本医科大学耳鼻咽喉科学准教授、2013年日本医科大学多摩永山病院部長、2014年日本医科大学多摩永山病院病院教授、2018年日本医科大学付属病院、2022年より日本医科大学多摩永山病院部長。日本医科大学耳鼻咽喉科学准教授、日本耳鼻咽喉科学会専門医、専門研修指導医。日本アレルギー学会の常務理事(2期)、理事(3期)、指導医・専門医、アレルゲン免疫療法委員会委員長(2期)を務める。