監修
九州大学循環器内科 冠動脈疾患治療部 講師診療准教授
井手 友美 氏
心不全の患者数は増加の一途をたどり、毎年1万人ベースで患者数が増加していると推定されています。団塊の世代が後期高齢者に突入する2025年以降はさらに患者数が増加すると予測されることから「心不全パンデミック」の到来と危惧されており、その対策が喫緊の医療課題となっています。日本の心不全医療をリードする研究者の一人である九州大学の井手友美氏に最新の心不全診療についてお話を伺いました。
心不全の定義と病態
心不全とは、「何らかの心臓機能障害、すなわち、心臓に器質的および・あるいは機能的異常が生じて心ポンプ機能の代償機転が破綻した結果、呼吸困難・倦怠感や浮腫が出現し、それに伴い運動耐容能が低下する臨床症候群」と定義されています(急性・慢性心不全診療ガイドライン2021年フォーカスアップデート版)。
しかし、循環器専門でなければ医療者であっても心不全について十分に理解しているとはいえず、心臓の機能が低下した状態と漠然と捉えられていることも多いと思います。その理由としては、心臓機能障害を引き起こす原因疾患が多岐にわたること、そして、心不全は複数の症候があらわれる症候群であることによると思われます。
心不全を理解するには、まず「心不全の病態の本体は循環不全であり、心臓から全身に必要な血液を送り出せない低心拍出と、血液が送り出せないために血液が停滞することによるうっ血により心不全の症状が引き起こされる」ということを理解することが重要です(表1)。
動くと息が切れるのは 心不全の特徴的な症状
心不全では、低心拍出とうっ血による症状が見られます(表1)。特に特徴的なのが「労作時呼吸困難」です。健康な人では運動時に筋肉が使われるとそれだけ酸素が必要になりますので、自律神経の働きで心拍数が上昇し、1回の心拍出量も増える仕組みが働き、需要と供給のバランスがとれるようになっています。
しかし、心不全の患者さんでは、心臓から十分な血液を送り出せなくなっていますので、酸素需要が増えても心拍出量を十分に増やすことができない状態です。そのため運動負荷がそれほど強くない平らなところでの歩行は問題がないとしても、坂道や階段など運動負荷が強くなると酸素の供給が追いつかない、また同時にうっ血による心臓や肺の圧の上昇から、苦しくなるという症状が出現します。さらに重症化すると日常生活動作でも息が切れるようになってきます。
心不全の進展ステージ
心不全ステージに入ると増悪と寛解を繰り返す
心不全の病期は、表2のステージ分類で表されます。このステージ分類と身体機能を合わせて心不全の経過を辿ってみると、身体の機能が急落し、急性心不全の発症または心不全症候の出現が起こります。これを起点にステージCの心不全ステージへと進展します。ステージCで、急性心不全を治療していったん寛解したとしても、ステージBには戻ることはありません。治療が不十分だったり、病態の進行に伴い、心不全が再発することがしばしばです。慢性心不全として経過しながら、そのような増悪と寛解を繰り返すうちに病態は徐々に重症化し、治療抵抗性のステージDへと進展していきます。
ニューヨーク心臓協会(NewYorkHeartAssociation;NYHA)による心機能分類(表3)による心機能評価でこの経過をみると、急性心不全の発症時(または急性増悪時)にNYHA心機能分類Ⅲ度やⅣ度の状態に陥ったとしても、治療が奏効すればⅠ度やⅡ度にまで改善できることも少なくありません。しかし、それは増悪期の谷を越えたということに過ぎず、その後は進行性の経過を辿ります。つまり、ひとたび急性心不全を発症し心不全ステージに進行すると、その後急性増悪の再発を起す可能性が極めて高く、生命予後が悪いということなのです。
病態、症状、経過が表現された一般向けの説明
急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)では、心不全について一般向けの説明を示していますが、これは心不全の病態とそれに伴う症状、経過について非常に良く言い表している文言です。
「息切れ」は、低心拍出により全身に送り出される血液が十分でないために酸素不足あるいはうっ血が生じることで起きる症状であり、「むくみ」は、血液がスムーズに流れず渋滞が起こることで圧が上がりうっ血の状態になることで生じる症状です。さらに「だんだんと悪くなり、生命を縮める」というのは、心不全を発症するとその後の経過で増悪を繰り返しやすくなり生命予後が非常に悪い疾患であるということになります(表4)。
左室駆出率による心不全の分類
心不全の多くは左室機能障害が関与しているため、左室駆出率(LVEF)に基づいてLVEFの低下した心不全(HFrEF)、LVEFの保たれた心不全(HFpEF)、LVEFが軽度低下した心不全(HFmrEF)の3つに分類されています。高齢者はLVEFの保たれた心不全(HFpEF)が多いとされています(表5)。
患者数は毎年1万人ずつ増加
2025年以降はさらに増加する可能性が
平均寿命の延伸に伴う高齢人口の増加、高血圧、糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病に伴う冠動脈疾患の増加とそれに対する急性期治療の成績向上などを背景に、心不全患者は増加し続けている状況です。特に団塊の世代が後期高齢者に突入する2025年以降は、ますます心不全患者が増加すると予測されています。日本全体における心不全患者の総数に関する正確な統計はないのですが、推計では2030年には心不全患者が130万人を超えるとされています1)。
1)OkuraYetal.CircJ2008;72:489-491
日本の心不全診療の実態を調査 JROADHF研究
日本の心不全診療の実態を調査するとともに、適正化を進めるためのエビデンスを創出する目的で行われたのがJROADHF(JapaneseRegistryOfAcuteDecompensatedHeartFailure)研究です。日本循環器学会が実施している「循環器疾患診療実態(JROAD)調査」の登録施設(循環器教育病院)から、ランダムに抽出した128施設における心不全入院患者13,238例のDPCデータを解析した結果、心不全入院患者の実態として以下のことが示されました。
⃝心不全入院患者の年齢の中央値81.0歳(女性84歳、男性77歳)
⃝75歳以上の割合が69%と患者の大半は後期高齢者
⃝9年前に実施された大規模登録研究JCARE-CARDにおける年齢中央値は73.0歳
➡10年弱の間の心不全患者の高齢化が顕著に
⃝病型の内訳
HFrEF(LVEF<40%):37%
HFpEF(LVEF≧50%):45%
HFmrEF(40≦LVEF<50%):18%
➡高齢者ではHFpEFが多いという疫学的特徴が反映されていた
⃝男女別の病型の内訳
女性ではHFpEF(LVEF≧50%)が58%
男性ではHFrEF(LVEF<40%)が46%
➡病型の内訳に男女差がある理由としては、女性の方が年齢が高い、高血圧の割合が高い、
弁膜症などHFpEFの原因となる疾患が多い、などが考えられる
院内死亡率が高くその後の予後も不良
また、JROADHF研究の予後の解析では、院内死亡率7.7%と非常に高いことが示されています。
さらに、長期予後については、退院した方のうち16.4%が1年以内に死亡、33%の方が1年以内に再入院しており、4年間のうちに何らかの理由で死亡する人の割合は44.3%でした。これは院内死亡の7.7%を除いた数値ですので、入院時点を起点とすると死亡率はさらに高くなります。
急性心不全または慢性心不全の増悪をきっかけに坂道を転げ落ちるように悪くなり生命予後が非常に悪いことから、退院後はいかに病状を安定させて下り坂のカーブを緩め、その後の急性増悪の再発を防ぐかが非常に重要な課題です。
心不全の予後を決めるのは動けるかどうか
では、どのような因子が予後に影響を与えるのか。JROADHF研究では機械学習の手法を用いて、入院日数、入院中に実施した介入手段、退院時の薬剤処方内容など、DPCの電子カルテから抽出可能な情報のみで退院1年後の予後を予測したところ、退院時の日常生活ADLの指標が最も有意な予後予測因子であることが示されました。
つまり、心不全の予後を決めるのは「動けるかどうか、自立しているかどうか」といっても過言ではありません。入院期間中に心臓リハビリテーションを含めた運動療法を行うこと、退院後も少しでも運動するように生活を指導することが極めて重要ということになります。
慢性心不全に対する薬物療法
HFrEF治療の標準治療薬はファンタスティック4に
前述のとおり、ステージCから心不全ステージ(慢性心不全)となりますが、慢性心不全の治療はLVEFに応じて治療薬を選択します。
HFrEFの発症・進展には、交感神経系、レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系の賦活化に伴う進行性の左室肥大と収縮能の低下(左室リモデリング)が基盤にありますので、その改善をめざした薬剤選択が求められます。そのため、レニン・アンジオテンシン系(RAS)阻害薬のアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬またはアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)と、交感神経系を抑制するβ遮断薬、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)の3剤が心不全治療のゴールドスタンダード薬として推奨されてきました。
近年、新しい作用機序の薬剤に関するエビデンスが大規模臨床試験で示されたことを受けて、欧州心臓学会(ESC)とAHAでもガイドラインの改訂が行われ、ACE阻害薬とアンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)が並列でどちらかを選択し、それにβ遮断薬、MRA、SGLT2阻害薬を加えた4剤がHFrEF治療の基本薬として推奨されており、この4剤は「Fantastic Four(ファンタスティック4)」と呼ばれています。日本でもこれに準じた薬物療法が実施されるようになってきていますが、ARNIおよびSGLT2阻害薬については、「慢性心不全の標準的な治療を受けている患者に限る」とされています。どの薬剤をどの優先順位で投与するかについては、例えばSGLT2阻害薬については、急性心不全の安定化後すぐなど、より早期に投与を開始した方がベネフィットが大きいとする結果も示されており、実臨床ではかなり早い段階での投与開始となってきている印象もあります。
ファンタスティック4にプラスする薬剤
イバブラジン(HCNチャネル遮断薬)
洞調律*の症例では、心拍数を減らし心臓の仕事量を下げることで心不全の再発を抑制し生命予後も改善するというエビデンスがあります。心拍数が低い方がより予後改善効果は高くなることがわかっていますので、心拍数は60〜70/分を目安に可能な限り下げていきます。心拍数を下げる手段としては、β遮断薬、またはHCNチャネル遮断薬のイバブラジンがあります。β遮断薬は増量に伴い血圧が下がり過ぎてしまって十分量まで増量できないことがありますが、イバブラジンは血圧を下げることなく心拍数を抑制できますので、非常に使いやすい薬剤といえます。イバブラジンの適応である「洞調律かつ投与開始時の安静時心拍数が75回/分以上」という条件に合えば、早い段階でファンタスティック4に追加していきます。
*洞調律:心房と心室が正常に連動し、規則正しいリズムで心臓が動いていること
血管拡張薬、ベルイシグアト(sGC刺激薬)
ファンタスティック4でも十分な効果が得られない場合には、硝酸薬などの血管拡張薬の併用が行われますが、それでも効果が不十分な場合には、新しい薬剤であるsGC刺激薬ベルイシグアトを用います。
心血管系には「一酸化窒素(NO)-可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)-環状グアノシン一リン酸(cGMP)」という重要なシグナル伝達経路がありますが、心不全では、内皮細胞機能不全による一酸化窒素(NO)の産生やsGCのNO利用能が低下し組織中cGMP量が低下することで、心筋や血管の機能も低下し、さらなる心不全の病態を悪化させるという病態があります。
ベルイシグアトは、NO-sGC-cGMP経路を標的とした治療薬で、可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)を刺激し、血管平滑筋細胞における血管拡張作用や抗リモデリング作用を示します。cGMPそしてその下流であるプロテインキナーゼG(PKG)が制御する蛋白発現やシグナルの活性化に影響を及ぼすことで、慢性心不全の進行を抑制すると考えられています。
HFpEF、HFmrEFに対する治療
HFrEFは心収縮能の低下を呈す比較的均一な集団であるのに対し、HFpEF、HFmrEFは加齢を背景に高血圧、不整脈、弁膜症、拡張障害など多様な心機能障害・併存疾患により心不全を呈するため、単一の原因改善だけでは予後が改善しないと考えられています。また複雑なことに、HFrEFであったものが治療により心機能が正常化したHFrecEFとしてのものも混在していますので、その病態は実に多様です。
一般的にはHFpEF、HFmrEFの治療については、併存疾患の治療が特に重要です。特に高血圧の治療や管理は重要です。また、最近では大規模臨床試験でHFpEF、HFmrEFに対するSGLT2阻害薬の心不全入院の抑制効果が確認されたことから、SGLT2阻害薬はLVEF値に関わらず予後を改善する可能性が認識されつつあります。
高齢患者の心不全医療における課題
わが国を含めた多くの先進国では、心不全≒高齢者の疾患ともいえる状況です。にも関わらず、大規模臨床試験に登録される患者群には高齢者は限られており、高齢者の心不全管理についてはエビデンスといえるデータは限られているため、標準治療をそのまま当てはめることはできないと考えられています。
さらに併存疾患の多い高齢者ではポリファーマシーの問題も考えなければならず、高齢者に沢山の薬を投与することの是非についてはよく考えないといけないと思います。できるだけ少ない薬で確実に効くものを優先させて、副作用が出ないように注意して投与するというのが基本であり、個々の患者さんで個別化した対応が求められます。
また、患者自身の管理能力に限界がある高齢心不全患者で、患者ごとに個別化した治療を維持し疾患管理を行っていくためには、それをサポートする体制が必要です。特に1回入院した患者さんの急性増悪、再入院を防ぐためには、その患者さんの生活に則した指導を行っていかなければ効果が得られません。また、治療のゴールが「生命予後の延長」のみではなく、できるだけ症状を緩和できること、になるケースもしばしばです。多職種で介入することで患者さんの予後や症状が改善するというデータも示されていますので、患者さんがセンターにいてその周りを多職種が取り囲み、それぞれの専門分野で多方面からサポートする体制を作り、オーダーメイドの介入を行っていくことが必要と考えられます。
井手 友美 氏 プロフィール
九州大学循環器内科 冠動脈疾患治療部 講師 診療准教授
九州大学医学部卒業。臨床研修、九州大学医学研究院での基礎研究、米国留学を経て、循環器領域特に心不全・心筋症の臨床と研究に従事する。専門は、心不全、心筋症全般、ミトコンドリアと酸化ストレス、心臓リハビリテーション。