監修
神奈川県立保健福祉大学ヘルスイノベーション研究科 教授
坂巻 弘之 氏
小林化工の水虫薬に睡眠薬の成分が混入した問題を発端に発生した医薬品供給不安。現在でも未だ供給不安の状況は続いており、特にジェネリックで薬剤の入手が難しい状況が続いています。ここまで長引く供給不安はなぜ起こったのか、その原因と供給不安解消のためにはどのようなことが必要なのか。「医薬品の迅速・安定供給実現に向けた総合対策に関する有識者検討会」のメンバーでもあり医薬品政策に詳しい神奈川県立保健福祉大学教授の坂巻弘之氏にお話を伺いました。
医薬品の供給不安が発生した経緯
2020年12月、小林化工が製造販売を行う経口抗真菌剤イトラコナゾール錠50mgに睡眠薬の成分が混入し、服用した人に健康被害が続出するという事案が発生し世間を騒がせました。さらに、その後すぐにジェネリックメーカー国内大手の日医工でもGMP*違反が発覚し、「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」(以下、薬機法)に基づく業務停止の行政処分が下されました。
この2社の問題を発端に、業界団体では各社に自主点検を促すとともに、都道府県とPMDAは査察を強化した結果、多数の企業で様々なGMP違反が発覚し(表1)、現在までに15社に業務停止や業務改善命令などの行政処分が下されました(表2)。また、行政処分は出ていないものの、承認書通りに製造していなかった製品や、製造に問題があり規格不適合となった製品の自主回収や出荷停止が多数発生した結果、医薬品の供給不安が発生しました。
小林化工の経口抗真菌剤イトラコナゾール錠50mg以外の製品での健康被害は発生していないものの、品質だけでなく安定供給の観点からもジェネリックに対する信頼を失墜させる事態となったのです。
*GoodManufacturingPractice;GMP:医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準
現在の医薬品供給状況
自社の事情だけではない供給不安の状況
日本製薬団体連合会が行っている医薬品供給状況に関する調査によると*、2023年7月末時点で薬価収載されている医薬品17,035品目のうち、3,811品目(全体の22.4%)で通常出荷以外の状態(限定出荷または供給停止)となっており、この75%にあたる2,855品目がジェネリックです。
*日本製薬団体連合会安定確保委員会
限定出荷の内訳としては、「自社の事情」と「他社品の影響」、「その他の理由」によるものがあり、自社の事情による限定出荷が708品目であるのに対し、他社品の影響で限定出荷となっているのは1,527品目と2倍以上となっています(表3)。他社品の影響とは、他社で製造している品目の製造に何らかの問題が発生し出荷が限定的になったために、他の会社で製造販売する同一成分の品目の注文が急増し、それに対して製造が追いつかずに限定的な出荷となっている状態で、いわば他社の出荷状況に巻き込まれて発生しているものです。
また、「自社の事情」には、GMP違反により供給が限定的になっている品目の他にも、解熱鎮痛薬や去痰剤などの新型コロナ感染症の流行で需要増加に対応しきれなくなっている品目や、セファゾリンなど原薬に問題が生じたことで製造が停止された品目、製造後の物流センターの火災などの外的要因により通常の出荷量が確保できなくなっている品目なども含まれています。
不正な製造が横行したのはなぜ?
医薬品は承認書に記載された製造方法および品質基準で製造販売の承認を受けます。その手順書通り製造すべきものであるにも関わらず、複数の企業でそれが守られなかった、その背景としてあげられるのが急速なジェネリックの市場拡大です。
近年、国は医療費抑制政策の一つとしてジェネリックの使用を推し進めてきました。2007年にはジェネリックのシェア30%が目標として掲げられ、2013年にはシェア60%、2021年には、2023年度末までに全都道府県でシェア80%以上という目標が掲げられました。実際、2022年度第3四半期(10~12月)にはシェア81.2%に達しています。
急速な市場拡大を背景に 出荷量の確保が最優先に
ジェネリックは、先発品の特許が切れると、複数の企業から同一成分の薬が発売されるため、市場には成分が同一の競合品が乱立することになります。当然1つの製品のシェアは小さくなりますので、承認時は少量での製造を想定して製造を計画して承認を受けています。それに対し、ジェネリック市場は急速に拡大したため、急増した需要に対して承認書の製造手順では注文をまかないきれなくなり、より効率的に大量に製造できる手順で製造して出荷対応を行ってきたと考えられます。
法令遵守の観点からすると、承認された事項を変更する場合には、軽微な変更の場合を除き、一部変更申請を行い、承認を受ける必要があるのですが、そのためには一度製造を止め、承認書の改訂および承認申請が必要となり、それには時間を要することになります。企業側の建前でいうと、すでにその薬剤を使っている患者さんがいるのに製造を止めるわけにはいかないということになるのですが、現実としては利益追求のために出荷量の確保が最優先となっていたことは否めない事実です。
コンプライアンス意識の低さとガバナンスの機能不全
どのような事情があるとしても、医薬品の品質管理と安定供給は、医薬品を製造販売する企業の最も重要な責務です。必要な品質管理試験を行っていなかった、あるいは試験結果のデータ改ざんなどは悪質であるとしかいいようがありませんが、いずれにしても法令遵守に対するコンプライアンス意識の低さとガバナンスが機能していなかったことが原因にあることは明確です。
依然として供給不安が解消されない理由
前述の通り、手順書の改訂・申請・承認には時間がかかることから、GMP違反があった製品の出荷が通常出荷の状態に戻るには一定の期間を要します。それであれば製造に問題のない同一成分の他社の製品を増産すればいいのではないかと思われるかもしれませんが、ジェネリックメーカーでは、製造キャパシティに合わせた製造計画に基づき製造されていて、ただちに増産する余裕がないという問題があります。
製造キャパシティの不足 年間の製造計画で製造ラインをフル稼働
ジェネリックメーカーでは、製造品目をあらかじめ計画した量をまとめて製造し在庫として保有し、注文に対応しています。一つの品目の製造が終了するとその製造ラインの洗浄作業を行った後、すぐに次の品目の製造を開始するといった製造スケジュールで年間の綿密な製造計画に沿って製造ラインをフル稼働させています。そのため、急遽需要が増加したとしても、その品目を急に増産するというのは現実的ではありません。
一方、先発メーカーの長期収載品は特許が切れた時点でほとんどの製造を外部委託しています。委託先の製造ラインの状況はジェネリック医薬品と同様で、こちらも生産の柔軟性は乏しい状態です(実際、大半はジェネリックメーカーが受託しています)。
こうした製造キャパシティの事情から、「他社品の影響」を受けている企業では、販売する製品の在庫切れを避けるために、新規の注文を受け付けない、あるいは注文量の全量を納品しないなど、出荷を限定的にして調整しているのです。また、現在の不安定な供給状況から、医療機関・薬局で必要以上の量を注文しているケースも指摘されており、それも混乱を長引かせる一因となっています。しかし、同一成分の品目全体としてみれば、必要量が充足しているものもあることから、国は全体として供給量が充足している品目については、各社に限定出荷の解除を要請しています。
供給不安の根本的なリスクの分析
供給不安がなぜ発生したかを考えるには、根本的に存在する供給不安のリスク要因を整理して考える必要があります。
まず、製造キャパシティの不足です。これは海外でも医薬品の供給不安の原因の一つとされますが、日本のジェネリックメーカーは海外に比べ小規模ですので他社品の影響などを受けやすく安定供給が阻害されやすいという状況があります。
また、ジェネリックの場合、同一成分の競合品間で価格での競争となり、安易な値引きが行われます。それにより次の薬価改定ではさらに薬価が引き下げられるという悪循環に陥り、不採算品目の供給量を減らし市場全体での供給量も減少することから、安定供給が損なわれる要因となっています。こうした低収益構造に関与するのが、医薬品特有の流通慣行と産業構造です(表4)。
サプライチェーンの脆弱性も
少しでも収益性を高めるためには原薬の価格を抑える必要があります。そのため、多くのジェネリックメーカーでは原薬・原材料の調達を海外に依存している状況です。しかし、セファゾリン*の原薬の問題のように、コントロールの利きにくいサプライチェーン**には問題が発生しやすく、安定供給を阻害するリスクとなります。
また、一つの国や地域への依存が高くなると、新型コロナ感染症の世界的な流行やウクライナ問題などの非常事態の際にサプライチェーン断絶のリスクも高くなります。さらに、為替の変動や世界的な物価上昇による原材料価格の高騰の影響などは、収益性低下のリスク要因にもなります。このように、行政処分に至った不祥事以外にも、供給不安のリスク要因が複合的に絡み合っています(図)。
*2018年末、セファゾリンセファゾリン原薬を輸入している海外企業における異物混入、原薬出発物質の製造停止等が重なり、セファゾリンの生産に支障が発生した。
**サプライチェーン:原材料・部品の調達から生産、販売、消費までの一連の流れ
ではどうすれば良いのか?
今後の供給不足を防ぐための対策
現在の供給不安の問題だけでなく、将来的に供給不安を発生させないようにするためには、今回の供給不安で明らかになった問題点だけでなく、リスク要因も含めて供給不足を未然に防ぐ、あるいは供給不安が生じたときに医療への影響を最小化するための対策が必要です(表5)。
現在の供給不安の解消までには
全ての企業で実際の製造管理・品質管理に承認書との齟齬がないか、齟齬があるのであればそれを早急に解消すべきであるのはいうまでもありません。そこを全て解決して大手を中心に通常出荷の状態に戻れば、供給不安は解消されていくと思われます。業界団体は、齟齬の解消についてを2023年中に終了することを目標にしているとされます。
しかし、齟齬の解消だけでは全ての供給不安は解消されません。日医工の経営再建手続きで過去に例を見ない578品目の販売が停止されたことや、小林化工の医薬品製造販売が停止された影響など、他社品の影響は今後も続くことが予想されます。全体的な供給不安の解消には、日本全体で製造キャパシティを増やす必要があり、大手ジェネリック企業の増産体制が実際に稼働し、供給不安が全て解消されるまでには、向こう3年程度はかかるのではないかと思われます。
現在、国の動きとして、「情報共有の仕組みについてのワーキンググループ」、「産業改革のための検討会」が立ち上がり改善に向けての対策の検討が開始されたところです。1日も早く現在の供給不安が解消されると同時に、将来的な医薬品供給不安を回避するための対策がとられていくことが望まれます。
坂巻 弘之 氏 プロフィール
MBAと医学博士の学位を保有し、日本における医療技術評価の専門家。費用対効果分析により医療技術の価値評価を実施。医療経済学的な観点から医薬品や医療機器の償還、価格設定に関する制度研究、医薬品・医療機器メーカーを取り巻く環境・要因の調査など、医薬品産業政策に関する研究も行っている。生物学的製剤などの先端治療に関する複数の研究プロジェクトで研究代表を務め、ジェネリック医薬品やバイオシミラー使用に関する研究をリードしてきた。厚生労働省が設置する各種医療政策委員会にも積極的に参加している。薬事政策に関連する研究プロジェクトの多くは医療制度改革の議論の基礎として活用されている。