監修
東北大学病院 教授・薬剤部長
眞野 成康 氏
2024年4月から施行される医師の働き方改革。主な内容としては、医師の時間外労働時間の短縮と一人あたりの生産性の向上です。それを実現するには薬剤師をはじめとした他の医療職へ医師のタスクをシフトして、効率的な診療体制を構築する必要があります。実際に薬剤師はどのようなタスクを請け負うことができるのか、最近まで日本病院薬剤師会タスク・シフティング推進事業特別委員会の委員長を務められていた東北大学病院薬剤部長の眞野成康氏にお話を伺いました。
超高齢社会、2025年問題
全人口に対して 65歳以上の高齢者の人口が占める割合、高齢化率が21%を越えると「超高齢社会」と呼ばれますが、日本は2007年の時点ですでに超高齢社会に突入しており、現在の高齢化率は30%に迫る状態となっています。高齢化率が高いということは、生産年齢人口の割合が低いということでもあり、人口ピラミッドが逆三角形になりつつある状況を示しているのです。2025年には団塊の世代が後期高齢者に到達し、社会保障費の増大や労働力不足などが懸念されることから、2025年問題としてその対策が求められてきました。
生産年齢人口が減少、そして
医師の自己犠牲で成り立つ現在の医療
さらに先の未来に目を向けると、2040年には生産年齢人口が急減し、65歳以上の占める割合の最大化が同時に起こります。これにより社会機能の維持が危機的状況に陥ることが懸念されており、この2040年問題への対策が喫緊の課題となっています。医療ニーズは増え続け、生産年齢人口は減少します。当然ながら医療従事者の人数も減少していくわけですから、少ない人数で医療を提供しなければならない状況が来ることが明らかです。安定的な医療提供体制の実現には、医療を効率化し、医療従事者1人1人の生産性をいかに上げるかが焦点となります。
これまでの日本の医療は、臨床医の献身的な努力と自己犠牲によって成り立ってきました。しかし、こうした状況を持続させることはもはや不可能です。
厚生労働省が病院勤務医の勤務時間を調査した結果を見ると、時間外・休日労働の水準が月80時間(年間960時間)という、いわゆる「過労死ラインを超える長時間労働」の医師が4割を超えており、年間1,920時間越えの医師も1割を超えています。
労働基準法で時間外労働の上限規制が設定され、一般の労働者については既に2019年から規制されています。医師については規制が先送りされてきましたが、医療の安定性、安全性、生産性から考えても、医師の自己犠牲に頼ることのない医療提供体制を構築していくことが重要です。
医師の働き方改革の概要
2024年から開始となる医師の働き方改革の概要を表1に示します。
勤務医の時間外・休日労働の上限は、原則として「年間960時間(月100時間未満)」(表1 A水準)です。ただし、例外の水準も設けられています。B水準は、救急医療などの観点から、また連携B水準は医師の派遣によって地域医療を支える観点から、やむを得ず長時間労働となる場合で、年間1,860時間まで認められます。B水準や連携B水準は、現在の医師の偏在に起因する部分が大きいため、医師の偏在解消に取り組みつつ2035年度末までに終了することとされています。
また、もうひとつの例外は集中的に技能を向上するために長時間労働とならざるを得ない医師で、C水準として、B水準同様に年間1,860時間が上限です。いずれの水準においても医師の健康確保が前提となり、面接指導や休息時間の確保が義務付けられます。
改革実現のためのタスクシフト
医師の時間外労働時間を短縮して、効率的で持続可能な医療を実現していくために必要なこととは何でしょうか。それは、医師の業務の一部を、薬剤師や看護師、さらに臨床検査技師や診療放射線技師、臨床工学技士など、他の医療職に移行する「タスクシフト」です。
医療制度のもとに医療行為が実施されていますので、医師のタスクをシフトする際には法改正が必要となる場合もあります。一方薬剤師は、他の医療職とは異なり、基本的には法律上医師の指示に基づく立場ではなく、いわば独立している職種です。そのため、現行の法制度のもとで実施可能な業務が多く存在します。令和3年9月30日に発出された医政局長通知「現行制度の下で実施可能な範囲におけるタスク・シフト/シェアの推進について」では、薬剤師が実施可能な業務が整理されて示されています(表2)。
すでに行われている薬剤師へのタスクシフト
平成22年4月30日の医政局長通知「医療スタッフの協働・連携によるチーム医療の推進について」が発出されて以降、チーム医療の一員としての薬剤師の職域は拡大してきました。
その一つが「病棟薬剤師の配置」です。現在までに、多くの病院で病棟薬剤師が配置され、医師の処方に対して様々な支援が行われています。病棟配置薬の管理はもちろんですが、患者さんの薬物療法に係る状況を直接確認する、あるいは看護師などの他の医療職を通じて間接的に情報を得るなどにより、副作用のモニタリングと治療効果を評価します。この評価をもとに、医師と今後の処方について協議し、現行の処方に問題はないか、処方を変更した方が良いのか、という点を検討し、それに応じた処方提案が日常的に実施されています。
また、入院患者の場合は、例えば当院では7日分の薬剤が処方されることが多いのですが、7日経過後に症状が安定している場合は、同じ薬剤が継続されることになります。そのような場合には、わざわざ医師が処方を入力するのではなく、薬剤師が医師に代行して処方のオーダーを入力する、ということも実施されています。
病棟でのチーム医療において、薬剤師の存在意義が大きいことは既に認識されています。上に挙げたようなタスクは、既に薬剤師の日常業務として実施されている医療機関もあると思います。しかし、全国的には病院薬剤師を十分に確保できていないなどの理由で、こうした医師の負担軽減効果の大きい取り組みが実施されていない医療機関も多く存在します。今回のタスクシフトの通知(令和3年9月30日発出)は、もっと積極的にこうしたタスクの移行を進めるように求めているということです。
病院の薬剤師外来は診療を効率的にする
当院では、例えば内服の抗がん薬単独で外来診療が実施される場合などには、一部の診療科で、医師が治療方針を決定した後に、薬剤師が薬物療法の説明から服薬指導までを一貫して担っています。以前は医師自らが診察室で治療方針の決定に続いて薬物療法の説明をしていました。
最初の段階から薬剤師が関与することで、薬物療法を開始する前の説明から服薬指導、実施後のフォローアップまでトータルで関与できるため、スムーズな治療が可能となります。
さらに、次の通院時にはいわゆる「薬剤師外来」のような取り組みを行っています。薬剤師が医師の診察の前に患者さんと面談して服薬状況や副作用の発現状況などを確認し、その結果を医師にまとめて報告するとともに、支持療法を含めた処方提案を実施します。通常は診察時に医師が患者さんから聞き取りを行い、その場で処方を考えているわけです。しかし、薬剤師が一貫して治療に関わることで、医師は、治療方針を決定するという医師にしかできない仕事に専念することができます。薬剤師が関わることによる医師の負担軽減効果は非常に大きいと考えています。
調剤薬局のフォローアップやトレーシングレポートは
外来全体を効率化し、質を上げる
この薬剤師外来の取り組みは、病院薬剤師だけが関与すれば完結するというものではありません。地域の調剤薬局の薬剤師もチームの一員として関わることで、より効果的に機能すると考えています。外来診療では、次回通院までの間の患者さんの状況を知るには、調剤薬局の薬剤師の協力が必要不可欠です。
薬剤師法と薬機法の改正で、調剤後のフォローアップが義務化されました。フォローアップのためにご自宅に訪問する、あるいは電話やラインなどのインターネットツールを使うなど、何らかの形で患者さんの状態を確認し、それをトレーシングレポートでご報告いただく。同時に、必要に応じた処方提案を実施いただく。こうした調剤薬局のご支援があれば、薬剤師外来でさらに詳しく患者さんの状態を確認できますし、それらの情報をまとめて医師に報告することで、診察の効率化だけでなく薬物療法の質の向上が可能になると考えられます(図1)。
医師はトレーシングレポートを積極的に活用している
当院では、調剤薬局からのトレーシングレポートを月300件程度受領しています。それらには、当院の通院患者の在宅時における状況などが記載され、それに応じた処方提案も見られます。当院の医師は「診察がとても円滑になる」と感謝して積極的に確認しています。
また、トレーシングレポート受領後に処方変更などがあった場合、その内容をお薬手帳などを活用して当院から調剤薬局にお知らせしています。こうした双方向の情報共有が薬物療法の質向上や患者のQOLの向上に重要だと考えています。
プロトコールに基づく薬物治療管理
当院では、院外処方箋に関する薬局からの問い合わせ対応の効率化のために、プロトコールに基づく薬物治療管理(Protocol Based Pharmacotherapy Management;PBPM)の一環として、「院外処方箋に関する問い合わせ簡素化プロトコール」を活用しています。
例えば「普通錠の処方箋を応需したが、手元の在庫がOD錠しかないためOD錠に切り替えたい」といった場合。法律上は処方医に問い合わせて同意が得られた後にOD錠に変更することになっていますが、あらかじめ合意したプロトコールの記載に該当すれば、医師に確認せずとも薬剤師の判断で変更可能で、医師への確認のステップを省くことができます。
簡素化プロトコールを活用して院外処方箋の問い合わせを減らす
この問い合わせ簡素化プロトコールは、医師と病院薬剤部の間でプロトコールを合意するパターンと、病院が各薬局と個別にプロトコールを合意するパターンがあります。前者の場合は、問い合わせは病院の薬剤部で受付け、問い合わせ内容がプロトコールの記載に合致すれば、医師に確認することなく病院薬剤部の薬剤師の判断で変更許可の返答を行います。後者の場合は、プロトコールに沿った内容であれば、各薬局の薬剤師は処方医に問い合わせることなくご自身の判断で変更できます(図2)。
先述のOD錠への変更や剤形変更などに関する照会は、薬局から医師への問い合わせのうち少なくない割合を占めています。院外処方箋問い合わせ簡素化プロトコールの運用は、問い合わせの対応時間が短縮できますので、双方の負担の軽減という意味で大きなメリットです。また、薬局の薬剤師もダイレクトに「医師のタスクの一部を請け負うことができる」ということになります。これこそが、薬局による医師のタスクシフトのひとつと言えるのではないでしょうか。
入院時にかかりつけ薬剤師の力が必要となる
入院時の薬剤整理についても、調剤薬局の薬剤師に力を発揮していただける部分ではないかと思っています。入院時には、患者さんはそれまでの服用薬を持参されますが、通常、入院初日に医師がそれらの薬を継続して使用するのか否かを総合的に判断することになります。病棟薬剤師がいる施設では、薬剤師が全ての服用薬の確認を行った上で医師に服用薬の情報を整理して伝えるとともに処方提案を行いますが、それ以前に複数の診療科からの処方を受けている患者さんの情報を把握できているのは保険薬局の薬剤師であるわけです。
かかりつけ薬剤師として登録されている薬剤師は、患者の服用薬情報を一元管理しています。入院時にその情報を整理して病院に共有いただければ、医師の負担を減らすことができると思います。特に薬剤師の人数が足りていない病院では「医師自らがお薬手帳を見ながら持参薬を確認」することも多く、これは多大な労力を要することです。かかりつけ薬剤師の力を発揮していただくことで、医師のタスクをシフトすることになると思います。
さらに当院では、必要時に退院患者を介して調剤薬局に「薬剤管理サマリー」をお渡ししています。これにもとづき、その後のフォローアップをご担当いただき、適切に薬物療法が継続できているのかといった内容をトレーシングレポートでご報告いただけると、外来診療が効率的に進められると思います。薬物療法の適正化のためには病院と調剤薬局間の情報共有、薬薬連携が重要です。これがタスクシフトのひとつの形であり、医療の効率化につながると考えています。
シフトされる薬剤師側の負担
薬剤師以外の者やICTで全体量をカバー
タスクをシフトする上で常に考えなければならないのは、シフトされる側の負担です。医師からタスクを受け取る項目が多い薬剤師が、結果としてタスクオーバーになると懸念されることもあると思います。今回のタスクシフトの取り組みを進めていくためには、医師のタスクを引き受ける薬剤師の余力をいかに確保するかということも大事なポイントだと思います。
平成31年4月2日に発出された厚生労働省医薬・生活衛生局総務課長「調剤業務のあり方について」では、薬剤師の対人業務を充実させるために、対物業務の効率化が不可欠であること、そのためには、調剤機器や情報技術の活用等も含めた業務の効率化を図ることが重要であり、薬剤師以外の者へのタスクシフトが可能な項目についても示されています。
この通知は主に調剤薬局の薬剤師の業務について示されたものですが、医師から病院の薬剤師へのタスクシフトでも同じことがいえると思います。医師、薬剤師、看護師をはじめとした国家資格を持つ医療従事者が、国家資格がないとできない仕事に専念できるようにすることが重要であり、それ以外の事務的な仕事などについては、補助員の活用や、機械化やICT化を図ることで、それぞれの職種で効率化を進めて生産性を上げ、なおかつ余力を確保する、それが医療全体の効率化につながるのだと思います。
持続可能な医療 必要な薬剤師の意識改革
タスクシフトを加速させて医療の効率化を進めていくために、我々薬剤師に必要なことを考えると、スキルアップはとても重要だと思います。しかし、それは必ずしも専門知識を高めることではなく、まずはジェネラルに知識を深めることが私は一番大切だと思っています。「まずは全体をよく知る。その上で必要に応じて専門性を高める。」という考え方が大事ではないかと思います。
そして、薬剤師へのタスクシフトを進めることは、医師の負担軽減という側面だけではなく、薬剤師がこれまで以上に処方の組み立てをサポートしていくことで、処方内容が整理され、重複処方や不必要な処方を減らすことにもなり、さらに薬物療法の安全性も向上するうえ、結果的には薬剤師の業務の効率化にもつながります。つまり、医師のためにタスクシフトを行うだけではなく、医療全体を俯瞰して、これからの医療提供体制をどう作っていくのか、そのためには何をすべきなのかということを、医療提供者側として多職種で一緒に考えていくことが重要だと思います。
そして、今回の医師の働き方改革の背景には、医師の地域偏在、診療科偏在という、医療提供体制の安定性に関わる大きな問題があるのですが、薬剤師の数も地域や業態によって偏りがあり、薬剤師の人数が足りていない地域や医療機関もあるのが実情です。ですから、これらのタスクシフトは画一的に進めるということではなく、それぞれの地域の状況を鑑みてその地域でできることを考える、少しでも効率的な方法を考えることが重要だと思います。その地域で必要とされる医療を自分たちが作っていく意識を持つことです。地域に対して、医療者としてどう責任を担っていくのかを意識して業務展開していくことが大切なのだと思います。
眞野 成康 氏 プロフィール
1989年東北大学薬学部卒業、1991年同大学院博士課程前期2年の課程修了。1998年薬学博士(東北大学)。エーザイ株式会社、東北大学大学院薬学研究科臨床分析化学分野を経て、2007年より現職。 2022年より日本病院薬剤師会副会長。社会活動等:保険医療専門員(診療報酬調査専門組織)、医療用医薬品の流通の改善に関する懇談会、公益財団法人日本医療機能評価機構評価委員会ほか