2023年10月28日、第2回東京都がん薬物療法協議会~三団体合同薬薬連携推進研修会~が開催された。当研修会では、東京都薬薬連携推進事業において作成された「都薬版トレーシングレポート」をベースに、伝わりやすいトレーシングレポートを作成するには何が必要か、記載方法などについて参加した保険薬局と病院薬剤師が意見を交わした。
保険薬局、病院、行政が一丸となって
薬薬連携に臨む「東京モデル」
当研修会は、東京都がん診療連携協議会研修部会薬剤師小委員会、東京都薬剤師会、東京都病院薬剤師会の3団体合同で開催された。東京都の保険薬局、病院、行政の薬剤師が関わる団体が協働したかたちだ。研修会には、東京都のみならず全国からWebで約400名、当日会場では病院薬剤師と保険薬局薬剤師が約半数ずつ計28名が参加した。
研修会を企画したがん研究会有明病院薬剤部部長の山口正和氏は、「第4期がん対策推進基本計画では、安全な薬物療法を切れ目なく提供するために、さらなる薬薬連携が求められている。連携強化には保険薬局、病院、行政が一丸となり、自治体を挙げて取り組むことが大事」と訴える。さらに「この東京都の取り組みを『東京モデル』とし、全国へと広まってほしい」と話す。
トレーシングレポートの現状
普及の目的は保険薬局と病院の情報交換の活性化
薬薬連携の鍵となるツールがトレーシングレポート(TR)だ。一方で、薬局のTR活用状況の関するアンケート(平成31年3月「平成30年度かかりつけ薬剤師・薬局機能調査・検討事業」)では、薬局薬剤師が医療機関にTRを提出しない最大の理由は「医師からの求めがないため」とあり、連携に消極的な姿勢も見える。東京都保健医療局健康安全部薬務課事業連携担当の鎌田智之氏は、薬局薬剤師から情報を発信し、地域連携に積極的に関わる意識・姿勢の変容が重要と説く。
東京都の薬薬連携推進事業は令和3年度~令和5年度に実施されているが、TRを用いて薬局から病院へ積極的に服薬情報等を提供できるようTR作成マニュアルなどを整備し、薬薬連携の推進を図っている。毎年医療圏ごとにモデル地区を選定して当該地域の病院と薬局間でTRを運用し、年度末にアンケート調査を実施、反省点を次年度に活かす活動をしている。
東京都薬剤師会常務理事の松本雄介氏は「事業開始以前は、都全体の薬局の約29%が1件/年程度しかTRを提出していない状況だった。全国で下から2番目の提出率の低さ」と振り返る。また同事業では、個々の病院ごとにTRの記載様式が異なり煩雑なため、統一化して使用できるTRが欲しいとの薬剤師の要望を受けて、都薬版TR(一般用/抗がん薬治療用の2種)のフォーマットも作成。東京都薬剤師会ホームページの「薬薬連携推進事業の部屋」で公開されている。
ただ、TRは1つの手段に過ぎない。鎌田氏は「病院と地域薬局の情報交換の活性化が同事業の最大の目的」とし、TRの普及を通じて情報交換を活性化させたいと話す。そのうえで受け取る医師や病院薬剤師に喜ばれる有意義なTRへのブラッシュアップを目指している。
TR運用後のアンケート結果からみる
医療機関が欲しい情報とは
スエヤス調剤薬局文京店の島田淳史氏は、薬薬連携推進事業が年度末に実施しているアンケート結果を報告。医師・病院薬剤師が薬局薬剤師に積極的にTRで提供してほしいと感じている情報について紹介した。医師からは、副作用発現・副作用の程度、服薬状況とその指導内容、患者の訴え、残薬調整に関する情報、処方内容に関連した提案などが挙がった。病院薬剤師は副作用関連のものが多く、副作用発現もしくは疑い、副作用の評価、服薬状況とそれに関する指導内容、ポリファーマシーに伴う減薬の提案など。
アンケートを通して見えた課題も島田氏は指摘する。TRのなかには、疑義照会に該当する内容も含まれていたという。 TRは、保険薬局が処方医に共有した方が良いが、あくまで緊急性のない情報をフィードバックするためのもの。TRと疑義照会の使い分けについては、医師・病院薬剤師と保険薬局との間で相互理解が必要だろう。こうした課題は、病院・薬局薬剤師が会する研修会など、顔を合わせて話し合う機会を通じて気軽に相談できる関係構築を図り、解消できればと島田氏は語る。
病院・薬局薬剤師が協働して考える
使いやすいトレーシングレポート
東京医療センター薬剤部副薬剤部長の小川千晶氏は、「薬薬連携は、近隣だけでなく遠隔地域間も含め情報が共有されることが理想」とするが、それには「TRの活用不足」「病院と薬局間の情報共有不足」「統一化したTRがない」といったTRに関わる課題があると指摘した。当研修会では、病院薬剤師と薬局薬剤師を混合したグループに分け、「都薬版のTRフォーマット(抗がん薬用)を現状より有用なものにするためにはどうすべきか」を話し合うワークショップも実施された。改善案として出た意見を紹介する(図1)。
このような指摘に対し、鎌田氏は現状の都薬版TRの改良に活かしたいと回答。また、東京都薬剤師会会長の高橋正夫氏も現状の都薬版TRは発展途上とし、「医療DXが進めば、いままで薬局薬剤師が見えなかった情報が見えるようになる。その情報をどのように活用するかなど、TR含めて変化に応じていかなければいけない」と語る。
症例報告とTRの共通点
第三者がわかるように伝えること
第三者に伝わりやすいTRの記載とは。日本臨床腫瘍薬学会(JASPO)の研修小委員会委員長も務める日本赤十字社医療センター薬剤部の立田真也氏は、認定薬剤師や専門薬剤師などで求められる「症例報告書」の記載法をTRに活かせないかと提案する。症例報告は査読者、TRは医師や病院薬剤師、とそれぞれ読者は異なるが、第三者にわかりやすく患者情報を伝えるという共通点がある。
立田氏は、評価の良い症例報告のポイントとして、「まず誤字脱字なく、変に箇条書きなどにせず報告書の体裁が整っていること。そして、時系列を意識して書くこと」を挙げた。時系列は、①介入事例の病態、②問題点の提示、③実際の介入内容、④介入後の変化、の流れで記載すると、経過が明瞭でわかりやすいという。
時系列で記載する際のポイント
①介入事例の病態
現病歴・現在の症状・検査結果など要点を押さえる。患者の年齢・性別、がん種(ステージ、病期分類など)、治療内容(化学療法または緩和ケア)、病院外来もしくは保険薬局における介入回数および介入内容の要約を記入。治療内容には化学療法の場合、レジメン名を記載し、レジメンを構成する抗がん薬の名称と標準用量を記載。
ステージや病期分類の情報は、保険薬局では取得しにくい実情がある。「化学療法から推測、患者指導時に確認、レジメンの確認時に併せて病院に確認するといった対応も必要」と立田氏は話す。
②問題点の提示
CTCAEによるGrade評価や、疼痛時に使用されるNRSなど数値化した指標を用い、どのような問題点がどの程度起こっているのかを明確にする。発生時期はコース数を含める。
③実際の介入内容
処方提案からの意思決定までのプロセスを明確にするため、提案事項の根拠となる文献や資料を記載。
④介入後の変化
②で示した問題点が、処方提案の結果、どのように変化・改善したかを数値化した指標で記載。
症例報告の記載法によるTRの記載事例
胃がんでテガフール・ギメラシル・オテラシル(S-1)服用中(65歳男性)の下痢症状に関する事例を都薬版TRに記載したものを示す(図2)。
立田氏は、有害事象の原因を考える上でのポイントにも触れた。①被疑薬が原因であるもっともらしさを検討(症状の原因は薬であると考える)、②被疑薬以外が原因であるもっともらしさを検討(症状は、他の原因や疾患による可能性を考える)、③これらの考えをまとめ、有害事象を評価し対応策を提案する、の3点だ。
事例では下痢症状を有害事象としている。S-1が下痢の原因であることを検証するため、臨床試験時のデータを確認し、S-1の内服により、約20%の方に何らかの下痢症状が起こると判明。次に、S-1以外の要因を検証するため、抗菌薬など抗がん薬以外の薬の服用や感染症の罹患、がんに伴う内分泌異常、食事内容など、下痢を引き起こす可能性のある要因をヒアリングし、別の要因は考えられないことを確認。患者の話から、便の状態を判別するブリストルスケールや下痢のGrade評価を判断する。「短絡的に薬のせいだと決めつけることなく、こうしたステップで検討することが重要」と立田氏は考える。
また記載方法にこだわるだけでなく、医師に処方提案や報告後は、必ず介入後の変化も確認することが大事だとまとめた。
病院・保険薬局間の関係構築も研修の目的
連携により広がる薬剤師の可能性
今回の研修会で山口氏が最も重視したのは、病院薬剤師と薬局薬剤師の交流だ。ワークショップでも聞かれたが、顔の見えない医師・病院薬剤師にTRを出すことはハードルが高いと感じている薬局薬剤師も多い。どのような情報が欲しいかを気軽に話し合える機会を設け、関係構築を図ることがより良い薬薬連携に通じると考える。
また研修会の冒頭で、東京都病院薬剤師会会長の後藤一美氏は、現在、中医協で議論されている第八次医療計画では薬剤師の働きが注目されていると話す。「病院と薬局薬剤師との連携が深まれば、病院と保険薬局間のタスクシフトや、将来的に薬剤師の役割を拡げる」と連携から生まれる薬剤師の可能性を示唆した。