2024年3月9日、第3回東京都がん薬物療法協議会~三団体合同薬薬連携推進研修会~が開催された。第2回では伝わりやすいトレーシングレポートのフォーマットの検討や記載方法などを取り上げた(2024年1月号本誌スペシャルレポート参照)が、今回はトレーシングレポートのさらなる活用推進、普及のための共通資材の必要性や考え方などが議論された。
Excelの機能を活かしたTRの検討 「負担にならない」が普及の肝
東京医療センター薬剤部副薬剤部長の小川千晶氏は、トレーシングレポート(TR)の普及・啓発には、できる限り記載項目等が「統一化されているTR」での運用がキーポイントであり、そのTRを作成するにあたり「簡便に対応でき、かつ負担に感じることがないこと」が重要だと指摘する。
そこで現在、Excel形式での三団体版TRの作成が考案されている※。「簡便に対応でき、かつ負担に感じることがないこと」を意識して、Excel機能のプルダウン選択式で入力できるようにすることで、TR作成時の副作用評価などを調べる手間を軽減させる。例えば、「下痢」を選択すると、副作用Gradeの判断基準が記載されているので、患者から得られた副作用情報から該当するGradeを判断するというイメージだ。「決して楽をするという意図ではなく、業務負担と感じてしまうことで、副作用確認が患者さんのためになることとはいえ、TRの普及が難しくなることを懸念する」(小川氏)。
今後はTRが簡便化され普及することで、薬局薬剤師から日常的に提出されるようになれば、病院薬剤師が院内でそれをどう生かしていくかが課題となる。病院薬剤師のマンパワーを考えていく必要がある。「TR受理後、いかに迅速に情報共有をおこない、外来で点滴治療を受けるがん患者さんにアウトプットしていくかが重要」と小川氏は注視する。
※現在、東京都薬剤師会HP「薬薬連携推進事業の部屋」では、東京都薬薬連携推進事業にて作成されたWord形式の都薬版TR(一般用/抗がん薬用)が公開されている。
多忙な薬剤師のTR作成も助ける共通資材の必要性
スエヤス調剤薬局文京店の島田淳史氏は、令和3~4年度の一般用と抗がん薬治療用TRの提出件数について報告し、一般用と比較して抗がん薬治療用TRの提出率が圧倒的に低い点を指摘。
また、日々の業務対応で時間に追われる薬局薬剤師の現状を挙げた。厚生労働省の調査によると、患者一人あたりの処方箋の受付~服薬指導までの一連の業務(薬歴作成は含まず)の一般的な所要時間は、約12~13分。ただし、薬剤の種類数が6種類以上になると、服薬指導に約9分を要し(6種未満の場合は約5.1分)、さらに約6.3分の薬歴作成時間(6種未満の場合は約3.9分)が追加される。
こうした背景をもとに、島田氏は患者指導などに活用できる共通資材の必要性を説く。共通資材のメリットとして、業務負担軽減の観点では「患者への説明時間の短縮」「がん患者の対応に慣れていない薬局での患者用資材作成の負担軽減」、服薬指導の標準化の観点では「患者が混乱しないよう病院と薬局間での指導内容の統一」「薬剤師ごとの指導の違いを防ぎ、薬局内共通の指導を実現」などを挙げた。手技など文章では伝えにくいものなどは、動画の活用も視野に入れている。
島田氏は、共通資材は「患者さんに等しく、よりよい医療を受けてもらう」ことに繋がり、病院薬剤師・薬局薬剤師が意見を寄せ合い、随時更新・反映しながら作成すべきとまとめた。
TRか疑義照会か
病院の対応可能性や内容の緊急性から考える
TRの提出か、電話で処方医に問い合わせる(疑義照会)か、次回の診察時に患者から医師に直接確認してもらうか、対応の判断に迷うケースもあるだろう。青梅薬剤センター薬局の鈴木真吾氏は、事例を挙げて対応方法を参加者に聴取した。ぜひ一緒に考えてみてほしい。
条件Aでは、まだ病院受付時間内のため、薬局薬剤師と病院薬剤師ともに疑義照会すべきとの回答の方がTRよりも多かった。一方、条件Bでは、病院受付の時間外ということで、特に薬局薬剤師ではTRで対応との回答が顕著だった。
条件Bの対応の一例として、聖路加国際病院薬剤部薬剤部長の後藤一美氏は、「TR・疑義照会と一概にいえず、薬剤師としてできる限りの最善の対応を尽くす」と、次のように回答した。「まず電話で連絡。併せて、留守電の可能性も考え、医師に早く気づいてもらうためTRも送付する。用量・用法に影響を与えるような内容であり、当血圧値であれば、立っていられないと思われる。次回診察が数日後という点から、医師の判断の前に薬剤師として5mgの服薬は中止するよう患者さんに伝えても良いと思う。また、患者フォローを実施する方が良いため、開局時間に患者さんに来局してもらう、あるいはフォローアップの電話をする、といった対応が望ましいのではと考える」。
鈴木氏は、対応に正解はなく、「時間帯や状況によって判断は変わる」と解説。患者・処方医・薬局薬剤師・病院薬剤師など、関係者が一致して「正解」と思える対応ができれば一番良いとする一方、今回の回答でも意見が分かれたように、実際にはなかなか難しいとも補足する。
TR作成・提出のハードルを下げる 病院・薬局薬剤師の考えとは
当日会場で実施されたグループディスカッションでは、「抗がん薬用TRの作成のハードルを下げるためには」を軸に、①TR作成のハードルが高い要因、②その原因・理由を克服するための対策、③Excel版TRの普及と活用を促進するための方法、の流れで、病院薬剤師・薬局薬剤師が議論をかわした。1つのグループの発表概要を紹介する。
①TRのハードルが高い原因と理由は何か
・TR作成と時間の手間
・病院の対応の悪さ(冷たい、レスポンスがない)
・どのような情報を病院に伝えるべきかといった情報の有用性の判断が難しい
・薬局側の知識不足(疾患の知識や治療歴、今後の治療内容情報など)
②その原因・理由を乗り越えるために何をすればよいか
・病院側がTRの返信用の定型文を備える。病院のレスポンス力を高め、[病院→薬局]/[薬局→病院]の双方向のコミュケーションを改善する
・知識不足に起因する情報の有用性の判断については、研修等で得た知識を活用・ブラッシュアップするためのコンテンツが必要
・TRの意義を周知させる目的で患者向け/医療者向け資料を作成し、患者と医療者がともに知識をレベルアップさせることで、情報収集やTR作成のしやすさにつなげる
・病院への質問欄の作成
・QRコードからすぐにTRにアクセスしやすいようにする
③Excel版の普及と活用を促進するにはどうすればよいか
・選びやすいプルダウン式の定型文の作成
・QRコードなどによるTRへのアクセスの簡便化などITリテラシーを改善する
症例をもとに考える 薬薬連携で実現した副作用フォローアップ
症例紹介を実施したユニスマイル薬局豊洲店の上原弥未氏は、外来がん化学療法を受ける患者の場合、自宅で療養する時間が必然的に長くなるため、その間の副作用の発現状況や服薬状況を患者任せにしてしまうのは負担が大きいと感じている。薬局薬剤師が次回受診までの期間のフォローアップを行い、その内容を病院にTR等で報告することで、より安全な外来化学療法の実施が実現できると期待を込める。それには、病院薬剤師との協働が必須だ。病院薬剤師からのフィードバックは、「TRを活用してもらったと実感でき、提出の意欲向上にもなる」と上原氏。薬局で確認してほしい事項などの指示があれば、より適切な服薬指導につながる。上原氏は「病院・薬局とそれぞれ異なる情報を持っているからこそ、情報共有を通じてより安心できる薬物療法を患者さんに提供できる」とTRを活用した薬薬連携の推進を訴えた。
円滑な薬薬連携は病院・薬局の協働体制で生まれる
サン薬局の山崎敦代氏は、薬薬連携が円滑かつ活発に行われ、TRが運用されている江東区の現状について解説した。大きなポイントの1つが病院薬剤師の関わりだ。
江東区豊洲エリアは歴史が浅く、病院と薬局がほぼ同時期に立ち上がった医療地区になる。山崎氏はTR活用が進んだ背景に、昭和大学江東豊洲病院の開院と、さらに「若く活動的な薬剤師が集った」点も挙げる。薬剤師たちが、「患者さんのために」を念頭に、新しい取り組みに果敢にチャレンジし、できないことはできるようにと協力し合う仲間意識を持ってTRの導入を進めたと話す。
昭和大学江東豊洲病院にはTRの対応担当の薬剤師がおり、TRのアセスメントを実施する。山崎氏は、「薬局薬剤師がエビデンスの提示が難しい際はフォローしたり、伝わりやすい記載方法の指導やカルテから情報を補って医師に連携するといった対応をしてくれる」と病院薬剤師の積極的な介入を紹介した。
また、同院は保険薬局とともに、疾患の解説や実際のTRをもとにしたカンファレンスを開催している(偶数月の第4水曜日開催)。薬局と病院間のコミュニケーションや関係構築の一翼を担うものだろう。山崎氏は、薬薬連携とTRの円滑な運用には、「一方通行ではなく、病院・薬局薬剤師との協働で成り立つ」と協働体制の重要性を強調する。