監修
日本大学病院 眼科 外来医長・診療教授
森 隆三郎 氏
加齢黄斑変性の治療はこの10数年で劇的に変化したといえます。その中でVEGF阻害薬を用いた治療の果たした役割は非常に大きく、昔は中途失明していたような患者さんの視機能も多く救うことができるようになってきました。しかし、それでもなお、中途失明の主要疾患であることには変わりなく、さらに有病率は年々増加しています。長年、黄斑疾患全般の診療、研究に携わられてきた日本大学病院眼科の外来医長・診療教授の森隆三郎氏に加齢黄斑変性の基礎について解説いただきました。
加齢黄斑変性とは
加齢黄斑変性とは、加齢に伴い、網膜の中心部である「黄斑」が障害され、視力低下を引き起こす疾患で、日本における視覚障害の原因疾患の第4位の疾患です。
年々増加
日本ではほとんど滲出型
加齢黄斑変性は、滲出型と萎縮型の2つに分類されます。滲出型は、脈絡膜という部位に新生血管が発生し、新生血管からの漏出や出血が黄斑の視機能に影響を及ぼすものです。萎縮型は、網膜色素上皮細胞が萎縮することで黄斑の機能が低下します。日本人の加齢黄斑変性は90%以上が滲出型です。
福岡県久山町の40歳以上の住人を対象とした疫学調査である久山町スタディの結果では、滲出型加齢黄斑変性の有病率は、1998年は0.6%、2007年は1.2%、2012年は1.5%と、年々増加していることが示されています(萎縮型はいずれの年でも0.1%で有病率は不変)1)。その理由としては、人口の高齢化に伴い老年人口が増加していることが挙げられます。また、加齢黄斑変性の有病率は男女差が大きく、女性に比べて男性が4倍以上高い(2012年)ということが示されています。
加齢黄斑変性の自覚症状
加齢黄斑変性の症状としては、物の中心が歪んで見える変視と、視野の一部が欠ける暗点、中央が暗く見える中心暗点が出現し、進行に伴い視力が低下していきます(図1)。
加齢黄斑変性による視覚障害の特徴
加齢黄斑変性による視覚障害は、視野の中心、つまり一番見たいところが歪んでいたり暗く見えたりするために中心視力(Basic knowledgeを参照)は低下しますが、周辺は見えているというのが特徴です。ですから、普通に歩くことはできるのですが、視野の中心部が見えないため、例えば道で知り合いに会ったとしても顔がわからない、新聞を読もうとしても読みたい部分の文字を読むことが難しいのです。しかし、周辺は見えていますので、例えば室内で落ちているゴミに気づくことはできるという感じです。ただし、無治療で進行すると周辺部まで見えなくなります。
それに対して、視覚障害の原因疾患第1位の緑内障の場合は、周辺から視野が欠けていき、中心部の視野と中心視力は末期まで維持されるというように、両者は視覚障害の出現の仕方が大きく異なります。
加齢黄斑変性のメカニズム
正常な網膜組織では、網膜の下に存在する網膜色素上皮細胞が、視細胞から出る老廃物を貪食する作用を有しています。その機能が加齢とともに障害されることで、貪食されなかった老廃物が、網膜色素上皮下が肥厚していきます。
ここから網膜色素上皮が傷害されると、血管が豊富に存在する脈絡膜から網膜に向けて脈絡膜新生血管が増殖してきます。新生血管は非常に脆弱で異常な血管であるため、容易に破綻してしまいます。出血や漿液の漏出により黄斑浮腫や漿液性網膜剥離、網膜色素上皮剥離などが起こり、網膜色素上皮や視細胞が破壊され、視力低下が引き起こされるという仕組みです。
加齢黄斑変性になる原因は?
加齢黄斑変性の発症原因については世界各国で研究が進んでいますが、未だ解明されていません。現時点で分かっているのは、加齢黄斑変性は慢性炎症に関連した疾患であり、酸化ストレスと関わりがあるということ、酸化ストレスによる網膜色素上皮細胞、網膜の光受容体、脈絡膜毛細血管板の傷害が生じることによるといわれていますが、発症のトリガーとなる因子についての統一した見解は得られていないのが現状です。
唯一多くの研究で共通して発症のリスク因子として挙げられているのが喫煙で、喫煙者は加齢黄斑変性の発症リスクが非喫煙者の4倍とされています。日本人の有病率が、女性に比べて男性が高いというのも、昔は日本人男性は喫煙者が圧倒的に多く、女性の喫煙者は少なかったことが影響しているのではないかといわれています。ただし、それだけでなく人種や性別、遺伝的要因、高血圧・心血管系疾患などが危険因子として挙げられていますし、活性酸素が体内の酸化ストレスを増加させることから、喫煙の他にも紫外線や青色光(ブルーライト)への曝露、ストレスなどが危険因子として挙げられています。
治療の基本的な考え方
治療については、病巣に活動性がある状態、つまり新生血管が確認されれば治療を行いますが、前駆病変など病巣に活動性がない状態では治療は行わず、滲出型への移行がみられないか注意深く経過を観察していきます。
一方で、萎縮型については現時点で治療法がありませんし、滲出型でも進行した瘢痕病巣に対しては有効な治療法はなく、改善の見込みがありませんので経過観察ということになります。
滲出型加齢黄斑変性は、無治療で経過した場合、個人差はあるものの基本的に経時的に悪化していきますので、新生血管が出現した時点で治療を行います。ただし、現在行われている治療の目標は視機能の維持です。治療が奏効すれば多少の改善は可能ですが正常に戻るわけではありません。つまり、視機能が著しく低下してから治療を開始したとしても、その時点の視機能を維持することしかできませんので、いかに早期に発見して早期に治療を行い、視機能が悪化する前の時点での視機能を維持していくかが非常に重要なのです。
治療法の種類
滲出型加齢黄斑変性の治療法としては、以下の3つの方法があります。
抗VEGF療法
血管内細胞皮増殖因子[血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor;VEGF)※]阻害薬を、角膜(黒目の部分)から4mm後方の位置から硝子体内に注射し、病巣部のVEGFを阻害することで新生血管を退縮させます。これは、新生血管を完全に消失させるわけではなく血管新生の活動性を止める治療です。いわば進行にブレーキをかける治療であるため、この治療を行っても血管新生の再発が起こりえます。そのため、一定期間の治療を実施後も、病巣の活動性を観察しながら維持期として治療を継続していく必要があります。
抗VEGF 療法で問題となる治療後の合併症に、眼内炎があります。治療後に眼痛、視力低下、霧視、飛蚊症などの自覚症状の出現があれば施行施設に直ちに連絡するように患者さんに説明することが重要です。
※血管内皮増殖性因子(VEGF):VEGFは正常な血管形成など生理的に必要な因子であるが、眼内ではVEGFが過剰に産生されることで新生血管が増殖し、さらに血管透過性を亢進させるため、出血や漿液の漏出が助長される。抗VEGF療法は、加齢黄斑変性以外にも、糖尿病黄斑浮腫、網膜静脈閉塞症に伴う、強度近視に伴う脈絡膜新生血管に対しても有効な治療法であるため、VEGF阻害薬は眼科領域では使用頻度の高い薬剤である。
光線力学的療法(PDT)
光線力学療法(photodynamic therapy;PDT)は、光感受性物質のベルテポルフィン(ビスダイン)を静脈注射し、弱い出力のレーザー光を病変部に照射することで、新生血管に到達した薬剤と化学反応を起こすことで、新生血管を退縮させる治療法です。網膜は焼灼しないため病巣が中心窩にある場合でも治療可能です。光線過敏症を起す可能性があるため、治療後48時間は、帽子、サングラス、マスク、長袖、長ズボン、手袋などを用いて、物理的に光を遮断する必要があります。
レーザー凝固術
網膜も含めて新生血管をレーザー光で焼灼する治療法です。正常網膜も焼灼するため照射部位の視野は欠損しますので、新生血管が中心窩にない場合だけ実施可能な治療法です。
治療法の選択と考え方
日本眼科学会の治療指針(2012年)では、脈絡膜新生血管が中心窩にない場合にはレーザー凝固を行い、脈絡膜新生血管が中心窩にある場合には、PDTもしくは抗VEGF療法を行うと示されています。
しかし、新生血管が中心窩付近にある症例が多いため、現在はレーザー凝固はあまり行われていないというのが実情です。また、PDTは施行後に出血が起こり、視力が急激に低下する症例が一定数いるため、視力が良い方には行いにくいためあまり行われなくなってきています。
こうしたことを背景に、実質的には抗VEGF療法が、滲出型加齢黄斑変性の現在の標準治療になっています。ただし、抗VEGF薬を硝子体に投与すると、ごく少量ですが血液中に移行し血中のVEGF濃度が低下し、それにより脳梗塞などの動脈血栓塞栓症のリスクが上昇します。
そのため、脳梗塞の既往がある患者さんでは、抗VEGF療法の実施回数を減らし、PDTも併用した治療形式をとります。PDTで問題となる出血も、抗VEGF療法と併用することでその頻度も低減されるということがわかっており、併用による抗VEGF療法の治療回数の低減効果が認められています。
サプリメントのポジショニング
その他、有効とされる治療がサプリメントです。米国で行われた大規模試験である加齢性眼疾患研究(Age-RelatedEyeDiseaseStudy;AREDS)スタディで2)3)、サプリメント摂取による新生血管の抑制に対する有効性がエビデンスとして得られていることから、世界的にAREDS処方のサプリメント摂取が強く推奨されています。そのAREDS処方を基に日本人に適した量のルテイン※を含むサプリメントが販売されています。サプリメントは治療法のない萎縮型と、前駆病変で経過観察の段階でも服用が強く推奨されています。
※ルテイン:ルテインはほうれん草やトウモロコシなどの食品に多く含まれる黄色みを帯びた色素で、黄斑に多く含まれることから黄斑色素と呼ばれる。ルテインは強い抗酸化作用を持つことから、酸化ストレスから黄斑を保護し、青色光も吸収することで光酸化ダメージからも黄斑を保護する作用があるが、加齢とともにその量が減少することがわかっており、人間の体内では合成できないことから、食品やサプリメントで摂取することが重要である。
見えにくいから何もしないのはNG
加齢黄斑変性の方の場合、中心部分が見えていないという視覚障害があります。しかし、一般的に視覚障害という用語には「全く見えていない」というイメージが存在し、部分的に見えてないということが理解されません。それが加齢黄斑変性の患者さんが感じるストレスになっています。
例えば、バスで料金を払おうとしても肝心の手元が見えない、電車に乗ろうとして駅の券売機で料金表を見ようとしても、肝心の見たい部分が見えないのです。ですからそのたびに周囲の人に聞かないとならないわけです。人の世話にならないと何かができないというのは患者さんにとって大きなストレスとなります。そのようなことから引きこもりになる割合が加齢黄斑変性の患者さんでは高いといわれています。しかし、高齢者ではそれが認知機能低下やフレイルなどに直結してしまいます。PASMOやSuicaなどのICカードがあれば、料金を人に尋ねることなく、自由に電車やバスに乗って行動できるのですから、私は常々、「ストレスを感じることなくどんどん外出してください」とお話しています。
ツールを活用して見る工夫を
また、見ることに関しては、よく患者さんのご家族から、「読書が好きでよく本を読んでいるけど、目のためには読書をやめさせた方がいいですよね」といわれるのですが、読書などで目を酷使しようが、目を閉じて安静にしていようが加齢黄斑変性の進行には全く関係ありませんので、積極的に自分が見やすい方法を探して見ることをあきらめないことが大切です。
今は100円ショップでも様々な拡大鏡が売られています。色んな種類の拡大鏡を買ってきて、自分が見やすい拡大鏡を使うといった工夫をしていってほしいと思いますし、iPadのようなタブレット型端末もとても有用で、見たいものを写真にとって、指先で自分の見やすい大きさに拡大してみることができますので、視覚障害がある方には非常に便利です。そのように視力が落ちる前から自分で見るための工夫、トレーニングをしておくことがとても大切なのです。
各自で工夫しても見えづらいようであれば、ロービジョンケアを受けることもできます。ロービジョンケアでは、どれくらいのスピードで文字を読むことができるかという読書スピードを目安に、様々な補助具を用いて、どれくらいの倍率であれば読書スピードが得られるかを調べ、その患者さんにあった補助具を提案していきます。
そのような工夫をしても見ることに疲れてしまうようであれば、今の時代音声で聞くオーディブルのようなものもあります。様々なツールを活用して、いかに情報を入れていくか、脳に刺激を与え続けるかがとても大切なことなのです。
予防のためにできること
50歳以降の方で加齢黄斑変性の発症予防のためにできることとしては、禁煙、ルテインを含むサプリメント摂取、緑黄色野菜摂取ですが、太陽光にも注意が必要で、具体的には紫外線やブルーライトから眼を守ることです。ブルーライトは、スマートフォンやPCから発出されるため眼に良くないと言われますが、実は太陽光からもブルーライトは発出されますので、紫外線だけでなくブルーライトもカットできるサングラス(ウルトラガード/東海光学社製など)を着用することは有用です。
定期的に片眼で見え方をチェック
われわれは両方の眼で見た情報が脳に伝わることで物を視覚として認識します。片眼で見えていない部分や見え方に異常があったとしても、もう一方の眼からの情報を補完することで、違和感なくものを見ることができてしまいます。そのため、片眼から発症することが多い加齢黄斑変性で、片眼に変視や中心暗点などの症状が現われていたとしても、異常には気がつかず、異常と感じた時には進行してしまっていることが多いのです。
こうしたことから、定期的に片眼での見え方をチェックすることが非常に大切です。そのためには症状を簡便にチェックできるアムスラーチャート(図1)が非常に有用です。インターネットからダウンロードして印刷することもできますので、保険薬局でも待合スペースに掲示したり、薬の説明とともにプリントしたアムスラーチャートをお渡ししたりするなど、患者さん自身で定期的に見え方をチェックしてもらうための啓発活動ができれば、早期発見、早期治療の大きな一助となると思います。
一部の方を除き、薬剤師さんが加齢黄斑変性の治療に直接関わることは少ないかもしれませんが、その他の疾患で加齢黄斑変性の患者さんに接する機会もあると思います。まずは加齢黄斑変性の患者さんの見え方を理解していただくことがとても大切ですし、さらに薬の説明など患者さんにお渡しする資料を、その患者さんが見やすい大きさに拡大してプリントする、カウンターに老眼鏡だけでなく拡大鏡も用意するなどの配慮があれば、患者さんにとって非常に大きな助けになると思います。
1)橋本左和子ほか:あたらしい眼科36(2):135-139,2019
2)Age-RelatedEyeDiseaseStudyResearchGroup:ArchOphthalmol119:1417-1436,2001
3)Age-RelatedEyeDiseaseStudy2ResearchGroup:JAMA309:2005-2015,2013
森 隆三郎 氏 プロフィール
1995年に日本大学医学部卒業、駿河台日本大学病院眼科入局。2004年にベルギー王国GENT(ゲント)大学眼科留学(1年)。2017年より日本大学医学部視覚科学系眼科学分野准教授。2021年より日本大学医学部視覚科学系眼科学分野診療教授。2024年より日本大学病院副院長(医療連携担当)。
眼科医になって29年間、眼底疾患をテーマにした臨床研究を継続し、早急でかつ的確な診断を行うことを念頭に置き、患者様にとって最適な治療を追求している。