日本では、現在の診療体制では医療従事者や病床数が不足し対応しきれなくなる“心不全パンデミック”の発生が危惧されています。オムロンヘルスケア株式会社(以下、オムロンヘルスケア)と京都府立医科大学は、共同でICTを活用した実証調査を開始しました。同社は7月24日、京都市内で記者発表会を開催し、プロジェクトの責任者である同大学大学院医学研究科循環器内科学・腎臓内科学教授の的場聖明氏が「在宅における心不全ICTモニタリングプロジェクト」について講演しました。


加齢とともに高まる発症率 増悪を繰り返しながら身体機能が低下

 日本における死亡原因の第1位はがん(27.4%)で、心疾患(15.3%)はそれに続くが、脳血管疾患(7.9%)を加えると循環器疾患による死亡者数はがんによる死亡者数に匹敵する。また、2017年の傷病分類別医科診療医療費は30兆8335億円で、そのうちの約20%が循環器系疾患であり、的場氏は「医療費抑制のためにも何らかのイノベーションが必要」と問題提起した。

 世界的に見ても、死亡原因(非感染症)の第1位は循環器疾患で、心血管疾患による死亡者数は中国、インドを筆頭とする新興国を中心にさらに拡大すると見込まれている。死亡率の年次推移も、がんと同様に増加傾向にある。なかでも、加齢とともに発症率が高まる心不全に対する対策が大きな課題となっている。

 日本循環器学会・日本心不全学会合同ガイドライン(フォーカスアップデート版)によると、心不全は「なんらかの心臓機能障害、すなわち心臓に器質的および/あるいは機能的異常が生じて心ポンプ機能の代謝機転が破綻した結果、呼吸困難・倦怠感や浮腫が出現し、それに伴い運動耐容能が低下する臨床症候群」と定義されている。

 心臓機能障害の原因疾患は心筋梗塞、弁膜症、先天性心疾患、心筋症、高血圧、不整脈などさまざまで、心不全の症状のうち呼吸困難は特に労作時の息切れが多く、ほかに体液貯留による体重増加、易疲労性なども見られる。増悪を繰り返しながら身体機能が低下していき、最終的に死に至るという経過をたどるのが心不全の特徴だ。

 心不全の重症度は身体活動による自覚症状の程度から、ステージA(リスク因子はあるが器質的心疾患がなく、心不全症候はない)、ステージB(器質的心疾患はあるが、心不全症候はない)、ステージC(既往も含め器質的心疾患があり、心不全症候がある)、ステージD(おおむね年間2回以上の心不全入院を繰り返し、有効性が確立しているすべての薬物治療、非薬物治療によってもNYHA心機能分類Ⅲ度より改善しない)の4段階に分類される。

患者の自己申告による症状管理に限界 再増悪に歯止めかからず

 高齢者の増加に伴って心不全の患者数も増加傾向にある。疾患の性質上、再入院率が高く、医療費の高騰に拍車をかける格好になっている。オムロンヘルスケアによると、心不全の増悪を早期にフォローアップできないのは、患者の通院と通院の間の状態が十分に把握されないことが原因のひとつだという。

 的場氏は、「心不全の症状が現れるステージCでは6ヵ月以内の再入院率25%、4年以内の死亡率40%というのが実態です。心不全が再増悪するのは、患者が1回目の増悪で入院し、症状が回復すると治癒したと誤解しやすいことが原因のひとつと考えられます」と指摘した。

 心不全の管理は日本心不全学会の「心不全手帳」による自己管理が一般的な方法だ。患者が自宅で手帳に手書きで記録した日々の検測データを、外来受診時に医師が確認し、指導するという従来の方法では、患者が症状の変化に気づかなかったり、自己判断で受診をしなかったりすることで再増悪する可能性が高い。

 心不全の治療は厳格な管理が重要であり、医師などの医療関係者、患者と家族がチームになって取り組むのが一般的だが、医療機関側の人手不足などで、思うような成果が得られにくくなっている。加えて、患者の繰り返す増悪による再入院が医療現場の非効率化に拍車をかけているという。

 的場氏は「家庭で徐々に心機能の悪化が生じている現状を鑑みると、即時性のある医療介入は難しいと言わざるを得ない」と言及した。

ICTモニタリングで患者の療養生活を支える仕組みづくり

 現在、植え込みデバイスで24時間の平均心拍数などをモニタリングし、主治医が診察室で遠隔操作によって患者の状態を把握するシステムが普及し始めている。左房圧、交感神経、胸腔インピーダンス、体重、自覚症状などの変化から心不全増悪の予兆を捉えることができる。しかし、植え込みデバイスを利用しているのは心不全患者の約15%と少ない。

 オムロンヘルスケアは家庭で記録可能な心電計の開発・普及など取り組んできた。また、京都府立医科大学では2019年から京都市を中心に医療機関、介護サービスと連携して「京都心不全ネットワーク」を作り、医師、看護師、薬剤師、理学療法士、管理栄養士が患者にアドバイスして、繰り返す心不全の増悪を防ぐ取り組みを実践している。

 オムロンヘルスケアは2022年に心電計付き上腕式血圧計を発売した。これは、医師や医療関係者の指示により購入できる特定保守管理医療機器で、血圧と心電図を同時に測定・記録できる。スマートフォン用の健康管理アプリで心電図波形を解析し、心房細動の可能性を知らせたり、記録結果を保存したり、PDFなどで結果を出力したりすることができる。

 患者が自宅で測定した血圧、心電図などのデータは同社のデータ閲覧システムの医療機関用画面で一覧できる。心不全療養指導士や看護師がチェックし、心不全の増悪兆候を検知したら、患者に受診を促したり、電話で相談にのったりする。適切なタイミングで介入することで、心不全の増悪や入院を予防することができるという(図1)

体重の変化より早期に交感神経の賦活を捉えるのが課題

 同社と同大学は共同で2022年にパイロット試験を実施し、患者30人(男性19人、女性11人、平均年齢72.7歳)を対象に心電計付き上腕式血圧計と通信機能付き体重計を用いて「在宅における心不全ICTモニタリング」の有用性を検証した。その結果、スマートフォンを使用した測定アドヒアランスは体重97%、血圧88%、心電図99%と高かった。軽度認知障害があっても継続して測定することが可能だったという。

 モニタリングデータを解析した結果、不整脈が多く見られ、心電図解析を補強する必要があることが分かった。30人のうち1人は心不全が増悪し入院。入院時に体重は増加していた(69.9kg➡75.6kg)。

 心不全では体液貯留によって体重が増加することから、体重が前14日間の平均より2.5%増になった場合、心不全の増悪を想定して介入する必要があると的場氏は指摘した。体液貯留による血圧の上昇は見られなかったが、交感神経の賦活によって、収縮期血圧は夜間のほうが朝より高くなることがあった(健常者では夜間は副交感神経が優位になって朝のほうが高い)。

 一方で、心不全が増悪し入院に至るまでには、左房圧の増加や、交感神経の賦活化などが体重変化に先行して生じることが多い。的場氏は「心不全増悪の予兆を体重変化で捉えて介入するのでは遅く、それより早い段階で発生する交感神経の賦活を捉えることが重要です」と強調した。

3ヵ月間介入のパイロット試験Ⅱで新たな指標の発見も期待

 パイロット試験の結果を踏まえたパイロット試験Ⅱ「心不全モニタリングシステムを活用した慢性心不全患者のパイロット介入試験調査」が2024年7月にスタートした。

 介入期間は3ヵ月。対象はスマートフォンの使用が可能で、入院または通院している心不全患者20人(洞調律が保たれている10人、増悪の恐れがある10人)で、血圧、脈拍、心電図(それぞれ朝、就寝前に2回)、体重(1日1回)を計測する。先のパイロット試験と同様、心電計付き上腕式血圧計と通信機能付き体重計を用いた「在宅における心不全ICTモニタリング」のシステムを使って検証する。

 パイロット試験Ⅱでは、特に夜間に交感神経が優位になっている状態を捉えるために就寝前に血圧心電図測定を行う。また、患者のQOL、満足度を評価し、医療機関側の意見を確認するとともに、看護師や療養士の業務負担などについても検討する。さらに、社会への貢献、普及の可能性についても合わせて検証する。

 「心不全増悪の予兆をより早期に捉えることで患者のQOL改善、治療アウトカムの向上、さらには医療経済性の向上への寄与が可能です」と的場氏。日本人のおよそ10人1人が心不全という事態を目前にして、日本の心不全診療の課題を克服する大きな一歩になることが期待される。