2025年3月15~16日に第14回日本臨床腫瘍薬学会学術大会2025が開催された。本会のシンポジウムの中から、国立病院機構九州がんセンター薬剤部主任薬剤師・衛藤智章氏(現小倉医療センター薬剤部 副薬剤部長)が行った、がんゲノム医療の基礎知識に関する講演を紹介する。


がんゲノム医療とは

 がんゲノム医療とは、がん細胞の遺伝子変異を解析し、その結果に基づいて最適な治療を選択する個別化医療の一つである。従来の標準治療に加え、患者固有の遺伝子情報に基づいて分子標的薬を選定することが可能となる。国立病院機構九州がんセンター薬剤部の衛藤智章氏は、がんゲノム医療がもはや「特別な治療」ではなく、日常診療の中に取り込まれてきていることを強調した。

ドライバー遺伝子とバイオマーカー

 がんの発生や進展には、特定のドライバー遺伝子の変異が深く関与している。たとえば、非小細胞肺がんにおいては、EGFR、ALK、ROS1、BRAF、MET、RET、KRAS、HER2、NTRKなど、治療選択に直結する多数の遺伝子が知られている。また、それぞれのがん種に特有のバイオマーカーも存在し、それらに基づいて適切な治療薬が選定される。衛藤氏は、がん種ごとのバイオマーカーをまとめた一覧を示した。いずれも、治療薬選定の基盤として臨床現場で活用されている(表1)

コンパニオン診断とがん遺伝子パネル検査

 コンパニオン診断(companion diagnostics;CDx)は、個々の患者に分子標的治療薬の適応を判断するための検査である。CDxは、治療薬適応の可否を判断するための重要な手段である。これに対して、がん遺伝子パネル検査(Comprehensive Genomic Profiling;CGP)は、現時点で国内では標準治療がないまたは終了した患者に対し、追加の治療選択肢を探索するために行われる検査である。CGPは、複数のがん関連遺伝子を網羅的に解析し、時に、二次的所見の可能性もあるとされている。

 日本で保険診療として承認されているパネルには、「OncoGuideTM NCCオンコパネル」、「FoundationOne® CDxがんゲノムプロファイル」、「Guardant 360® CDxがん遺伝子パネル」などがある(表2)。これらの検査では74~700超もの遺伝子変異を一度に調べることができる。また、このうち、FoundationOne® CDxは、コンパニオン診断機能も有するCGP検査である。324のがん関連遺伝子を対象としたCGPと、複数の分子標的治療薬に対するコンパニオン診断の2つの機能を併せ持つ。

 CGPは、主治医による説明と同意取得から始まり、検体の準備・品質確認を経て、海外の検査機関でのシークエンス解析が行われる。検査結果は専門家による会議(エキスパートパネル)により精査され、推奨治療が提案された後、最終的に患者へ説明がなされる流れである。CGPの対象は、検査後に標準治療が終了または終了見込みの進行・転移性固形がん患者、あるいは標準治療が存在しないがん患者に限られている。

実臨床でのCGPの応用と薬剤師の介入

 講演では、56歳女性のステージIV非小細胞肺がん患者の症例が紹介された。当初、EGFRALK、ROS1などのドライバー遺伝子に変異が認められなかったが、標準治療終了後にCGP検査を実施した結果、EGFR Exon 19欠失が新たに同定された。これにより、EGFR阻害薬による三次治療が実施され、良好な経過をたどった。

 このように、CGPは診断にとどまらず、次の治療へつなぐ“出口戦略”として極めて有用であると衛藤氏は説明した。承認薬や臨床試験中の薬剤、患者申出療養制度などから、国内でアクセス可能な治療薬や治験を検索する。

 その際、候補治療薬を網羅的に把握し見逃すことなく検索することができる職種として、薬剤師が活躍できるという。がんゲノム医療の中核を担うエキスパートパネルは、医師や遺伝カウンセラー、分子生物学の専門家などで構成されており、厚生労働省の通知には薬剤師が明記されていない。一方で、衛藤氏は九州がんセンターではCGP検査開始当初から薬剤師が参画し、治療候補薬の提案や検索に積極的に関与していることを紹介した。

生殖細胞系列変異と薬剤師の倫理的配慮

 衛藤氏は、がんゲノム医療における薬剤師が知っておくべき基礎知識として「生殖細胞系列変異(germline mutation)」を挙げた。がんゲノム医療では、治療目的の遺伝子解析中に偶発的に生殖細胞系列変異が発見されることがある。これは親から子に遺伝する先天的な変異であり、代表例としてBRCA1/2遺伝子変異がある。これらは遺伝性乳癌卵巣癌症候群に関与し、PARP阻害薬の使用が検討される。

 このような遺伝情報は患者のみならず家族にとっても重要な意味を持つ。衛藤氏は、薬剤師は、服薬指導の際に患者のプライバシーに最大限配慮し無用な詮索を避け、必要な情報を正確かつ慎重に伝えるべきでとし、患者の相談相手として、治療の背景を正しく理解し、信頼される存在であるべきと述べた。

薬剤師に求められる知識と今後の展望

 標準治療終了後にCGPによって新たな治療法が見つかる割合はおよそ10%程度。過度な期待は禁物だ。しかしその中で、薬剤師は多職種と連携しながら適切な治療薬を提案する「橋渡し役」を求められている。

 がんゲノム医療において、薬剤師が果たす役割は多岐にわたる。遺伝子検査結果の解釈、副作用マネジメント、薬剤相互作用の確認、治験情報の検索、さらには患者の心理的サポートまで、その対応範囲は広がっている。衛藤氏は、臓器横断的な腫瘍学的知識とともに、倫理的感受性も不可欠であることを強調し講演をまとめた。