
監修
大阪経済大学 経営学部 経営学科 教授
本間 利通 氏
2015年に「患者のための薬局ビジョン」が掲げられてからおよそ10年のうちに、薬剤師の業務は調剤を中心とした対物業務から患者を中心とした対人業務へと大きく変化してきました。また、近年は現場でのタスクシフトも課題となっています。薬剤師をとりまく環境の変化、かかりつけ薬剤師やタスクシフトの現状について、経営学における組織論のなかの「コミットメント」という概念も含め、大阪経済大学 経営学部 経営学科 教授 本間利通氏にお話を伺いました。
対物業務から対人業務へ
2015年10月に厚生労働省から公表された「患者のための薬局ビジョン」は、薬剤師の業務が薬中心の業務から患者中心の業務へとシフトするきっかけになりました(表1)。薬局の業務も調剤を中心としたものから患者の服薬状況の把握、副作用の確認、健康相談など、「かかりつけ薬局」としての役割が求められるようになり、さらに健康サポート薬局制度により薬剤師の専門性を活かしたより幅広い健康サポートも期待されることになりました1)。
2019年4月には、「調剤業務のあり方について(0402 通知)」により、薬剤師の業務の一部を薬剤師の指示や確認のもとで非薬剤師が行うことも可能になり(表2)、現場でのタスクシフトについても考慮していくことが課題となっています1)。
薬剤師は国家資格を有する専門職であり、医師や弁護士など他の専門職と同様に、有資格者のみが従事できる業務が多い排他的な職種でもあります。近年の制度の変化にともなって、薬局の経営面においても、また薬剤師それぞれの業務やキャリアにおいても、 専門性をどのように発揮するかにますます焦点があてられていると考えられます。
薬剤師数の増加により かかわりが変化する可能性
薬剤師の数は増加傾向にあり、1982年と2022年の状況を比較すると薬剤師数は124,390人から323,690人へとおよそ2.6倍、薬局に勤務する薬剤師も39,751人から190,735人へとおよそ4.8倍に増加しています(図)。薬剤師が増加した背景には、薬学部が4年制から6年制へと変更される2006年の前後に薬学部が新設されたこともあります2)。
薬剤師の業務が対物から対人へと変化するなか、 変化への対応の度合いに影響しているのが薬剤師の年齢か、あるいは4年制から6年制への教育制度の変化かは明確ではありませんが、6年制の教育カリキュラムにより臨床での教育機会が得られたことにより、患者中心の業務がよりスムーズに受け入れられている印象があります。
なお、これまでのように薬剤師が不足している状況下では薬剤師の就職や転職は比較的容易であった可能性がありますが、今後さらに薬剤師が増加していく状況においては、薬剤師の組織へのかかわり方、業務へのかかわり方が変化することも予想されます。
経営学における組織論 コミットメントや組織市民行動を評価
経営学は利益を追求する学問であり、利益が得られていれば経営が良好ととらえられます。良好な経営には経営戦略とともに、その戦略を実行する組織が必要 です。私自身は主に組織論を中心とした研究を行っており、薬局経営における人的側面では、薬剤師の離職率を下げることも課題のひとつととらえています。
組織論においては、薬剤師の定着や意欲を測る指標として「コミットメント」という概念が注目されています。組織コミットメントとは、個人が組織に対して持つ心理的なつながりを意味し、その強さは薬剤師の組織行動や離職率に大きな影響を与えます。そのため、薬剤師の組織に対するコミットメントを高めることが、薬局運営において重要な課題となるのです。離職のほかに、仕事のパフォーマンス (役割内行動)にコミットメントが影響を与えるか否かも、経営学的観点から関心が持たれますが、現段階では両者に直接的な関係はみられていません。
仕事のパフォーマンスは役割内行動として分類されますが、一方で役割外の行動としては組織市民行動と呼ばれるものがあります。組織市民行動とは、たとえば勤務先の前にゴミが落ちていた時に、それが自分の仕事でなくても拾うような、自発的かつ組織に間接的に貢献する行動です。役割外行動とコミットメントに関係性があるか否かを明らかにするのも、私の研究テーマのひとつです。
3種類のコミットメントを 組織と職業に対して評価する
コミットメントには、勤務する組織に対する「組織コミットメント」と、薬剤師という職業に対する「職業コミットメント」があるととらえて、研究を行っています2,3)。組織コミットメントと職業コミットメントは、それぞれに「情緒的」、「存続的」、「規範的」コミットメントの3つの要素でとらえることができます。ここでは、組織コミットメントの3つについて解説していきます。
組織コミットメントの中の情緒的コミットメントは、 組織に対する感情的なつながりによるもので、その組織に対する感情の現れです。存続的コミットメントは、組織に所属し続けることに対するコストの認識によるものです。たとえば「今辞めるとキャリアや収入にマイナスがある」といった損得の認識にもとづいています。規範的コミットメントは組織に在籍する義務感によるものです(表3)。
このうち存続的コミットメントは、個人が組織において積み重ねてきた時間や努力などの投資、転職の状況などの代替選択肢の認識によって左右されます。離職の際に失われる価値(時間、努力、地位など)が大きいと認識されれば存続的コミットメントが高まる一方、それらが離職によって失われても惜しくないという認識であれば存続的コミットメントが低下します。また、代替選択肢である転職先を見つけるのが困難であればコストが大きい、容易であればコストが小さいと認識されるため、代替選択肢が乏しい状況下では存続的コミットメントは高まると考えられます。つまり、組織への心理的なつながりには、その組織を辞めにくいかどうかが関与していると言えます。
存続的組織コミットメントが低い薬剤師
2019年に調剤薬局(本社・大阪)に勤務する薬剤師60名を対象に、組織コミットメントと職業コミットメントに対する調査として、アンケートをもとに組織コミットメントと職業コミットメントの各3種類(情緒的、存続的、規範的)の合計6つのコミットメントをスコア化し集計しました(表4)4)。
調査の結果は、情緒的組織コミットメント、情緒的職業コミットメントはある程度高いスコアが得られた一方で、存続的組織コミットメントはやや低く、規範的コミットメントについてはばらつきがみられるというものでした。
存続的組織コミットメントが低かった理由として、 薬剤師不足の状況下においては売り手市場、すなわち転職先が多かったことが考えられます。また、会社に 在籍し続けることの何らかのメリットを感じた薬剤師が少なかった、という可能性もあります。しかし、今後 は、薬剤師が増加し市場における薬剤師の供給過多の状況が考えられますので、薬剤師にとっての離職リスクが高くなり、こうした外的要因の変化に伴うコミットメントは変化する可能性が高いと言えます。
勤務する組織が好きであれば(情緒的)、義理も発生する(規範的)といったように、情緒的なコミットメントと規範的なコミットメントは相関することが多いのですが、本調査ではあまり強い相関がみられなかったことが特徴的でした。ただし、本調査は一企業を対象に所属する企業へのコミットメントを調査したものであり、勤務する店舗に対するコミットメントは評価されていなかった点が研究の限界であったといえます。
存続的、規範的コミットメントがかかりつけ薬剤師に影響か
本調査では、かかりつけ薬剤師と非かかりつけ薬剤師でコミットメントの傾向に違いがみられるかについても評価しました。組織コミットメントの面では、非かかりつけ薬剤師より、かかりつけ薬剤師で存続的組織コミットメントが高い結果となりました。存続的コミットメントは必要性にもとづくコミットメントともいえます。そのため、組織に在籍し続ける必要性を感じている場合にかかりつけ薬剤師を取得する、という傾向が示唆されたことになります。
情緒的組織コミットメントと規範的組織コミットメントは、かかりつけ薬剤師と非かかりつけ薬剤師の差がみられませんでした。このことから、組織に対する愛着の高さや、組織に対する義務感といったものは、かかりつけ薬剤師を取得しているか否かには影響しないと推測されます。
職業コミットメントの面としては、薬剤師であり続けたいという必要性(存続的)と、薬剤師であり続けなければならないという義務感(規範的)の2点によって、かかりつけ薬剤師を取得する傾向がみられました。一方、薬剤師という職業への愛着(情緒的)と、かかりつけ薬剤師の取得には、関係性が伺えませんでした。
本調査から、「薬剤師として生き残るためにかかりつけ薬剤師になることが必要」と感じればかかりつけ薬剤師を取得し、「かかりつけ薬剤師でなくても薬剤師として仕事が継続できる」と感じていればかかりつけ薬剤師を取得しない、と解釈することができます。主体的に行動しない薬剤師は存続的コミットメントが高い可能性がありますが、そのような薬剤師の認識が「かかりつけ薬剤師にならないと生き残れない」と変化した場合には、かかりつけ薬剤師の取得に向けて行動変容が起こる可能性もあります。
これらの結果から、組織を辞める、または薬剤師を辞める、といった場合に、失うものがより大きい可能性があり、かかりつけ薬剤師制度の推進にはこうした要素を考慮する必要性があると考えられました。
かかりつけ薬剤師には責任感が影響
かかりつけ薬剤師制度に関する薬剤師の認識を確認している調査が少なかったことから、2020年に調剤薬局(本社・大阪)の薬剤師57名へアンケートを実施し、「自信・能力」「職務充実」「負担」「専門性」に関する調査を実施しました。本調査では、調剤薬局の管理職6名に対して探索的なヒアリングも実施しました5)。
アンケートやヒアリングの結果から、「自身の能力に自信がある薬剤師が、かかりつけ薬剤師業務に踏み出している」傾向があること、金銭的なインセンティブではなく、「患者からの信頼や感謝、やりがいや責任感」などがかかりつけ薬剤師の動機となっていることが明らかになりました。どのような患者がかかりつけ薬剤師を持つべきか、という問いに対しては、精神疾患の患者、高齢者、初期の認知症患者、肝機能・腎機能低下例、他科を受診している患者や多剤を併用している患者、不安の強い患者、一人暮らしの患者、幼い子どもがいる親、トラブルを起こす患者、などが挙がりました。
金銭的インセンティブよりも専門性の発揮
薬局長や管理薬剤師など薬局経営に携わる立場からは、かかりつけ薬剤師の普及は重要な課題です。一般企業の営業職などでは、営業目標の達成が給与やボーナスなどの収入面に反映される金銭的インセンティブが機能することもあります。一方で、これまでの研究からは、かかりつけ薬剤師として多くの患者を担当すれば収入が増えるといった状況になった場合でも、金銭面の変化に対してはあまり敏感に反応していないという薬剤師の特徴がみられます。
かかりつけ薬剤師制度については、金銭的なインセンティブよりも「専門性を発揮する」という機会がより大切なのではないかと推察されます。かかりつけ薬剤師になったことで患者さんが薬剤師の自分の名前を呼んで感謝をしてくれる、患者さんから承認される、といったところもモチベーションの向上につながっているようです。また、自分自身に対する自信の度合いを示す自己効力感が、かかりつけ薬剤師への挑戦の有無に影響している可能性もあり、その点は今後の調査の課題としています。
タスクシフトの阻害要因は仕事への義務感
薬剤師が対人業務に注力するために、これまで薬剤師のタスクだった業務内容を調剤事務の人などにシフトしていく流れがあります。この薬剤師から非薬剤師へのタスクシフトについては、業務の効率化や人件費の抑制といったメリットがある一方で、薬剤師の人数が十分な環境ではタスクシフトが進まない、他者に業務を任せることへの抵抗感、非薬剤師への指導や教育の負担などの課題があります。
2023年に薬剤師と非薬剤師の連携について、薬剤師だけでなく非薬剤師に対する質問項目も含めてコミットメントに関する調査を行ったところ、情緒的コミットメントが高い場合には薬剤師と非薬剤師の連携が良好な一方で、規範的コミットメントが高い場合には連携が阻害されていました。つまり、連携の阻害要因は義務感の高さでした。
これまで、情緒的なコミットメントが高ければ規範的なコミットメントが高い傾向にあり、規範的なコミットメントは情緒的なコミットメントの下位の概念であると考えられてきましたが、薬剤師を対象とした研究では従来とは異なる傾向が認められています。
管理職の育成が課題
薬局の経営においては、管理職の育成、場合によっては管理職のなり手がいないといったことも苦慮される点と思われます。薬剤師が自身の勤務する店舗に対しては愛着を持っていても他店舗には愛着がない場合もありますし、昇進の話が出ても昇進を希望しない場合もあるでしょう。エリアマネージャーほか管理職としての業務の魅力や収入面でのメリットがあればよいのですが、昇進すると現場から離れて専門性を発揮する機会が少なくなってしまうという場合、そこに価値を見出している薬剤師にとってはデメリットになります。現場の薬剤師をいきなり管理職に抜擢するのではなく、階段を少しずつ昇るようなステップバイステップで経験を積んでいけるような体制を構築することが必要だと考えられます。
薬局長は非薬剤師でもよい
薬局において管理薬剤師は必要ですが、薬局長(店長)は非薬剤師が担当することも可能です。ドラッグストアに比べると非薬剤師が店長を担当する薬局はまだ少ないものの、事務職の方が店長を担当することによってさらにタスクシフトが促進され、薬剤師の専門性が発揮されることも想定されます。
薬局ではすでに相当のコストをかけてミスを防止するシステムなどが導入され、効率化も促進されたことにより生産性はすでに一定のレベルに達しているように見受けられますので、これ以上の負荷をかけることよりも、今後は負荷を軽減する方向性の検討も必要だと思われます。
おわりに
薬剤師は国家資格を取得した時点で終わりというものではなく、常に最新の知識などを吸収しながらさらに専門性を高めていく必要があり、日本の医療を支える重要な職種です。経営学の観点から、薬局の経営や薬剤師の皆様に貢献できるような研究を今後も行っていきたいと考えておりますので、アンケート調査などの機会には是非ご協力をいただければ幸いです。
本記事のポイント
● 薬剤師は存続的組織コミットメントが低い傾向にあった。かかりつけ薬剤師の取得には存続的組織コミットメントが影響している可能性が示唆された。
● かかりつけ薬剤師の取得には金銭的インセンティブよりも、やりがいや責任感などが影響していることが覗えた。
● タスクシフトの阻害要因は義務感が関わる可能性がある。
● 薬剤師の増加にともない、組織や職業へのコミットメントは変化する可能性がある。
● 管理職の育成、専門性の発揮の体制整備が、タスクシフトなどによる業務負荷の軽減に向けた今後の課題と考えられる。
【参考文献】
1) 本間利通ほか.経営経済60号(2025年3月)p.1-9 調剤薬局における非薬剤師の業務拡大と連携 ―職業的コミットメントの視点―
2)本間利通ほか.経営経済58号(2023年3月)p.1-8 薬剤師の組織コミットメントの存続的要素に関する考察
3) 本間利通ほか.経営経済58号(2024年3月)p.1-10 薬剤師の職業コミットメントと職務の捉え方に関する考察
4) 本間利通ほか.Osaka University of Economics Working Paper Series No.2019-2(2019年10月) 薬剤師の組織コミットメントと職業コミットメント―かかりつけ薬剤師と非かかりつけ薬剤師の比較
5) 串田ゆかほか.Transactions of the Academic Association for Organizational Science Vol. 10. No.1, p.124-129, 2021 薬剤師のかかりつけ制度認識の構造 ―かかりつけ薬剤師制度の因子分析とヒアリング調査を通じて―
6) 田原慎介ほか.経営経済59号(2024年3月)p.11-26 保険薬局の「かかりつけ薬剤師」普及に関する経営学的課題の検討
本間 利通 氏
経営組織論を専門とし、組織コミットメントや職業コミットメントを主な研究テーマとしている。特に薬剤師を対象とした調査を通じて、専門職の組織における人間行動を実証的手法により明らかにし、学術と実務の接点を探求している。専門職の現場における組織的課題の解決や、実効性ある施策作りに貢献することを目指している。