
高齢者の薬物療法は、いまや一部の専門領域ではなく、すべての薬剤師が向き合うべきテーマとなっている。2026年度調剤報酬改定では「服用薬剤調整支援料2」が大きく見直され、老年薬学の視点があらためて注目を集めている。本稿では、一般社団法人日本老年薬学会代表理事の大井一弥氏に、その背景と現場で求められる視点を伺った。
一般社団法人 日本老年薬学会 代表理事
鈴鹿医療科学大学 薬学部 病態・治療学分野 教授
大井 一弥 氏
高齢者薬物療法で高まる「総合評価」の重要性
日本は世界でも例を見ないスピードで高齢化が進んでおり、高齢者の薬物療法は、もはやすべての薬剤師が日常的に向き合うテーマとなっています。高齢者は併存疾患を抱えるケースが多く、それに伴ってさまざまなリスクも増えていきます。患者さんは少しでも良くなりたい、という思いで複数の医療機関を受診されることが多いですが、その結果、整形外科と内科から同じような作用の薬が重複して処方されるといったことは、現場では決して珍しいことではありません。
こうした背景を踏まえ、近年は高齢者薬物療法における薬剤師の役割があらためて重視されています。2026年度調剤報酬改定では、服用薬剤調整支援料2が見直され、1,000点という高い評価が設けられました(表1)。複数の医療機関を受診し、重複投薬の課題を抱えがちな高齢者の服薬状況を総合的に把握し、安全な薬物療法を支えていく。今後も高齢者人口の増加が続くなかで、高齢者薬物療法への関与はさらに重要性を増していくでしょう。今回の改定は、その方向性を制度上でも明確に示したものといえます。
高齢者の薬物療法における課題
医療者との関係性によるものも大きい
高齢者では、認知機能の変化や長年の経験によって、強い思い込みが形成されがちです。「この白い薬は効くけど、赤い薬はダメ」「あの病院の薬はよく効く」といった、患者さん自身の経験をもとに独自の判断基準を作り、それを基準に行動するケースが少なくありません。
さらに、高齢者のポリファーマシーを複雑にしているのが、「真に信頼できるかかりつけ」を持ち切れていないという問題です。薬剤師は来局時に服薬指導を行い、薬歴も記録している。一方で、その関わりが来局した「時」だけで終わってしまい、その後の患者さんの動向や状況などを把握していないことも多いのではないでしょうか。例えば、午前中に対応した患者さんが、その日の夕方に別の医療機関を受診している可能性は十分にあります。
継続的に相談でき、信頼する医師や薬剤師を絞りきれていないため、患者さんは医療者に十分相談しないまま、自己判断で多数の医療機関を受診してしまう。医療者が把握しきれない受診や服薬が積み重なった結果、ポリファーマシーが形成されていきます。私は、ポリファーマシーは単に処方の問題ではなく、関係性の問題であるとも考えています。
薬物療法は、患者さんとの信頼関係のうえに成り立つものです。だからこそ、薬だけを見るのではなく、生活そのものにも踏み込まなければなりません。食事や栄養状態、運動、家族関係、経済状況、服薬管理能力など、生活全体を把握したうえで薬剤師の専門性を発揮することが求められています。
服薬総合評価は「時間軸」を持つ評価
従来の服薬指導は、患者さんに目の前の処方薬について説明し、その場で完結する関わりが中心でした。
一方、今回の服用薬剤調整支援料2のキーワードとなる「服用薬剤総合評価」は、より継続的かつ包括的な視点を持ちます。「薬を飲んで数日後に症状はどう変化したか」「副作用があらわれていないか」「薬の保存方法は適切か」など服薬後の経過を時間軸で追いながら、生活環境も含めて確認する視点が求められます。
さらに服用薬剤総合評価は、減薬そのものを目的とするものではない点も重要です。何剤減らしたか、ではなく、その患者さんにとって安全かつ適切な薬物療法になっているかを評価することが本質です。したがって、服用薬剤調整支援料2においても、薬剤数だけに着目するのではなく、服薬後の生活状況や機能面の変化を含めて確認し、患者さんが安心して生活できているかを継続的に見ていくことが重要なのです。
老年薬学の第一歩
高齢者の生理機能を知ること
老年薬学が一般的な薬学と大きく異なる点は、高齢者の生理機能の変化を前提とすることにあります。筋力や歩行速度の低下といった目に見えるものだけでなく、腎機能や肝機能などの目に見えない生理機能の衰えは、薬の効果に直接影響します。一般的に、生理機能は20歳代をピークに加齢とともに低下し、60歳代では約4割程度低下するといわれています。若年者と同じ前提で投薬を続ければ、体内での薬を処理する能力が追いつかず、有害事象につながりかねません。この高齢者における生理機能の低下を理解することが、老年薬学における第一歩となります。
「服薬総合評価研修会」の狙い
高齢者を知る術を学ぶ
「老年薬学服薬総合評価研修会」(2026年8月から開催予定)は、服用薬剤調整支援料2の要件の1つとされました。当研修会は、厚生労働省からの協力依頼を受け、日本老年薬学会が実施するものです。当学会は10年以上前から高齢者に対する薬物治療の質向上に取り組んできましたが、超高齢化が進展する現在の日本において、まさに時代のニーズに合致したのだと感じています。
当研修会は、講義研修(Webオンデマンド形式)と演習研修(現地開催)で構成されます。生理機能の理解からポリファーマシー対策まで、高齢者に対応するための実践的なスキルを学べることが特徴です。演習研修ではワークショップ形式を取り入れ、単なる知識ではなく、目の前の高齢者に対応できる力を養います。
研修で重視しているテーマの一つが、「マルチモビリティ(多疾患併存)」に対する治療の優先順位の考え方です。疾患は一気に増えるわけではなく、時間をかけて積み重なっていきます。その過程をたどり、根本となる問題を見つけることが重要です。例えば、腰痛が起点となり、睡眠障害や頭痛、歩行速度の低下、便秘へと症状が連鎖(カスケード)していくことがあります。このようなカスケードが生じている場合、根本にある腰痛にまず対応しなければ、本質的な解決にはつながりません。生じている症状を全て治療しようと薬を増やすことは、かえって高齢者には大きな負担になることもあります。
つまり、高齢者薬物療法では、薬を「引き算」で捉える視点が重要です。医師は、治療のために薬を追加していく一方で、薬剤師には全体を俯瞰し、適切な薬物療法へ整理する役割が期待されています。これはポリファーマシー対策の本質でもあるでしょう。
求められる倫理観
「話し上手」だけではない専門性
服用薬剤調整支援料2では、単に薬剤数を減らすのではなく、患者さんの生活全体を踏まえながら、適切な薬物療法を継続的に支えていく視点が求められています。そのため、薬剤師がより主体的に患者さんの生活に関わっていく姿勢が必要になります。
その関わりのなかで、私が特に大切にしてほしいのは、「話し上手」であること以上に、患者利益を最優先に考える「倫理観」です。私は、医療における倫理とは、医療者が患者さんの行動や療養環境をより良い方向へ変化するよう導く姿勢だと考えています。楽しい雑談で終わるのではなく、医療者が関わることで患者さんの行動変容を促し、それを継続できるよう支援を重ねていく。その結果が患者さんの生活の質や幸福につながっていくのだと思います。そこまで見据えて行動できる人こそ、老年薬学の専門家なのではないでしょうか。
これからの薬剤師に不可欠な老年薬学
人口動態を見れば、今後、薬局に来る患者さんの大半が高齢者、特に80歳代以上の方の割合がさらに高まっていくことは明らかです。90歳代で手術や退院を経験する方も増えていくなかで、高齢者の生理機能を理解することは、これからの薬剤師業務において、ますます重要になっていくでしょう。
老年薬学を学ぶことは、単に調剤報酬上の要件に対応するためではなく、これからの日本で薬剤師として働いていくうえで、避けては通れない道だと私は考えています。さらに、知識を積み上げるだけでなく、それを目の前の患者さんのためにどう活かすかという「実践」も求められます。こうした時代だからこそ、老年薬学を体系的に学び、実践につなげていく機会の重要性は、今後さらに高まっていくでしょう。
大井 一弥 氏
2020年4月より鈴鹿医療科学大学薬学部長
2026年4月より鈴鹿医療科学大学副学長、薬学部長、社会連携研究センター長
2025年6月より一般社団法人日本老年薬学会代表理事


