インタビュー先
千葉大学医学部附属病院薬剤部
教授・部長 石井 伊都子 氏
ECMO等の設備を兼ね備え、850床と千葉県下でも有数の病床数を持つ千葉大学医学部附属病院。2020年2月ダイヤモンド・プリンセス号で発生したCOVID-19患者の受け入れを契機に、手探りの状態から感染対策、治療に取り組み、現在も多くの重症患者の治療にあたっています。今回は同院薬剤部のこれまでの活動と2021年4月より高齢者向けの優先接種が始まったワクチン接種について、薬剤部部長の石井伊都子氏にお話し頂きました。
2020年2月から患者受け入れ開始最多時期の入院患者数は30名以上
皆さんもご存じのように、2020年2月ダイヤモンド・プリンセス号(DP号)内にて700名を超えるCOVID-19の集団感染が発生しました。千葉大学医学部附属病院は、もともとECMO治療で知られていることもあり、東京都や横浜市で対応しきれないDP号の患者受け入れ要請が当院にも来ることが予測されました。そのため、2020年1月末から2月頭の段階で、薬剤部含めて感染制御部、ICT(感染制御チーム)、救急部などと打合せを始め、「新型コロナウイルス感染症対策本部」(対策本部)を設置して準備を進めました。2月初め頃にDP号の患者さんが移送されてきましたが、これが当院初のCOVID-19患者受け入れ事例です。
当院はCOVID-19重症患者のみを受け入れています。最多時期の入院患者数は1日30名以上に上りました。その際はECMOが2名、人工呼吸器が10名弱と、想像を絶するような光景だと思います。現在の入院患者数は10名程度となり、少し状況は落ち着いています。
院内ルールの策定と動画を活用した職員教育
対策本部は、COVID-19対策に関する具体的な院内ルールとして、表のような事項を取り決めて運用しています。
職員へのCOVID-19対策教育には、感染制御部や広報、薬剤部が中心になって動画(P13写真)を作成し、それを確認してもらうようにしました。当動画は千葉大学医学部附属病院HP上の「YouTube千葉大学病院公式チャンネル」からも確認できますが、ガウンなどの個人防護具の脱着方法をはじめ、ワクチンの希釈や接種手順なども解説しています。いまは皆さんスマホを持っているので、こうした動画の活用は、少しの合間に見て学習してもらえる、家に帰ってふと思い返したときにすぐに見直しができるというメリットがあります。対面せずに済むので、感染リスクを考えるうえでも非常に有用ですね。
責任感と不安で強いストレスを感じる薬剤部職員も
当院には現在67名の薬剤師が勤務しています。通常業務の対応でも人員数が厳しいなか、COVID-19対策によってさらに個々の薬剤師に業務負荷がかかることが多くなりました。緊急事態宣言発令中はBCP(事業継続計画)を策定し、それに準じた対応をしていましたが、BCPと薬剤管理指導や病棟薬剤業務実施加算を両立させるのは非常に大変でした。また、精神面での負担も大きく、COVID-19対策以降、院内で定期的に実施しているストレスチェックで急に高い値を示す薬剤師もいました。
BCPにおいて、薬剤部も院内のゾーン・動線分けと同様に、院内調剤やミキシング、TDM(薬物血中濃度モニタリング)といった中央業務の担当者と病棟業務の担当者は接触しないように動線を分けることにしました。通常時は、病棟業務はチーム単位で担当し皆で話し合いながら行っていました。それを1日ひとり1病棟担当としたところ、もちろん電話などで相談はできるのですが、責任感と不安で強いストレスを感じていた人もいました。
対策本部内には職員のストレスケアのための精神科医や臨床心理士もおりますが、その方達によれば、COVID-19対策で必要な対応とはいえ自身を変化に対応させなくてはいけないときは誰しもストレスがかかるものだといいます。薬剤部職員のメンタルケアに注意し、ストレスを強く感じている人には面談を行うようにしました。
内製、状況に応じた使い分けで消耗品不足に対応地域からの寄付にも感謝
2020年春の緊急事態宣言時は、他の医療施設と同様に物資が入手しづらい状況でした。周囲を清拭するための消毒用アルコールは80%の消毒用のエタノールでよいので、卸業者から消毒用アルコールの欠品予測情報を受けるとすぐにアルコールの一斗缶を購入しました。実習に来ていた学生にも手伝ってもらって大量のガロン瓶を1回に20本くらい作り、薬剤部作成の消毒用アルコールを院内の各部署に配布しました。
ガウン不足への対応には苦労しました。手術には新しいものを使用しますので、最も優先度が高くなります。一方、薬剤師に関しては、化学療法薬のミキシングの際に着用するガウンは本来、毎日交換するものですが、1週間に1回交換にして使用していた時期もありました。
マスクは、N-95も当院で使用していた医療用マスクも手に入りにくくなってしまったので、マスク不足が深刻だった時期は医療用マスクについては1週間に1枚を洗って使用していました。2020年6月頃からマスクのご寄付を頂くようになり、患者さんに接しない業務の際は、頂いたマスクをありがたく使わせて頂きました。患者さんに接する職員は、従来の医療用マスクを使用し、使い分けをしていました。また、マスクだけでなくお菓子や特産品など地域の方からたくさん頂きました。このようなご寄付はお気持ちを含め非常にありがたく、職員の励みとなりました。頂いたご寄付をきっかけに地域のお店などを知ることができ、今度訪問してみようと思っています。瓢簞から駒ではありませんが、地域と新しい繋がりができたように思います。
薬剤師は後方支援に徹することで病院を支える
私はCOVID-19対策において、薬剤師は感染リスクの高い最前線に立ってはいけないと考えています。薬剤部にウイルスが入り込んで閉鎖となった場合、病院の機能は停止し、患者さんに治療の提供ができなくなってしまいます。私たち薬剤師には「薬の供給と調剤」という使命がありますが、医師や看護師など他の職種は調剤業務ができません。また、薬剤師は医師の指示のもとにただ調剤をするのではなく、処方を「監査」し、医療安全を保つ役割を担っています。だからこそ、薬剤部は潰れてはならず、後方支援に徹して病院を支えていかなければいけない存在なのです。それは日常生活においても注意が必要ということで、気の緩みが出そうな時期こそ不要不急の外出自粛など感染リスクに注意するよう周知・徹底しています。
ワクチンセンターでの薬剤師の役割と管理面での注意
2021年3月に当院の「コロナワクチンセンター」の運用が始まりました。基本的には当院職員と地域医療従事者を対象とし、1日に約500~600名のワクチン接種を行っています。薬剤部は、当センターで一連の対応を行う看護師にワクチンの分注手技などを教え、監督をしています。また、余計に溶解などすることのないよう随時状況を確認して必要なワクチンの数を管理しています。
ファイザー社のワクチンは、冷凍管理が必要です。何らかの原因で冷凍庫の電源が落ちることも想定し、非常用発電機への切替設備を整えておく必要があります。実際に当センターで雷による停電が起きたことがありましたが、その際は、冷凍庫の温度が−80℃から−76℃に上がったものの影響はありませんでした。
若い人に表れる副反応の理解を促進来局者からの相談対応、問診票の記入指導を
つい先日、私は2回目のワクチン接種が終わりました。自身や周囲の接種後の状況をみると、2回目の方が痛みが強く、発熱しやすいように思われます。発熱は若い人の方が高く出やすく、39℃程度まで上がった人もいました。一方、年長者は発熱してもそれほど高くならない印象です。そこで、若い人が多い部署の組織長や上司には、若い人の方が発熱しやすいことを伝え、彼らが勤務できなかった際の体制を備えることや、「怠慢」と思われることがないよう情報発信をしています。
高齢者などへのワクチン接種が進みつつありますが、別の疾患の治療等で普段から来局している患者さんに「ワクチン接種しても大丈夫か」といった質問をされると思います。その際には、インフルエンザワクチンとの違い、接種回数、発熱などの副反応の強さとその対応といった点を理解しておき、きちんと説明してあげて欲しいと思います。また、問診票の正確な記入依頼や記入方法の指導も大事なことだと思います。ワクチンの情報は、添付文書や製薬企業HP、厚生労働省HPにも詳細な情報が掲載されていますので、時間があるときに一読しておきしょう。ワクチン接種は副反応が表れることはありますが、それでも効果の方が上回ると、私自身は思っています。
取材先情報
千葉大学医学部附属病院薬剤部(https://www.ho.chiba-u.ac.jp/pharmacy/)
youtube|千葉大学病院公式チャンネル(https://www.youtube.com/channel/UCnGM1qXmnZWqLcRUvNTw4sA)