学会クローズアップ|日本薬学会 第141年会

2021年3月26~29日にオンラインで開催された日本薬学会第141年会。中でも多くのオーディエンスを集めた話題の演題、数理モデルで新型コロナウイルスの流行状況の特徴を明らかにする疫学研究に取り組んでいる西浦博氏(京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻教授)の発表を取材した。

2020年初期の二次感染の調査

「数理モデル」とは、現実のデータを理解・活用するために生み出された様々な数理的な手段の総称である。新型コロナウイルス感染症においては、本講演演者の西浦博氏を中心に、数理モデルの観点から分析されている。

遡ること1年3カ月、日本で新型コロナウイルス感染症のクラスター対策班が設置されて数日後の2020年2月27日、日本の感染者が何人の二次感染を引き起こしたか(他者に感染させたか)、という分布が西浦氏から対策班に示された。感染者の多くは0人、つまり自身は感染したものの他者へは感染させていないという結果だった。一方で、12人もの二次感染を引き起こした感染者もいた。また、二次感染のほとんどは、屋内の閉鎖空間に他者と一定時間滞在していたケースで発生したことが分かった。

この結果は「新型コロナウイルスの感染流行への対策として、日本の人口全体に均一に実施してもあまり効率的ではないことを示している」と西浦氏は語る。感染者全体ではなく、二次感染を多数引き起こしたケースの特徴を掴み対策することが重要という。この考えのもと、屋内空間(カラオケボックス、接待飲食店、居酒屋、フィットネスクラブ、医療・介護施設)の二次感染が集中的に予防されることになった。今では誰もが知っているであろう「三密(密閉、密集、密接)」という用語が発せられたのはこの頃からだ。

日本で最初の大きなクラスターは、2020年1月18日に東京都の屋形船の中で発生し、その後、その家族に感染が確認された。また直後に別のケースとして病院内でのクラスターが報告された。これらのクラスターについて、西浦氏らが症状の有無別に二次感染を追跡した結果、無症状の感染者が症状のある感染者に比べてどの程度感染させるかという割合は0.27倍だった。この結果から、無症状の感染者は流行確率には大きな影響を与えないという評価がなされた。

実効再生算数による東京都と大阪府の評価

新型コロナウイルスの数理モデルでキーワードとなる「実効再生算数」。実効再生算数とは、1人の感染者から何人に感染が広がるかを示した数値で、1未満であれば感染者数は減少傾向にあるといえる。

東京都の実効再生算数

西浦氏によれば、2020年冬から春の外出自粛前の期間、2月17日から3月25日までの実効再生算数は平均で1.73だった。3月25日は、感染爆発の重大局面であるとして東京都知事から週末の不要不急の外出自粛要請が発表された日。外出自粛要請がなされた3月25日から4月7日までの期間の実効再生算数は0.82、緊急事態宣言が発令された4月7日から解除された5月25日までの実効再生算数は0.59と、1を下回る数値が維持された(表1

大阪府の実効再生算数

2020年2月下旬から4月上旬までは実効再生算数が1を超える日が多かったが、週末の外出自粛が強く呼びかけられた4月3日から緊急事態宣言が解除される5月21日までの期間中は、実効再生算数は1未満を維持していた。宣言解除後、実効再生算数は1を超える急上昇を見せ、小刻みに1をまたいで上昇と下降を繰り返し、6月中旬から1を超える日が続いた。7月下旬に緩やかな下降で1を下回ったが、8月31日からの数日間で1を再び超えた()。

この一連の推移の背景にあったのは大阪府知事から呼びかけなどの施策であり、実効再生算数の上下はそれに対応した国民の動きの結果といえる。つまり、緊急事態宣言発令や強い呼びかけの後は実効再生算数が下降し、宣言解除や緩める呼びかけの後は実効再生算数が上昇していたことが分かった、と西浦氏は説明した。

実効再生算数のファクターによるシミュレーションと感染予測

西浦氏によれば、新型コロナウイルス感染の実効再生算数は「人の移動率」と「人口密度」と概ね比例し、「コンプライアンス」と「気温」に概ね反比例することが分かっている(表2)。

こうしたファクターが見出されたのと並行して、NTTドコモ社の「モバイル空間統計」や内閣府の「V-RESAS」といった、GPS情報を利用した滞留人口の推移がモニタリングできるサービスが開発され、実効再生算数のモニタリングが可能となったと西浦氏。

そこで、西浦氏らは、流行対策が行われる程度を段階別にシミュレーションし、二次感染の予測をしてきた。2020年8月をピークとする第二波の際、ハイリスクの伝播(繁華街などでの感染)が40%以上削減された場合、東京都の感染者数が400人/日程度で頭打ちになるというシミュレーションがなされた。これを裏付けとして第二波の際は緊急事態宣言が発令されずに、政府は繁華街対策として「夜の街」へのリスクを呼び掛けたという。

変異株の特性と対策の可能性

新型コロナウイルス感染症の特徴や傾向がある程度分かってきたところに出現した変異株。変異すること自体はウイルスゆえに当然ともいえる。問題は、感染と発症がしやすいという変異株の性質だ。新型コロナウイルスの変異株は20歳未満の感受性が従来株のおよそ2倍と、若年層で感染・発病しやすいというデータがある。そうなると、学校閉鎖などが対策オプションとして考えられると西浦氏は指摘する。実際、学校滞在時間中の感染増加を示唆するデータがロンドンから報告されている。

変異株の確認以降、日本では2020年12月~2021年3月に緊急事態宣言発令など対策はされてきたが、その期間中にも変異株は増えているという事実がある。今後、2020年~2021年冬の第三波までと同じ対策では感染が増加し続ける可能性を鑑みると、変異株の流行下では、過去とは異なる対策を実施しないとならない可能性がある。それは、外出自粛ではなく「外出禁止」、時短ではなく「休業要請」、時差登校ではなく「学校閉鎖」なのかもしれないとのことだ。

コロナ禍問題点と展望

講演の締めくくりとして、西浦氏が挙げた問題点は以下の3つだった。

  1. 科学コミュニケーションやリスクコミュニケーションとして、リーダーが「科学的に正しいから実施する」、「自分の責任で行う」ということを、国民が聞き飽きるほど説明しなければならない。しかしそれが現状不足している。
  2. 休業や自粛は要請レベルの場合、対策の主体は国民であり、国民が対策に主体的に参加することが重要。しかし国民の主体性と連帯が重要であることをリーダーが訴えず、国民も自分事として捉えずに、感染者増加の責任を政府や専門家に追及するだけに留まっている。海外に比べてもこの傾向は顕著。
  3. クラスター対策として局所を叩くという話をし過ぎているために、緊急事態宣言の本質が単に時短に対応すれば良いといったレベルにダウングレードし、感情が先行している

西浦氏は、今後、ワクチン接種による感染者の減少は海外同様期待できるが、日本では感染者の減少は緩やかに起こるという見通しを立てている。高齢者のワクチン接種が時間をかけて実施されていく一方で、若年層を中心に高齢者以外の変異株の感染流行はさらに大きくなりまた持続的であるため、2021年いっぱいは感染流行が継続することが予想されるという。


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