監修
サンヨー薬局グループ 原尾島店
薬剤師
二階堂 崇 氏
医療用麻薬への誤解や葛藤
医療用麻薬を用いた緩和ケアの開始時に薬剤師がすべき事の一つに、患者さんに寄り添った適切な情報提供があります。医療用麻薬に対して「死期が早まる」、「止められなくなる」、「中毒になってしまうのではないか」、「麻薬なんて飲んでいいのだろうか」という誤解や葛藤を抱える患者さんやご家族はまだ大勢いらっしゃいます。いよいよ終末期にならないと医療用麻薬を使用しなかった時代のネガティブなイメージや、違法薬物との混同が根底にあると思われますので、患者さんを含めた周囲の方々に対しても、正しい情報を提供する事が重要です。
開始時の説明内容医療用麻薬の適切な説明で安心感を
医療用麻薬の研究開発も進んで種類や剤形が増え、使用方法や安全性も確立している現状を適切に説明し、患者さんに安心して使えるという印象を持っていただく事が重要です。患者さんは、ご本人のためになる事を納得されると積極的に医療用麻薬を受け入れようという前向きな気持ちになっていただけます。
また、薬剤の作用機序や鎮痛薬の中での位置付けも言葉を選びつつ説明します。作用機序等全ての情報を理解していただけなくても、患者さんなりに解釈し不安を払拭していただく事で、スムーズに医療用麻薬を導入できるようになります。頭ごなしに、医師から処方指示が出ていて必要なので服用しましょう、という説明では意味がありません。目の前の患者さんが安心して緩和ケアに取り組めるためには、どのように説明すればベストかを考えて説明するのです。
鎮痛について身近な目標を設定
患者さんに積極的に緩和ケアを受け入れていただくには、医療用麻薬を使用したらどうなるのかをイメージしていただく事が有効と考えています。鎮痛薬を使用する事によって苦痛が軽減され、ご飯をおいしく食べる、お風呂に入るといった、何気ない日常生活が再現できるようになる事を祈念しているとお話ししています。
それでも医療用麻薬の使用に抵抗感が強い方の場合、医師と協議の上、医療用麻薬をお試しいただく期間を設定して、導入する方法を試みる事もあります。「少しでもやりたい事ができるように、苦痛の表情から解放された日々を取り戻すために、お薬を試してみてはいかがですか?」といったニュアンスでレスキュー薬の頓用から試していただきます。多少なりとも身体が楽になる感覚を実感していただく事で、定時薬の導入がスムーズにいくケースもあります。
家庭や施設での麻薬管理子供の誤飲には厳重注意
医療用麻薬導入時には管理についての説明も必須です。管理方法は療養環境により異なりますが、在宅の場合で注意したいのが、子供やペットのいるケースです。特に子供が万が一にも誤飲する事がないよう、目に触れないまたは絶対に手の届かない場所に保管する事は、必須事項として厳重にお話ししています。
介護施設の入居者の場合には、多数の介護スタッフが薬剤管理に関わりますので、病院並みの麻薬管理を徹底した方が無難です。金庫での管理までは難しいという場合でも、鍵のかかる引き出しなどで管理するよう指導しています。また、レスキュー薬を使用するタイミングについても、具体的な基準をマニュアル化して全介護スタッフに徹底させる必要があります。
服用記録やレスキュー薬の使用状況から定時薬の用量や種類を検討
医療用麻薬については使用状況の記録を依頼していますが、特にレスキュー薬の服用タイミングや効き具合の所感は重要な情報となります。患者さんやご家族からレスキュー薬の使用についてヒアリングして状況を推察し、定時薬の用量や種類が適切であるか毎回確認する事が重要です。
レスキュー薬の使用が1日2回程度でも、それがとても我慢を重ねた上での服用と推察される場合には、医師に定時薬の増量を検討していただきます。がんは痛いのが当然、我慢するのも当然、と考えておられる方が一定数いらっしゃいます。苦痛のため食事が摂れない方には食前に、熟眠できない方には眠前にレスキュー薬を勧める事もあります。
毎日5回以上レスキュー薬を使用している方もいらっしゃいますが、その中には痛みに対する恐怖心による服用や、何となく落ち着くから、という理由で回数が増えているケースもあります。こうしたケースでは定時薬を増量したとしてもレスキュー薬の使用回数が減る事は少なく、その気持ちに寄り添いながらも適正使用に導いていく必要があります。
医療用麻薬は使用状況とその効果を正しく評価することが重要であり、単に使用記録だけから判断するのではなく、患者さんと会ってお話しする中で、表情やニュアンスからつかみ取るよう心がけています。
また、特に医療用麻薬の導入時や増量時には、眠っている時間が長くなっていないか、せん妄、意識の混濁、不眠などの精神症状が出ていないか観察します。これらの症状が現れている場合には、医療用麻薬の種類や用量設定について再検討が必要なケースがあります。
薬剤師の重要な役割職種間で共通の認識や情報を持てる環境作り
現在の緩和ケアは、2018年に改訂されたWHOのがん疼痛ガイドラインに基づき可能な限り個別対応が求められています。多職種協働で緩和ケアに取り組む際、個別対応であるが故に各職種で対応が異なると患者さんは戸惑ってしまいます。そのため、全ての職種で意思統一を図る事が重要であり、薬物療法についての情報を共有できる環境作りというのも、薬剤師の大切な使命ではないかと私は考えています。
第一に、治療方針の司令塔である医師と治療の方向性を共有しておく事は必須です。もしも薬剤師として疑問に思うような事があれば、事前にしっかりと医師とディスカッションを行い、考えを統一した上で患者さんにあたるべきです。
他の職種の方、特に介護職の方に緩和ケアの正しい情報を伝える事も重要です。介護職の方の鎮痛薬に対する認識レベルは一般の方に近く、医療用麻薬にネガティブな印象を持っている方も多いです。介護職の方と患者さんは日常的に接しており、信頼関係を深く築かれているケースもあります。介護職の方の発言の影響は患者さんにとって大きく「こんなものを飲んでいるの?」などと言われると、患者さんは傷つき服用を止めてしまう恐れもあります。介護職の方にも薬剤の正しい情報をあらかじめ共有しておく事で、鎮痛薬の服用が滞りなく行われるようになります。
終末期の患者さんに残された時間は短く、少しでも笑顔で過ごされる時間帯を増やしたいと私は切望しています。そのために薬剤師は、患者さんとの確固たる信頼関係を早急に築き、より適切な薬物療法の構築に最大限貢献する必要があると考えます。最適な薬剤選択のアシストは薬剤師の本分であり、患者さんの薬物療法に対する負担が少しでも軽減されるよう日々奮闘しています。在宅の緩和ケアにおいて、薬剤師に求められている責務は非常に大きいのです。
二階堂 崇 氏 プロフィール
岡山大学薬学部修士課程を修了後、岡山市立市民病院に勤務し病棟活動の魅力に取り憑かれる。
サンヨー薬局グループに転職後、緩和医療にも研鑽を積み、現在は在宅活動に専念している。