監修
東京医科大学病院産科・婦人科学教室 教授
久慈 直昭 氏
現在、少子高齢化社会を背景に不妊治療に関する保険適用の拡大が議論されています。適用拡大となれば、不妊治療の受診者数がさらに増える可能性があります。今回は、基本的な不妊治療の方法とその選択について東京医科大学病院産科・婦人科学教室教授、久慈直昭氏に解説いただきました。
1年以上の不妊期間で不妊症
晩婚化とともに伸びる不妊治療件数
子どもを望む健康な男女が、1年間、避妊をせずに夫婦生活を営んでいるにもかかわらず妊娠しない場合、「不妊症」と診断されます。ただし、年齢が高い場合には1年未満であっても、より早期に検査と治療を開始した方が良いと考えられています。近年、女性の社会進出やライフスタイルの多様化等を背景に晩婚化が進行し、それに伴い不妊治療の件数が年々増加しています。日本産科婦人科学会によると、2018年には体外受精によって5万6,979人(同年出生総数の約6%)の新生児が誕生しました。
ホルモンの変化と妊娠成立の過程
月経周期におけるホルモンの変化(図)と妊娠成立の過程は以下の通りです。
- 卵胞刺激ホルモン(FSH)により複数の卵胞が成熟を開始し、その中から1つだけが成熟(成熟卵胞)する。黄体形成ホルモン(LH)が顕著に増加すること(LHサージ)で、排卵が誘発され、成熟卵胞から卵子が排出される。卵子を排出した後の卵胞は黄体に変化する。子宮内膜はエストロゲン(卵胞ホルモン)とプロゲステロン(黄体ホルモン)により増殖・肥厚して着床に備える。
- 卵子は卵管の先端にある卵管采に取り込まれ、卵管膨大部で精子を待つ。精子と出会えば受精が成立する。
- 受精卵は卵管の中を子宮に向かって移動し、受精後7日目には子宮内膜に潜り込んで根を張る(着床)。
この過程からわかるように精子以外はすべて女性の体内で起こるものであり、不妊治療は女性を中心に行われ、その負荷も女性にかかることが多くなります。
男性・女性双方の不妊要因
原因不明不妊も多い実情
不妊症は、男性要因が約1/3~1/2、残りが女性要因と考えられています。男性・女性要因の双方があるため、それぞれ検査で原因を探索していくことになります。複数の因子が重なっていたり、さまざまな検査をしても明らかな原因が見つからないことがあるのも実情です。
【男性の主な不妊症の原因】
主に以下の3つが挙げられます。
造精機能障害
精巣での精子形成や精巣上体での成熟過程に異常があると、精液内の精子数の減少や、運動率の低下、奇形率が増加する。精巣の上にある血管(静脈)が怒張する精索静脈瘤や低ゴナドトロピン性性腺機能低下症、精巣炎などに起因することもある。
性機能障害
有効な勃起が起こらず性行為がうまくいかない勃起障害(ED)と射精ができない射精障害がある。
精路通過障害
精子は作られているものの精子の通り道(精路)が閉塞しているため精液中に精子がない状態。
【女性の主な不妊症の原因】
排卵から着床に至るまでの生殖に関わる器官や機能に問題が生じている場合や、何らかの免疫異常で精子を異物として攻撃してしまう、あるいは精子の運動を妨げる抗体が生じて不妊となる抗精子抗体による場合などがあります。特に頻度が高いのは、排卵因子(排卵障害)と卵管因子(閉塞、狭窄、癒着)で、その他に子宮因子(一部の子宮筋腫や子宮内膜ポリープなど)、頸管因子(子宮頸管炎、子宮頸管からの粘液分泌異常など)などが挙げられます。
排卵因子(排卵障害)
乳汁分泌ホルモンであるプロラクチンの分泌亢進による高プロラクチン血症、ゴナドトロピン※分泌異常や男性ホルモンの分泌亢進を特徴とする多嚢胞性卵巣症候群によるものがある。その他、精神的ストレス、短期間のダイエットによる大幅な体重減少も月経不順をきたして不妊症となることがある。
※ゴナドトロピン=FSHやLHなど下垂体から分泌されるホルモン
卵管因子
性器クラミジア感染症は卵管の閉塞や卵管周囲の癒着を招き、卵管に卵子が取り込まれにくくなる。過去に行った虫垂炎等の骨盤内の手術や子宮内膜症によって卵管周囲が癒着していることもある。
多岐にわたる要因の探索
検査のタイミングも重要
女性側の検査として、排卵状況を確認するため2~3か月分の基礎体温をみます。受診前から記録して持参すれば、他の検査や治療をよりスムーズに進めることができるでしょう。また、子宮筋腫など妊娠成立の障害となる疾患などを調べる経腟超音波検査、子宮の形態異常や卵管閉塞を調べる子宮卵管造影検査、クラミジア検査などを行います。血液検査では、LH、FSH、エストロゲン、プロラクチンといったホルモンの基礎値の測定や糖尿病など全身疾患を確認します。先述した抗精子抗体も血液検査で判定することが可能です。検査のタイミングも重要であり、ホルモン測定を行う血液検査は生理期間中、子宮卵管造影検査は生理終了後に実施するのが理想です。
男性側の検査では、精液量や精子濃度、運動率、精子の形態などを調べる精液検査が一般的に行われます。こうした一般検査で妊娠成立を障害する要因が見つかった場合には、その要因に対する精密検査と治療を行ったうえで不妊治療を進めます。
主な治療法は「タイミング法」、「排卵誘発法」、「人工授精」、生殖補助医療となる「体外受精」と「顕微授精」があります。子宮筋腫、子宮内膜ポリープ等の疾患を取り除く目的で、内視鏡手術も必要に応じて行います。選択した治療法で妊娠が得られない場合には、順に高度な治療法に切り替えていきます。
❶タイミング法
もっとも基本的な治療法で、排卵日を予測して性交のタイミングを合わせる治療です。特に明らかな原因がないカップルは、数回実施すれば妊娠成立となることもあります。これは、子宮卵管造影検査により、卵管が刺激されて卵管の動きや狭窄が改善されたことも影響していると考えられています。カップルの年齢が高い場合、2~3回実施して結果が得られない際には次の段階の治療法に進んだ方が良いと考えます。
❷排卵誘発法
排卵誘発剤の内服や注射で卵巣を刺激し、排卵を起こさせる方法です。排卵のない女性や排卵が起こりにくい女性を対象とする治療法ですが、タイミング法や後述する人工授精の成功率の向上や生殖補助医療時の採卵のために行うこともあります。
❸人工授精
乏精子症(精子濃度1,500万/ml以下)や精子無力症(精子運動率40%以下)の方、特に何らかの理由で性交では精子が子宮内に届いていない方に有効な方法です。精液を採取後に洗浄し、運動性の良い精子を選んで排卵の時期にあわせて子宮腔内に注入します。ただし、調整後の総運動精子数が人工授精を行うに満たない場合、顕微授精がすすめられます。人工授精では卵子を体外に出すことがないので、胎児への影響もほぼありません。
❹体外受精・顕微授精(生殖補助医療)
❶~❸で妊娠を得られない難治性不妊症が対象になります。体外受精は、腟から卵胞に穿刺し卵子を取り出します(採卵)。体外に取り出した卵子を精子と共存させ、得られた受精卵を数日間培養後、子宮に移植する(胚移植)治療法です。顕微授精は体外受精の一種ですが、極めて精子数が少ない、運動率が低い男性不妊症や卵子の受精障害など体外受精では受精が難しい場合に行います。卵子に1つの精子を注入して人工的に受精させる方法です
治療に使用される主な薬剤
不妊治療に使用される主な薬剤を示します。処方に際しては主治医が患者さんの状態や症状にあわせて薬剤、使用期間、使用量等を決定します。
男性に用いる薬剤は、主に精子数が少ない、運動率が低い症例に投与されるものが多くなります(表1)。
【注】令和4年4月の保険適用に関する全体像は未定であり、表内の適応等に関する記載は2021年9月30日時点での情報です。今後、変更となる可能性がございます。
女性に投与される薬剤(表2)は主に卵(卵胞)を多く作る目的で用いられます。卵巣刺激剤は、人工授精までの段階であれば内服薬を中心に使用することが多いでしょう。体外受精以降になると1回あたりの時間も費用も要します。できる限り成功率を上げて妊娠成立となるよう、内服薬よりも多数の卵を作る注射剤を使用する場合が多いと思います。
【注】令和4年4月の保険適用に関する全体像は未定であり、表内の適応等に関する記載は2021年9月30日時点での情報です。今後、変更となる可能性がございます。
経済的負担を補う助成の活用
今後の保険収載の動向と懸念
不妊治療については、原因不明の不妊症に対する体外受精や顕微授精などは保険対象外です。高額な治療費のために治療を断念せざるを得ないケースも少なくありません。2021年1月以降、不妊治療に対する助成の対象範囲が拡がりました。体外受精と顕微授精を対象に所得制限が撤廃され、1回あたり30万円の助成を受けることができます※。こうした制度の活用は治療の継続に重要なことです。
さらに政府は不妊治療の経済的負担軽減を図るため、2022年度からの保険適用拡大を目指しています。2021年8月から中央社会保険医療協議会で審議されていますが、すべての不妊治療が保険適用になるかどうかは明らかになっていません。保険適用はメリットがある一方で、一律の報酬制度となった場合、今まで各医療施設が患者さんに実施してきた細やかな検査や治療が継続して提供できなくなる可能性も考えられます。自費診療と保険診療を併用し、患者さんと医療施設ともにメリットのある治療が提供できることが最善とも考えられますが、保険診療の原則からすると難しいかもしれません。
※詳細は厚生労働省「不妊に悩む方への特定治療支援事業の拡充について」
排卵誘発剤によるOHSSへの注意喚起と
長引く治療ストレスへの配慮を
不妊治療における薬剤の選択や使用法は医師の手腕、いわゆる「さじ加減」による面が大きいという特徴があります。その点は、治療の特性と考えて医師の判断に委ねていただきたいと思います。ただ、HMGやHCG等のゴナドトロピン製剤処方時に注意していただきたいのが卵巣過剰刺激症候群(OHSS)です。卵巣が過剰に刺激されたことで肥大し、腹水や胸水の貯留といった症状が生じます。また多数の卵胞が育ち、卵胞からインターフェロンやインターロイキンなどが放出されて血中に入ると身体の調節機能に影響を与え、さまざまな合併症を引き起こすことがあります。「お腹が張る」、「吐き気がする」、「急に体重が増えた」、「尿量が減少した」などの症状があらわれた場合は、医師に連絡するよう患者さんに指導してください。
近年は遺伝子検査の発展と普及により、着床できない、流産の一因となる受精卵の染色体異常まで広く検査できるようになりました。しかし、不妊治療の研究は進化しているとはいえ原因不明の点も多く残ります。不妊治療は数回で成功する方もいれば、何度も継続する方もおり、終わりの見えない治療にストレスを抱える患者さんもおられます。患者さんがストレスを抱えているようであれば、その気持ちを配慮して接していただければと思います。
久慈 直昭 氏 プロフィール
1982年慶應義塾大学医学部卒業後、慶應義塾大学医学部産婦人科学教室入局。2001年同大学産婦人科講師、2014年より現職。生殖医学、不妊症を専門とし、2021年6月に公開された「生殖医療ガイドライン」原案の作成委員会委員長を務める。
本記事のご感想を募集しています。以下URLのアンケートフォームよりぜひご回答ください。(2021年11月7日〆切)
https://forms.gle/RuSuZfU6ygq7MMQH6
【参考データ】不妊治療受診者への実態調査アンケート
厚生労働省の令和2年度子ども・子育て支援推進調査研究事業費補助金を受けて、株式会社野村総合研究所が不妊治療の受診者(受診経験者含む)の実態について調査しています。
アンケート期間
2020年11月7日~2020年11月11日(Webアンケート)
回答者数および属性
1,636 名(男性:625名、女性:1,011名)
年齢内訳:「45~49歳」が最多で465名、次いで「40~44歳」が454名、「35~39歳」が310名、「30~34歳」が262名、「30歳未満」は145名
アンケート結果(一部抜粋)
Q1:不妊治療として医療機関の受診を開始した年齢は?
n=1,636
(名)
~25歳 | 170 |
26~30歳 | 467 |
31~35歳 | 544 |
36~40歳 | 355 |
41~45歳 | 80 |
46歳~ | 20 |
年齢を区分別にみると、最多は「31~35歳」の544名、次に「26~30歳」の467名と続く。回答した年齢で最も多かったのは「30歳」(10.2%)、次に「35歳」(8.3%)、「33歳」(7.9%)だった。平均値は32.45歳。
Q2:不妊治療の現在の状況は?
n=1,636
(名)
不妊治療開始後、妊娠・出産して不妊治療を終了した | 830 |
不妊治療開始後、妊娠したが出産には至っていない(妊娠中) | 125 |
不妊治療開始後、妊娠したが出産には至らず、治療を継続 | 90 |
不妊治療開始後、妊娠したが流産・死産等で出産には至らず、治療を終了 | 83 |
不妊治療開始後、妊娠したことはない | 508 |
回答者の現在の状況と治療期間の関係性は不明だが、最多は「治療開始後、妊娠・出産して不妊治療を終了した」が830名(50.7%)。一方で「治療開始後、妊娠したことはない」がそれに次ぐ回答で508名(31.1%)となっている。
Q3:不妊治療を中断/終了したきっかけ (上位5項目)
n=1,262(複数回答可)
(名)
子どもを授かったから | 813 |
年齢的に妊娠が難しくなったから | 190 |
経済的な負担から治療継続が難しかったから | 179 |
治療を継続しても出産まで至らないと思ったから | 144 |
治療を継続する事の精神的な負担が大きかったから | 114 |
「子どもを授かったから」が最多で、出産を経て不妊治療を終えた回答者が多い。一方で、「年齢」や「経済的な負担」、「精神的な負担」も治療中断・終了の要因として大きい。
Q4:治療法別の治療周期数および費用
タイミング指導は、「1~6周期」の回答者が861名と全体の68.7%に当たる。費用は「1.5万円以下」が979名で全体の78.1%。
人工授精は、「1~3周期」の各回答者がほぼ同数、合算して334名と全体の54.4%を占める。費用は「1~3万円未満」が半数を占める308名(50.2%)だが、5万円以上も132名(21.5%)とばらつきがある。
体外受精・顕微授精はともに「1周期」が最多で、「2周期」の回答者数と差がみえる。費用の中心はともに「20~60万円未満」で体外受精は56.9%(261名)、顕微授精は55.6%(185名)。ただし、顕微授精の最多回答者数が「50~60万円未満」(18.0%)であることからも体外受精よりも一般的に高額と考えられる。
Q:不妊治療中に欲しいと感じる/感じていた情報 (上位5項目)
n=1,636(複数回答可)
(名)
助成金の情報について | 999 |
心理的サポートについて | 604 |
不妊治療の一般的な成功確率などの医学的な情報 | 576 |
各医療機関の治療内容や実績について | 461 |
他の不妊治療経験者との交流について | 289 |
Q2やQ4からみえるように、特に体外受精・顕微授精の費用負担は大きく、経済的な負担を軽減する助成金の情報を求める受診者が非常に多い。
これらの調査をもとに、「不妊治療の実態に関する研究会」(座長:埼玉医科大学産科・婦人科学教授 石原 理氏)は、患者の経済的な負担を軽減するための方策や、助成金や心理的なサポートに関する情報提供が今まで以上に重要になることに加えて、不妊治療の成功率や施設別の治療内容・実績といった情報の提供も行っていくことで、不妊治療当事者の不安を取り除き、経済的にも心理的にも安心して治療が受けられる環境の整備が必要といった今後の検討事項を挙げています。
【参照元】
厚生労働省 不妊に悩む夫婦への支援について