監修
福島県立医科大学附属病院整形外科 准教授
二階堂 琢也 氏
慢性疼痛を抱える人は日本の成人人口の 22.5%と推計されています。慢性的な痛みに悩む患者さん、鎮痛薬を長期処方されている患者さんに対し、薬剤師として何ができるのでしょうか。慢性疼痛のメカニズムと薬物療法、認知行動療法について、福島県立医科大学附属病院整形外科の二階堂琢也氏に解説いただきました。
痛みの伝達と抑制のメカニズム
まず、痛みの伝達についておさらいしましょう。痛みの刺激は末梢(侵害受容器)で電気信号に変換され、感覚神経線維を伝わり脊髄後角に入力されます。その後脊髄上行路を経て脳へ投射されることで、脳で痛みが認識されます。これが通常の痛みのフローで「上行性疼痛伝達系」です。
対して、生体では痛みをできるだけ弱めるための抑制機構も働いています。この抑制機構は、脳から脊髄に向けて働くシステムで「下行性疼痛抑制系」と呼ばれます。下行性疼痛抑制系は、中脳の腹側被蓋野に痛みの信号が伝わるとドパミンニューロンからドパミンが放出されることで活性化します。ドパミンの刺激を受けて内因性オピオイドが放出され、オピオイド受容体を介した神経伝達により、セロトニンやノルアドレナリンが放出され脊髄後角に抑制の信号が送られます。
つまり、脊髄後角では、脳へ投射される上行性の痛み信号に対して、脳から送られた下行性の信号が作用して、脳へ伝達される痛みが抑制されます(図)。
慢性疼痛とは
典型的な慢性疼痛は、部位は問わず、3ヶ月以上あるいは通常の治癒期間を超えて持続する痛み、とされています。通常、痛みは、メカニズムの違いで「侵害受容性疼痛」、「神経障害性疼痛」、「痛覚変調性疼痛」の3つに分類されます(表1)。ただし、慢性疼痛のような長期化した痛みの多くは、これら3つが複雑に絡んだ病態を呈していることが少なくありません。
痛みが長期に持続する理由
受容機能の異常、下行性疼痛抑制系の減弱
原因となる器質的な問題を取り除いても疼痛が続くのには、痛みの受容機能の異常が関与しています。その大きな原因が神経の可塑性です。神経の可塑性とは、繰り返しの刺激により過敏になった神経機能が、刺激がなくなっても元に戻らなくなることをいい、それにより痛覚の過敏状態が続いてしまうのです。
また、慢性疼痛では、ネガティブな心理状態による下行性疼痛抑制系の減弱が指摘されています。
下行性疼痛抑制系には心理状態が大きく影響します。というのも、下行性疼痛抑制系のシグナルの脳内ドパミン放出量は、心理状態により大きく左右されるのです。例えば、仕事がうまくいく、恋愛しているなど、期待感や興奮が大きい状態にある場合、下行性疼痛抑制系が強化され結果として痛みを感じにくくなります。アスリートが試合中には痛みを感じず試合が終わってから痛みだす、といったケースもこれに該当します。
逆に、心理的な落ち込みや不安、社会的な問題など、直接痛みに関係ないことでもネガティブな情動があると、下行性疼痛抑制系がうまく働かなくなります。脳内ドパミン放出量が減少している状況といえます。
慢性疼痛と抑うつの関連
こうしたことからも、慢性疼痛の患者さんでは、痛み以外に抑うつ症状を呈している患者さんが多いといわれています。
特に、もともと抑うつがあるところに疼痛が加わり慢性化する場合、痛みに対し早期の治療介入だけでは症状改善が難しいケースが多くなります。疼痛の前に、抑うつ状態の時点で既に、ドパミン、セロトニン、ノルアドレナリンの働きが弱い可能性があり、抑うつがない人より下行性疼痛抑制系の働きを受けにくくなっていると考えられます。
一方で、痛みが原因で抑うつ症状が発生する場合は、痛みに対して早期に治療介入し奏功すれば、抑うつ症状も改善することが多いです。
破局的思考による負のスパイラル
慢性疼痛を考える上では破局的思考が大きく関与していることも重要です。破局的思考とは、「痛みがもっとひどくなる」、「この痛みのせいで人生おしまいだ」、「痛みはどうにもできない」というように、痛みの経験をネガティブに捉える思考で、痛みに対する過大な恐怖感や拡大解釈、反芻、無力感が含まれます。
この破局的思考は、過度な安静をとるなどの不動や、不動による筋力低下や心肺機能の低下、うつ状態、褥瘡など(廃用)の徴候が出現し、それがまた痛みを増加させるという悪循環につながります。破局的思考はもともと抑うつがある人で強く生じることがありますが、破局的思考と抑うつの関連は明確ではなく、抑うつ症状がなくても痛みの捉え方の特徴として破局的思考を示す患者さんはいます。
主観的な感覚ゆえに様々な角度から評価を
診断では、正確な病態把握のための詳細な問診と検査を行い、身体機能や運動パフォーマンス、身体活動量を測定して評価するとともに、痛みという主観的な感覚を様々な角度から評価するために複数の評価指標を用います(表2)。
薬剤は痛みの原因から選択部位によっても効きが異なる
先述のとおり、慢性疼痛は、侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛、痛覚変調性疼痛の3 つが複雑に絡んだ病態を呈していますが、薬剤は侵害受容性疼痛に効果のあるものと脊髄・脳に作用するもの(おもに神経障害性疼痛に効果があると考えられる)に分けられます。
侵害受容性疼痛に対しては、NSAIDs やアセトアミノフェンを使用し消炎鎮痛を試みます。薬物療法以外の治療も合わせて一定期間経過しても症状の改善が得られない場合には、少し強めの治療としてトラマドールなどの弱オピオイドを使う場合もあります。
一方で、神経障害性疼痛に対してはNSAIDs などの消炎鎮痛剤の効果は乏しく、C a 2+チャネルα 2 δリガンドや抗てんかん薬、SNRI、三環系抗うつ薬などが第一選択となります。
C a 2+チャネルα 2 δリガンドや抗てんかん薬は、中枢神経系のCa 2+チャネルやNa+チャネルを介した働きを阻害して興奮性神経伝達物質の放出を抑制することで、過敏状態にある上行性の疼痛伝達を抑制します。
こ れに対し、SNRI などの抗うつ薬は、抗うつ作用を介して痛みを軽減させるのではなく、下行性疼痛抑制系を賦活化することにより痛みを改善させます。また、SNRIについては痛覚変調性疼痛が主体の慢性腰痛や侵害受容性疼痛の代表である変形性関節症も適用となっていますので、幅広く慢性疼痛の治療に用いられています(表3)。
積極的に体を動かす重要性認知行動療法で行動変容を
痛覚変調性疼痛に対しては下行性疼痛抑制系の賦活化を期待して、SSRI やSNRIなどの抗うつ薬を使用することもありますが、基本的には薬剤よりも心理的なアプローチや運動療法が中心となります。
認知行動療法など、痛みに対する捉え方を変えるようなアプローチが有効とされています。心理士が行う本格的な認知行動療法だけでなく、医師の診察時の会話の中で、患者さんの痛みに対する偏った考え方を少しずつ変容させるアプローチも大切な認知療法の一つです。慢性疼痛の治療で最も重要な点のひとつは、痛みがあ るからと過度に安静にするのではなくむしろ積極的に体を動かしてもらうことです。疼痛改善に運動が最も重要であることを理解してもらい、自発的に動けるようにサポートすることが薬物療法の目的のひとつといえます。そして、痛みに対する患者さんの認知を変え、自分に合った動き方を知ってもらうというアプローチをしていきます。
その他にもインターベンショナルな治療として神経ブロックや脊髄刺激療法が行うこともありますが、これも痛みを軽減し動けるようにするというのが目的です。
精神科とのリエゾン診療 慢性疼痛に潜む疾病利得
心理社会的な影響で治療に難渋する患者さんに対しては、複数の診療科による集学的治療が有効とされています。これが実践できる施設はまだ限られていますが、「痛みセンター」などの名称で、集学的治療を行う施設が全国的に徐々に増えてきています。
福島県立医科大学の整形外科では、標準的な治療介入を行っているにも関わらず痛みの改善が得られず治療への満足度が低い患者さんがいることから、こうした患者さんの特徴と治療の可能性を探るために、精神医学的問題を評価する質問票「BS-POP」を開発しました。そして、 20 年以上前から精神科と協力してリエゾン診療を行っています。
BS-POPには、患者さんが回答する質問票だけでなく、治療者用の質問票を設けていて、特にこの治療者用の評価を重要視しています。中でも、「患部の示し方に特徴がある」(上から2 番目)という質問に対し、「指示がないのに衣服を脱いで患部を見せる」という回答は、リエゾン診療で精神科の医師が重要視しているものです。
精神科的に診ると、これはいわゆるヒステリー所見であり、何らかの「疾病利得」がからんでいると評価されます。疾病利得とは、「家族が心配してくれる」、「職場で嫌な仕事をしなくて済む」、「補償を受けられる」など、疾患の症状によって得られる利益があることを指します。指示がないのに衣服を脱いで患部を見せるのは、慢性疼痛の痛みがなくなるとそのような恩恵を受けられなくなることから、無意識に痛みが治ってほしくないと思っている状態ということのようです(表4)。
入院で原因を精査 薬剤の整理も重要
疾病利得が見られるような難治性の患者さんでは、整形外科として標準的な治療介入を行っても改善が一向に得られないということになりますので、そのような精神的な問題がないかを見極めることが重要となります。
ただし、難治性だからといって、必ず心理的な問題が影響しているという前提で診てしまうのは危険です。当院のリエゾン診療では、痛みの原因がどこにあるのか、全身の精査を入院で徹底的に行います。その上で、精神科にも介入してもらい心理的な評価を行います。
また、慢性疼痛の患者さんではドクターショッピングをしている患者さんが多く、薬剤の効果判定が十分になされていないまま、鎮痛薬が何種類も漫然と処方されているケースも多くみられます。薬剤師さんの介入で薬剤を整理し調整することも、非常に重要だと思います。
アドヒアランス維持と服薬指導で処方意図と副作用の適切な説明を
慢性疼痛の患者さんでは自身で薬剤を調整したり、服用を中断してしまっているケースが多く見受けられます。
服用したりしなかったりするのでは薬剤の期待した効果が得られずに副作用のリスクだけが上がってしまいますので、むしろ服用しない方がまだ良いということになります。薬剤師さんに慢性疼痛を理解していただき、服薬アドヒアランスを保つための指導をしてもらえると非常にありがたいと思います。
また、抗てんかん薬などではめまいなどの副作用が出ることがありますが、ある程度許容される副作用であればがんばって続けてもらうように、副作用に注意しながら安全を確保して少しずつでも動くことが重要であることなどを指導してもらえればと思います。
さらに加えると、慢性疼痛でバルプロ酸やSSRI などを処方した患者さんには「薬局で『これはうつ病(または てんかん)の薬です』と言われたのですが…」という方が少なからずいます。上行性疼痛伝達系の抑制と下行性疼痛抑制系の賦活化を狙った処方であることを理解していただき、そのように服薬指導してもらえればと思います。慢性疼痛の治療では、薬物療法は重要ですが薬剤単独 で症状が良くなるというものでもなく、薬物療法によって疼痛が緩和され、結果として体を動かすようになることも重要です。医師とともに薬剤師さんにおかれましても、医療者としてこの認識を持っていただき慢性疼痛の患者さんに接することが非常に重要だと思っています。
二階堂 琢也 氏 プロフィール
福島県伊達郡桑折町出身。1996年福島県立医科大学医学部卒、同大学病院での研修をおこなった。1998年から福島県立医科大学大学院に入り、脊髄損傷と骨組織発生における遺伝子の研究に従事し、医学博士を取得。福島赤十字病院、いわき市立総合磐城共立病院(現・いわき市医療センター)、星総合病院に1年間ずつ勤務した後、福島県立医科大学医学部整形外科に赴任し、脊椎脊髄疾患、運動器慢性疼痛、脊椎低侵襲手術の診療、教育、臨床研究に従事している。