【監修】
東京医科大学病院感染制御部・感染症科 准教授
中村 造氏
新型コロナウイルス感染症が世界的に流行して3年が経過しました。初期のウイルスから変異を繰り返し、これまでに感染拡大を何度も経験した現在、コロナ後遺症について報道などで耳にするだけでなく、中には実際に後遺症に悩む患者さんに接する機会のある薬剤師の方もいるのではないでしょうか。感染制御がご専門で当初から新型コロナウイルス感染症の治療に携わってきた東京医科大学病院の中村造氏に、後遺症の実態と、これからの新型コロナウイルス感染症治療と予防の考え方についてお話を伺いました。
Part1 新型コロナウイルス感染症の罹患後症状(コロナ後遺症)
コロナ後遺症の種類と頻度
厚生労働省の「新型コロナウイルス感染症診療の手引き」の別冊「罹患後症状のマネジメント」では、代表的な罹患後症状として次のような症状が見られることが示されています。
▶代表的な罹患後症状
疲労感・倦怠感、関節痛、筋肉痛、咳、喀痰、息切れ、胸痛、脱毛、記憶障害、集中力低下、頭痛、抑うつ、嗅覚障害、味覚障害、動悸、下痢、腹痛、睡眠障害、筋力低下
頻度についてはさまざまな報告があり、海外の57文献のシステマティックレビューの報告では1)、診断あるいは退院後6カ月かそれ以上で54%が何らかの罹患後症状を有すること、別の18文献のシステマティックレビューの報告では2)、回復後12カ月時点でみられた罹患後症状として、倦怠感(28%)、息切れ(18%)、関節痛(26%)、抑うつ(23%)、不安(22%)などが多いことが報告されています。
国内の報告でも、診断12カ月後時点で罹患者全体の30%程度に1つ以上の罹患後症状が認められたこと3)、別の報告では12カ月後の時点で13.6%にいずれかの罹患後症状が残存していたことが報告されています4)。
実臨床での印象
罹患後症状を呈しても多くが1か月後には軽快
調査が行われた時点の変異株の状況や調査方法によって後遺症の頻度は異なってくると考えられますが、これまでの実臨床での私の印象としては、後遺症の頻度はそこまで高くないのではないかと感じています。
慢性疾患でもともと診ている患者さんがコロナ陽性になって治っていく経過を診ていると、たしかに感染からの回復直後は咳や運動時の息苦しさなどがある患者さんもいますが、1カ月後にはそれらの症状も軽快している患者さんがほとんどです。長期に継続する症状で苦しんでいる方もいるのは事実だと思いますが、臨床の感覚としては、感染後に何らかの症状を有する人は多くても1割から2割くらいではないかと思います。
遺症と思われる症状はコロナ前にはなかったか?
新型コロナウイルス感染症は、単なるウイルス感染症にとどまらず、身体的問題、社会的問題、経済的問題が複雑に絡み合い、ある種の社会現象を引き起こしました。後遺症についても、必ずしもコロナ感染によるものだけではなく、コロナの前から存在していた問題が、このコロナによって顕在化したという側面もあると私は考えています。
そのため、コロナ後遺症の後遺症を検証していくためには、まずその症状が本当にコロナウイルス感染症の後に生じたのかが重要です。例えば、後遺症の中に不眠がありますが、後遺症として評価するには、コロナ感染前に不眠の症状がなかったか。もともと不眠傾向が少しでもあった人では、コロナ感染を機に症状が顕在化したケースがあると思いますし、不眠や不安などは社会的問題、経済的問題が絡んで出現していることもあります。
報道などで重篤な後遺症に苦しんでいる人のケースとともに、後遺症の頻度などが伝えられています。これらはセンセーショナルに世間に伝わりますが、そこには必ずしもコロナ感染により生じた症状とはいい切れないものも含まれている可能性があるということです。
新型コロナウイルス感染による後遺症、もともとあった素因がコロナ感染を機に顕在化した症状、これらのいずれであっても、目の前の患者さんの症状に医療者としてしっかりと対峙していかなければならないことにはもちろん変わりません。ただし、科学的にコロナ後遺症をとらえるためには、過大評価することなく、冷静に俯瞰してファクトを追うことが必要です。
コロナ後遺症は複合的な病態が考えられる
新型コロナウイルス感染症の後遺症における病態の機序はまだ不明な点が多いものの、新型コロナウイルス感染症診療の手引き罹患後症状のマネジメントでは、「ウイルスに感染した組織(特に肺)への直接的な障害、微量なウイルスによる持続感染、ウイルス感染後の免疫調節不全による炎症の進行、ウイルスによる血液凝固能亢進と血栓症による血管損傷・虚血、ウイルス感染によるレニン・アンジオテンシン系の調節不全」などがあげられています。
これらが単一もしくはいくつかの病態として複合的に絡み合い、後遺症の症状を呈していると考えられます。また、一部ではありますが、コロナの後遺症の症状の中で、実臨床を通じて考えられる病態を表1に示します。
コロナ後遺症の治療
基本は対症療法で経過を観察
コロナ後遺症に対する治療は、基本的には対症療法で経過を見ていくことだと思います。例えば咳が続く場合は、もともと喘息の傾向がある患者さんではステロイド吸入を処方することもありますが、基本的には鎮咳薬で経過を見ていきます。脱毛に対しては治療薬を処方してもいいと思いますが、ウイルス感染による一時的な脱毛ということを鑑みると時間の経過で発毛を待つのが最も有用な手段と考えています。
新型コロナウイルス感染症では、感染すること自体により相応の体力が消耗しますので、感染からの回復直後は息苦しさを自覚する患者さんも多いのですが、肺機能低下をきたすまでの患者さんはほとんどおらず、日にちの経過とともに回復されています。この場合も、漢方薬も含めて症状を緩和する薬剤の投与やリハビリを行いながら、自然治癒による時間経過を見るしかないと考えています。
そもそも、コロナウイルスに限らず、これまでにも多くのウイルス感染症発生の際、脱毛などのウイルス感染後に特徴的な後遺症は発生しているのです。コロナウイルス感染症は世界中に広がったためその後遺症にも注目が集まり、それとともに様々な治療が行われているようですが、どれも明確なエビデンスのある治療法はないというのが実情です。特にこれを機に出てきた完全に新規の治療法や薬剤については冷静に判断する必要があると思います。
参考文献
1)Groff,D.JAMANetwOpen.2021;4(10):e2128568
2)Han,Q.Pathogens.2022,Feb19,11(2):269
3)厚生労働省特別研究事業.新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の長期合併症の実態把握と病態生理解明に向けた基盤研究
4)厚生労働省特別研究事業.COVID-19感染回復後の行為障害の実態調査
Part2 新型コロナウイルス感染症の薬物療法とこれからの予防行動
感染症法の分類が「5類」になる
5類は季節性インフルエンザと同じ
現在コロナウイルス感染症は感染症法で「新型インフルエンザ等感染症」に分類されており、2類と同程度の措置がなされていますが、先般2023年5月8日から「5類」へと移行することが正式に決定されました。
感染症法における2類感染症は、特殊なウイルス感染症に対しウイルスを制圧するためのデザインが組まれているのに対し、5類はウイルスとある程度共存していくというデザインです。5類に移行するというのはインフルエンザと同等の扱いになりますので、社会全体としての制限は緩くなります。そのため、また感染爆発が起こり感染者数や死亡者数が増えるのではないかという懸念の声も聞かれますが、おそらく5類に移行されても感染動向は大きくは変わらないと思います。大事なのは世の中の人の捉え方、マインドセットを変えることであり、そのタイミングがきたということです。インフルエンザと同じようにワクチンで予防する、流行期には基本的な感染予防を行う、症状がある人はマスクをして感染を広げない予防行動をとる、それでも数年に1回くらい感染することもあるのは仕方ないこという捉え方に変えていくことが大事なのではないかと思います。
懸念される感染者の受け入れ先
特別視せずに冷静に対応を
現在、新型コロナウイルス感染症は、入院できるのが感染症指定医療機関や、都道府県が認めた医療機関に限られているほか、感染対策がとられた発熱外来を中心に診察が行われていますが、5類に移行後は、一般の医療機関でも診察や入院の受け入れができるようになります。
そこで懸念点としてあげられているのが、一般の医療機関で感染対策が不十分などの理由から施設が任意で新型コロナウイルス感染症の診療を行わないとする可能性があるのではないかということや、新型コロナウイルス感染症の診療を2023年5月から開始した一般の医療機関で院内感染やクラスターが発生してしまうと各所で医療機能が停止してしまうのではないかということです。
2020年の新型コロナウイルス感染症流行当初は、感染者数がまだ限定的だったため院内感染やクラスター対策が非常に重要でしたが、2023年現在時点ではいつどこで感染したかなどもはやわからず、日本全体がクラスターともいえる状況です。2023年1月現在は2類相当の措置がとられているため、医療機関で陽性者が出ると周囲の症状のない人まで検査していますが、今後はわざわざ無症状の人まで検査して陽性者を探すということではなく、症状がある人を検査して診断するというスタイルに変えていくべきであり、それぞれの施設では、基本的な感染対策を行った上で、コロナだからと特別に考えるのではなく冷静に対応していくことが求められます。
入院調整や医療費などは段階的に対応を移行
治療薬へのアクセスについても変化する見込みです。2023年1月現在は2類相当の措置がとられていますので、新規の治療薬は厚生労働省が管理し、対象機関からの依頼に基づき譲渡する形をとっています。限られた医療機関でのみで治療薬が処方できる状況ですが、これも徐々に通常の薬剤の流通の形に切り替わっていくと思われます。
また、これまで入院調整は保健所などが行ってきましたが、今後は個々の医療機関の間で調整する体制になると思われます。ただし、混乱を避けるために、すぐに解放するのではなく一定期間は現状を継続し段階的に移行する方針となっています。
さらに、患者さん側の要因として、これまでは新型コロナウイルス感染症の治療はすべて公費負担であり個人の医療費負担はありませんでしたが、5類移行後は保険適用以外の費用は自己負担となります。それにより受診控えなどが起こり感染発覚や治療が遅れてしまうケースも出てくる可能性があることが懸念されており、当面は公費負担を継続し段階的に縮小していく方針が示されています。
現在の薬物療法
重症化リスクの有無で導入を検討
これまで直接的に新型コロナウイルス感染症の治療に関わっていなかった医療者も、5類への移行に伴い今後は治療に関わることもあると思われます。ここで改めて基本的な薬物療法の考え方について確認しておきたいと思います。
2023年1月現在、治療薬として抗炎症薬3種類、抗ウイルス薬4種類、中和抗体薬3種類の計10種類が臨床に導入されています。新型コロナウイルス感染症の病態は、発症後数日まではウイルス増殖、発症後7日前後からは宿主免疫による炎症反応が主であると考えられています。そのため、発症早期には抗ウイルス薬または中和抗体薬を、そして発症7日前後以降の中等症および重症例に対しては抗炎症薬の投与を考慮していきます(表3)。
ここで忘れてはならないのが、重症化リスクのない軽症例では多くが自然軽快するということで、自然治癒を手助けする対症療法で経過を見ることができるということです。ワクチン予防接種歴、年齢、重症化リスク因子、基礎疾患等に伴う免疫原性などを総合的に勘案して治療薬の投与について検討する旨が日本感染症学会による「COVID-19に対する薬物治療の考え方第15版」に示されています(表4)。また、現在使用可能な中和抗体薬は、オミクロン株に対しては有効性が減弱している可能性がありますので、他の治療薬が使用できない場合に投与を検討するという位置づけになっています。
今後の感染予防の考え方
ワクチンの意義と今後の対応
現在はオミクロン株に対応したワクチンが使われていますが、オミクロン株でも亜型が次々と発生しているため、ワクチンの感染予防効果は落ちてきている状況です。しかし、今後も変異の状況に合わせたワクチンが開発されることが予想されます。ウイルスの変異により感染予防効果が低下したとしても、ワクチンにより重症化予防効果が得られることはたしかです。
この先も新型コロナウイルスが変異を続け、毒性の強い変異株が登場し感染が拡大することもあるかもしれません。インフルエンザと同じように、たとえワクチンを打っていても感染することもあると思いますが、それもある程度必要なことなのではないかと思います。なぜならばワクチンの抗体(抗スパイクタンパク抗体:S抗体)と自然感染の抗体(抗ヌクレオカプシド抗体:N抗体)は異なりますので、ワクチンで得られた抗体にプラスして自然感染による抗体を獲得することで、免疫がブーストされた状態となり、その後数年は感染を回避できると考えられるからです。ワクチンで重症化を防ぎつつ、一定の人が感染していくというのも社会的には必要なことで、それを緩徐に繰り返しながら集団免疫を獲得していくことが重要なのではないかと思います。
今後どのくらいの頻度でワクチンを接種していくかについてはまだ結論がでていませんが、いずれはインフルエンザと同じように1年に1回の接種ということになってくるのではないかと思っています。5類への移行により、将来的にはワクチン接種も一定額の自己負担が必要となりますので、インフルエンザワクチンと同じように、個人の判断でワクチンを打つ打たないを決めていくということになるのではないかと思っています。
中村 造 氏 プロフィール
2004年に東京医科大学を卒業、初期研修で感染症診療の魅力を感じ感染症専門医を目指す。現在は感染症診療だけでなく、院内感染対策、感染症教育、医療の質改善QualityManagementにも取り組む。2022年からはラジオDJとしても様々な情報を発信している。著書に、「感染対策は怖くない(南行堂)」「R75高齢者感染症診療のキホン(日本医事新報社)」。好きな言葉は、なんとかなるさ。