愛知医科大学
耳鼻咽喉科・頭頸部外科学講座教授
内田 育恵 氏
3月3日の“耳の日”を前に、2023年2月10日に日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会主催のメディアセミナー「待ったなし!難聴対策」が開催された。ここでは内田育恵氏による「難聴と認知症―社会的影響と対策―」を紹介する。
難聴は予防可能な認知症発症のリスク因子
2025年には、日本の約3人に1人が65歳以上、約5人に1人が75歳以上になることで生じる様々な社会問題が懸念されており(2025年問題)、認知症患者は700万人と、65歳以上の約5人に1人が認知症になることが予測されている。
認知症の発症リスク因子のうち、予防可能と考えられるものとして、難聴、喫煙、うつ病、社会的孤独、頭部外傷、高血圧症、過度の飲酒などがあるが、これらの中で最も割合が高いのが難聴との報告がある1)。
難聴者では脳中の海馬の容積が萎縮
認知症の約7割を占めるアルツハイマー病では、アミロイドβやタウなどのタンパク質が脳に蓄積し少しずつ脳が萎縮していく。この脳の萎縮は「海馬」とよばれる記憶力に関係する脳の部位から始まり、徐々に周囲に拡がっていくとされる。内田氏は、老化に関する長期縦断疫学研究「NILS-LSA」の第6次調査(2008-2010年)の結果として、2018年に海馬と難聴の関係を報告している。本調査では40歳~89歳の2,082名を対象について、3種類の聴力(低周波数領域の聴力、会話音域の聴力、高周波数領域の聴力)で、それぞれ難聴がある集団とない集団に分け、海馬の容積を測定し集計比較された。その結果、3種類のいずれの聴力においても、難聴がない集団に比べ難聴がある集団で海馬の容積が小さいことが分かった2)。
難聴で生じる海馬の病的変化
内田氏は、難聴とアルツハイマー病に関する海外の様々な研究を紹介した。騒音は難聴をもたらす大きな原因となるが、騒音曝露による難聴動物モデルの検証では、曝露後に海馬でリン酸化タウが増加することが多くの研究で報告されている。
また、認知症の脳脊髄液や血液バイオマーカーの研究が現在進んでいるが、加齢性難聴群で脳脊髄液中のバイオマーカー値が有意に上昇したとの報告がある3)。さらに、聴力が悪い人ほど、PET検査におけるアミロイドタンパクの蓄積が多いと報告されている4)。これらから、「難聴者ではアルツハイマー病の発症に関連するアミロイドβやタウなどのタンパクが上昇している可能性」が示唆されるという。近年の研究では、高齢になっても脳内の神経細胞は新生され続けることが判明しているが、難聴動物モデルを用いた最新の検証では、難聴により海馬の神経細胞の新生が抑制されてしまう結果となったと内田氏は語る。
難聴がやがてもたらす認知機能の低下
難聴はコミュニケーション障害や耳鳴、バランス障害などをもたらす。これらが、活動性の低下、老年期の抑うつ、社会的な孤立・孤独を生み、さらに様々な身体機能低下の衰えから、やがて認知機能の低下に至る、と内田氏は指摘する(図)。近年、聞こえにくさを放置すると脳に悪影響が及ぶという知見が多く蓄積されてきている、と講演を結んだ。