監修
東邦大学医療センター大森病院 脳神経センター 講師
平山 剛久 氏
指定難病でもあり、現在の医療では治すことは難しい筋萎縮性側索硬化症(ALS)。病名は耳にしたことがあっても、思いのほかその実態は知られていません。ALSの病態の進行には個人差もあり、治療や療養、生活のサポートにおいては多職種連携も非常に重要です。今回は、東邦大学医療センター大森病院 脳神経センターの平山剛久氏に、ALSの病態やALS患者さんのサポートにおいて知っておくとよいことや、多職種連携の取り組みについてお話しいただきました。
ALSは運動神経が障害される疾患
進行してから診断されるケースも
筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic Lateral Sclerosis;ALS)は、運動神経、感覚神経、自律神経といった神経系のうち、運動神経に障害をきたしてしまう疾患です。 運動神経には中枢側(上位)と末梢側(下位)の運動神経(ニューロン)がありますが、ALSでは上位運動ニューロン と下位運動ニューロンの両方に障害が生じます。感覚神経や自律神経などにはあまり影響が出ないとされてい ます。
ALSの好発年齢は60~70 歳代です。ALSの有病率は10万あたりおよそ10人(表1)、60歳以上では有病率はさらに高いとされています。患者数は1万人ほどですが、少しずつ増加しています。
ALSの症状が出てから診断に至るまでの期間は約13カ月で、人工呼吸器を装着しない場合の生存期間が4年前後であることからすると、患者さんのなかにはALSが進行してから来院する方もいるといえるでしょう。
手、足、口のいずれかの筋力低下から連続的に進行
症状出現から診断までの期間が長期な理由の一つのひ とつとして、ALSの症状の現れ方や進行具合は非常に多彩であることが挙げられます。
最初の症状は、手・足・口のいずれか一箇所から現れることが多いです。手の筋力が低下して力が入りづらくなる方、足の筋力が低下して歩きづらくなる方、口の筋 力が低下してしゃべりづらくなってくる方、といった具合です。
症状の進行度合いもさまざまです。ALSには進行の目安として身体機能の指標(ALSFRS-R )がありますが、各指標の期間や進行スピードは病型などによって大きく異なってきます。進行スピードが早い場合は発症から2年以内で、足の筋力低下により車椅子が必要となる、または呼吸筋の症状の進行により人口呼吸器が必要になる患者さんがいます。
ただし、進行には連続性があります。例えば、筋力低下がまず右足に起きた場合には、次に左足、続いて右手、そして左手、最後に口周りの症状が出てきます。経過のうちのどこかのタイミングで呼吸筋の低下が生じてきます。一方で、口周りの症状が初めに出た場合には、足の筋力低下は最後に生じます。つまり、ほとんど話すことができず呼吸や飲み込みの状態が悪くても足はまだ問題なく歩行できる、あるいは、歩行ができないものの呼吸や飲み込みなど口の機能は維持されている、という期間があります。
病状が非常に進行してくると在宅医療に移行される患者さんが多くなります。ほとんどのALSでは、最後まで維持される機能が眼球の運動機能です。そのため、手足や口が動かなくなったALSの患者さんでは眼球運動によって他者とコミュニケーションをとることになります。しかし、それも機能しなくなると、周囲とのコミュニケーションがとれなくなります。ALSでは、身体は全く動かないのに意識ははっきりしているという「完全閉じ込め状態(Totally Locked-in State;TLS)」になり得るのです。ただし、実臨床ではTLSに至る前に、肺炎など何らかのトラブルによって状態が悪化することも多いです。
体重減少、スプリットハンド、
舌の所見や運動ニューロンの兆候を確認
ALSでは下腿などの筋萎縮によって体重が減少してきますので、問診では体重の減少について尋ねるようにしています。また、舌の筋萎縮が生じている場合には、舌にしわが出てきたり、ぴくぴくとした動きが生じることがあります(写真)。
ALSに特徴的な所見のひとつはスプリットハンドというものです。これは、「人差し指と親指の間にある第一背側骨間筋が痩せてしまう」という所見です。第一背側骨間筋と同じ神経が担当する筋肉に小指外転筋がありますが、小指外転筋の状態は保たれているという特徴があります。
下位運動ニューロン障害の兆候としては、筋肉がぴくぴくとする線維束性収縮が高い頻度で現れてきます。上位運動ニューロン障害の兆候としては、足底をこすったときに出てくるバビンスキー反射、また手の反射としてトレムナー反射、ホフマン反射といった所見を確認します(表2)。
針筋電図や神経伝導検査は必須 除外診断も実施する
ALSの診断においては、診察に加え、針筋電図検査や神経伝導検査は必須です(表2)。現在の医療においては、上位運動ニューロンの障害は診察でその兆候を確認します。針筋電図では、下位運動ニューロンの障害があるかどうかを確認していきます。ALSでは感覚神経は障害されないため、神経伝導検査では、感覚神経が障害を受けていないかを確認します。
頭部MRI、髄液検査、血液検査などは、可能であれば念のため、除外診断のために行います。そのほかの脳疾患がないか、末梢神経を攻撃してしまうような自己免疫疾患に罹患していないか、などを確認します。自己抗体が運動神経を攻撃してしまう自己免疫性疾患として多巣性運動ニューロパチー(MMN)があり、ガングリオシドという糖脂質に対する抗体を測定するとALS患者でも陽性の場合があるために鑑別に迷うところですが、抗ガングリオシド抗体陽性でも上位運動ニューロン障害の兆候がある場合にはALSと診断します。
診断基準には、Awaji基準やUpdated Awaji診断基準がありますが、近年、Gold Coast診断基準が提唱されました。Gold Coast診断基準は従来のものに比べると基準が少しゆるめられているため、PMA(進行性筋萎縮症)などALS以外の疾患も混在してしまうことがありますが、ALSの早期診断を念頭に置いた基準となっています。
ALS患者さんをサポートする 5つの柱
当院では、ALS患者さんに対するサポートの5つの柱として、薬物療法、栄養管理、呼吸管理、リハビリテーション、多職種連携の外来(ALSクリニック)を掲げています(表3)。
薬物療法では、ALSに対する保険適応があるリルゾール、エダラボン(ラジカット)の使用のほか、非運動症状への対応も行います。
栄養管理では、食事がとれる患者さんには高脂肪、高カロリーの食事摂取を推奨し、体重の減少を防ぐことが予後の延長にもつながります。また、胃瘻の設置も非常に重要で、医師の立場からは、延命を目的とするよりも積極的な栄養治療としての胃瘻を推奨しています。飲み込みが悪化すると食事がしたくてもできなくなることもありますし、呼吸状態が悪化すると胃瘻をつくるのにはリスクが伴いますので、胃瘻の造設については早めに決断していただくケースが多いです。
呼吸管理では、マスクタイプの人工呼吸器による非侵襲的人工換気(Non-Invasive Ventilation;NIV)の適切な導入時期を見極めて実施します。また、気管切開を伴う人工呼吸器は一度装着すると外すことが法律上できません。気管切開を伴う人工呼吸器を装着するか否かは進行に伴って患者さんが選択に悩まれる大きなポイントです。
リハビリに関しては一定の見識がまだありませんが、通常の運動訓練やリハビリは実施した方がよいという論調になってきています。ただし、高負荷をかけてしまうと進行を早めてしまうこともありますので30~40%の負荷の程度が妥当と考えられています。ALSによる筋力低下が下肢から始まった場合には、当院ではロボットスーツHAL(Hybrid Assistive Limb)を装着しての歩行機能のリハビリも行っています。
非運動症状を見つけ適切に対処する
ALSでは運動症状のほかにさまざまな非運動症状も現れ(表4)、対応に苦慮することもあります。
特定のタイプのALSでは認知機能が低下することがあります。唾液過多は、飲み込みが悪くなっているがゆえに唾液が貯留しているといえます。倦怠感については、呼吸状態が悪化している患者ではマスクタイプのNIVによって改善することはありますが、薬剤での改善は難しいと思います。
胃腸症状や睡眠障害などは診察でも分かりづらいため、問診によって患者さん本人に尋ねるようにし、訴えがあれば必要な薬剤の処方やその他の対応を行っています。胃腸症状のなかでは便秘が多いのですが、筋力の低下により腹圧がかけられなくなっているケースや、歩行など運動量が減ったことによるケース、TDP-43というタンパクが大脳辺縁系に貯留することによって自律神経が障害されているケースなども考えられています。
睡眠障害は早期から見受けられる方もいます。運動症状の影響による二次的なもの、痛みや息苦しさによるもの、呼吸器の「プシュー。プシュー」という機械音によるものもあります。睡眠薬は、筋弛緩作用があるようなベンゾジアゼピン系の薬剤は使用しづらいため、覚醒中枢を抑制するような薬剤を少し使用することがあります。中等症のALSでベンゾジアゼピン系薬剤が処方されている場合には注意が必要です。
ALSでは感覚神経の障害はありませんが、疼痛が発生していることがあります。モルヒネなどの強オピオイドについては、内服が可能な場合は内服薬、内服が困難な場合は貼付剤を選択します。点滴での投与は最終段階だとは思いますが、内服ができなくなったときの投与経路の確保としても胃瘻の造設は重要だといえます。
そのほか、去痰剤や漢方薬を使用することもあります。漢方薬としては、半夏厚朴湯を処方してほしいと患者さんが希望されることがあります。また、筋痙攣には芍薬甘草湯、食欲の低下がある場合は食欲増進のために人参養栄湯を処方することもあります。
抑うつはALSの発病や進行に起因するものも当然あると思いますが、運動症状との関係があるかは議論されています。
リルゾールは吐き気、エダラボンは肝障害に注意する
ALSに対する薬物療法では、保険適応があるリルゾール(表5)、エダラボン(ラジカット)(表6)を、対象となる患者を見極めて使用します。早期の患者さんが対象ですが、発病から2年経過後も継続を希望される患者さんもいます。
リルゾールでは吐き気が出ることがありますが、胃腸薬を使用すれば改善する場合もありますので、リルゾールと胃腸薬を併用して服薬を継続することがあります。一方で、栄養を摂取する必要がある患者さんで食欲に影響が出ている場合には、リルゾールを中止することもあります。
エダラボンは肝障害が出やすいため、血液検査を行ってフォローアップをしながら使用しています。エダラボンの投与は1クールが28日間ですが、1クール目は14日投与、14日休薬、2クール目以降は14日間中10日間投与する投与期の後に14日休薬するなど服薬パターンが変則的ですので、薬剤師さんからもその点をあらためて説明していただくとよいでしょう。
薬剤の効果や副作用を気にされる患者さんもいますので、薬剤師さんからも投薬によって出やすい副作用などをお話しいただけるとよいでしょう。また、在宅医療に移行した患者さんへの訪問診療においては、可能であれば医師と同じタイミングで薬剤師さんが訪問した方が、コミュニケーションがスムーズではないかと思います。
そのほか、患者さんと接して気づいたことや服薬によって出ている症状、おくすりの提案など、気づいた点を医師にも伝えていただけると、多職種でよりよいサポートを行っていくことにもつながります。
1回の診療での課題解決に向けたALSクリニック
ALSに対する多職種連携での介入によって、緊急入院を減らすことや、予後を延長させることなどもできるとされています。サポート体制としては、患者さんが複数の診療科を受診するよりも、患者さんのところに医師やその他の職種が集まってくるスタイルの外来が理想とされています。
当院では、毎週1回(木曜日の午後)ALSクリニックがオープンしており(表7)、そこでは各ブースにソーシャルワーカー、呼吸器の専門看護師などを含めたさまざまな職種が待機しています。ブースの裏側では、医療者同士が患者さんの状況を報告し合いながら連携することもできます。最近はALSクリニックの受診患者さんが増えたこともあり、患者さんにお待ちいただく時間が長くなってしまっているのが課題ですが、1回の来院で同時進行性に全ての外来の受診ができるところがALSクリニックの特徴だと考えています。
なお、消化器外科など、ALSクリニック以外の外来を受診していただくケースもありますが、同じ院内で完結するようにしています。消化器外科とは胃瘻の造設だけでなく、動かずにいると胆石などができやすいALS患者さんの胆のう炎の治療などで連携することもあります。
ALS Caféでは患者同士の交流も
当院では年に1回、ALSCaféという交流会も開催しています(表7)。精神科医や心理士によるサポートだけでなく、日本ALS協会の遺族ボランティアも参加し、気管切開を伴う人工呼吸器の体験談を聞くこともできます。新型コロナウイルス感染症の流行下ではオンラインの学会のような形式にもなりましたが、同時通訳を入れて海外との交流もでき、また最新研究の進捗や診療ガイドラインについても講演が行われました。今後はまた、患者さんにも登壇していただくような形式を考えています。
なお、消化器外科など、ALSクリニック以外の外来を受診していただくケースもありますが、同じ院内で完結するようにしています。消化器外科とは胃瘻の造設だけでなく、動かずにいると胆石などができやすいALS患者さんの胆のう炎の治療などで連携することもあります。
ALS Caféでは患者同士の交流も
当院では年に1回、ALSCaféという交流会も開催しています(表7)。精神科医や心理士によるサポートだけでなく、日本ALS協会の遺族ボランティアも参加し、気管切開を伴う人工呼吸器の体験談を聞くこともできます。新型コロナウイルス感染症の流行下ではオンラインの学会のような形式にもなりましたが、同時通訳を入れて海外との交流もでき、また最新研究の進捗や診療ガイドラインについても講演が行われました。今後はまた、患者さんにも登壇していただくような形式を考えています。
退院前カンファレンスにはオンラインツールも活用
車椅子で移動できる状態の患者さんは当院に来院されますが、気管切開を伴う呼吸器の装着を選択された方や、いわゆる寝たきり状態の患者さんは在宅医療に移行されます。患者さんをサポートするご家族も、往診の先生が頻回に訪問してくださる在宅医療の方がメリットが大きいことをご存じなのだと思います。神経内科医や、人工呼吸器に詳しい呼吸器内科の往診医を中心に訪問診療をお願いしています。
患者さんが退院される前には、zoomなどのオンラインツールを導入したことによって、神経内科医、ソーシャルワーカー、往診医と患者さんが参加しての退院前カンファレンスができるようになり、以前よりもコミュニケーションがとりやすくなってきています。ただし、退院後は日常的なやりとりはなくなりますので、患者さんの状態が悪化した際にはケアの方針を再確認する必要もあり、そうした点にはまだ課題があると思います。
患者さんが望む方向性を尊重し 多職種でのサポートを
ALSの患者さんやそのご家族には、医師だけでなく、多職種によるさまざまなサポートが必要です。将来的には研究や治療開発の発展によって、まずはALSの進行を抑制できるようになることが理想ですが、まだまだ完治に至ることは難しい疾患でもあります。ですから、患者さんが最期を迎えられるまでの経過を、患者さんが望む方向性やライフスタイルに最大限近づけていくことを意識して関わっていくことが最善だと考えています。
平山 剛久 氏 プロフィール
2005年に東邦大学医学部を卒業し、2012年東邦大学大学院にて博士号を取得。2013年頃よりALS診療に従事し、2020年からは東邦大学にて狩野 修 氏とともにALSクリニックに携わっている。ALS患者への病状説明についての報告や、ALS患者の運動以外の症状(非運動症状)についての報告など、ALSに関する論文を執筆している。