神経難病の多くは根治的治療法がなく、長期にわたる療養のなかで個々多様な身体障害をきたすため、在宅での対症療法や保存的治療を実施します。ヤナセ薬局(愛知県豊田市)は、がんをはじめ、心不全や神経難病などさまざまな患者さんの在宅医療に24時間365日対応で取り組んでいます。今回は同薬局薬剤師の宇野達也氏に筋萎縮性側索硬化症(ALS)を中心に神経難病患者さんの在宅医療における服薬管理や栄養管理、コミュニケーション、多職種連携のポイントなどについてお聞きしました。

監修
ヤナセ薬局 薬剤師
宇野 達也 氏


さまざまな問題を抱える 在宅の神経難病患者さんと家族

 私はこれまでにALS、多系統萎縮症、重症筋無力症、脊髄小脳変性症、進行性核上性麻痺、筋ジストロフィー、ギランバレー症候群、HTLV-1関連脊髄症、重度のパーキンソン病など、さまざまな神経難病の患者さんの服薬指導・管理を経験してきました。どの疾患も有病率は低く、薬局の窓口ではほとんど接する機会はありませんでしたが、在宅医療の普及にともない、在宅の現場ではたびたび遭遇することとなりました。

 個人差はありますが、体の動きが徐々に悪くなっていくために、多くの患者さんやその家族の方々は、服薬を含めて日常生活において何らかの問題を抱えています。比較的多いのは、「内服薬の飲み込みが困難」、「体の自由が利かない、意思がうまく伝わらないことがもどかしくてつらい」、「食べるときにむせる」などです。胃ろうのある患者さんでは、「経管投与の具体的なやり方がわからない」、気管切開をしている患者さんでは、「痰の吸引が頻繁で介護者の負担が大きい」といった相談も受けます。

コミュニケーションには時間をかけて 
視線入力装置や自作の文字盤も活用

 神経難病のなかには手足の筋力の低下に加え、唇、舌、喉の筋力も低下し、滑舌が悪くなったり、うまく発語できなくなる状態に至ることもあります。

 筆談や発語等が難しい患者さんとのコミュニケーション方法の1つに意思伝達装置があります。これは、装置上の文字盤画面を追った視線を検知して、文字に変換するものです。より簡便な方法として、私は透明のプラスチック製の文字盤を使うこともありました。文字盤はクリアファイルに五十音表をプリントして自作することもできます(写真)。文字盤を患者さんに向けて、「あ、か、さ、た――最初は『た』行ですね。た、ち、つ、て――最初の言葉は『て』ですね」というように患者さんが伝えたい言葉を一文字ずつ拾っていきます。この方法はかなり時間がかかり、一回の訪問で患者さんとできる会話も限度がありますが、身近な道具で簡単に作成できるので、経済的な負担はありません。以前、訪問先で患者さんの介護者である夫人にこのような文字盤を渡したところ、「夫がしてほしいことがわかるようになって、家族はすごく楽になりました」と喜んでいました。

薬剤師のかかわる具体的な業務とポイント

1) 服薬管理

 ALSの薬物治療についていえば、主に内服薬と点滴薬がありますが、在宅で連日点滴することは難しいため内服薬がよく使われている印象です。内服薬の服薬時は、患者さんが薬を飲み込むことができるかだけでなく、①自分で薬を準備できるか、②目の前に置かれた薬を自力で口に運ぶことができるか、も確認する必要があります。

 経管投与をする際に、粉砕調剤が必要になることもあります。チューブの通過性や、配合変化のチェックも重要です。たとえば、ドパミン製剤と酸化マグネシウムを一緒に溶かすと黒く変色して作用が減弱するため、容器とシリンジを別々にし、タイミングをずらして服薬するなどの対応と指導が必要です。さらに、服薬時の介護者の有無や介護サービスなどのスケジュール状況についても確認します。

 点滴薬の場合は現在、ALSに対してはエダラボンが保険適用になっています。投与にあたり、輸液セット、留置針などの医療・衛生材料の供給ルートや訪問看護のスケジュールなどの確認が重要になります。

2) 栄養管理(輸液/経腸)

食事は、栄養を摂取する目的のほかに、食べることを楽しむという要素があります。口から食べることができるようであれば、経口摂取の方法を検討します。ただし、飲み込めているように見えても誤嚥を起こしている可能性があるためよく確認しなくてはいけません。経口摂取が可能であれば、少量で高カロリー摂取が可能な栄養補助食品を提案することもあります[例:エンジョイ小さなハイカロリーゼリー(クリニコ)…40gで100kcalのエネルギー補給可能]

 患者さんの食事介助は、介護者にとって負担になることもあるので、必要があればケアマネジャーに相談して介護サービスの導入を提案します。経管栄養の場合は、なるべく保険適用になる栄養剤を選択します。栄養補助食品・栄養剤に関して、神経難病を含め併存する疾患があれば、治療薬との相互作用に十分注意する必要があります。また、老々介護となると、栄養剤を装填したシリンジを押すのもひと苦労です。このようなケースでは、自己負担にはなりますが、加圧バッグの使用を勧めることもあります。

 中心静脈栄養の場合は、ビタミンB₁など基本的な栄養素が
入っていることを確認します。また、不衛生な管理によるカテーテル感染から敗血症を引き起こすこともあるため、輸液やチューブが清潔に管理されているかもチェックします。看護師と協力して勉強会を開くなど、カテーテル刺入部の消毒手順や物品の使い方についての知識と技術を磨く機会を持つようにしましょう。

 輸液や経腸による栄養管理については、患者さんや家族が希望しているかの確認が最優先です。望まない経管栄養は患者側、医療者側ともに不幸な経過をたどることになります。できれば患者さんが意思表示できるうちに希望する医療措置を確認し、さらに治療期間中もこまめに意向を確認することが重要です。

3) 緩和ケア

 長期間の寝たきり状態によって褥瘡や拘縮などが発生し、体の痛みを訴える患者さんは少なくありません。痛みの原因を探ると同時に、痛みの程度や質についても把握します。

 患者さんが痛みを訴える際は、安易に鎮痛薬を提案するのではなく、訪問リハビリや介護サービスを利用するなど、さまざまなアプローチを検討します。呼吸苦が出現した場合は医療用麻薬などの使用も検討します。現在、モルヒネをALSに使用することは保険で認められています。呼吸苦は疼痛と同等につらい症状であり、原因を突き止めて早く取り除くことが重要です。

 さまざまな対策を講じても痛みや苦しみを緩和できない場合は、ミダゾラムなどで鎮静を図ることもありますが、患者さんや家族の意思を確認し、チームで話し合って実施しましょう。

4) 褥瘡

 自力で寝返りが打てない、体を動かすことができないなどの理由で褥瘡ができる患者さんが一定数います。褥瘡は仙骨部によく生じるといいますが、実際の在宅現場では踵、腸骨部なども多く、体の細部までチェックすることが重要です。体圧分散に着目し、固いベッドを使っている場合はケアマネジャーに相談してエアーマットの導入や、車いすの座面にクッションを敷くことを提案します。症状によっては医師に外用薬の処方を提案することもあります。

 栄養状態が不良になると傷の回復が遅れるため、適切な栄養が摂れているかも確認します。近年、必須アミノ酸の1つであるロイシンの代謝物HMBが褥瘡治療に有用であるという研究結果が報告されています。HMBを含む栄養補助食品[例:アバンド(アボットジャパン)]なども必要に応じて勧めています。

5) 呼吸管理

 神経難病が進行すると、人工呼吸器が必要になる場合があります。人工呼吸器で用いられる気管切開チューブは形状や材質の違いで呼吸に違和感が生じることがあります。使用しているチューブのメーカー名、型番などの製品情報を事前に収集しておきましょう。

 薬剤師が人工呼吸器の設定に関わることはほとんどありませんが、酸素飽和度(SpO₂)などを確認することはあります。ただし、SpO₂といった数値で示される「呼吸不全」と患者さんの訴えである「呼吸困難(呼吸苦)」は分けて考えた方が良いと私は考えています。SpO₂が正常値でも苦しさを訴える場合は、医師・看護師に相談しましょう。

ACPに関する情報は必ず多職種に共有 変更にも柔軟に対応

 在宅訪問後、薬の使用状況や管理状況を報告書にまとめ、医師やケアチームにFAXをして情報共有をします。激しい疼痛、強い呼吸苦など早急な処置が必要な場合は、FAXに併せて電話で連絡するようにしています。

 人工呼吸器の装着や胃ろうの造設など、今後の治療方針に関する患者さんや家族の意思や要望、いわゆるACP(Advance Care Planning)に関連する情報を得た際は、必ず多職種と共有するようにしましょう。ただし、患者さんの気持ちは療養期間のなかで揺れ動きます。当初決めたことでも、患者さんの要望に応じていつでも変更できることを患者さん側も医療者側も十分理解して話を聞き取り、柔軟に対応することが重要です。

恐怖とストレスに寄り添い患者さんの意思を実現させる

 神経難病を抱えながらどのように生きていくか――「亡くなるまでに自分の会社を整理したい」、「最後の最後まで口からごはんを食べたい」、「自費診療でもいいので新薬を使って完治を目指したい」、「子どものために生きていたい」など、患者さんの考えや希望はそれぞれ異なります。一人ひとりの患者さんの意思を確認し、得られた情報を家族やチームと共有して実現方法を探ることが大切です。

 神経難病は、徐々に体が動かなくなっていくという、多大な恐怖やストレスにさらされる疾患です。患者さんもその家族も気持ちが大きく変化するため、できるだけ話や要望を聞く機会を持つようにしています。私が担当した患者さんのなかに、「在宅医療をやめて入院したい」と訴える方がいました。家族は患者さんの言動が腑に落ちない様子だったため、私は患者さんに「家族の負担にならないなら、病院と家のどちらがいいですか」と尋ねました。患者さんがやはり家が良いと答えたところ、家族は「その言葉を聞きたかった」と涙を流していました。患者さん本人も、家族も大変な葛藤を抱えています。患者さんと家族を支え、複雑に絡まる感情を解きほぐすことも薬剤師の役目だと思います。


宇野 達也 氏 プロフィール

大手チェーン薬局に勤務後、2006年、ヤナセ薬局に転職。2009年から在宅医療部で、栄養管理を含め24時間体制で在宅医療に従事。2014年、
「NST(栄養サポートチーム)専門療法士」を取得。緩和薬物療法認定薬剤師も取得している。