世界的な近視人口の急増
2050年には世界人口の半数が近視に

近年、東アジアだけでなく欧米諸国なども含め世界中で近視の人口が増加しており、現在のペースで増加し続けた場合、2050年には全世界人口の約半数にあたる47億5800万人が近視に、失明リスクのある強度近視は全世界人口の約1割にあたる9億3800万人になることが推定されています1)。世界的な近視人口の増加とそれに伴う失明や合併症のリスクを考えると、近視の進行抑制が喫緊の課題であると言えます。

日本における近視人口の増加と、近視の遺伝・環境因子

もちろん、日本でも近視人口は増加しています。2000~2001年にかけて岐阜県多治見市の40歳以上を対象に行われた疫学調査では、-0.50ジオプト リー(D)未満の近視の有病率は41.8%、-5.0D未満の強度近視は8.2%と報告されています2)。さらに年代別の近視の有病率を見てみると、40歳代では約70%に対し70歳代では15%程度でした。
では、若年者の近視の有病率はどうなっているのでしょうか。1999年に報告された疫学調査では、 1984年に比べ1996年では、7歳頃から-0.50D未満の近視の有病率が上昇し、17歳時点では65.6%にも上ることが示されました3)。1984年の49.3%と比較すると、10年余りで明らかに若年者の近視人口が増加していることが分かります。
また、疫学調査ではありませんが、文部科学省の平成29年度学校保健統計調査を見ると、裸眼視力1.0未満の割合は、幼稚園24.48%、小学校32.46%、中学校56.33%、高等学校62.30%であり、調査が開始された1979年度から裸眼視力1.0未満の割合がほぼ増加し続けていることが分かります(図1)。この調査の低視力には、近視だけでなく遠視や乱視も含まれる可能性がありますが、やはり近視の増加が反映された結果であると考えられます。
いったいなぜ、ここまで近視人口が近年世界的に増加したのでしょうか。近視の進行においては、様々な因子が指摘されていますが、大別すると遺伝因子と環境因子の2つがあります。近視は遺伝因子の関与が指摘されており、両親とも近視でない子どもに比べて両親が近視の子どもは近視になりやすいと言われています。一方で、近年では、屋外で活動する時間が短いことが、近視の原因のひとつであるという認識も高まってきています。この他にも、近視進行に関与する可能性のある環境因子として、室内での近見作業などが挙げられています。近年の世界的な近視人口の急増原因は、遺伝子の変化というよりも、世界で共通する何らかの環境因子の変化が原因であると考えるのが自然だと思われます。

文部科学省 平成29年度学校保健統計調査報告書より作成

column コラム
屈折値を表す単位「ジオプトリー」

文部科学省の調査は、1.0といった一般的な視力を表す数値でデータが集計されているが、メガネやコンタクトレンズによる視力矯正などの場面では別の単位が用いられる。これが前述の「ジオプトリー(D)」である。これは屈折値を表す単位で、 100を文字などを認識できる距離(cm)で割った数がジオプトリーの値となる。大雑把な理解としては、たとえば裸眼の状態でピントが合う距離が25cmの場合は-.00D、10cmの場合は-10.00Dといった具合である。遠視の度数はプラス、近視の度数はマイナスでそれぞれ表記され、通常弱度近視は-0.50D未満-3.00D以上、中等度近視は-3.00D未満-6.00D以上、強度近視は-6.00D未満と分類されている。

近視眼の見え方
網膜より前方(手前)でピントが合ってしまう

まず「ものが見える仕組み」を簡単に解説します。外部の光(平行光線)が角膜と水晶体を通り屈折して、網膜に像としてうつし出され、それを脳が認識することで「ものが見える」状態となります(図2)。その際、水晶体の厚さを変化させることで、対象物にピントを合わせようとする働きが起こります。人間の目は、リラックスした状態でいちばん遠くにピントが合うようにできており、水晶体は無調節の薄い状態です。一方、見る対象物が近い場合、水晶体を厚くしてピントを合わせようとします。
視力が正常な状態(正視)では、平行光線が屈折し交差する点がちょうど網膜に重なるため、網膜にうつる像のピントが合います(図2)。これに対し、近視では平行光線の交差点が網膜より前方のため、網膜にうつる像のピントが合わないまま脳が対象物を認識し、ぼやけて見えます(図3)。
近視は、原因別に2種類に大別されます。ひとつは、角膜と水晶体の屈折が強すぎる「屈折性近視」、もうひとつは、眼球の奥行き(眼軸長)が伸長してしまう「軸性近視」(図4)です。近視の多くは軸性近視であると言われています。

生まれてすぐに伸びゆく眼軸長
止まらずに近視へ移行

眼軸長の伸長は、実は出生直後から始まっています。成人の正常眼の眼軸長は約23~24mmと言われていますが、新生児の時点では約17mmと短く、いわば軽度の遠視のような状態です。その後、体全体の成長とともに眼球が大きくなり眼軸長も伸びていき、徐々に遠視から正視の状態に変化します。これは人の成長における生理的な変化なのですが、問題は正視になった段階で何らかの理由で眼軸長の伸長が止まらず、近視に移行してしまうことなのです。そのため、近視進行を抑制するには、主としていかに眼軸長を過剰に伸長させないようにするかが重要になります。

近視から強度近視へ
合併症や失明のリスクが高まる

日本では、近視であることがごく当たり前のように考えられている節がありますが、実は注意が必要です。近視が進行し続けると、網膜や脈絡膜へ負荷がかかり「強度近視」になることがあります。強度近視は、成人の視力障害・失明の原因疾患として上位にあがる疾患です。
近視の患者さんに発症しやすい合併症は、高度視力障害との関連が深いことが知られていますが、合併症の発症は「膨らんだ風船」をイメージすると理解しやすいと思います。風船を膨らませていくと、段々と薄くなりやがて破裂します。眼は破裂しませんが、眼軸長が伸びる近視眼では、膨らんだ風船のようにもろくなるため、障害が発生しやすい状態になっていると言えます。網膜や視神経がダメージを受ければ「緑内障」や「近視性視神経症」の発症の恐れがあります。また、眼軸長の伸長の際に網膜が薄くなり網膜剥離を起こしやすくなることがあり、黄斑部分が障害されると「近視性黄斑症」を発症することもあります。こうした合併症は、いずれも失明のリスクを含んでいます。

進行抑制のカギは屋外活動
バイオレットライトが寄与している可能性

強度近視に至る前に、近視の進行を抑制するためにはどうすれば良いのでしょうか。これまでに、近視の進行抑制因子として数多くの疫学研究や介入研究で指摘をされ続けてきたのが「屋外活動」です。ただし、屋外活動のどういった点が近視の進行抑制に寄与するのかについての詳細は分かっていませんでした。屋外活動の際に遠方を見るという点が良いのか、屋内とは異なる光環境が良いのか、太陽光によるビタミンDの合成が関与するのか、屋外で運動をすることが良いのか。
われわれの研究グループでは、近視の進行と屋外の光環境について検討し、「バイオレットライト」が近視の進行抑制に効果がある可能性を世界で初めて発見しました。バイオレットライトとは、波長360~400nmの範囲の光を指します(図5)。

column コラム
バイオレットライトの近視進行抑制効果
鳥居氏らの研究が米国白内障・屈折矯正手術学会(ASCRS)フィルムフェスティバルにおいて、グランプリを受賞

鳥居秀成氏らのグループが報告したバイオレットライトの近視進行抑制効果についての動画が、2018年の米国白内障・屈折矯正手術学会(ASCRS)フィルムフェスティバルにおいて、全世界の120を超える動画の中から第1位(グランプリ)に輝いた。
近視領域では、これまでレーシックなど、屈折矯正の対症療法としての近視治療は盛んに行われてきたものの、近視の根本的かつ有効な治療はあまり存在していなかった。そのような中、バイオレットライトの近視進行抑制についての研究成果は、まさにパラダイムシフトであり、世界に非常に強いインパクトを与えた。今回のグランプリ受賞は、それだけ国際的に近視の治療や予防に関心が高まってきていることを物語っている。

ASCRSフィルムフェスティバルのグランプリを受賞

バイオレットライトによる近視の進行抑制効果

実験近視モデルとしてヒヨコを用いたわれわれの検討では、バイオレットライトをあてたヒヨコで、1週間後の時点での近視進行が有意(p<0.001、t-test)に抑制されたほか、近視進行抑制遺伝子として知られるEGR1の相対発現量が有意(p<0.05、Mann-Whitney U test)に増加していることが分かりました4)
臨床研究としては、13~18歳の学童において、バイオレットライトを透過するコンタクトレンズ(透過率80%以上)を装着した群と、透過を抑えたコンタクトレンズ(透過率80%未 満)を装着していた群で、近視進行の程度を比較する後ろ向き研究を行いました4)。その結果、バイオレットライトを透過するコンタクトレンズを装着していた群で、1年間の眼軸長の伸長量が有意(p<0.05、Mann-Whitney U test)に少ないことが分かりました。これらの結果から、バイオレットライトが基礎的にも臨床的にも近視進行抑制に重要な役割を果たす可能性が示唆されました。

バイオレットライト不足の現代
屋外活動でバイオレットライト不足を補う

バイオレットライトは太陽光には含まれていますが、蛍光灯やLEDなどの照明にはほぼ含まれません。また、最近の窓ガラスは400nm以下の波長の光をカットする紫外線(UV)カット製品が普及しているため、UVと同時にバイオレットライトまでカットされてしまうことがほとんどです。われわれの測定結果でも、バイオレットライトは屋内にはほとんど存在しませんでした(図6)。さらに、UVをカットするとされるメガネは、バイオレットライトも含めた400nm以下をカットする製品が多いと言われています。
現代社会の生活は屋外ではなく屋内中心に変化しつつあるために、バイオレットライトにあたりにくい環境と言えますが、これが近年の近視の世界的な増加に関係している可能性が考えられます。実際に、近視の発症率と屋外活動時間の関連を数年間に渡り調査した報告によれば、近視を発症しなかった児童の屋外活動平均時間は1日に約1時間40分だったのに対し、近視を発症した児童では約1時間8分と短時間でした5)
こうしたことを踏まえると、近視の進行抑制の観点では、特に幼少期において屋外活動時間を増やし、太陽光にあたることが必要と考えられます。近視の進行を抑制する上で推奨される屋外活動時間は1日2時間です。ただ、公園などの子どもが遊べる広場の減少、遊具の種類の変化、保護者が一緒に居ない時の誘拐などに遭遇する危険性など、環境面を鑑みると簡単な話ではありません。児童が屋外活動をしやすいような環境づくりが今後の課題と考えています。また、屋外活動ではUVにも曝露されるため、皮膚癌や白内障の発症などのリスクが増加する可能性もあります。そこで、ひとつの案としては、近視が進行している児童では屋外活動を積極的に行うことを推奨し、近視の進行がひと段落した段階で屋外活動時間を徐々に減らしていくというプランが良いのかもしれません。

Torii H et al: EBioMedicine. 15: 210–219, 2017.より転載

近視の進行を抑制するその他の手段

低濃度アトロピン点眼
アトロピン点眼薬は、散瞳(瞳孔を広げる)と調節麻痺(ピントを合わせる毛様体筋を弛緩させ遠方を見ているような状態にする)の効果がある薬剤で、斜視や弱視の屈折検査などに用いられます。成人の検査には1%のアトロピン点眼薬が用いられていますが、濃度を下げた0.01%などの低濃度アトロピン点眼薬が、副作用をほとんど発現させることなく近視進行を抑制することが期待されています。現在日本でも多施設共同研究が実施されており、今後の臨床試験の結果が 待たれます。

※2019年2月現在、日本では近視治療としての保険適応はありません。

オルソケラトロジー
「オルソケラトロジー」とは、夜間睡眠中に専用のコンタクトレンズを装着することで角膜を平坦化し、角膜のカーブを変えることによって、近視などの屈折矯正を行う方法です。夜間睡眠中に装着し日中は外す、という通常のコンタクトレンズとは逆のリズムで実施します。レンズを外した後、一定時間角膜 の形が保持され、適応する方のほとんどで日中は裸眼で生活することが可能となります(図7)。ただし、通常のコンタクトレンズの扱いと同様に感染リスクなどには注意が必要です。

※2019年2月現在、日本では近視治療としての保険適応はありません。

サプリメント
クチナシやサフランに含まれるクロセチン含有成分が、眼軸長の伸長を抑制する可能性があり、現在市販されています。

※2019年2月現在、日本では近視治療としての保険適応はありません。

今後の展望

近視人口が急増している現代社会。いかに近視を進行させずに強度近視にさせないかが重要です。そのためにも眼軸長の伸長抑制の観点から、ひとつの手段として屋外活動を増やしてバイオレットライトを含んだ太陽光を少しでも多く浴びる工夫が望まれます。また、現在、近視に対する低濃度アトロピンの点眼効果について日本でも臨床試験が進行しています。バイオレットライトをベースに、低濃度のアトロピン点眼、オルソケラトロジーと、近視人口の増加に歯止めをかける手段の確立が期待されます。加えて、メガネやコンタクトレンズを使用している方でも、定期的に眼科を受診して矯正度数が合っているかどうかをチェックしていただきたいです。

参考文献
1)Holden BA et al: Ophthalmology. 123: 1036-1042, 2016.
2)Sawada A et al: Ophthalmology. 115: 363-370, 2008.
3)Matsumura H et al: Surv Ophthalmol. 44(Suppl 1): S109-115, 1999.
4)Torii H et al: EBioMedicine. 15: 210–219, 2017.
5)Jones LA et al: Invest Ophthalmol Vis Sci. 48: 3524-3532, 2007.