監修
近藤内科医院 院長/藤田医科大学 客員教授
近藤 りえ子 氏
昨今のコロナウイルス感染症の流行でマスクを付ける習慣が根付いたことで、アレルゲンや冷気への曝露が防がれていたこともあり、この数年は喘息患者の発症や増悪発作が減っていると言われています。現在、コロナウイルス感染症への警戒が緩まりマスクをしない生活に戻りつつあることから、喘息患者が再び増加するのではないかという懸念も示されています。近藤内科医院院長の近藤りえ子氏に、喘息の薬物治療と吸入指導を中心に解説いただきました。
端的で実践的なガイドラインやガイドブックが登場
日本アレルギー学会から刊行されている「喘息予防・管理ガイドライン」は、呼吸器専門医にとって喘息診療のバイブルのような存在です。一方で、患者さんの約8割は非専門医のクリニックで診療を受けているというのが、喘息の実臨床の現状でもあります。
こうした状況から、呼吸器の非専門医や薬剤師さんにもガイドラインの診療内容について理解してもらう必要があるということで、より端的で実践的な内容として「喘息診療実践ガイドライン」が日本喘息学会から刊行されています。さらに、2023年7月には、喘息だけでなく全ての吸入療法について詳細に解説した「吸入療法エキスパートのためのガイドブック2023」が刊行されました。今回はこれらの書籍の内容を中心に、喘息について解説していきます。
喘息を疑う症状とは
喘息の診断は、胸部X線検査で他の呼吸器疾患の存在を除外した上で呼吸機能検査やアレルギー検査などを行い確定診断に至ります。一方で、呼吸器非専門医のための喘息診療実践ガイドラインでは、より端的に喘息を捉え、症状から診断する方法として表1の問診チェックリストを示しています。まず、大項目として喘息を疑う症状「喘鳴、咳嗽、喀痰、胸苦しさ、息苦しさ、胸痛」の中で一つ以上あるか。これに加えて小項目として、症状と背景因子の中で一つ以上あれば、喘息を疑うことになっています。これは、喘息のさまざまなエビデンスの集積結果から成り立っています。
喘息疑いから確定診断までの流れ
チェックリストから喘息の疑いと診断された場合、診断アルゴリズム(図1)に沿って、中用量以上の吸入ステロイド薬(inhaled corticosteroids;ICS)および長時間作用性β2刺激薬(long-acting β₂-agonist;LABA)による治療を3日以上行います。
この治療によって症状が改善され、吸入前にヒューヒューゼーゼーという喘鳴があれば喘息の診断が確定となります。吸入前に喘鳴がない場合でも、ステップダウンをすると症状の再現性があれば喘息と診断します。
一方で、最初のICS/LABAによる治療に対し反応がない(症状の改善が得られない)場合や、喘息疑いがあるものの再現性に欠ける場合には、喘息以外の疾患を考え詳細を探索します。
薬物療法のフローチャート
喘息治療の基本は中用量のICS/LABAから開始します。ただし、コントロールが不十分な患者さんや、咳・痰・呼吸困難がある患者さん、全身性ステロイド薬または経口ステロイド薬を必要とする増悪(発作)がみられる患者さん、喫煙歴がある患者さんでは、中用量ICS/LABAに長時間作用性抗コリン薬(long-acting muscarinicant agonist;LAMA)を追加します。また、鼻汁や鼻閉がある患者さんでは中用量ICS/LABAにロイコトリエン受容体拮抗薬(leukotriene receptor antagonist;LTRA)を追加します。それでもコントロール不十分な場合は、ICSの増量を試みるか専門医に紹介するというように進めていきます(図2)。
吸入薬の種類と特徴
喘息治療の中心となるのが吸入薬です。デバイス別に分類すると、エアータイプのpMDI(presurized metered-dose inhaler;加圧噴霧式定量吸入器)やSMI(soft mist inhaler;ソフトミスト吸入器)、ドライパウダータイプのDPI(dry powder inhaler;ドライパウダー製剤定量吸入器)、吸入液の3種類に分けられます。
エアータイプ
pMDI
「吸入薬の噴射に吸気のタイミングを合わせてゆっくり大きく吸う」という同調が必要。同調が困難な症例ではスペーサーを用いることができる。アルコールを用いた噴霧タイプには、アルコール臭がある。
SMI
吸入時のアルコール臭はなく、pMDIに比べて噴霧時間が約1.5秒と長いため同調が容易。吸入ステロイド薬が含まれる製剤はない。
ドライパウダー
DPI
同調は必要ないが、パウダー状の製剤を勢いよく大きく吸入する必要があるため、ある程度の吸気流速が必要。DPIの中でもブリーズヘラーはpMDIと同じ程度の吸入流速で吸入が可能。
吸入液
ジェット式のネブライザーを用いて吸入する。スペーサーを用いてもpMDIの吸入が難しい症例に用いる。
呼吸器の非専門医における薬剤選択と吸入指導の実際
呼吸器専門医は、これらのデバイスの特徴を理解した上で、個々の患者さんの背景因子に合う薬剤を選択していきますが、呼吸器非専門医では説明が簡単なデバイスや処方し慣れているデバイスを選択されることも多いのが実情です。勢いよく吸い込むことができない患者さんにドライパウダー製剤が処方されていたり、同調ができない患者さんにエアータイプの製剤がスペーサー無しで処方されていることが多々見受けられます。
医師は多忙な診療時間内に吸入指導を行うことが困難なため、薬剤師さんに依存している場合がほとんどです。そのため、正しく吸入できているか、デバイスは患者さんに合っているかなど、薬剤師さんに細かくチェックしていただくことが重要なのです。
音が出る練習器で吸気の強さや同調を確認
まずは、練習器を用いて吸入が正しくできるか否かを確認していきます。
練習器はホイッスルで、吸入が正しくできた時に音が鳴る仕組みです。喘息の患者さんでは吸入流速が低下し、音が鳴らない場合があります。特にDPIでは、パウダー製剤を吸い込む必要がありますので、勢いよく大きく吸います。練習器で音が出なかった場合、エアータイプへの処方変更などの対応が必要となります(図3)。
一方で、エアータイプの吸入薬では、薬剤の噴霧と吸入のタイミングをあわせる同調が必要となりますので、患者さんが同調できるのか否かを確認する必要があります。「息を吐いて吸入薬を噴射して、はい、そこで吸います」という一連の動作は、若い方では難しいことではないのですが、高齢者にとっては難しい場合が多々ありますので注意が必要です。なお、同じエアータイプでも、pMDIは噴射の時間が短く、SMIは約1.5秒かけて薬剤が噴射されるので同調は比較的容易と、同調のハードルが異なります。
DPIのパウダーでむせたり pMDIのアルコール臭が気になったり
練習器では上手く吸入できたとしても、実薬を吸入する時点で初めて分かる課題もあります。例えば、DPIのパウダーを吸い込むことでどうしてもむせてしまう、ということであれば、その患者さんにはエアータイプの吸入薬の方が適しているといえます。一方、噴射にアルコールを用いているpMDIで吸入時のアルコール臭が苦手と感じるようであれば、SMIやDPIの方が適しているといえます。こうしたケースでは、主治医に報告をし、処方変更を提案するなどの対応が必要となるでしょう。
さらに、高齢者や小児では、ドライパウダーを勢いよく吸い込むこともエアータイプの同調も、ともに難しいということもあります。そのような場合、エアータイプの吸入薬にスペーサーをつけて吸入するように指導します。
また、寝たきりの患者さんや認知機能に問題がある患者さんなどでは、家族や介護スタッフが介助できることが重要ですので、それを前提に吸入指導を行います(図3)。介助者のサポートでも吸入が難しい場合には、ジェット式ネブライザーで吸入液を用います。
吸入薬は無意識に吸うと気管へ到達する薬剤量が減る
適切な速度の吸入や同調ができたとして、期待される薬剤効果が出ない原因の一つとして、舌の位置や形状、薬剤を吸入する経路の角度が考えられます。
液体や空気などを吸う時、人間は無意識のうちに舌を口の中央に盛り上げ、陰圧をかけています。吸入薬を特に意識せずに吸った場合には、吸う動作として舌が盛り上がるため、そこに多くの薬剤が付着してしまい、気管へ到達する薬剤量が減ってしまうという事象が起こります。また、真正面を向いた状態ですと、吸入口の向きと気管の角度がほぼ直角の90度となり、薬剤を効率的に気管に到達させているとは言い難い状態になります。
研究を重ねて発見した吸入方法 ホー吸入を知っていますか?
こうした課題について、私たちのチームでは研究を重ねてきました。どのようにすれば吸入薬を効率的に気管に到達させることができるのか。
まず、舌の動きを分析したところ、「ホー」と唄うように発音すると、口の中で舌の位置が最も下がり、咽頭を広く開くことができ、かつ口はしっかり締まった状態を保てることが分かりました(写真1)。
また、スムーズに薬剤を気管に到達させるためには、吸入口から気管までをできる限り緩いカーブにすることが重要です。吸入時に真正面を向いたままではなく、下顎をあげて少し上を向いて首を伸ばし、吸入デバイス全体のベクトルを気管に向けた状態がベストです。この一連の吸入方法を『ホー吸入』と名付けました。
吸入指導を実施する医療者側と吸入する患者さん側の双方に、『ホー吸入』を正しく理解してもらうべく、舌の動きを3Dアニメーションにした動画を作成してYou Tubeに無料で公開しています。『ホー吸入』は、日本アレルギー学会の喘息予防・管理ガイドラインでも、喘息学会の喘息診療実践ガイドラインでも公式の吸入方法として認められており、啓発活動が進められています。
ホー吸入により薬効を最大限引き出す
他院での加療にもかかわらず増悪(発作)を繰り返すために当院に受診された患者さんに、ホー吸入を指導したところ「薬が肺に入っていく感じが初めてわかった」と仰っていました(写真2)。デバイスの種類や用量は変更せず、ホー吸入の指導のみによって症状が安定し、低用量の吸入ステロイド薬のみで良好なコントロールの維持ができています。
前述の治療の流れで示した通り、実践ガイドラインでICS/LABA/LAMA/LTRAの併用でもコントロール不十分な場合、「ICSの増量または専門医への紹介を考慮」とされています。一方、専門医がICSの増量でもコントロールが不十分な患者さんの治療を検討する場合は、治療強度のステップアップとして生物学的製剤の投与の可能性を考慮することになります。
逆に、喘息症状が月1回出現する程度にまで症状が安定すれば、低用量ICSのみで管理するなど、治療強度をステップダウンすることが可能となります。症状を安定させ、治療強度のステップアップを回避する。そして、ステップダウンを目指す。このためには、まず正しく吸入薬を使用して薬効を最大限引き出すことが重要です。そして、薬効を最大限引き出すためにホー吸入の実践が有用なのです。
薬剤師のパワーが期待される吸入指導 小児科から成人診療科の橋渡し
吸入指導は一度で完結するものではありません。繰り返し、正しく吸入できているのかを確認することが重要です。また、動画やパンフレットだけで済むものでもなく、患者さんが実践される様子をしっかりと医師や薬剤師さんが見て確認することが非常に大切です。私は、患者さんが吸入操作を完璧にできるまで、目の前で練習器や実薬で吸入を実際にやっていただいて確認するようにしています。
吸入指導は手間がかかりますが、それだけ喘息診療においては大事な要素です。2020年度の調剤報酬の改定で、薬局における吸入薬指導加算が算定されるようになりました。来局の度に毎回は難しいとしても、定期的に練習器を持ってきていただき、薬剤師さんに吸入指導を繰り返していただけると非常に助かります。
喘息は、小児期に発症して生涯を通じて管理が必要となる患者さんも多い疾患のため、小児から成人への移行期に服薬アドヒアランス低下が問題になることもあります。喘息の治療を長期間続ける患者さんには、薬剤師さんがかかりつけとして定期的に関与していただけることを期待しています。患者さんに寄り添い見守る存在として、また小児科から成人診療科への橋渡し役として、薬剤師さんの役割は非常に大きいと思います。
近藤 りえ子 氏 プロフィール
1990年藤田医科大学医学部卒業、2001年藤田医科大学医学部講師、2008年藤田医科大学客員准教授・近藤内科医院副院長、2015年近藤内科医院院長、2016年藤田医科大学客員教授。
日本アレルギー学会(代議員、喘息予防・管理ガイドライン2021作成委員)、日本喘息学会(代議員、吸入療法エキスパート委員会委員長、喘息診療実践ガイドライン2023作成委員、吸入療法エキスパートのためのガイドブック2023作成委員長)、独立行政法人環境再生保全機構(吸入指導のための啓発吸入動画制作編集委員)