監修
AMR臨床リファレンスセンター 応用疫学研究室医長/薬剤疫学室長
(国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院 国際感染症センター)
都築 慎也 氏

2023年は、新型コロナウイルスをはじめ様々なウイルス感染症の流行が異常な状況でした。その一方で、ウイルス性の疾患に対する不必要な抗菌薬の処方や、不適切な服薬など、抗菌薬の不適正使用によって生じる薬剤耐性(AMR)も問題となっています。薬剤耐性菌による感染症の増加はサイレントパンデミックとも称され世界的にも対策が急がれるなか、AMR臨床リファレンスセンターの都築慎也氏に、AMRの現状や将来に向けた対策についてお話を伺いました。

細菌が薬剤耐性を獲得し 抗菌薬が効かなくなるAMR

 さまざまな細菌によって引き起こされる感染症に対する治療では、抗菌薬が使用されます。一方で、抗菌薬の使用によって、抗菌薬に抵抗性を獲得した薬剤耐性菌が残ってしまいます。

 「AMR(Antimicrobial resistance)」は、細菌が薬剤耐性を獲得して抗菌薬が効かなくなることです。不適正な抗菌薬の使用にともなって増加する、薬剤耐性菌による感染症が問題となってきています(表1)。現在はAMRという用語が一定レベルで浸透してきたためか、薬剤耐性菌や薬剤耐性菌が増加した状況など、より広義なものを指し示すときにAMRという用語が使用されていることもあります。

 なお、細菌、真菌、ウイルス、寄生虫などの微生物による感染症の治療や予防に使用される薬剤は「抗微生物薬」というカテゴリーで、細菌に作用する抗菌薬は抗微生物薬に含まれます。また、抗菌薬、抗生物質、抗生剤という用語にはそれぞれに詳細な定義がありますが、実際の医療では、細菌に対して作用する薬剤の総称として使用されます。

かつては対処できていた感染症が抗菌薬では治療できなくなる可能性

 AMRによって生じる問題のひとつは、これまでは抗菌薬で治療可能であった感染症が、抗菌薬によって治療できなくなる可能性があるということです。初期の抗菌薬として有名なのはペニシリンです。以前はペニシリンで治療できる感染症も多くありましたが、薬剤耐性により、現在ではペニシリンで治療できない感染症が増加しています。

 多くの場合、感染症の原因となっている細菌を培養検査によって特定し、抗菌薬に対する感受性(薬剤感受性)を確認して、感受性のある抗菌薬を処方することで細菌感染症の治療として対応可能です。しかし、現在は、以前に比べ新たな抗菌薬の開発が減少しています。未来に向けてAMR対策を実施しなければ、薬剤耐性菌の増加によって有効な抗菌薬がなくなり、感染症の治療に難渋する場面が増加すると考えられます(表1)

菌血症により多くの患者が死亡している

 感染症を引き起こす主な原因菌に黄色ブドウ球菌と大腸菌がありますが、血液中に細菌が入り込んで菌血症を起こすと全身の炎症などにより重症化した結果、死に至ることもあります。厚生労働省院内感染対策サーベイランス(JANIS)のデータや過去の研究の死亡率などから菌血症による死亡数を推定したところ、2017年には菌血症による推定死亡数はメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)で4,224例、フルオロキノロン耐性大腸菌(FQREC)で3,915例と、合計で年間約8,000名が死亡していると推定されました。また、抗菌薬を含む抗微生物薬の不適正な使用について対策が講じられなかった場合、薬剤耐性菌による死亡者が2050年には全世界で年間1,000万人に達すると推定されています。

耐性菌が問題になりやすい病院内 市中感染でも抗菌薬の適正使用を

 身体状態が比較的良好な方が市中感染をした場合には、感染症による急激な状態悪化や死亡などのリスクは低いと考えられます。しかし、市中感染に対し抗菌薬の不必要な処方や不適切な使用が多いと、耐性菌を増加させてしまう可能性もあります。

 一方で、基礎疾患のある患者さん、免疫力の低下した患者さん、長く入院している患者さんなどではどうでしょうか。医療機関の中はこうした方が滞在している割合が多く、また、そこではさまざまな薬剤が使用されています。その過酷な環境でこそ、多くの耐性菌が発生しやすく、よりやっかいな耐性菌が感染を起こす状況も発生しやすいといえます。院内感染は非常に注意が必要といえます。

 診療所勤務の医師に対する意識調査(日本化学療法学会・日本感染症学会合同外来抗菌薬適正使用調査委員会)では、2018年に比べ2020年で感冒への抗菌薬の処方割合はやや低くなっていました。一方で、感冒と診断した患者や家族が抗菌薬を処方したときの対応として、「納得しなければ処方」が49.1%、「説明して処方しない」が35.5%、「希望通り処方する」が10.8%で、2018年とあまり大きな変化はありませんでした。

 風邪はウイルス性の疾患であるため、抗菌薬が効かないというのは医療従事者であれば知っていることが多いと思いますが、一般的にはまだその認識が十分ではないため、風邪をひいたから抗菌薬をもらいにいく、といったことも起こりえます。細菌が原因ではない疾患に対して不必要な抗菌薬を処方すると、抗菌薬に感受性のある細菌が死滅し淘汰される一方で、薬剤耐性菌が生き延びるという選択圧がかかってしまいます。ですから、明らかにウイルスが原因の風邪だと思われる患者さんに対して不必要な抗菌薬を処方してはなりません。

複数ある薬剤耐性のメカニズム

 細菌が薬剤耐性を獲得するメカニズムとしては、抗菌性物質の分解、細菌の構造変化、抗菌性物質の細胞外への排出、抗菌性物質の細胞内の侵入不可などがあります(図1)

グローバルアクションプラン その国の医療状況に即した対応

 AMR対策の世界的な動向として、2015年に世界保健機関(WHO)の総会で薬剤耐性(AMR)に対するグローバルアクションプランが採択されました。これを受けて、加盟国は自国の行動計画を策定することとなりました。

 日本のような国民皆保険制度には国民が医療機関を受診しやすいメリットがあります。しかし、受診のハードルが高い国に比べると、不必要な受診や不必要な薬剤の処方が起きやすい可能性もあります。一方、日本では抗菌薬は処方せん医薬品ですが、国や地域によっては抗菌薬がOTC薬として販売されており、使用量や使用状況の把握が難しい地域もあります。国ごとに異なる医療においては、その状況に即した対応が求められています。

耐性菌の分離率や抗菌薬の使用量を減らす

 日本では、まず2016~2020年のアクションプランが策定されました。AMRによる死者数の減少などが分かりやすい指標ではありますが、実際には評価しづらいため、アクションプランでは、特定の耐性菌の分離率に関する目標設定とともに、抗菌薬の使用量の減少が掲げられました。

 具体的には、2013年と比較し、「2020年の人口1,000人あたりの一日抗菌薬使用量をおよそ2/3にする」こと、「経口薬(セファロスポリン系、フルオロキノロン系、マクロライド系)の使用量を50%削減する」こと、「一日静注抗菌薬使用量を20%削減する」ことでした。結果的にアクションプランの目標値には達しなかった項目もありますが(表2)、目標設定も高かったため、臨床現場の体感としてはかなり使用量が削減できたと思います。

 2020年以降は新型コロナウイルス感染症対策が先行した影響もあり、初回のアクションプランを踏まえて2023~2027年のアクションプランが策定されました。2020年との比較において、「2027年までに人口1,000人あたりの一日抗菌薬使用量を15%、経口薬のうち第3世代セファロスポリン系を40%、フルオロキノロン系を30%、マクロライド系を25%、カルバペネム系の静注抗菌薬を20%削減する」という目標が掲げられています(表3)

 2020年は新型コロナウイルス感染症の流行により患者さんの受診控えなどもあり抗菌薬の使用量が比較的少なかった年でもありますので、2020年との比較における使用量の削減はかなり意欲的な目標設定だといえます。また。入院患者では外来患者に比べ静注抗菌薬が本当に必要なケースも多いと考えられ、初回のアクションプランでは達成できなかった静注抗菌薬の使用量がどのぐらい削減できるかも今後の課題となるでしょう。

WHOの「AWaRe分類」で使用する抗菌薬の質にも着目

 抗菌薬の使用量を削減する取り組みはこれまでも進められてきましたが、抗菌薬の使用に関する質の向上についてはまだ目が向けられていないところもあります。これに関し、WHOから「AWaRe分類」という概念が提唱されています。AWaRe分類は、薬剤耐性の観点から使用すべき優先順位付けとして、抗菌薬を大きく3つに分類したものです。それぞれ「アクセス(Access)」、「ウォッチ(Watch)」、「リザーブ(Reserve)」と命名されています。アクセスに該当する抗菌薬はスペクトラムが狭く、耐性化の懸念も比較的低いため、一般的な感染症に対して第一選択または第二選択となります。ウォッチに該当する抗菌薬はスペクトラムがより広域な抗菌薬ですので、さらに限定された状況での使用が推奨されます。リザーブに該当する抗菌薬は、多剤耐性菌などに対し、ほかに使用できる抗菌薬がないときの最終の選択肢になる抗菌薬であり、できるだけ温存しておきたいものです。WHOは、2023年までには各国で使用する抗菌薬のうち最低でも60%がアクセスの抗菌薬になっていることを目標に掲げています(表4)

 なお、日本の処方販売量にもとづく研究からは、抗菌薬の1日使用量の約90%が経口抗菌薬と報告されています。諸外国に比べて経口の第三世代セファロスポリン系抗菌薬、フルオロキノロン系抗菌薬、マクロライド系抗菌薬の使用量が多いことが指摘されており、これらの多くは外来診療で処方されていることが推測されています。第三世代セファロスポリン系、キノロン系、マクロライド系などの広域抗菌薬は利点が多いと思われがちですが、重症ではない細菌感染症に対してこれらの抗菌薬を頻繁に使用してしまうと、耐性菌が生じた場合に効かなくなってしまいます。ですから、広域抗菌薬はむやみに使用せずにできるだけ温存しておくことが、使い方として重要だといえます。

感染対策向上加算の新設とサーベイランスへの参加

 AMRに関するグローバルアクションプランや日本でのAMR対策アクションプランなどの策定を受け、私が所属するAMR臨床リファレンスセンターでは、医療機関でのAMR対策に活用できるシステムとして「J-SIPHE(Japan Surveillance for Infection Prevention and Healthcare Epidemiology:感染対策連携共通プラットフォーム)」を2019年1月より運用しており、2022年末までに1,876施設が参加しています。また、診療所版J-SIPHEとして「OASCIS(Online monitoring system for antimicrobial stewardship at clinics:診療所における抗菌薬適正使用支援システム)」も新たに開始されました(表5)。さまざまなデータが集積されてきましたので、データの利活用が今後の課題です。

 2022年の診療報酬改定では、従来の感染防止対策加算が見直され、感染対策向上加算1~3および外来感染対策向上加算が新設されました。感染対策向上加算1ではJ-SIPHEなど地域や全国のサーベイランスへの参加も施設基準のひとつとなっています(表6)

患者指導のみならず、抗菌薬の量や質のモニタリングも

 「抗菌薬意識調査2023」では、抗菌薬・抗生物質を処方された際に、途中でよくなったので自己判断で飲むのをやめた(22.8%)、自己判断で飲んだり飲まなかったりした(6.9%)といった回答が見受けられました。また、家にとってある抗菌薬・抗生物質がある(15.9%)、とっておいた抗菌薬・抗生物質を自分で飲んだことがある(17.5%)、他人(家族など)の抗菌薬・抗生物質を飲んだことがある(10.4%)、抗菌薬・抗生物質を人にあげたことがある(6.7%)と回答した方もいました(表7)


 感染症ごとに抗菌薬を処方する期間は決まっており、その期間よりも早く症状が消失したとしても、原因菌はまだ残存していることがあります。ですから、薬剤師さんから患者さんへの服薬指導では、処方された抗菌薬は必ず飲みきってもらう必要があることを理解していただくことが大切です。また、飲みきらなかった抗菌薬を自宅などに保管しておく患者さんもいますので、とっておいた抗菌薬を体調不良の際に自己判断で飲まないこと、ほかの人にあげないこと、もらわないこと、などを啓発していただくとよいでしょう。

 また、薬剤の使用量のモニタリングにおいて薬剤師さんが担う役割も大きいため、J-SIPHEのサイトなどから自施設での抗菌薬の処方量の実態を確認したり、AWaRe分類などでできるだけ温存しておきたいリザーブに該当する抗菌薬を使ってしまっていないかなど、使用している抗菌薬の質も評価していただくこともできるでしょう。

 感染症対策において、現在は新型コロナウイルス感染症とも共存していく段階になってきましたので、AMR対策にも今後さらに力が入れられていくと予想されます。AMRのアクションプランや抗微生物薬適正使用の手引きなど、指針となるものも常に改訂されていきますので、折々の最新状況にも目を向けていただけましたら幸いです。

次回のファーマスタイル(3月号)では、今回の特集を踏まえ、薬剤耐性と抗菌薬の適正使用の実践編を掲載予定です。入院患者で様々な科で抗菌薬の投与指示がある中で薬剤師としてどのように対応すべきなのか。また、感染症症状を訴えられ外来受診した患者さんの処方について、抗菌薬が不要なケースと必要となるケースの対応の違いは何なのか。より実践的な内容をお届けします。ぜひお楽しみに!


都築 慎也 氏 プロフィール

北海道大学医学部卒
ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス修士課程修了(MSc)、アントワープ大学医学部博士課程修了(PhD)
小児科臨床・厚生労働省勤務・英国PublicHealthEngland派遣等を経て、2021年より現職。AMRをはじめとした感染症疫学研究に従事。