2024年度診療報酬で新設された「がん薬物療法体制充実加算」。医師の診察前に、薬剤師が服薬状況や副作用の発現状況等について確認・評価を行い、医師に情報提供、処方に関する提案等を行った場合に評価される。がん研究会有明病院では、診療報酬で評価される以前から、このような「薬剤師外来」の体制を構築してきた。今回は同院の薬剤師外来を牽引する薬剤部調剤室長の川上和宜氏に、実践例や薬剤師外来あたる薬剤師の姿勢などを伺った。
公益財団法人がん研究会有明病院 薬剤部 調剤室長
川上 和宜 氏
薬物療法の質を上げるために 薬剤師から動きだした薬剤師外来
がん研究会有明病院では、2009年頃から薬剤師外来の取り組みを始めていた。その活動や効果が注目され、2024年度の診療報酬でも評価されるに至ったと川上氏は語る。
同院の薬剤師外来は、薬剤師側から医師に提案して始まった。「薬剤師外来を行う以前は、医師が服薬スケジュール等を含め処方内容を薬剤部に指示していたが、1日何十名もの患者さんを診察する医師には負担も大きく、疑義照会を実施することも多かった」と川上氏は振り返る。また、院内の窓口で患者に薬を受け渡す際に、残薬の話をされることも多かったという。患者が抗がん薬を服薬できていない状況を医師も把握できていないうえに、休薬期間中に誤って残薬を飲んでしまう恐れも高い状況だ。川上氏は「多忙な医師に頼ってばかりではいけない。『薬物療法の質を上げる』という薬剤師本来の役割に向け、積極的にかかわって課題を解決していかなければいけない」と薬剤師外来発起の経緯を話す。
導入によるメリットと薬剤師の認識を変える必要性
薬剤師外来を開始し、薬剤師が積極的に患者にかかわるようになると、薬物療法に関する疑問や懸念等について、「患者さんから相談される機会が増えた」と川上氏。服薬の中止基準(例:カペシタビン服薬時に手足に痛みを感じた時)や便秘時の服薬方法など、服薬中に不安に感じる点について、薬学的な情報を加えて解消していくと、「患者さんの薬物療法への納得感や満足度も高くなった」と川上氏は薬剤師外来の効果を実感する。
薬剤師は、患者からの聴取事項や症状、検査値から副作用の重症度を評価し、「休薬/減量/継続可」などを判断して医師に連携する。このような外来活動を繰り返しているうちに、薬物療法の質が上がっていく。薬剤師外来は、医師の業務負担の軽減や、医師との関係構築、患者の満足度の向上の側面もあると考えられる。
がん薬物療法体制充実加算は、算定要件として、薬剤師が「医師の診察前に情報提供や処方の提案等を行った場合」と定義されている。川上氏は、「診察前」の重要性と、それによって「薬剤師の認識も変えなくてはいけない」と訴える。「従来、薬剤師は医師の処方内容を説明することに専心してきました。薬剤師外来では、診察前に薬剤師が抗がん薬の副作用や服薬の状況を見極め、副作用の重症度を評価し、抗がん薬の休薬や支持療法薬の必要性の有無を判断して処方提案をします。説明にとどまってきた役割を根本的に変えて、薬剤師は医師に薬物療法の提案をし、協働して薬物療法の質を向上させる役割を担わなくてはいけないのです」。
薬剤師外来での対応事例 アドヒアランスが悪くなりやすいもの
アドヒアランスが悪くなる典型例として、胃がん患者における味覚異常があるという。胃がん患者は、胃の切除などにより、もともと食事が摂りにくい状態のうえに、ドセタキセル+S-1、S-1+オキサリプラチン等のレジメンの薬剤の副作用として味覚異常があらわれることが多い。川上氏によれば、抗がん薬の味覚異常には特徴があり、「非常に辛い」や「非常に甘い」ものは感じやすく、全般的には「何を食べても味がしない」ため美味しくないと感じる。食べようと思っても自分が考える味と異なるため、食べたくなくなってしまう。味覚異常に対し亜鉛製剤を提案することもあるが、服用薬も増え、劇的に改善するわけではないことが多いため、川上氏も対応に苦慮している。
また、服薬回数の多さも、当然、アドヒアランスの低下につながる。1日3回の服用薬の場合、川上氏は、3回全ては飲めていない可能性が高いという前提で接している。面談時、まず「お薬は飲めていますか?1日3回はなかなか大変ですよね」と尋ねると「昼は飲めていない」と回答する患者さんは少なからずいる。副作用の発現状況や検査値などを確認し、実質的に1日2回服用となっていても症状が安定していれば、強制的な指導はしない。副作用や症状に問題が生じていれば服薬回数のより少ない薬剤も提案するなど、薬学的な視点で選択肢を検討する。
患者対応時に求められるもの
1)聞き出す力と否定しない姿勢
川上氏は、患者との面談において重要になるのは「いかに話を引き出すか」だと強調する。今まで薬剤師教育は、情報を与えることに重きが置かれてきたため、「薬剤師は一方的な説明になりがち」と、川上氏は薬剤師教育の背景を踏まえ、薬剤師のコミュニケーションの問題点を指摘する。
そこで、川上氏は薬剤師外来での面談時の最初には、オープンクエスチョンでの対話を重視している。「この数週間どうでした?」「体調大丈夫ですか?」と切り出して、患者さんから「実はだるい」や「食べられない」といった回答があれば、数ある副作用のなかで、その患者にとって問題になっている副作用が見えてくる。
また、抗がん薬が服薬できていない場合、患者は基本的には治療のためには服薬したいが、何らかの理由で服薬できない状況に陥っている。川上氏は、抗がん薬を服薬できていない患者に対し、「飲まなきゃダメですよ」といった否定や責めるような発言は決してしないことを大事にしている。責められたように感じてしまうと、患者は服薬できていないことを隠してしまう。まずは患者の想いに共感して原因の究明をするために情報を引き出さなくてはいけない。
服薬できていない際は「なかなかお薬飲めないですよね。なぜ飲めないのでしょうか?」とオープンクエスチョンで理由を尋ねる。「下痢で」「以前、家族が服薬している様子を見て嫌になった」「1日3回だとお昼に飲めない」など各々飲めない理由がある。理由が明らかになれば、患者の希望や想いとともに、その改善策として、薬学的な知見をもって、支持療法薬の提案や、副作用・服薬回数の少ない薬への切り替え、減量などを医師に提案し、薬物療法に反映させる。
2)情報を取捨選択する力
薬剤師は往々にして、薬剤に関して「すべてを説明しなければ、説明をしていないと責められるのではないか」と懸念することが多い、と川上氏。一方で、すべての副作用を一方的に伝えられても、患者は覚えきれない。川上氏は、「そもそもの目的は、患者さんに副作用を理解して、その対応を院外で実施してもらうこと。何がこの患者さんにとって重大な副作用になりうるかを考えて、3つ程度に絞って説明することが重要」だと説く。その際に、職業やライフスタイルなどは判断材料になるため、問診表や面談の際に押さえておく。
3)医療者と患者間の副作用への認識違いを理解
川上氏は、医療者と患者間には副作用に対する捉え方に相違がある、と指摘する。たとえば、血液検査の結果に問題もなく、食欲もあり、痺れや熱もない状態にも関わらず、「患者さんが抗がん薬をやめたいと希望した」ケースを紹介。医療者目線では、データ的には問題がないため、服薬を継続するよう、ただ指導してしまいがちだ。一方、同患者は、服薬による爪の変形により、家事が出来ず家族に食事を作れないことに無力感と苦痛を感じており、精神的な負担となって、治療の中止を希望していた。「医療者が患者の訴えを『よくあること』と、医療者の物差しだけで判断して患者の言動を流してはいけない」と川上氏は訴える。
患者の意見を確認した結果、抗がん薬の減量や他の薬剤への切り替えにより、治療効果が下がることもあるという。その際は患者にもその旨を説明する。川上氏は「医療者が押しつけた治療法では、なかなか治療はうまくいかない」と経験を通して実感している。薬剤師には患者の想いを引き出して、納得のいく治療法を導き出す力が求められる。
薬局薬剤師への期待 抗がん薬の処方受付と患者のフォローアップ
現在、同院では抗がん薬は院内処方するケースが多いが、今後は「ティーエスワンやゼローダなどは、院外処方へと進めていきたい」と川上氏。院内処方の数を減らし、対応できていない診療科に向け、薬剤師外来の拡大を模索している。「毎日、数百件の調剤に要しているマンパワーを薬剤師外来などの患者ケアにシフトさせたい。そのためには、保険薬局の協力も必要で、抗がん薬処方もぜひ拡大してほしい」と語る。
さらに、抗がん薬に関して、患者から病院への問い合わせも多い。また、医師からは、気になる患者については、薬剤師の方で服薬期間中の経過を確認してほしいとの要望もあり、川上氏は、このようなフォローアップに類する対応について、保険薬局に協力してほしいとの願いもある。より緊密な病院・保険薬局の情報共有と連携で実現を図るものになるだろう。
広がる薬剤師外来の可能性と薬剤師の役割
川上氏は、「薬剤師外来は、HIVやC型肝炎、緩和ケアにも広がる可能性がある」と将来的な広がりを示唆する。単なる薬剤や副作用の説明ではなく、治療マネジメントという観点で、副作用が多く、アドヒアランス管理が求められるものであれば、薬剤師外来はどのような治療分野でも活用でき、薬剤師の力を発揮する機会は今後も広がっていくと、まとめた。
がん研究会有明病院の薬剤師外来の体制
● 薬剤師外来の1日あたりの平均対応患者数
50〜60名
● 薬剤師外来に対応する薬剤師数
4名(同院勤務の全薬剤師数は約70名)
[Memo]
薬剤の説明だけではなく、薬剤の必要性を判断する力が必要なため、がん専門の資格を持ち、少なくとも勤務歴5年以上の薬剤師のうち4名が対応している。
※ がん薬物療法体制充実加算の施設基準の1つ;「化学療法に係る調剤経験5年以上で、40時間以上のがんに係る適切な研修を修了し、がん患者に対する薬剤管理指導の実績を50症例(複数のがん種であることが望ましい。)以上を有する専任の常勤薬剤師を配置」とあり。
● 患者一人当たりの対応時間
約15分
[Memo]
約15分はあくまで目安。患者によっては1時間以上になることもある。逆に短い患者では5 -10分程度で終わることもある。
● 対象患者
抗がん薬投与初期[治療開始から2回目の診察時以降(初回診察時は医師が治療内容の説明を実施)]~6コース目頃まで
[Memo]
コース前半は副作用が出やすく、服薬できていないケースが多いので治療開始初期が重要で、アドヒアランス評価を行う。6コース目頃になると状態が安定するため、以降は患者からの希望に応じて対応するが、6コース目以降でも薬剤師外来を希望する患者は多い。
● 薬剤師外来を実施している主な診療科と相談内容
消化器系(胃・大腸・肝・胆・膵がん)、乳腺、婦人科、甲状腺がんの患者。なかでも消化器や乳腺の患者・症例数が圧倒的に多い。
副作用に関する相談内容としては、悪心・嘔吐、下痢、末梢神経障害、手足症候群が多い。
[Memo]
将来的には全診療科で薬剤師外来を展開したいと考えている。特に呼吸器や泌尿器科は、服薬する薬剤も多いため実施したいが、薬剤師のマンパワーの観点からも対応できていない状況。
● 実施場所
半個室がメインだが、一部個室もあり(写真)。
[Memo]
医師と投与量等の相談もするため、診察室のすぐ近くにある。薬剤師外来後、医師の診察に移るので、診察室近くの方が患者の利便性も高い。また、医師も気軽に薬剤師外来に顔を出して相談しやすい環境になっている。
● 薬剤師外来で患者説明時に使用している資料
おもな薬剤をA4裏表に一覧化し、説明時に使用。文字のみでなく、薬剤の写真も掲載し、患者に自分の薬を認識してもらうことが重要
● 医師との情報連携方法
電子カルテに入力
[Memo]
薬剤師は、患者からの聴取事項や副作用の重症度(Grade)評価、処方提案の内容などを電子カルテに入力。医師はその内容を確認し、提案された処方についても問題なければ、処方オーダーが入る流れになっている。診察前に薬剤師外来のカルテをまず確認し、患者の状況を把握するなど、医師が薬剤師外来の内容を確認するフローが定着している。
● 対応する薬剤師の教育について
薬剤師外来では、悩みや不安を抱え、時にそうした感情が不満となって薬剤師に接する患者もおり、柔軟で寛容なコミュニケーション力が必要になる。併せて、医師、看護師など他の医療者との円滑な連携も必要になり、そうしたコミュニケーション力は、薬剤師外来の前にまずは病棟業務を通じて学んでいく。薬剤師外来に立ち会って見学することもある。
※川上氏の話および提供資料をもとに編集部作成
川上 和宜 氏 プロフィール
2000年3月 昭和薬科大学大学院 医療薬学専攻 修了
2000年4月 財団法人癌研究会有明病院薬剤部
2016年5月 公益財団法人がん研究会有明病院医療クオリティマネジメントセンター医療安全管理部 主任薬剤師
2019年5月 公益財団法人がん研究会有明病院薬剤部臨床薬剤
室室長、現在は調剤室長
博士(薬学)、日本臨床腫瘍薬学会理事・会誌編集委員会委員長、Journal of Pharmaceutical Health Care and Sciences,
Associate editor