薬薬連携のなかで、トレーシングレポート(TR)活用の意義は大きい。東京都江東区豊洲にある昭和大学江東豊洲病院とその周辺の保険薬局では、TRを円滑に運用するために体制を構築し、積極的な情報発信と共有、さらに協働して病院・薬局薬剤師が技能を向上させる取り組みを行っている。今回は、当豊洲エリアの薬薬連携の推進にあたり、中心的な役割を担っている江東区薬剤師会副会長の山崎敦代氏と昭和大学江東豊洲病院薬剤部の喜田昌記氏と柏原由佳氏にお話を伺った。

江東区薬剤師会 副会長 山崎 敦代 氏
昭和大学江東豊洲病院 薬剤部 薬剤部長
 柏原 由佳 氏/ 薬剤部 喜田 昌記 氏


時間と複数の担当者を決めてトレーシングレポートを対応

 昭和大学江東豊洲病院では、毎日決まった時間にトレーシングレポート(TR)担当の5名の薬剤師が、TRを確認するようにしている。同院薬剤部薬剤部長の柏原氏は「、どの薬剤師も、病棟での臨床業務をはじめ多くの業務を抱えています。担当者と時間を決めて取り組まなければ、TR対応は持ち越されてしまいます」と、過去の経験を踏まえ、このような体制を取る背景を説明する。

 同院薬剤部の喜田氏は、「薬剤部に担当者を置くことで、保険薬局側は病院に相談しやすくなり、『顔の見える関係作り』に繋がります。病院側としても、保険薬局への対応のほか、院内の医師や関係者にTR情報の共有や相談などを行う際に、薬剤部の誰が対応したかが追いやすいという利点があるのです」と担当者の配置の意義を補足する。

 また、同院は複数の薬剤師でTRの確認にあたることも大切にしている。複数名でTRをアセスメントすることで、より多くの気づきや意見を踏まえて対応できると考えるためだ。

トレーシングレポートへの取り組みと件数の推移

 喜田氏によれば、同院がTR担当の薬剤師を設けたのは2018年。併せて、江東区の地域連携協議会でもTRの積極的な送付を強く呼び掛けた。2019年からは、症例検討会を開催し、TRの記載手順に関する講義も行った。本講義には数多くの参加者が集い、飛躍的にTRの件数が伸びる一因となった。喜田氏は「ここ数年でみると年間平均350枚を超える枚数までにTRが増加しています」と推移を示す(図)

診療報酬改定も件数に関連
病院からの情報発信がきっかけに

 2020年度以降、TRの提出件数が伸びた別の要因として、柏原氏は診療報酬改定の影響も大きいとみている。同院の連携充実加算の算定開始に伴い、病院から化学療法の対象患者に関する情報提供書を送付するようになった結果、保険薬局から返信としてTRが送付されることが増えたという。

 また、柏原氏は同院が応需するTR情報の特徴として、がんだけでなく、様々な疾患に関する内容が多いことにも触れ、これは退院時薬剤情報連携加算に関連して、「『薬剤管理サマリー』の作成にも注力した結果、同サマリーに設けられた薬局からの返信用紙の返信とともにTRの返信も増加したとも考えられます」と分析している。柏原氏は、「病院から得た情報をもとに、TRの送付をしてみようという薬局が多いのではないでしょうか」と、TRの運用には病院からの情報発信が欠かせないと感じている。

患者さんの日常を知るのは保険薬局
常にアンテナを張り、報告を習慣づける

 喜田氏は、TRで送付してほしい情報について、「個々の薬剤に対する副作用や服薬アドヒアランスはもちろん、日常生活の様子や複数の医療機関から処方された薬剤間の相互作用についても教えてほしいですね。保険薬局は、自宅といった生活のなかで服薬している患者さんの情報を得られる場。病院薬剤師の立場からすると、保険薬局は、病院では分からない服薬情報が集約され得るのです」と語る。

 また、TRの対象となる患者は何も抗がん薬ばかりではない。喜田氏は、「例えば、緑内障治療薬のブリモニジン点眼薬の副作用に血圧低下やめまいがありますが、こうした副作用が起こっていることを、TRで情報を共有していただいたことで転倒を防げたことは特に高齢者で大きな意義がありました」と、目薬という身近な薬で例を挙げた。山崎氏や柏原氏も「ワルファリン服薬中に併用注意にあたる納豆を食べていて、PT-INRの値が変動していたこともあった」「徐放剤のオキシコドンを自宅で切断して服薬していた」といった思いがけない事例を経験したことがあるという。

 「TRになる症例があまりない」と悩む薬剤師に対し、喜田氏は「保険薬局だからこそ見える患者さんの日常生活や身近な薬のリスクを探ってほしい」と話す。どのような薬に対してもアンテナを張って情報収集に努め、気になる点はすぐに病院に情報発信することを習慣づける姿勢が大切だと感じている。また、「現状、保険薬局では患者さんの詳細な病名や治療歴など、わからない情報が多い点はあると思います。そのため、保険薬局からの何気ない情報が、病院のカルテ情報と照合すると、リスクの早期発見や重大なリスク回避に繋がることもあります。TRで報告すべき情報か迷った場合でも、まずは情報を送って共有いただけると嬉しいです」と熱弁する。

保険薬局が送りやすいことを優先に
病院提供のフォーマットを活用する

 同院は、通常のTRの様式とは別に、抗がん薬用、吸入支援用などいくつかの種類に分け、確認事項をあらかじめ記載したTRのフォーマットをHPに掲載している。しかし「実際は、当院のフォーマットにある確認事項を参考に、薬局独自の様式のTRを応需することが多いです」と喜田氏。

 柏原氏は「病院側が提供するTRフォーマットは、病院薬剤師が知りたい情報を形式立てて記載しているので、病院側が確認する際には非常に有用です。一方、保険薬局側にとっては確認項目や回答できない箇所も多く、煩雑に感じることもあるのではないでしょうか。病院提供のTRフォーマットを使用する際は、項目をすべて埋めて作成する必要はない。あるいは、あくまでそれを参考に、保険薬局側が作成しやすい様式でTRを作成いただきたいという方針を取っています」と話し、保険薬局がTRを送りやすいよう、こうした方針も病院が情報発信し続けなくてはいけない点だと挙げた。

自分たちに関わる患者を守るために
地域連携のモデルケースを目指す

 江東区薬剤師会と昭和大学江東豊洲病院薬剤部は、偶数月(8月/2月を除く)の第4週水曜日に、TRに関するカンファレンス(豊洲ベイエリアトレーシングレポートカンファレンス;TBTC)を開催している。参加薬局は、同院周辺の保険薬局と、その他江東区にある保険薬局が中心だ。喜田氏は、「基本的に参加の対象を、しっかりと繋がりを築くことができる現実的な範囲に限定していることもポイント」だと指摘する。そして、実際の症例をもとに、参加者は「自分ならどう対応するか」を考えて積極的に意見を述べ合い、病院薬剤師・薬局薬剤師がともに技能を高める場になっている。

 また、TBTCの開催月以外では、別途、山崎氏は同院とその周辺の保険薬局とで地域連携協議会を定期開催している。TBTCで扱う内容や、薬薬連携を円滑に進めるうえでの現状の課題や解決策の提案を協議し、意識のすり合わせをしているという。

 豊洲エリアの一連の活動を通し「、目指すは日本一の地域連携」と強い思いを語る。薬物療法の質を高めるために、常に話し合って連携の強化や知識の向上を図り、自分たちに関わる患者さんを守る。TBTCを通して、AIではできない技能を持つ薬剤師、ビジネスモデル(敷地内/医療モール)に依存しない患者さんのかかりつけ薬局を目指す。山崎氏は、こうした取組みが薬薬連携の1例として、全国に広まればとも願う。

TBTCの目的と症例カンファレンスの事例紹介

【目的】薬局薬剤師と病院薬剤師が、病院で得られる患者情報を共有することで、薬剤師の臨床的な技能の向上を図る
  • 臨床的な技能とは、薬の飲み方だけでない患者さんごとの病気に合わせた服薬指導、副作用・相互作用の早期発見、薬物治療の提案、服薬コンプライアンスの向上/工夫など
  • 患者さんのために薬剤師が「何を能動的に実施するか」であり、臨床的な技能のなかで、何ができる/何をすべきかを考えていくことが重要
  • TRは医療機関に対し、情報発信という行動ができる1つの武器。TR症例を通して、患者さんに対し何ができるかを考える

※2024年4月24日開催TBTCセミナーそうごう薬局豊洲店菊池麻子氏の講演より引用・一部改変

患者情報:60歳代男性
最近手術をしたと聴取。以前、薬局利用時に、胃と大腸の手術をしたことのみ患者から聴取。服用薬より、肝・胆・膵のいずれかも切除している可能性が推察されたが、初回来局時点ではおくすり情報提供書や退院時服薬指導書などの持参もなく、詳細は不明。
処方内容(20**年2月来局時):カモスタットメシル酸塩錠100mg/酪酸菌(宮入菌)錠/ボノプラザンフマル酸塩錠10mgなど

【薬局薬剤師コメント】 来局当時は、あまり話をしたくない印象を受けた

退院同日に、病院薬剤師から薬局薬剤師に提供された薬剤管理サマリー(患者来局前に共有された内容)

●20**年1月にS状結腸切除術+胃噴門側胃切除術+胆のう切除術施行。20**年3月〇日~ 術後補助化学療法目的で9日間の入院となった。
#退院時処方内容: カペシタビン錠300mg:8錠 分2 朝夕食後/酪酸菌(宮入菌)錠:6錠 分3 毎食後/ピリドキサール錠20mg:2錠 分2 朝夕食後/メコバラミン錠500mg:3錠 分3 毎食後/ポラプレジンクOD錠75mg:2錠 分2 朝夕食後 など
#S状結腸がん High Risk StageⅡ(RAS/BRAF野生、MSS・UGT1A1未測定) ➡ 入院管理下でカペシタビン+オキサリプラチン療法開始
#食欲不振/口内炎/手足症候群:なし、下痢:G1にて、酪酸菌製剤を増量
#その他:ご本人は薬や病気に対して、詳しく知りたいというご希望あり。ゆっくり説明をお願いします。

【薬局薬剤師コメント】 前回の来局時は、あまり話をしたくない印象を受けたが、次回来局時には丁寧にお話を伺って対応しようと感じた。カペシタビン+オキサリプラチン使用で下痢が発現しているが、入院時・退院時処方ともに下痢止めの処方がないことに疑問。薬剤管理サマリーに設けられた薬局からの返信欄に、次の内容を返信。

平素より大変お世話になっております。薬剤管理サマリーの共有ありがとうございました。
下痢(G1)とのことですが、手持ちにロペラミドカプセルなどはありますでしょうか?退院時処方にもなかったようです。必要であれば、 2w後の次回ケモ時に疑義照会にて追加提案させていただきます。

退院より2日後来局(想定外の来局)[ カペシタビン+オキサリプラチン療法 C1 day7]

退院時にもらった薬を自宅で落としてしまい、不足分を処方してもらうために通院、来局。下痢に関して、ロペラミド屯用10回分の追加処方あり。薬剤管理サマリーより、薬や病気について詳しく知りたいとの情報を把握していたため、ロペラミドの使用法説明のほか、錠剤を転がしたとの聴取より、オキサリプラチンによるしびれの発現を疑い、指先を確認して感覚も確認。また、病名や治療歴を把握していたため、詳細な問診を実施し、別途、患者から体重減少に関する相談を受ける。

【患者コメント】
去年の年末から体調が悪くなって手術して、4ヶ月で10kgくらい体重が減ってしまった。下痢もしているし、気になっている。しっかり食べるようにはしているが、あまり食べたいという気持ちもない。これから半年間抗がん剤治療も続くし、体重を増やすにはどうしたらいいか?

【薬局薬剤師コメント・対応】
4か月で15%程度の体重減少との話を受け、通院する病院では、管理栄養士に食事相談ができることを紹介。胃の手術をしているので、少量ずつ頻回に食べることを提案。薬局にも栄養補助食品の取り扱いがあること、また、医師にも栄養補助食品を使ってよいか確認すると患者に伝える。

[問題点の整理と今後の対応]
1)胃の摘出からダンピング症候群の懸念とアドバイスを実施
食べ過ぎに注意し、食事の1回量を控えめにする。間食の活用を勧める。よく噛み、ゆっくり食べるようにする(1口30回、1食30分くらいの具体的な目標値を提示)など
2)体重減少については栄養補助食品などの検討
体重減少に対し、適切な栄養補助食品を検討したいが、不足している栄養素が不明。そもそも栄養補助食品が必要かも検討事項
3)外来化学療法を実施中のため、継続して副作用の状況を確認
現時点では副作用は発現していないが、オキサリプラチンは回数を重ねることで副作用があらわれる可能性も高いため、継続してフォロー

(実際に提出したTR)
平素よりお世話になっております。先日サマリーをいただいた患者様が来局され、栄養について相談がありました。20**年12月より現在にかけて、 10kg以上体重が低下してしまい、これから抗がん剤を続ける体力を維持するためにも体重を増やしたいとのご希望です。
胃の摘出もされているとのことなので、ダンピングを防ぐためにも1回の食事は少量にして、回数を増やすことやタンパク質を多めに摂っていただくことは指導しました。ご本人からも次回相談があるかもしれませんが、栄養士さんとの面談などしていただくとよいかもしれません。
薬局に栄養補助食品も取り扱いがございますが、おすすめしてよいか、採血上の微量元素など不足状態がわかればご教示いただけますと幸いです。

喜田氏、柏原氏、菊池氏の話をもとに編集部作成