感染性胃腸炎(ノロ・ロタウイルス)
解説者 片山 和彦氏 北里生命科学研究所 ウイルス感染制御学Ⅰ 教授
感染性胃腸炎は、細菌やウイルスなどによって感染し、下痢や悪心、嘔吐などの胃腸炎症状をきたす疾患群を指します。今回は、秋口から春にかけて感染性胃腸炎の原因となることが多いノロウイルスとロタウイルスに焦点を当て、北里生命科学研究所ウイルス感染制御学Ⅰ教授の片山和彦氏に、それぞれのウイルス感染症の特徴や感染対策などについて解説していただきました。
主に経口感染で発症
ノロウイルスとロタウイルスの感染経路は主に経口感染であり、感染者の糞便や嘔吐物、感染者に汚染された食品などに潜むウイルスに感染してウイルスが腸管内で増 殖した結果、下痢や嘔吐、発熱などの症状を発症します。
ノロウイルス感染症はすべての年齢層で認められ、乳幼児や高齢者が発症した際には脱水や嘔吐物を気道に 詰まらせて死亡することがあるため窒息に注意が必要です。ロタウイルスは生後6カ月から2歳をピークに、5歳までにほぼすべての小児が感染するといわれています。下痢、嘔吐などの症状は、他の胃腸炎を引き起こすウイルスと比較して重く、中枢神経系障害に伴う痙攣、脳症、腎不全などの合併症を伴うこともあります。乳幼児の場合は脱水とともに重症化に注意しなければいけません。
ノロウイルス感染症とロタウイルス感染症の特徴を表にまとめました。
秋口から春に続く流行期
流行期としては、11月頃の秋口から3月にかけてはノロウイルス感染症が流行します。冬を中心にノロウイルス感染症が流行する明確な理由は解明されていませんが、空気の乾燥に加え、寒さの影響も受けて、免疫力の低下した弱者から感染が広がっていくのではないかと考えられています。
まず65歳以上の高齢者、3歳未満の乳幼児、保育園や幼稚園などに通う5歳程度の小児の間で胃腸炎症状が起こり、ノロウイルス感染症の小流行が始まります。小流行に引き続いて、ノロウイルスによる食中毒の集団感染 が発生します。この集団感染の原因は、患者をケアした介護者が、ウイルスの付着した消毒が不十分な手で食品に触れることなどが考えられます。患者の増加はさらにウイルスの付着や飛散する機会を増やし、環境を汚染することにもつながるので、次第に大規模な集団感染が多くなります。このような傾向があることから、ノロウイルス感染症は11月後半~12月頃に増加し始め、1月にかけてピークを迎えます。
ノロウイルス感染症の流行期と入れ替わるように、3~5月にかけては乳幼児の間でロタウイルス感染症が増加していきます。
症状消失後や不顕性感染による感染拡大
ノロウイルス、ロタウイルスは主に経口感染すると先述しましたが、なかでもウイルスを含有する感染者の糞便や嘔吐物などが手指に付着し、口を介して感染する糞口感染が最も多い経路です。また、感染者の糞便や嘔吐物を含む飛沫や塵じん埃あいを吸い込むことで感染することもあります(飛沫感染・塵埃感染)。
ノロウイルス感染症の潜伏期間は、通常約1~2日間です。主症状は嘔吐、下痢、発熱で、初期には胃部不快感や嘔吐、発熱が多く、その後激しい水様性下痢となります。症状は2~3日程度で治まりますが、症状が消失した後も約1~2週間はウイルスが便中へ排泄されます。感染者の便1gの中には約1億個(嘔吐物の場合はその1/100程度)のウイルスが含まれています。ノロウイルスは約100~1,000個で感染が成立し、半数以上の人が発症します。
ロタウイルス感染症の潜伏期間も2日間程度で、その後、乳幼児を中心に急性胃腸炎を引き起こします。主症状は下痢、嘔気、嘔吐、発熱、腹痛で、通常は1~2週間で自然に治癒しますが、脱水がひどくなるとショックや電解質異常を起こし、死に至ることもあります。感染者の便1g中には約100億~1兆個のウイルスが含まれ、約10~100個で感染が成立すると考えられる非常に感染力の高いウイルスです。ノロウイルス同様に、症状が回復しても10日間程度はウイルスが便中へ排泄されます。
ウイルスなどの病原体に感染しているにもかかわらず、症状が現れていない状態を不顕性感染といいます。ノロウイルスは全人口の数%~10%程度に不顕性感染患者が存在するとみられます。一方、ロタウイルスは年長児期以降の再感染では不顕性感染が多くなります。不顕性感染患者は症状が現れないだけで便中にウイルスを含み、気がつかないうちに感染源となることがあるので注意が必要です。
診断と具体的な対症療法
ノロウイルス感染症の場合、脱水を起こしやすい3歳未満、65歳以上の高齢者に対しては保険適用のノロウイルス迅速診断キットを確定診断に用いることができます。それ以外の方については、二次感染を防止するために入院が必要な患者や食品関連会社に勤務などの事情で家族や本人の希望があれば、検査を実施することも可能です。ただし、この際の費用は自己負担になります。
ロタウイルス感染症は、乳幼児は脱水から重症化する傾向があるため早期受診と迅速な確定診断が求められます。ロタウイルスには保険適用された高感度の検査薬や、迅速診断キットがあります。
ノロウイルス、ロタウイルスいずれの感染症も、特異的な治療薬がないため対症療法を行います。下痢に対しては、ウイルスの排泄を遅らせてしまうなどの問題があるため、下痢止めは使用せずに整腸剤などで経過を観察します。また、脱水症状への吐き気止めの使用は、手足が震えるなどの錐体外路症状が出やすいため注意が必要です。嘔吐が治まっていない場合には、無理な経口補水を避けて、経過観察を実施しながら随時補水を行います。口渇や皮膚を摘んだ際に盛り上がったままの状態になるなど、強い脱水症状がみられる際は、重症化を防ぐために速やかに経静脈的輸液療法で水分、電解質の補給を行います。
特にロタウイルス感染症については、重篤な症状を呈する頻度が高いため、腸重積、中枢神経系障害に伴う痙攣、脳症、腎不全などの合併症を併発している場合は、速やかに入院させるといった対応が必要になります。
ロタウイルスはワクチン接種を推奨
日本では、ロタウイルスワクチンは2011年から導入され、現在(2018年12月時点)ロタリックスⓇとロタテックⓇの2種類のワクチンが使用されています。ワクチンは任 意接種で、ロタリックスⓇは生後6週から24週までに2回、ロタテックⓇは生後6週から32週までに3回接種します。どちらのワクチンもロタウイルス感染症の重症化防止効 果は非常に高く、ワクチンの接種率上昇に伴い、重症入院症例は劇的な減少傾向を示しています。いずれのワクチンも3万円程度の費用を要しますが、ワクチン接種費用を補助している自治体もあります。将来的に定期接種化されれば、重症入院症例だけでなく、ロタウイルス感染症の流行も防止できるのではないかと期待されています。
介護者への二次感染防止が重要
感染対策の基本となるのは手洗いで、調理前や排便後は石けんと流水による手洗いを徹底しましょう。見落としがちではありますが、手首付近にもウイルスが付着することが多いので、手首までしっかり洗います。
自身あるいは家族が感染してしまったら、二次感染の防止が重要になります。たとえば、子どもが感染して下痢や嘔吐物などで汚れ、タオルなどで拭き取った場合、使用済みのタオルは廃棄したほうがよいでしょう。汚染された衣服も廃棄するほうが望ましいといえます。嘔吐物や便の処理は、アイシールドやマスク、使い捨てのビニール手袋などを用いて処理時の吸入や接触を防いで行います。子どもの体を洗う際は石けんとシャワーで洗浄しますが、その際にシャワーの飛沫で介護者が感染しないよう、静かに洗い流します。また、汚染された浴室やトイレなどの消毒も不可欠です。消毒には次亜塩素酸ナトリウムを用います。
容易に廃棄や洗うことができない絨毯などが汚染された場合には、消毒後に濡れタオルを敷いた上から高温のアイロンをかけるとよいでしょう。ウイルスは熱に弱いため、濡れタオルと絨毯が乾燥するまで加熱します。
薬剤師の皆さんには、疾患のことだけではなく、こうした予防接種や実用的な感染対策などの有益な情報を来局された多くの患者さんに伝えてほしいと思っています。