正しいニュースよりも偽ニュースのほうが6倍速く人に伝わる
「中国のトイレットペーパー工場が生産中止するらしい」「マスク生産のためにトイレットペーパーが不足する」──。新型コロナウイルス感染症(COVID-19:Coronavirus disease 2019)が国内外で広がりを見せる中、わが国ではこのような情報がツイッターなどのSNSで拡散し、トイレットペーパーの買い付け騒ぎが起きました。トイレットペーパーはほとんどが国内生産で、紙を主な原料としており、マスクはポリエステル繊維などを加工した不織布でつくられているので、全くの誤情報だったわけですが、災害や疫病の発生時には流言、デマが流布しやすいといわれています。
かつて、米国の心理学者G.W.AllportとL.J.Postmanは著書『デマの心理学』1)において、流言(rumor)の流布量(R)は、内容の重要さ(i:importance)と、内容のあいまいさ(a:ambiguity)の積に比例するという法則(R~i×a)を示しました。「重要さ」は、他者からの伝達内容がその人にとってどれくらい重要であるか、「あいまいさ」は、その伝達内容に関する根拠や証拠のあいまいさ(情報不足あるいは情報が不確かな状況)を意味します。そして、流言は不安、不満、願望などの「強い感情」にとらわれている状況で生まれ、人々は流言を信じ、伝え合うことによって感情の緊張を緩和し、感情を正当化しようとする、と指摘しています。
確かに災害や疫病の発生時に人々は動揺し、とりわけ強い不安感に襲われます。この“不安の正体”を情報社会心理学者の橋元良明・東京大学教授は、①現在の、あるいは将来の自らの身体の安全に関する不安、②家族、所有財等の保全に関する不安、③当座の、あるいは将来の生活維持に関する不安、④行動基準が得られないためにとりあえず何をすべきか自体がわからないという不安、と説明しています2)。
困ったことに、SNSの普及とともに、流言の広まるスピードが著しく高速化しています。米マサチューセッツ工科大学のSoroush Vosoughiらが、2006年から2017年にかけてツイッターで配信されたニュース記事のうち12万6,000件をピックアップし、「真」と「偽」に分けて分析したところ、正しいニュースよりも偽ニュースのほうが、6倍速く多くの人に伝わり、リツイート(再投稿)がされやすいこともわかりました3)。この研究によると、偽ニュースには、正しいニュースに比べ、驚かせるような目新しさや、恐怖や嫌悪を感じる情報を含むものが多いという結果でした。
世界保健機関(WHO)では、感染症に関連するデマの拡散を「インフォデミック」(インフォメーション〔情報〕とエピデミック〔流行〕を組み合わせた造語)と指摘して警戒を呼びかけており、WEBサイトでは、「寒い気候と雪で、新型コロナウイルスを殺すことはできません」「熱いお風呂に入っても新型コロナウイルス感染症は防げません」などのメッセージを発信しています4)。災害や感染症の流行に見舞われたときは、人間の心理的特性を踏まえて感情を刺激するような情報は、とりわけ慎重に真偽を検討し、正しい情報を得るように努めることが重要だと思われます。
1)『デマの心理学』(南博訳, 岩波書店)
2)[現代のエスプリ]別冊『流言、うわさ、そして情報』(至文堂)所収:橋元良明「災害と流言」
3)Vosoughi S, et al.: Science 2018; 359: 1146-1151
4)WHO: Coronavirus disease(COVID-19)advice for the public: Myth busters
(コロナウイルス感染症〔COVID-19〕の一般向けアドバイス:神話の否定)
https://www.who.int/emergencies/diseases/novel-coronavirus-2019/advice-for-public/myth-busters