抗悪性腫瘍剤や免疫抑制剤など、投与時に特に注意が必要と考えられ特定薬剤管理指導加算等の算定対象となる「ハイリスク薬」。このハイリスク薬についての連続講座が、服薬指導ケア研究会で開かれている。クレデンシャルでは、第2回「糖尿病の薬」を取材した。

薬理・生理・病理を意識し、糖化反応の理解を

講義の冒頭、服薬ケア研究会会頭の岡村祐聡氏は、正確な薬歴には、モニタリングとそれに対する指導が必須であること、薬理だけでなく生理や病理の観点への意識が重要であることを述べた。
糖尿病の治療薬を扱う医療者としては、まず「糖化反応」について意識し、正しく理解する必要があるという。糖化反応は、フルクトースやグルコースなどの糖が酵素なしでタンパク質または脂質に結合する反応で、糖化反応は網膜症や心臓病などの発症にも大きく関わってい る。また、糖化反応は老化現象の主原因とも言われ、癌、末端神経障害などにも関わる。血管の上皮細胞は糖化によって直接傷つけられ、動脈硬化などを引き起こす。
糖化反応では、酵素がないために、たんぱく質や脂質に糖が一定期間以上結合すると不可逆的になり、細胞が壊死するまで糖が離れない。その結果、糖尿病の合併症が引き起こされると考えられる。

インスリンの立体構造と働き

インスリン製剤には、効果があらわれるまでのタイミングや持続時間によって、超速効型、速効型、中間型、混合型、配合溶解、持効型溶解がある。これらの違いについて、たとえば、速効型インスリン製剤と超速効型インスリン製剤では、インスリンの立体構造から考える。
インスリンは3本のαへリックスと1本の短いβストランドからなり、A鎖とB鎖はジスフィルド結合で連結している。2つの分子は1本のβストランドが逆向きに並び、反平行の小さなβシートを作っているため、2量体の方が安定して存在する。この2量体はさらに3組集合して6量体を作り、安定している。
速効型では、6量体から2量体、単量体へ解離した後に血液に吸収される。超速効型は、ヒトインスリンのアミノ酸配列が遺伝子組み換えによって変更されたアナログ製剤である。プロリンをアスパラギン酸やリジンに置き換え、マイナスに帯電している部位が多い状態にする ことで、単量体同士を反撥させ、6量体と2量体が形成されにくい構造となる。そのため、注射後速やかに単量体に解離し吸収され、効果発現が速いと考えられている。
インスリンの働きとそれに対する各薬剤の機序は、糖尿病治療薬の選定に重要な要素となるため、インスリンの特徴や働きについて、医療者としてはしっかりと理解しておく必要がある。インスリンは、膵臓に存在するランゲルハンス島(膵島)のβ細胞から分泌されるペプチドホルモンの一種。ペプチド(タンパク質)であるため、消化管のタンパク質分解酵素で分解されてしまうので、インスリンを口から飲むことはできない。インスリンは細胞膜にあるインスリン受容体に結合し、グルコースの細胞内取り込みを促進する(表1)。

服薬ケア研究会提供

生化学の理解が患者指導を助けることも

糖尿病治療には食事療法や運動療法がある。食事療法による代謝状態の正常化、運動療法による食後高血糖の抑制やインスリン感受性の向上には、肝臓や筋肉、脳における糖の放出や吸収が影響している。ここで、「代謝とは何か」、「グリコーゲンの構造や合成、分解はどのようになっているのか」、「ATP(アデノシン三リン酸)のどのように分解されるのか」といった生化学を理解することで、患者からの意外な角度からの質問に自分で考えて回答することができる。
たとえば、治療とは直接関係のない「ラムネを食べると集中力が上がるというのは本当?」という質問に対し、「脳の働きにはグルコースが必須だが、脳ではグルコースを蓄えることができないので、常に血中から取り入れる必要がある。森永のラムネは、成分のほとんどがブトウ糖(グルコース)なので、脳にグルコースを効率的に運ぶことができる。そのため、仕事や勉強で脳が疲れた時に森永のラムネを食べると集中できるといわれている」という回答。グリコーゲンの構造や合成、分解はどのようになっているのかということを理解しておくと、さらに糖尿病治療の話に繋げることもできる。

インスリンの分泌機序には膜電位やイオンの理解が必要

本講義の後半には、インスリンが分泌される機序が解説された。
ランゲルハンス島のβ細胞の毛細血管にグルコースが流入すると、ミトコンドリアのTCAサイクルを経てATPが作られる。すると、ATP感受性Kチャネルが閉口し、細胞内にKが蓄積し次第に正に帯電してくる(脱分極)。脱分極によって電位依存性Caチャネルが開き、Caが細胞内へ流入する。また、β細胞のゴルジ装置には小胞体から運ばれたプロインスリンが含まれているが、細胞内へ流入したCaイオンが、分泌顆粒(ゴルジ装置の一部が遊離したもの)の発現を促進する。増殖した分泌顆粒が細胞膜に触れ、インスリンが放出される。
この一連の機序では、膜電位(細胞膜をもつすべての細胞内外の電位差)があることが前提であり、そのうえで脱分極が発生する。そのため、膜電位を説明するための、ナトリウム-カリウムポンプやカリウム漏洩チャネルについても理解しておく必要がある。
また、細胞は、静止膜電位が脱分極することで活動が行われる。つまり、「生物の活動の根源は、静止膜電位が形成され、脱分極が起こること」と言い換えることもできる、と岡村氏。また、分子標的薬の多くは、脱分極に関わるいずれかのチャネル、または転写因子、あるいはそれに連なるカスケードのどこかを阻害するという機序をもつ。静止膜電位と脱分極の理解は、糖尿病治療薬以外の多くの薬剤を理解する際にも必要、と同氏は力説する。また、Caイオンは「細胞が何らか働く際のきっかけとなる」、Kイオンは「膜電位を作る」といったイオンの働きを覚えると、たとえば、低カリウム血症や高カリウム血症になったときどのような副作用が発生するか覚えなくとも考えられるようになる、という。

知識や理解の有機的な結合を

このほか、講義では、インスリン受容体と糖の取り込みの関係、低血糖症状、糖尿病腎症の発症機序などについても解説された。また、生化学の参考資料として、星薬科大学オープンリサーチセンターの鎌田勝雄氏が解説しているWEBサイトが紹介された。糖尿病の学習にはうってつけとのことだ。
講義の最後には、ビグアナイド系やチアゾリジン系、SU剤、グリニド薬など各糖尿病治療薬の薬理作用についても、PPARαやTNF-α、アディポネクチンなどの説明を交えて概説された。岡村氏は、「単純に各薬剤の作用機序だけを確認するだけではなく、縦横無尽の知識や理解を積み重ね、それらを有機的に結びつけることによって、充実した服薬指導や他の疾患領域への応用が可能になる」と強調した。