世界を否応なしに変容させた新型コロナウイルス。2020年薬剤師業界はどう変わったのか、今後はどうなっていくのか。ファーマスタイルは、9月6日、一般社団法人リード・コンファーマと株式会社カケハシによる共催セミナー「Withコロナ時代の薬剤師・薬局業界の課題と解決策を考える」を取材した。登壇した井手口直子氏と中尾豊氏の鋭くも温かみのある講演と、その場のオーディエンスの質問を交えたディスカッションをリポートする。
講演1 Withコロナ時代の薬剤師のコミュニケーション
井手口 直子 氏 帝京平成大学 薬学部 薬学科 教授
略歴
帝京大学薬学部卒業
名古屋大学大学院教育発達科学
専攻単位取得退学
博士(薬学)、博士(教育)
主な役職
日本在宅薬学会理事
日本ファーマシューティカル
コミュニケーション学会常任理事
日本地域薬局薬学会理事
著書
「薬剤師になるには」
「ファーマシューティカルケアのための医療コミュニケーション」南山堂
「薬学生・薬剤師のためのヒューマニズム」羊土社
「薬剤師のためのコミュニケーションスキルアップ」講談社
コロナで変わったこと
「コロナは、あなたの何を変えましたか?」。井手口直子氏の話はこの問いから始まった。
株式会社おいしい健康と慶應義塾大学の共同調査によれば、感染拡大以前からの変化として、起床時間が約1時間遅くなり、男性の間食回数が2.8倍に増加、1日あたりの歩数が40%以上減少したそうだ。緊急事態宣言の前後で主観的幸福感は下落したが、その後を含めると主観的幸福感が昨年に比べ高まっている層があるという。現在のライフスタイルへの慣れや工夫による適応が進んでいるのかもしれない。
一方で、コロナはあらゆる社会経済活動に大打撃を与えている。日本保険薬局協会の調査では、処方箋受付枚数が前年同時期より減少したという薬局の回答がほとんどだったが、井手口氏の薬局も例外ではなかったようだ。
電話やネットなどによる遠隔診療や服薬指導が特例で認められた、いわゆる0410対応。千葉県市川市の調剤薬局を対象にした調査では、オンライン服薬指導に対応している薬局は135店舗のうちわずか3店舗だった。この結果から、0410対応として現状は電話利用が主流と推測される、と井手口氏。しかし、処方箋数や来局者数が減少している現状を打破するためには、やはりオンライン服薬指導の導入が有力な手段の可能性が高いとのこと。
オンライン服薬指導のメリットと課題
患者側としては、場所や時間に制限がないことがオンラインの大きなメリットだ。薬剤師や薬局側としては、患者の継続的受診でさらなる健康の回復や維持されるが期待されるだけでなく、訪問時間削減により業務が効率化し、さらに一人薬剤師でも薬局を閉めずに対応も可能といった実務上のメリットもあるという。
しかし、前述のとおりオンライン服薬指導の浸透はまだ遠い。普及の壁として、患者側としては、薬剤の入手方法がある。来局してしまってはオンライン服薬指導のメリットのひとつである感染リスクの軽減効果が薄れるし、薬剤を郵送とする場合はタイムラグや配送費が発生する可能性が否めない。薬剤師側としては、対面に比べ患者の体調や状況のキャッチアップが不十分となる可能性があり、もちろんインフラ整備の負担もある。また、患者と薬局の双方にITリテラシーが必要、と井手口氏は話す。オンライン服薬指導は、全ての世代にアクセスしやすい医療サービスであるべきだが、こうした課題にどう立ち向かうのか。
店舗のルール作りが重要
オンライン服薬指導を含めた戦略としては、薬局店舗における患者層や薬局の特徴、スタンスを再確認し、それに基づいたルール作りと実用が重要と、井手口氏は強調する。例えば、「慢性疾患や若い患者が多いので、ITリテラシーが高いと考え積極的にオンラインを導入する」、あるいは「高齢の患者が多いので、オンラインを実施するにしても配送や感染予防の充実に重点を置く」など。未受診者、テレワーク実施層、子育て層、遠方の患者など、患者像は地域によって様々だろう。薬剤師の人数が少ない店舗では、オンラインの時間を指定する必要もあるという。
在宅調査から見えたBCPの重要性
一般社団法人全国薬剤師・在宅療養支援連絡会(J-HOP)が2020年4月に実施した調査では、在宅の依頼件数はやや増加傾向となった。本調査では、感染拡大対策として訪問エリアの制限や居室訪問の中止などを実施したという回答が得られたものの、多くの薬局では、患者や家族がコロナに感染した場合の対応方針が定まっていないことが浮き彫りとなった(図)。
本調査では、Business Continuity Plan(BCP;事業継続計画)の実施状況も確認している。BCPとは、自然災害やテロ攻撃などの緊急事態に遭遇した場合に、企業が事業を継続するための方法や手段の取り決め計画。BCP導入企業は、緊急時でも中核事業を維持・早期復旧することができるため、その後、操業率が100%まで復旧し、事業拡大も期待できる状態となる。
BCPの特徴としては、次の5点が挙げられる。①優先して継続・復旧すべき中核事業を特定する、②緊急時における中核事業の目標復旧時間を定めておく、③緊急時に提供できるサービスのレベルについて顧客とあらかじめ定めておく、④事業拠点や生産設備、仕入品調達等の代替策を用意しておく、⑤すべての従業員と事業継続についてコミュニケーションを図っておく。
本調査でBCPを作成し活用していると回答した薬局はわずか10%程度で、半数近くの事業主がBCPを作成できていなかった。BCPの認知度すらも本調査では80%程度。十分とは言えない結果だった。
2020年以降の薬剤師が目指したいもの
コロナ渦の薬剤師のコミュニケーションは、薬剤処方だけにとどまらない。井手口氏の薬局ではこの数カ月、ビタミンCやそれを含むスーパーフード、乳酸菌入りの青汁、CBD(カンナビジオール)オイルなどについてのカウンセリング数が増加したという。免疫力を強化したい、という患者が増加した表れかもしれない。
さらに、井手口氏が力説したのは、薬剤師による健康経営や健康投資の促進に向けた取組みだ。知識力だけでなく行動という意味でもヘルスリテラシーを向上させる。学校薬剤師のように地域の企業とコラボし、未病予防への取り組みやセルフメディケーションを促進する。今後“産業薬剤師”という新たな枠が生み出されるかもしれない。「モノがあり、専門家もいて、地域に根ざしている。これは薬局の大きな強みです。」と井手口氏は強調した。
講演2 変革期における薬局業界の課題と解決策
中尾 豊 氏 株式会社カケハシ 代表取締役社長
医療従事者の家系で生まれ育ち、武田薬品工業株式会社に入社。MRとして活動した後、2016年3月に株式会社カケハシを創業。経済産業省主催のジャパン・ヘルスケアビジネスコンテストやB Dash Ventures主催のB Dash Campなどで優勝。内閣府主催の未来投資会議 産官協議会「次世代ヘルスケア」に有識者として招聘。
今おかれた状況で価値を創造する
「考え方や行動を変えないと、今後、薬剤師は価値を提供できない可能性が非常に高いと思います」という厳しい言葉から中尾氏の講演は始まった。薬剤師や薬局の位置づけを整理する必要があるという。具体的には、他の医療従事者のバリューポジション(顧客に提供する価値の組合せ)や他の企業のバリューポジションと比較し、薬局が出せる価値は何かを整理し、それに対する組織戦略や組織・ルール作り、アウトプットを実施することで、地域から評価される。
しかし、全国の処方箋はどこでも受け付けているという現状ではバリューポジションはなくなり、どこでも同じ。利便性に偏っている以上、薬局はAmazonや楽天にはなかなか勝てない。では、今ある状況でどうしたら良いの か。そのためには「仕組みが必要」と考え、中尾氏は株式会社カケハシを立ち上げた。医療従事者が疲弊しない(サステイナブル)環境を重視し、企業理念は「日本の医療体験をしなやかに」(しなやかさとは、高い品質で、どこまでも滑らかに続く、決して崩れることのない強さ)。
患者への価値提供を妨げる原因
薬剤師が持っている患者とのコミュニケーション機会は1年間トータルで約8億回。これは医師以外の医療関係者としては最大だ。日本全国の調剤薬局軒数は約59,613軒。調剤薬局勤務者数は約18万人。こうした数字からは、調剤薬局や薬剤師は患者への価値提供に関する大きな潜在力を保有していることがわかる。
問題は、少なくとも受け手側からみると、その力が有効活用されていないということ。厚生労働省による患者のための薬局ビジョン実現のための実態調査報告では、薬局を訪れる患者にとっては、薬局は「薬を受け取るところ」という認識だった。その背景には、薬局・薬剤師業務の提供価値は顧客である患者に伝わりづらいという点がある(表)。
患者のニーズを聞くコミュニケーション
異業種では、事前の顧客情報が無くとも「GIVE」(心理学法則の一つである返報性の原理を活用したコミュニケーション)を活用し、顧客ニーズを引き出し、問題解決を実行している。患者から情報の聞き取る際、患者にとっては薬剤師からの質問に答える(薬剤師に情報を共有する)意図があまり分からない。まずは、GIVEに寄ったコミュニケーションを徹底し、患者の本質的な欲求を見るようにすることだという。現在の薬剤師がおかれた環境を考えると、これがなかなか実践しづらいところがあるが、まずは身近なオペレーションから少しずつ変えていくことが大事とのことだ。
薬剤師業界の課題と解決策
中尾氏は、薬剤師業界の課題として、業務の多様化や、情報の少なさと活用不足、患者へのタッチポイントの少なさを挙げた。こうした課題に対しては、「業務の整理と分担」、「患者情報と経営情報の見える化やアクション整理」、「薬局の外の患者さんへの適切なフォローアップ」といった策が求められるという。中尾氏の会社が手がける薬局体験アシスタントMusubiでは、単なる電子薬歴だけにとどまらず、広島大学心不全センターとのコラボし収集した健康アドバイス、また、薬局業務見える化クラウドMusubi Insightを用いた薬局運営情報をそれぞれ可視化し、患者や薬局に提供している。
薬剤師とITの仕事の棲み分け
人ではやりきれないことについての解決にはテクノロジーが不可欠だが、もちろん人とITの棲み分けは必要だ。中尾氏は「ITによって全てが解決するとは到底思っていません」と話す。
ITではなく人が実施すべき「HIGH TOUCH」と、ITで実施できる「TECH TOUCH」という2つのカテゴリーで分担する。HIGH TOUCHでは、1対1の訪問や相談などの個別対応の事項を実施し、TECH TOUCHでは、標準対応として1対多で自動的に実施することで対応数を増加させる。このように、人とITの力を掛け合わせることで「接点をつな ぐループ」が回り始め患者が喜ぶ服薬期間中のフォロー患者対応数増が見込める。ITの介入により、薬剤師がいま最も注力すべき対人業務の主たる部分に向かう環境が整う、というわけだ。
対談講演
Q:薬局を効果的に広報するには、どのような方法がよいでしょうか。
中尾 マーケティングにおいては、「誰に」「どのように」認知してもらうかが重要です。まず、その薬局自体が「誰に(どのような患者様に)」認知して欲しいかを選定し、その患者様が薬局に「行く」までに、どのタイミングで薬局を認知し、その際に効果的な方法は何かを考えます。例えば、65歳以上の来局者が多い薬局では、地域の回覧板や新聞、スーパーの掲示板かもしれません。いま流行のFacebookやインスタグラム等を活用したSNSマーケティングもひとつのソリューションではありますが、認知させたいターゲットに合わせたアプローチをすべきだと思います。
井手口 その薬局を利用する、あるいはこれから利用して欲しい方を明確にして情報を届けるということですね。私の薬局ではポスティングを実施しています。新聞購読率は全体としては低下していますが、比較的新聞をよく読む年代(高齢者層)が薬局周辺に多く居住されている点を鑑みると、手軽なポスティングは悪くない手段だと思います。実際に、かかりつけ薬局に関する案内に加えて、健康食品や青汁なども取り扱っていることを紹介して来局された患者様もいました。
Q:薬局と医療機関が緊密にコミュニケーションを取る必要があると思いますが、どのように関係構築をすればよいでしょうか?
中尾 ポイントは2つあると思います。1つ目は人間関係の構築です。医療機関側の医療従事者の方もそれぞれ一人の人間ですので、関係性のない間柄では難しい場面もあるのではないでしょうか。こちらから日常的に挨拶をするだけでも関係が少しずつ構築されてくると思います。2つ目は、他の医療従事者に薬剤師の価値を認知してもらうことです。「私は薬剤師として、〇〇な患者様に〇〇のアプローチができるので相談してください」などと、自分が提供できる価値や得意分野などを明確に伝えることが重要です。また、一口に医療機関と言っても、教授や部長、医局員、事務員では立場や考え方がそれぞれ違います。各々の悩みと求める情報をイメージして提案できるようになること。この提案をするうえでは、1つ目の人間関係がやはり大切だと思います。
Q:服薬フォローアップを患者様に断られた際、どのように対応すればよいでしょうか?
井手口 フォローアップは、単に「お電話します」ではなく、そこで何を聞くのかをあらかじめ伝えておくことが重要だと思います。その上で、患者様に断られた際は、次回来局時の確認事項をその場で伝えることが大事だと思います。そして、その確認事項は薬歴に正確に記載しておきます。電話を嫌う患者様は多いため、私は、次回来局までのフォローとして、より簡易的で時間を選ばないフリーメッセージを活用しました。やり取りを繰り返すことで、患者様からの信頼感を高めることができたと思います。患者様とやり取りをする際には、必ず記名や名乗るようにしましょう。患者様の記憶に名前が残り、かかりつけ薬剤師の同意に繋がる可能性もあります。
Q:薬剤師が行うべき重要な対人業務と、非薬剤師に移管していくべき業務に関する考え方を教えてください。
井手口 私は、正解はひとつではなく、また「非薬剤師に移管していくべき業務」という考え方をしていません。対人業務を行うために、薬剤師としては、①専門知識、②専門知識を活かす技能、③対人能力(患者様とのコミュニケーション能力)の3つが求められます。一方で、非薬剤師の方も自身の考えと社会的価値(役割)を持って薬局に勤務しています。それぞれの薬局で話し合いながら業務を進めていき、患者様のQOL向上を目指すのがよいと思います。
中尾 どういう価値を提供し、何を実現したいかは薬局あるいは薬局法人ごとに異なります。薬局法人であれば、まずは経営部門がその点を整理し、重点を置くべき箇所を定め、薬剤師と非薬剤師の組織体制を考えます。どのような業務を移管するかではなく、どんな価値を発揮する薬局あるいは薬局法人か、棚卸しして組織編成や業務分担を考えればよいと思います。
Q:これから薬剤師を目指す方や若手の薬剤師に向けたメッセージをお願いします。
中尾 「自分の幸せ」が何かを考え抜いて行動してください。考える際には、いま置かれている環境をベースに考えるのではなく、欲求をベースにします。3年後、5年後、10年後の理想の状態を考えて不足やずれを感じれば、それを埋めるための能力を身に付ける努力ができます。また、薬剤師資格だけでは、必要十分な価値を満 たさない時代がこれから来ます。薬剤師として企業や患者様、自分自身にどのような価値を提供できるのかを考え、社会的な価値を軸に自分の能力を高める必要もあるでしょう。
まとめ
■広報は、患者像を明確にした上でアプローチ
■医療機関と関係を構築し、薬剤師の価値提示を
■フォローアップは事前に確認事項を伝える
■まずは自身の役割と価値を整理
■自分の幸せ、社会的価値を考え抜く