監修 井手口 直子 氏 帝京平成大学 薬学部 教授
6年制の薬学教育が導入されて以来、将来の薬剤師に対する実践的なコミュニケーション教育が行われるようになりました。その影響で、コミュニケーションについての薬剤師の考え方は変わり、スキルも向上しています。しかし、臨床現場ではまだ、患者さんとのコミュニケーションに悩む場面が少なくないのではないでしょうか。今回は、薬剤師のコミュニケーションスキルをいち早く研究し、その教育に携わってきた帝京平成大学薬学部教授の井手口直子氏に、薬剤師のコミュニケーションについてお話を伺いました。
薬物療法の質を高めるためのコミュニケーションスキル
薬剤師には、一人ひとりの患者さんの薬物療法の質を高めるためのコミュニケーションが求められますが、その大前提として、患者さんは薬に対する不安や不満、迷いを持っているということを常に認識しておくことが非常に重要です。それらの患者さんの感情をキャッチして、問題の解決に向かうためのサポートを行うのに必要なのが、薬剤師としてのコミュニケーションスキルです。
患者さんの言葉の裏にある 本音と感情、欲求
まず始めに理解しておくべきは、表層に出る患者さんの言葉は本音とは限らないということです。
薬剤師はサイエンティストであるが故に、職業柄、物事を白か黒かはっきりさせたいタイプが多いと言われてきました。一方、医療はサイエンス(science)であると同時にアート(art)の部分も大きく、白黒がはっきりとしない部分が非常に多い分野です。このジレンマが、患者さんとのコミュニケーションの悩みにつながるのかもしれません。
例えば、「この薬は飲みたくない」、「いつまで飲むの」などと言う患者さんの訴えに対し、サイエンティストである薬剤師としては、「飲まないと良くなりませんからきちんと飲んでくださいね」というのがストレートな対応でしょう。しかし、それで患者さんの行動は変容するでしょうか。この患者さんは『飲みたくないけど治療しないわけにはいかないし…』という思いから、このようなことを言われたのかもしれません。別の患者さんから「飲んでいないのだけど、先生には言わないで」と言われた時には、『先生には言えなかったけど、飲んでなくて本当に大丈夫?』という本音があるのかもしれません。患者さんに限りませんが、人が発する言葉には、さまざまな本音とそれに伴う感情、欲求が潜んでいます。患者さんがなぜそういう訴えをするのかを探り、その訴えの背後にある感情と欲求に着目して対応することが重要なのです。
感情は期待に対する結果によって生まれる
「喜び」、「怒り」、「悲しみ」、「不安」、「苦しみ」といった感情は、人が物事に期待をするために発生するという考え方があります。例えば、コンビニエンスストアのレジに並んでいる時には「早く順番がくると良いな」という期待をしているため、店員さんが別のレジを開けて自分を呼んでくれると、安心(喜びのカテゴリ)の感情が生まれます。「喜び」は期待がかなった時の感情と解釈することができます。同様に、「不安」は期待に対する結果の見通しがつかない時、「怒り」は当然のように期待していることがかなわなかった時、「悲しみ」は期待を諦めなければいけない時、「苦しみ」は「不安」、「怒り」、「悲しみ」というネガティブな感情が持続した時の感情です。感情は期待に対する結果により生まれるものなのです。この考え方に沿って、患者さんの言葉の背後にあるのはどんな感情なのか、また、それはどんな期待に対して生まれた感情かに着目することが重要です。
さらに、人は本質的に 3つの欲求を持っていると言われます。それは「慈愛願望欲求」、「自己信頼欲求」、「慈愛欲求」です。慈愛願望欲求は、「人から愛されたい」、「人に理解してもらいたい」という欲求です。患者さんが色々なことを訴えてくる場合、「誰も自分を分かってくれない」、「話を聞いてくれない」という思いでいっぱいで慈愛願望欲求が強い状態になっているのかもしれません。「自分に自信を持ちたい」、「自分を愛したい」という自己信頼欲求や、「人を愛したい、守りたい」という慈愛欲求が、言葉の裏に存在するケースもあります。患者さんの訴えは、こうした本質的な欲求と感情も複雑に絡み合った上で発信されるものであることを理解し、カウンセリングを行うことが重要です。
会話の上で重要な4つの基本姿勢
カウンセリングの目的は、思考、感情、行動のいずれか、あるいは全てを変容させることと言われます。薬剤師と患者さんとのコミュニケーションにおいてもそれは同じです。ただし、薬剤師が患者さんを変えるというより、患者さんが自身で変える手助けをするイメージです。患者さんと会話をする際は「観察」、「傾聴」、「確認」、「共感」という4つの姿勢を基本にします(表)。これらの姿勢で会話をすることで、患者さんに「分かってもらえた」という喜びの感情が生まれます。さらに、確認や共感によって、相手の声を通して自分の発言を改めて聞くことは、患者さんが自分の感情を客観的に分析し、問題解決の方向に向かう手助けになります。
言葉と行動の矛盾を認識することで自己決定へ
「これ飲んでないのよ」という患者さんに対して、読者の皆さんならどう対応するでしょうか?
ここで特に注意して観察していただきたいのは、患者さんの言葉と行動が一致しているか、という点です。この場合、患者さんが本当にその薬を飲まないと決めているのであれば、薬を受け取りには来ずに処方箋を捨てるという行動をとってもいいはずです。しかし、薬局にはちゃんと来ていてそんな発言をする。言葉と行動が矛盾しています。
薬剤師としては、この矛盾を見逃さないようにしたいところです。なぜなら、たいがい患者さん自身は、自分の矛盾に気がついていないからです。しかし、この相反する言動の裏で、多くの患者さんは心の奥底で迷っています。そこで、4つの基本姿勢は崩さないまま、患者さんへ矛盾を想起させ、感情を明確化し、さらに矛盾する 2つの感情を並べて対決さ せることで、自己決定へのサポートをしていきます(図1)。
このように矛盾する感情を明確にして並べて提示 すると、人はこの矛盾を解決したい、どちらかに決 めたいという気持ちになります。しかし、矛盾が見えていない段階で、「治癒のために今は薬の服用が必要です」、「副作用の可能性がない薬などありませんよ」、「先生に問い合わせてみますね」などとどちらかの方向に向かわせようとしても、患者さんの心は動きません。患者さんが矛盾した感情を認識して自己決定を行った後は、薬剤師からの情報提供や指導がスムーズに伝わります。
COLUMN
フルーツバスケットのような患者さんの心
情報提供や指導が最初の段階で伝わらない患者さんがいるのは、なぜなのでしょうか。それは患者さんにはそれぞれ病気にまつわる物語(ナラティブ)があるためです。患者さんとの対話を通じて、医療従事者がその患者さんのナラティブを理解し、患者さんとともにより有益なナラティブを新たに構築していくことが必要なのです。これを、科学的根拠に基づく医療(EBM)に対し、Narrative Based Medicine(NBM)と呼びます。NBMは、個々の患者さんが持つ病気の経験や治療の意味に対する考えに基づき、より個別性の高い医療を提供するという診療概念です。
NBMを説明する時に、私はよく、ナラティブをフルーツバスケットに例えて説明します。患者さんがそれぞれ自分のフルーツバスケットを抱えているとします。不可解な言動をする患者さんのバスケットを覗いてみると、腐ったリンゴ(不可解な言動の原因となる考え方)が入っているのを発見します。そこで「その考えは少しおかしいですよ」ということで「腐ったリンゴが入っていますので取りますね。かわりに新鮮な柿(薬学の観点から見た妥当な考え方)を入れておきます」と入れ替えたとします。患者さんは「ああ、そう」と、その時は帰っていきますが、次に来た時にはまた腐ったリンゴが入っているのです。患者さんはその腐ったリンゴがやはり良いと思い、バスケットにまた詰め込んでしまいました。つまり、ナラティブの書き換えは容易ではないのです。患者さん自身が納得した上でその腐ったリンゴを取り出す必要があります。「この腐ったリンゴがお好きなんですね」、「どこがお好きなんですか」、「食べたいと思いますか」と、改めて腐ったリンゴを患者さんと一緒によく観察することから始めます。それにより改めてそれがいい理由を考えていくと、患者さんは「あら、だめじゃない。これ腐っているわね」と初めて気づき、腐ったリンゴを取り出す気持ちになります。そこで柿をすっと差し出すというようなイメージです。患者さんの価値観を理解した上で、思い込みや矛盾に気づかせるように対話を通じてアシストして、それに気づいたところでタイミング良く情報提供や指導を行うことで初めて理解が得られるのです。
全ての患者さんでこのような段階を踏まなくてはならないというわけではありません。多くの患者さんは、簡単な情報提供や、もう一歩だけ踏み込んだカウンセリングで理解されます。体感的には、患者さん全体の5%程度に、こうした難易度の高いカウンセリングが必要な方がいるように思われます。
「そうなんですよ」と言われるコミュニケーションを
ここまでカウンセリングの技法について説明しましたが、こうした技法は全て、相手を深く知るためにあります。患者さんの話をただ「そうなんですか」と聞き流すのではなく、深く知るための質問をする。その答えの中にあるキーワードを、薬剤師も言葉で繰り返し、発言を要約し確認します。患者さんが「そうなんですよ」と答える。患者さんを深く知ることができた段階です。「そうなんですよ」と言われるようなコミュニケーションを行っていくことが大切なのです。
とはいえ、薬剤師と話したい患 者さんと話したくない患者さんがいますし、話したい内容と話したくない内容があります。薬剤師が聞きたいレベルと患者さんの話したいレベルの観点から会話の内容を図で表すと、患者さんが話したいことと薬剤師が聞きたいことが一致するゾーン(ヒットゾーン)、こちらが聞きたいのに相手は話したくないというゾーン(ハラスメントゾーン)、相手は話したいがこちらは聞きたいことではないというゾーン(社交会話ゾーン)、そのいずれでもないゾーン(無意味 ゾーン)に4分割されます(図2a)。
この縦軸と横軸の位置は、個々の患者さんの状況によってさまざまです。臨床現場では、しばしば「なんで薬剤師にそんなことを話さなくてはならないのか」と反応される患者さんに遭遇すると思います。そのような方は、横軸の位置が高くハラスメントゾーンが広い状態にあります(図2b)。こうした状況の中で必要な情報を聞き出すためには、この横軸の位置を下げる必要があります。患者さんが話したい、話してもいいというヒットゾーン・社交会話ゾーンに入る質問をしながら患者さんとの関係を構築し、この人だったらもう少し話してもいいかなと思ってもらうことが大切です。ハラスメントゾーンが広い状態の方に、そのゾーンに入る質問をしていくと、抵抗感ばかりが強くなり、さらにこのゾーンが広がってしまいます。
何も話してくれない患者さん。どうしたらコミュニケーションがとれる?
実際の薬局業務では最低限の会話すらしたくないという患者さんに接する機会もあると思います。そのような患者さんに対してどのようにコミュニケーションをとっていけばいいのでしょうか。
まず、なぜ話したくないのかということを観察することが重要です。仕事中で時間がない、病院で長時間待たされ疲れている、薬剤師に症状を話す必要はないと思っているなど、その理由はさまざまでしょう。
例えば、仕事中で時間がないという患者さんであれば、調剤の時間を使って、
「今、ほかの薬剤師がお薬をご用意していますが、その間に少しだけお話を聞かせ てもらってもいいですか?」
と、情報を聞き出すことは1つの手です。職場の環境面でこれが難しい場合には、薬を渡す際に
「お時間がないと思いますので、1つだけ質問してもいいですか?」
と情報を収集するようにします。このような場合はyes、noで答えられるクローズドクエスチョンが適しています。こういった患者さんは、毎回ほとんど話さないので薬歴の記録がないことが多いために「お具合いかがですか?」など漠然としたオープンクエスチョンをしがちです。しかし、相手が話したくないという気持ちでいる場合、オープンクエスチョンでは「特に変わりません」といった答えになってしまい、結局何も情報収集できずに終わってしまいます。クローズドクエスチョンで一つひとつ情報を収集していくのです。
聞いても話さないからといって、そのまま放置してしまうのでは、私たち薬剤師のミッションを放棄することになってしまいます。そうではなく、機会をうかがいながら、こちらのやり方を変えて少しずつでもコミュニケーションをとっていくことが重要です。そうすることで患者さんのバリアも少しずつ外れていき、徐々に態度が軟化することもあります。また、カウンセリングによって副作用の回避や有効性の向上などを経験することがあれば、その患者さんは薬剤師の役割を認識するようになり、信頼関係が構築されていきます。それは、いかにこちらがアンテナを立てて、コミュニケーションのとり方を工夫するかにかかっています。
社会において薬剤師によるコミュニケーションがさらに重要に
現在、産業分野では医師(産業医)、保健師(産業保健師)が活躍していますが、薬剤師はそこには関 わっていません。国は医療費の上昇の理由の 1つに、未受診者の疾病の悪化を挙げていますが、その根底には一人ひとりの健康に対する意識や知識、つまりヘルスリテラシーが関わってきます。しかし、そこまでの関与となると、産業医、産業保健師だけでは難しいのが実情です。そこで力を発揮できるのが、病気になる前に関わる機会がある薬剤師なのではないでしょうか。健康食品から、サプリメント、医療用医薬品まで、薬学的な視点でアドバイスができる薬剤師が、未病、予防の段階から関わることによって、ヘ ルスリテラシーの向上に寄与することが可能だと思われます。そのためにはジェネラリストとしての専門性とともに、より高いコミュニケーションスキルが求められるのです。
お役立ちツール
井手口直子のメディカルCafé
●ラジオNIKKEI第1
●毎月第2・第4木曜日 23:30~23:50
多職種のゲストを毎回迎え、井手口直子氏がパーソナリティを務めるラジオ番組。ポリファーマシーや在宅ケアなど、いま話題の情報提供が好評。また、薬剤師のコミュニケーションについて研究や指導を重ねてきた井手口氏の、実際のコミュニケーションの様子を聴くことができる。薬剤師としてはぜひ一度聴いておきたい。