ノルウェー人がドイツ人に、日本人が中国人に変身
世の中には不思議な病気があるもので、「外国語様アクセント症候群(foreign accent syndrome:FAS)」は、その一例といえます。FASは、たとえばイギリス人がフランス語訛りの英語を話すといったように、同じ母国語を使用する第三者が「外国語のようだ」と違和感を持つような発話になってしまう障害です。その特徴として、音の高低や強弱、リズムなどのイントネーションの異常がみられ、一方で語彙・文法機能はほぼ正常に保たれています。
最初の報告は1919年で、左脳卒中によってポルトガル語訛りになったチェコ人男性のケースでした1)。しかし、詳細な検討は行われておらず、病巣や言語所見についての学術的な検討を行った初期代表例としては、ノルウェーの神経学者であるMonrad-Krohnが1947年に発表した報告が挙げられます2)。同報告で紹介されているのが、30歳のノルウェー人女性Astrid.Lさんです。Astridさんは1941年9月、オスロで空爆の被害にあい、8mの高さから転落しました。左脳が露出するほどの大きな脳損傷を負いましたが、4日間の昏睡の後に目覚め、残存した右麻痺や言語障害も徐々に改善して2年後には歩けるようにもなりました。しかし、周囲の人々は奇異な印象を抱きました。彼女がドイツ語訛りになっていたからです。不運なことに、当時のノルウェーはドイツ軍に侵攻されていたため、敵国語の訛りになってしまった Astridさんは、さまざまな不当な扱いを受けることになったそうです。
このAstridさんのケースを含め、国内外のFAS88例の概要をまとめた論文を、横浜市立大学大学院医学研究科神経内科学・脳卒中医学の東山雄一氏らが2018年に発表しています3)。それによると、FASの原因疾患は、脳卒中が最多(約78%)となっています。
また、日本人のFAS報告例は16例で、中国語や韓国語、英語のアクセントに変化するケースが多くみられます。日本では義務教育で英語を学び、英語圏や中国、韓国からの居住者・旅行者が多いという社会背景が強く影響している、と東山氏らは指摘しています。幼少時になじみのあった言語や、過去に学習した言語のアクセントが、脳の障害を契機に出現した可能性が考えられます。
同論文では、心原生脳塞栓症の日本人女性(60歳)のケースも紹介されており、たとえば「女の人と男の人が」と話すとき、「おんなのヒ↑ととおとこのヒ↑とが(↑は高い音)」という不自然なアクセントが認められました。
東山氏らは、これまでの報告例をもとにFASをきたす責任病巣の特定に取り組んでいます。その結果、前頭葉外側面の最も後方に位置し、運動制御や随意運動に関与する中心前回中部の障害である可能性を示唆していますが、症例の蓄積とともにさらなる検討を行う必要があるようです。

1)Pick A.: Zeitschrift fur gesamte Neurologie und Psychiatrie 1919; 45: 230-241
2)Monrad-Krohn GH.: Brain 1947; 70: 405-415
3)東山雄一, 田中章景: 神経心理学 2018; 34: 45-62