起立性調節障害

解説者 中澤 聡子氏(東京逓信病院 小児科 主任医長)

不登校の原因はさまざまでイジメなども考えられますが、思春期の子どもが「朝起きられない」「立ちくらみや頭痛、吐き気、倦怠感で学校に行けない」などと不調を訴えたときは「起立性調節障害」かもしれません。東京逓信病院の小児科主任医長で、起立性調節障害の専門外来を担当されている中澤聡子氏に、病態や治療法について解説していただきました。

怠けや仮病と誤解されることで症状が悪化

起立性調節障害は、思春期に好発する自律神経機能不全のひとつで、OD(Orthostatic Dysregulation)と略されることもあります。朝起き不良を主訴として、立ちくらみ、気分不良、倦怠感、頭痛、腹痛、動悸などさまざまな症状を伴います。特にこれらの症状は起床時から現れますが午後には回復する傾向があるため、「怠け」や「仮病」と誤解されることが少なくありません。この誤解がストレスを生み出し、身体症状をさらに悪化させる一因にもなります。また、諸症状やそれによる生活リズムの乱れは、遅刻や欠席などで学業にも影響を及ぼし、不登校や引きこもりにつながることも指摘されています。好発年齢は10~16歳、有病率は、軽症例を含めると小学生の約5%、中学生の約10%で、男女比は男性1に対し女性が1.5~2倍と多いです。

脳血流不全の背景には社会生活の変化や性格も

起立性調節障害の病態として、起立に伴う循環動態変動に対する、自律神経による代償機構の破綻が知られています。人は臥位の姿勢から急に立ち上がると、重力によ り下半身に血液が貯留して血圧が低下しますが、自律神経の働きで血管が収縮して瞬間的にこれを防ぎます。ところが自律神経が乱れていると、こうした代償機構が働 かず脳血流や全身への血行が維持されません。その結果、立ちくらみやめまいといった症状が出現します。また、血圧維持のため心拍数を増加させる結果、頻脈や動悸など が現れることもあります。

【社会的要因】
起立性調節障害は昔から存在する疾患ですが、患者数の増加から、近年特に注目されています。患者増加の背景として、ひとつにはスマートフォンなどの電子機器の発達・普及や、夜型の生活など、社会生活の変化が考えられます。起立性調節障害の子どもの多くは、朝起きられない、夜寝つけない、睡眠の質が悪いという傾向にあります。その上、就寝間際まで電子機器の明るい画面でゲームやSNSなどに没頭すると、その刺激が入眠・熟睡を妨げます。

【そのほかの要因】
遺伝的素因や性格、生活習慣、季節や気候の変化、生活リズムの乱れ、心理的・社会的ストレスなどのさまざまな要因が、発症や悪化に影響を与えます。臨床で診る患者像としては、真面目で学業をはじめ多方面で周囲の期待に応えて頑張ろうとする子どもが多い印象です。

問診と新起立試験でサブタイプと重症度を診断

身体に生じた症状ごとに各診療科で検査を受けて、辛い症状があるにもかかわらず「異常なし」とされ、正確な診断までに時間を費やす例が少なくありません。基本的 には起立性調節障害の診療科は主に小児科です。また、症状が現れるのは主に朝のため、新起立試験(起立時の血圧・脈拍測定に関する検査)は午前中に行うことが推奨 されています。診察・検査は、次のような手順で進めます。

1) 可能性のある疾患の鑑別・除外
症状から起立性調節障害が疑われる場合、まず似た症状を呈する基礎疾患(甲状腺機能亢進症・脳腫瘍・鉄欠乏性貧血など)を除外します。

2) 新起立試験でサブタイプと重症度を判定
まず、10分間安静臥床させ血圧や脈拍を測定します。その後起立させ、低下した血圧が回復するまでの時間を 測り、さらに10分間血圧と脈拍を1分ごとに測定します。結果から4つのサブタイプと重症度を判定します。

〈起立直後性低血圧〉起立直後に強い血圧低下があり、血圧回復の遅延を認める。
〈体位性頻脈症候群〉起立中に血圧低下は認めないが、心拍数が著しく増加する。
〈血管迷走神経性失神〉起立中に突然の血圧低下が生じ、起立失調症状の出現や意識低下・意識消失発作などが起こる。
〈遷延性起立性低血圧〉起立直後の血圧 心拍は正常だが、起立3~10分後に収縮期血圧が臥位時より一定以上低下する。

なお、最近ではこのほかに、起立直後に収縮期血圧の著しい上昇を認めるタイプと、脳血流の低下がみられるタイプの存在も示されています。

3) 心理社会的因子の関与の有無を確認
新起立試験によるサブタイプと身体的重症度の判定後、「学校を休むと症状が軽減する」「気にかかっていること を言われたりすると症状が増悪する」などの、心身症としての起立性調節チェックリストを用い、心理社会的因子の関与の有無を確認します。

治療の基本となる疾病教育のほか日常生活の工夫や薬物療法も

治療としては、まず疾病教育、非薬物療法を行います。心理社会的因子の関与や重症度によって学校への説明や支援要請、薬物療法も取り入れ、環境調整や心理療法も 必要となります。

1) 疾病教育
辛い症状があるのに「異常なし」と言われることや「怠け」と誤解されることは、ストレスをもたらし症状を悪化させます。また、起立性調節障害の子どもの多くは自身の症状の理由が分からず不安を抱えています。そこで、まず「起立性調節障害は身体の疾患である」ことを充分に説明することが重要です。私は、血液循環の仕組みや症状出現のメカニズムなどを分かりやすく子どもや家族に説明し、気の持ちようだけでは治らないことを理解してもらいます。この理解は、服薬アドヒアランスの向上にもつながります。また、入眠できずに悩む子どもに家族が「朝に起きられないのは早く寝ないからだ」とプレッシャーをかけることは、症状悪化につながるという理解も必要です。

2) 非薬物療法(日常生活の工夫)
弾性ストッキングを着用する、起立時には頭を下げる、起立中は足踏みや両足をクロスさせ下半身の血液貯留を少なくするなど、日常生活の動作に注意します。また、循環血流量を増やすために1日あたり1.5~2リットルの水分摂取を心がけ、血圧を上げるために1日10~12gと、普段より3g程度食塩を余分に摂取すると効果があると言われています。ただし、塩分の多量摂取が成人以降の習慣として残らないように、朝食は塩分を多めに、昼食と夕食は普通程度からやや薄味にするなど、塩分調節にメリハリをつけることがポイントです。また、倦怠感があっても日中はできるだけ横にならずに過ごし元気な時間帯には散歩などの軽い運動をすること、睡眠時間を充分に確保し生活リズムを改善させること、暑い場所では症状が悪化しやすいため注意することなどを指導します。

3) 学校への説明や支援要請
不登校の原因となることが多いため、担任教師や養護教諭、校長などの疾患理解を目的に学校関係者への説明を行います。また、クラスメイトなど生徒の理解も大切で、患者本人が望めば担任教師に説明を依頼することもあります。また、診断書の提出で理解と支援を求めることも重要です。

4) 薬物療法
起立直後性低血圧にはミドドリン塩酸塩を用います。改善がない場合はアメジニウムメチル硫酸塩を用いますが、頻脈の悪化に注意が必要です。 体位性頻脈症候群にもミドドリン塩酸塩を投与しますが、改善がない場合はプロプラノロール塩酸塩が用いられます(表)。このほか、症状や重症度に応じて、漢方薬、睡眠障害へのメラトニン受容体アゴニストのラメルテオン、頭痛や腹痛などへの対症療法薬、向精神薬の処方も検討されます。

製品添付文書などをもとに編集部作成

自己判断による服用中断を防ぐための薬剤師の指導

起立性調節障害の薬物療法では、数週間は継続しないと効果が実感されにくい場合があります。そのため、効果の実感が得られない早期段階で、子どもや家族の判断で 服用を中断してしまうケースもあります。そこで、薬剤の服用目的や効果、副作用もしっかりと説明した上で、「ゆっくり効いてくることが多いので、自己判断で中断せずに きちんと服用しましょう」と指導してあげてください。また、効果を引き出すためには服用のタイミングの指導も大事です。たとえば、質の良い睡眠確保のために、ラメルテオン服用の際は就寝時刻を早めに設定するとともに、その少し前に服用し入眠の準備を整えると良いと思われます。

医師や医療者のできること

子どもの辛さを理解し、子どもが好きなことを見つけ、今できることから少しずつ始め、将来に向けて少しずつ前向きになっていくことを、家族とともに寄り添い見守 ることができればと考えています。