メニエール病

解説者 角田 篤信氏 順天堂大学医学部附属練馬病院 耳鼻咽喉・頭頸科 先任准教授

メニエール病は、ぐるぐると目が回るような回転性のめまい発作が繰り返され、難聴や耳鳴といった聴覚症状や吐き気も伴う辛い疾患です。メニエール病に対しては、生活指導や、薬物治療、中耳加圧治療、手術など様々な治療が行われます。順天堂大学医学部附属練馬病院 耳鼻咽喉・頭頸科 先任准教授の角田篤信氏に、メニエール病の病態や治療法を解説していただきました。

内リンパ腔拡大により難聴やめまい発作を起こす

メニエール病は、「難聴、耳鳴、耳閉感などの聴覚症状を伴いめまい発作を繰り返す疾患」と定義されます。めまい発作が長時間持続すると悪心や嘔吐が現れることもありますが、致死的なものではありません。19世紀半ばのフランスの医師メニエールに因んで病名が付けられました。
耳は、聴覚と平衡機能を司っている感覚器官です。内耳(耳の最深部)は、聴覚に関わる蝸か 牛ぎゅう、平衡器官に関わる前ぜん庭てい、体の回転運動に関わる半規管の三つで構成されています。内耳の内部は、内リンパと外リンパという2種類の液体がそれぞれ内リンパ腔と外リンパ腔という二重構造に満たされています。メニエール病では、内リンパ腔が拡大(内リンパ水腫)することで感覚細胞が圧迫され、難聴やめまい発作が起こると考えられています。メニエール病のうち、症状の中心が難聴の場合は蝸牛型、めまいの場合は前庭型として分類されます。

自律神経との関連が指摘されている

メニエール病の国内患者数は4万~6万人と推計され、女性に多いとされています。平均発症年齢は男女とも50歳前後ですが、中には10歳以下の症例も報告されています。発症の背景として、ストレスや睡眠不足、過労、季節の変わり目、気圧の変化などが挙げられ、自律神経との関連が指摘されていますが、明確な原因はまだ判明していません。近年ではメニエール病に関する遺伝学的検討も多数報告されていますが、家族内で発症するのは生活様式が似通っているためとも考えられます。実臨床での所感としては生真面目な性格の患者さんに多い印象です。

最重要は問診、平衡機能や聴力なども含めて診断

めまい発作はQOLを大きく低下させるため、メニエール病の患者さんの多くは積極的に医療機関を受診します。めまいの程度によっては、救急外来に搬送されることもあります。メニエール病を診断する上では問診が最も重要になります。まず、重篤な脳卒中などから生じる中枢性めまいや、寝返りや起き上がるときなど体勢の変化によって誘発されるめまい(良性発作性頭位めまい症)を除外します。また、メニエール病のめまいは、難聴や耳鳴を伴って一回につき約30分から6時間程度持続し、その発作を反復することが特徴ですので、これに該当しない場合も除外します。問診で難聴の有無や、ストレスの有無について確認します。
問診でメニエール病が疑われた場合、両足を閉じた状態で立ち体の揺れの度合いを測定する体平衡検査や、めまい症状に伴い眼球が回転する眼球振しん盪とう症状の有無を調べる眼振検査を実施します。また、メニエール病は低音部の感音難聴が特徴的ですので、その傾向がみられるか聴力検査で調べます。難聴は片側の場合が多いですが、長期の経過に伴って両耳に至るケースもあります。
また、2017年からメニエール病の診断基準として造影MRIによる画像検査が加わりました。これは、世界に先駆けて日本で定められた診断基準で、国際学会ではまだ認められていません。画像診断ができる医療機関は限られており、他機関に依頼して確定診断をすることもあります。今後は検査の普及と共に、精度の向上が期待されています。

発作急性期と発作間欠期に分けて治療薬を選択

メニエール病に対して行う薬物治療は、発作急性期と発作間欠期の2つに分けて考えます。急性期は主に、めまい発作の鎮静や、それに伴う悪心や嘔吐などの自律神経症状の鎮静、難聴の不可逆的変化の予防を目的に、間欠期は主にめまい発作の再発予防を目的に、それぞれ治療が行われます(表)。

【発作急性期】
めまい発作などの症状が激しく現れる急性期には、薬剤を用いて諸症状を鎮静させます。めまい発作を鎮静させるための薬剤としては、ジフェンヒドラミンサリチル酸塩/ジプロフィリン(トラベルミン®)やジメンヒドリナート(ドラマミン®)など、悪心・嘔吐などの自律神経症状を鎮静させるための薬剤としては、メトクロプラミド(プリンペラン®など)などが投与されます。発作に対する精神的な不安や神経の高ぶりを抑える薬剤としては、フルジアゼパム(エリスパン®)やジアゼパム(セルシン®など)、ヒドロキシジン塩酸塩(アタラックス®など)が用いられます。これらの薬剤は、諸症状の強弱に合わせて、発作当日~数日の期間に投与します。

【発作間欠期】
急性期の治療後は、いったんは症状が消失するものの、めまい発作が再発するケースがあります。また、難聴やふらつきの症状が続くケースもありますので、引き続き薬物治療を行います。この段階では、ジフェニドール塩酸塩(セファドール®など)、ベタヒスチンメシル酸塩(メリスロン®など)、アデノシン三リン酸二ナトリウム(アデホスなど)などが用いられます。また、イソソルビド(イソバイド®)などの浸透圧利尿薬の投与も考慮されます。漢方薬もよく用いられており、めまいに有効な五ご 苓れい散さん、自律神経の調整作用を持つ苓りょう桂けい朮じゅつ甘かん湯とう、むくみに有効な柴さい苓れい湯とうなどがよく用いられます。

製品添付文書などをもとに編集部作成

発作間欠期は生活指導や中耳加圧治療も

ストレスのかかる状況や不規則な生活を改めるだけで症状が改善するケースがありますので、間欠期に移行してからは、生活指導も重要です。十分な睡眠や栄養バランスのとれた食事、規則正しい生活のほか、塩分の過剰摂取や飲酒、喫煙、カフェインなどを避けることも有用です。また、生活指導の一環として、適度な有酸素運動が発作抑制や難聴改善に有効との報告があります。また、かつては、内リンパ水腫の助長を抑制する狙いで水分を制限することが望ましいとされていましたが、今日では、十分な水分摂取により抗利尿ホルモンの分泌を抑制して内耳循環を改善し、内リンパ水腫の形成を抑制する、という戦略のもと、水分の大量摂取が提案されています。
海外ではメニエール病の発作間欠期に、中耳から内耳へ圧波を送る中耳加圧治療が行われることがあります。日本では中耳加圧治療として鼓膜マッサージ器が用いられることがあります。これは鼓膜を切開してチューブを留置する治療に比べ低侵襲で、即座に施行が可能な方法です。ただし、鼓膜マッサージ器の治療については現在日本で新たな機種の開発が進められており、臨床治験が進められています。

難治例には手術を検討

以上の薬物治療や生活指導、中耳加圧治療などの治療に抵抗を示し、めまい発作の頻発や難聴の進行がみられる難治例では、外科的な治療が検討されます。代表的なものとして、内リンパ嚢を切開・開放し内リンパ水腫を減荷する「内リンパ嚢手術」があります。内リンパ嚢手術は、聴力を温存しながら改善させる方法ですが、長期経過におけるめまい発作の再発が指摘されています。難聴が軽度で、難治例ではあるもののめまい発作の頻度が著しくない場合に選択されることが多いとされます。
前庭神経のみを選択的に切断する「前庭神経切断術」という手術もあります。この手術を施行すると、高率にめまい発作を抑制し、再発もほぼなくなります。めまい発作の頻度が著しく、比較的若年層に適応と考えられます。
さらに、前庭を選択的に障害するとされるゲンタマイシンの内耳への毒性を活かした外科的治療法もあります。具体的には、ゲンタマイシンを鼓膜の奥の鼓こ 室しつに注入し、前庭の機能を低下させます。手技が簡便で複数回の施行も可能ですが、薬物濃度が施行する施設ごとに異なり、その指針が示されていない点に注意が必要です。
メニエール病の薬物治療では、服薬アドヒアランスが極めて重要です。メニエール病の患者さんは生真面目な方が多く、服薬アドヒアランスが非常に良好で、薬剤の残量をしっかり記録されている方も多く、処方日数がきっちり守られている方がほとんどです。薬剤師の皆さんには、薬剤の副作用や服薬方法などについて、患者さんに丁寧にご指導いただけたらと思います。