最近しばしば耳にするようになった「Shared decision making(シェアード・ディシジョン・メイキング)」。医療者と患者が、医学面のエビデンスや患者の価値観を互いに共有し、患者にとって最善の治療方針を一緒に決定することを指し、「共同意思決定」とも呼ばれる。この新たな概念について、米国医療機器・IVD工業会主催のレクチャーが2020年1月27日に東京都内で開催された。
種々の疾患に対する治療法の選択は、かつて医師のみで検討されてきた。その後、インフォームドディシジョンモデル(情報を得た意思決定)に移り変わってきた。しかし、これらはともに医学情報のみが検討の材料である。シェアード・ディシジョン・メイキング(SDM:共同意思決定)は、患者の価値観や生活も含めて治療法の選択を検討するプロセスとして、近年、国内外で提唱され始めた新たな概念である。群馬大学大学院医学系研究科の小松康宏氏曰く、SDMには、①合理的な選択肢とそれらの利益やリスクに関する明確、正確、バイアスのない医学的情報、②それらのエビデンスを個々の患者にあわせて伝える医療者の専門技能、③患者の価値観や目的、意向、懸念事項(治療費負担も含む)の3要素が必要だという。
本レクチャーでは、SDMの重要性に関する実例が提示された。NPO法人腎臓サポート協会では、透析治療中の腎臓病患者に対しアンケート調査を実施した。それによると、透析が必要と言われた時、調査対象455名のうち82.9%が「透析によって日常生活がどのように変わるのか」という点で不安を抱えていた。治療法決定のプロセスとしては、「医療従事者に判断を任せた」が142名(31.2%)、「医療従事者の説明を聞いて自分で決めた」が139名(30.5%)、「医療従事者と相談して一緒に決めた」が151名(33.2%)であった。
この3群について、治療導入時点における不安感を聞いたところ、判断を任せた群では、半数近くが「不安なまま透析に入った」と回答した。一方で、自分で決めた群や一緒に決めた群では、「不安なまま透析に入った」 と回答した割合はそれぞれ約30%に留まった。選択した治療法についても違いがみられた。判断を任せた群では、血液透析が85%と圧倒的に多かったが、自分で決めた群や一緒に決めた群では、血液透析が54%と64%、腹膜透析が45%と34%であった。
これらの結果から、NPO法人腎臓サポート協会理事 長の松村満美子氏は、「透析導入時には不安を抱えている患者が多いが、患者自身が治療の選択に関わると不安を軽減できる割合が増えたこと、患者自身が治療選択に関わることで治療選択の幅が広がること、患者は治療法決定に関与したいと考えていることが分かった。」と話した。
欧米諸国に比べ日本では、腎移植や腹膜透析ではなく血液透析が選択される割合が非常に多い。一方で、透析の選択はライフスタイルを決定するため、血液透析では不安も大きい。腎臓病にはSDMが有用と考えられる。このほか、SDMが適切と考えられる疾患としては、がんや精神疾患、循環器疾患、慢性疾患、高齢者の治療とケアなどがある。これらに共通するのは、治療効果の確実性が低いケースがあることだ。逆に、緊急手術や原因菌が同定された感染症など、治療効果の確実な疾患ではSDMは不要である。
SDMを実践する上では、患者の価値観や意向を理解する難しさがあるという。患者が価値観や意向を医師に伝えようとしない場合、医療者はそれらを主体的な姿勢で理解する必要がある。そこで多職種による情報収集が重要となる。医師に言えないホンネを聞き出せるのは、医療者の中でも、医師と一定の距離を保っている薬剤師ではないだろうか。本レクチャーを取材して記者は、SDMの日本での普及には、薬剤師の力が必要と感じた。